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胎動・乱世の序章

第8話 迫り来る敵

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「ほ、報告致します! 東より大規模な軍事行動を確認! その数およそ十五万! 我が国の国境に迫っております!」
「「「「「なぁ!?」」」」」」
「ばかな!? あり得ん!」
「帝国と教国が手を結んだというのか? 三年前の戦から関係が悪化したと聞いていたのだが」
「今はそれどころではない! こちらの方が先に国境に差し掛かるぞ!? どうする?」

 東より十五万の兵が近づいたことにより、会議室に再び喧騒が戻る。これを鎮めるためには、もう一度レオンハルトが言葉を発するしかない。

「鎮まれ」
「「「「「……」」」」」」

 先ほどと同じ展開だが、皇帝としての威厳もあり、すぐに貴族たちは静まった。

「シリア」
「っは」

 レオンハルトの言葉とともに、音もなくシリアが現れる。唯一この場にいなかった皇族だが、彼女には任務があるのだ。

「教国の動向を探らせていたな。どうだ?」
「申し訳ありません。教国内部への侵入は難しく、細かな情報は得られませんでした。ただ……」
「ただ?」
「おそらくこちらに向かっているのは、教国の主戦力ではないと思われます」
「なぜそう思う?」
「教国は、帝国との戦争を予定しているからです」
「「「「「なぁ!?」」」」」」

 シリアの言葉に動揺する諸侯たち。当然だ。自国の情勢のみに頭を回していたため、突然の情報に戸惑うのは無理もない。

 まるで示し合わせたかのよう侵攻。しかし、教国は帝国を敵視しているという。だったら、この十五万の兵はどこから来たというのだ。

 そもそもなぜ、このタイミングで侵攻してきたのか。疑問は尽きないが、シリアはそれを解決するだけの情報を持っていた。

「こちらへ攻め込んでいるのは恐らく、三国連合軍。総大将は、勇者でございます」

ーーーーー

 大陸には三大国以外にも、もちろん国は存在する。

 例えば西方連合。あれは無数の小国によって作られている。大国に争うために力を合わせた結果連合という形をになっている。

 しかし、わざわざ連合を組まずとも三大国の圧力を耐え抜いた国は存在する。

 大陸南東に土地を有するヴィルジュ王国。
 大陸中央部南側にあるフィアーノ共和国。
 大陸中央部北側に位置する竜王国。

 この三国が主に挙げられるだろう。

 ヴィルジュ王国は強大な軍事力を有し、また山岳地帯も多いため、教国といえど簡単には落とせない。さらにこの国には勇者崇拝という妙な信仰を持つ者もいる。

 フィアーノ共和国は類い稀なき政治の手腕と南の海に隣接していることを利用して得た富で、皇国と教国からの侵攻を逃れてきた。

 竜王国は、文字通り竜王が住まう国だが、別に竜を操っているわけではない。帝国との国境線上に強大な竜種が棲家としているため、大規模な軍事行動を起こせず、また土地自体に魅力がないため、結果生き残っただけに過ぎない。

 三大国を除けば、大陸でもっとも勢力の大きい国々である。
ーーーーー

「ヴィルジュ王国、フィアーノ共和国、竜王国が手を組んだと?」
「斥候の報告よると、三国の旗が確認されたとのこと」
「理由はわからぬか?」
「勇者の招呼だそうです」
「……なるほど」

 あえて口にはしなかったが、この場にいる全員がわかっていた。

 勇者たちの目的、それはーーシオンである。

 教国が三年に渡ってシオンを引き渡せとうるさかったのは、勇者たちの意見が強いからである。そして、帝国の侵攻のタイミングを見計らって、三国連合軍をまとめて攻め込んできた、と。

「四十五万、か」
「とんでもないねぇ」
「ああ……すぐに国境沿いの民を避難させよ!」
「「「「っは!」」」」

 対策をとる前に民を避難させるべくレオンハルトが命令を下す。

 しかしーー

 パタン!

「ほ、報告致します!」

 レオンハルトの号令のすぐ後に、一人のダンピールが会議室に突入してくる。朧月夜のメンバーだ。普段ならこうして大勢の前に現れることはないが、よほどの緊急事態ということだろう。

「帝国軍の戦力が判明しました! 数およそ三十万! 総大将、帝国元帥ガンツェル! 将軍は心眼、鮮血、無頼、厭世。主戦力、騎士団長4名及び麾下の四騎士団でございます!」
「「「「はぁ!?」」」」

 驚き疲れたとは言わせない。そう言わんばかりに次々と衝撃な知らせが届く。

 騎士団を四つも投入してくるというのは帝国史上でも前代未聞。最強を謳われる皇帝の影に隠れているが、彼らも一騎当千の戦士たちなのだ。

(どういうつもりだ? 帝国)

 あまりの規模に、レオンハルトすらも驚くのだった。


 ◆

 時を遡ること三年。

 すなわち、フレデリックもといアーシャが帝国皇帝の座についた直後のこと。

「臣ユリウス。陛下の御前に」
「「「「「陛下の御前に!」」」」」

 現在、アーシャの前には兄であるユリウスと元帥、そして5人の騎士団長が膝をついていた。皇帝の座がアーシャの手に落ちたことで、兄であるユリウスも膝をつかざるを得ない。

「よく集まってくれたね」
「もったいなきお言葉」

 しかし、アーシャはさも当たり前のようにそれを受け入れていた。ユリウスも騎士団長たちも違和感が拭えないが、神前決闘の結果には逆らえない。

 今、ユリウスたちはアーシャによって謁見の間に呼び出されていた。皇帝となって間もないアーシャだが、すでに一端の皇帝の貫禄が出ていた。

 もちろん言葉遣いなどではなく雰囲気ではあるが、かつての皇帝へガンドウルムすら上回る何かが、アーシャから溢れ出ていた。

(これが本当にあのアーシャなのか?)

 それほど弟とは親しくないユリウスでも、そう思わざるを得ない。それほど、今のアーシャは異常なのだ。

 しかし、アーシャはそんなことをまるで気にすることなく話を進める。

「今日集まってもらったのはね、戦争をしようと思って」
「「「「!!」」」」

 軽いノリで発していい言葉ではないが、アーシャはさらっと言ってしまう。皇帝の言葉に真っ向から逆らうわけにもいかず、ユリウスはとりあえず付和する。

「相手はどこでしょうか?」
「皇国」
「……」

 三大国の一つ、皇国。大国と戦争するためには、綿密な準備が必要だ。

 少し前の不意打ちでも、あのへガンドウルムを持ってして5年かかったのだ。まあ、不意打ちをするために潜り込ませた間者が思いのほか手間取ったというのが主な理由だが。

 閑話休題。

 三国大戦で三万の兵を失った帝国。とてもではないが、再び皇国と戦争する余力はないように思えた。

 しかも、皇国と帝国の共倒れにより、最大勢力は教国となってしまった。これ以上の戦争は教国に付けいる隙を与えてしまう。そうユリウスは考えた。

「恐れながら、陛下。皇国との戦争は時期尚早なのではないでしょうか」
「もちろん今すぐじゃないよ。三年後に再び攻め入ろうと思う」
「三年、ですか」

 三年。戦争の準備をするのにかかる時間としてはちょうどいい。しかし、疑念は残る。

「なぜ皇国なのですか? 教国の方が、今は危険なように思えますが」
「だからこそだよ」
「だからこそ、ですか?」
「皇国との戦争を餌に、教国を誘う。大丈夫さ。計画はある」
「そう、ですか」

 臣下、それも宰相と元帥にもいえない計画とは何か。気にならない方がおかしい。アーシャもそれを感じ取ったのか、苦笑いを浮かべる。

「納得できない?」
「……いえ」
「わかりやすいね、ユリウスは」
「……」
「一つヒントを出そう。教国の切り札は?」
「……勇者、でしょうか」
「そう。そして教国は、その気になれば勇者を大量生産できるのさ。切り札である勇者を」
「……」

 そんなこと誰もが知っている。他の国が人材を必死に育てている間に、教国は召喚という方法で戦力を補充できる。

 皇国で言えば、三騎士を殺されてしまうと、切り札となりうる戦力が消滅する。次期三騎士が育つ間は、切り札を失ったまま耐えなければならない。

 しかし、勇者を殺されても、教国は召喚によって新たな勇者を得られる。多少育つのに時間はかかるが、ギフトの力があれば、すぐに戦力になれる。

 各国も教国の勇者召喚を面倒と感じている。それでも、勇者召喚を止められないのだ。

 召喚方法不明。召喚条件不明。召喚場所不明。

 そんなものをどうやって止めろというのだ。ユリウスだけでなく、騎士団長たちも同じことを思う。しかし、次にアーシャの口から飛び出る言葉は誰もが耳を疑うののだった。

「勇者召喚のネタが割れたのさ」
「「「「なぁ!?」」」」
「秘密は聖都マリアにある。ヒントはこれで終わりだよ」
「……恐れならが、陛下。その情報はどちらから?」
「それは聞かない方が身のためだよ」
「「「「!!」」」」

 アーシャの赤い瞳に睨まれた6人は、息を呑む。

 アーシャは子供だ。この場の誰よりも年齢が低い。にも関わらず、この場にいる誰もがアーシャの気迫に押し負けた。

 実を言うと、この情報はアーシャがまだフレデリックだった時代に調べたものである。ヴァンパイアの特性を利用し、国の中枢に潜り込み、三大国だけじゃなくそれ以外の国の情報もかなり得ていた。

「君たちは戦の準備を進めるといい。今回は相当大掛かりだからね」

 そう言ってアーシャは右手に巻きついた不気味なネックレスを、おもむろに撫でるのだった。

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