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胎動・乱世の序章

第5話 血は争えない

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「ご再考ください! 女王陛下!」
「そうです! シンラ様は我らのためになさった事です! それを罰するのはあんまりではないでしょうか」

 シンラが連れ去られたすぐ後に、シンラ派の亜人たちはそう訴えかける。本来であれば、この者たちも投獄すべきだが、今のカエデにそんな気力はなかった。

 虚な目で遠くを見つめるだけで、返事をしないカエデ。それに痺れを切らしたシンラ派はカエデに詰め寄るが、それを守るようにして側近たちが阻む。

 今にも乱闘に発展しなねない状況に、この場でもっとも発言してはならない人物があえて首を突っ込む。

「騒々しい。女王を前にしてなんだその体たらくは。みっともない」

 レオンハルトがそう言い放つ。その一言に空気が一気に冷え込む。カエデの側近ですら、レオンハルトを睨むように視線を送る。

 そして、シンラ派の1人がレオンハルトに突っかかる。

「貴様がいうなああ! 貴様ら人間に我ら亜人の誇りなどわかるはずもないだろ!」
「その人間の前で醜態を晒すのがその誇りというものなのか?」
「貴様あああ!」

 そう言って剣を抜き、レオンハルトに切りかかる。カエデの側近である亜人たちも、あえてレオンハルトを守ろうともはしない。

 レオンハルトの側までは一直線だ。もちろんリンシアはこの場に控えているが、動く様子はない。何故なら、もうすでに動いているものがいるからだ。

 パタン!

 レオンハルトに突進を仕掛けてきた亜人は一瞬にして組み伏せられた。カエデの手によって。

「じょ、女王陛下!」
「恩人に手をあげるとは何事や」
「「「「……」」」」
「裏切り者1人を庇って、国を救ってくれた恩人に剣を向けるは何事かと聞いとる!」
「「「「……」」」」

 沈黙を貫く亜人たち。自分たちでもやり過ぎたという自覚はあるようだ。カエデが押さえ込んでいる亜人はすぐに側近たちに取り押さえられる。

 そしてカエデは振り返り、レオンハルトに語りかける。

「すまへん、レオはん。うちのもんが失礼した」
「いいさ、落ち着いてくれて何よりだ」

 そう言ったレオンハルトの身に纏うオーラはすでに、皇帝のそれではなかった。

「難しいものだ。種族間交流は」

 そう言ってひとりでに語り出す。玉座の間が静かなせいで、その独り言はより目で立っていた。

「外見が違う、文化も違う、思想も違ければ、寿命も違う。人間の恨み代を経て薄れていくが、亜人のそれは違うだろう。多少歩み寄ったところで、すぐに綻ぶ。世を一つにまとめたとして、1000年もすればまたバラバラだ。もしかしたら、無理に歩み寄らなくてもいいのかもしれない」

 妙に実感のこもったその言葉に、この場にいる誰もが耳を傾ける。不意に溢れたその言葉は、亜人たちの心を打つ。

、か。お前のいう通りかもしれないな」

 その一言を最後に、レオンハルトは口を閉ざした。


 ◆


 夜。街では戦勝の宴を広げている。。

 街はお祭り騒ぎ。危険な戦いだっただけに、勝利した喜びも大きい。所々でキャンプファイヤーのようば火の手が上がるが、昼間のそれとは明らかに違うものだった。

 歌やら踊りやらが響く中、王城はどんよりとした空気に包まれていた。

 そしてその城の一番上にいるのは、美しい金色の髪を持つ狐の獣人である。上というのは一番上の部屋というわけではない。そのさらに上、屋根の上に1人座っていた。

 もちろん1人というわけではない。密かに何人もの護衛がついているが、そばにいる者はいない。

 そこへ1人の男がやってくる。

「亜人というのは高いところが好きだな」
「……まるで見てきたかのような物言いやな」
「まあな……隣、いいか?」
「……どうぞ」

 そんな定番とも言えるようなやりとりを済ませてから、レオンハルトはカエデのそばに腰をかける。護衛の亜人たちは一瞬反応するが、危険はないと判断し、持ち場に戻った。

「責任を感じる必要はない」

 腰掛けたレオンハルトの第一声がそれだった。

「いずれ起こることだ。それがたまたま今だったというだけだ」
「……せやけど、うちが西方連合を抜けたせいでーー」
「関係ない。いったはずだ。いずれ起こることだと。獣王国とて、永遠に西方連合に頭を下げるつもりはないのだろ?」
「それはそうやけど……」
「ならば後悔するな。女王たるもの、判断を後悔してはならない。民がついて来ないぞ」
「……説教?」
「違う。どっちかというとーー」
「慰めに来たんやろ? わかってるで」

 そうやって冗談っぽく返すカエデ。

「はぁ……どうだろうな。俺は他人を慰めるのは苦手だ」
「苦手そう、ふふ」
「あいつも俺と同じで口下手だったよ」
「あいつ?」
「ヴィルヘルムだ。亜人の間では有名だろ?」
「!? ヴァンパイア原初の真祖、剣鬼ヴィルヘルムか?」
「剣鬼、か。はは、あいつにはピッタリだな」
「なんで知ってんねん? 人間の歴史からは抹消されたはずやで?」
「友人のことを知らぬはずないだろ? とは言っても、俺が死んだ後のことは殆ど知らないがな」
「友人? しん、だ?」

 ーー今生きてるやないかい

 その言葉が聞こえてる気がした。

「大統帝アレクサンダリアなんて持て囃された人間も、蓋を開けてみれたこんなものだ」
「へ?」

 カエデはしばらくフリーズする。今までもあった展開だからこそ、レオンハルトは気長に待っていた。レオンハルトたちの話を聞いていた護衛の人たちも、驚きのせいか気配が揺らいでいる。

「ど、どういうことやねん?」

 実直なカエデだからこそ、素直に疑問を口にした。ある程度察しは付いているだろうが、だからと言ってすぐにそんな突飛押しもない発想にはいたらない。

 後押しが必要だ。

「輪廻転生というのは、実在するらしいぞ」

 あくまで回りくどく、自分の口からは言わないレオンハルト。
 意味なんてない。ただ、かつての仲間にそっくりなカエデに『俺は英雄だぞ』というが気恥ずかしいだけなのかもしれない。

「……ほ、ほな、レオはんはあの大統帝の生まれ変わりちゅんか」
「理解が早くて助かる。転生の概念まで説明しなくてよさそうだ」
「いやいやいや、え? は? え? あの大統帝やで? 大英雄やで?」
「さっきも言ったが、どんなに持て囃されようとも、蓋を開けてみればこんなもんだ。昔話というのは、必ず尾鰭がつくものだからな」
「いやいやいやいや」
「いやが多いな」
「いやいやいやいや」
「っぷ、ははは」

 カエデの反応に、なんだか懐かしい気持ちになるレオンハルト。思わず昔のように笑ってしまった。しばらく経ち、カエデに落ち着きが戻ると、何か思い出したかのようにハッとする。

「あっ、せやから昼間はそないなことを……」
「ああ。1000年も経てば世界はこんなにも変わる。やるせない気持ちでいっぱいだよ。俺のしてきたことは、結局のところ無意味だったのだから」
「……」

 珍しく弱音を吐くレオンハルト。周りからはそう見えるかもしれないが、レオンハルトに弱音を吐いているつもりはない。

 カエデが昔の仲間に似ているせいか、ついつい愚痴ってしまったのだ。

「無意味なことなんてあらへんで、レオはん。1回がダメやったら2回、2回がダメやったら3回。うまくいくまで、何回でもやり直せたらええやん」

「……」

「昔の経験を踏まえたレオはんやったらきっと、前よりもええようにやってくれる。うちはそう思うで」

 にっこりと笑うカエデ。慰めに来たはずが、いつの間にか立場は逆転していた。

「な、なんやったら、うちが手伝ってやってもええで」
「ふっ、そうだな。いずれカエデの力が必要になるかもしれない」
「うむ、うちに任しとき!」

 そう言って胸を張るカエデを見ていると、なぜか昔の記憶が蘇ってくる。

『勝負だ人間! あたしが勝ったら消えな! 代わりに、あたしが負けたらお前のものになってやる。だから部族には手を出すな!』

 勝手なことを言って勝手についてきた少女を思い出す。奇しくも、彼女もカエデと同じようなことを言っていた。

 獣人族は亜人の中でも特に強者を好む習性があるが、レオンハルトが見てきた数多な獣人たちの中で同じことを言ってきたのは二人だけである。

 金狐族は亜人の中でも特別な種族として認識されいるが、だとしても奇特な方だろう。

 転生ということはない。アレクサンダリアの名を聞いても反応しなかった。そもそも、前世の意識を持ってこの世に生まれたのはレオンハルトとオリービアだけだ。そうそう起こることでもないだろう。

 だとしても。

(血は争えんな)

 十二英雄とまで言われた彼女と瓜二つなカエデを見て、レオンハルトはそう思うのだった。


ーーーーー
後書き

 紛らわしい書き方をしましたので、少し捕捉します。
 獣人の十二英雄とヴィルヘルムは別人です。
 ヴィルヘルムは『剣鬼物語』の主人公で、現世でもとある人物に生まれ変わっています。多分皆さんも気づていると思いますが……

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