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胎動・乱世の序章
第15話 母の盟友
しおりを挟む暗い城壁の上。一応明かりは用意されているが、夜であることに変わりはない。見張りの兵士たちが周りに目を光らせているが、その間を堂々と進む一人の男がいた。フミカゲだ。
すぐそばを通っているにも関わらず、フミカゲに気づくものはいない。みんな、まるでフミカゲが見えていないようである。
(やっぱ夜はいい。ギフトが良く効く)
フミカゲのギフトは光の屈折を操るもの。身の回りの光を操ることで自分を透明人間にする使い方もいれば、他人の目に入る光を操ることで虚像を相手に見せることもできる。まさに幻夢である。
(さて、城門の操作機構は……ああ、あれか)
明らかに城門を開けるためのレバーのようなものがそこにはあった。しかし、フミカゲの足は進まない。
(なんであの辺だけ見張りがいないんだ? しかも明かりもない)
明らかに怪しい。誘っているとしか思えない。
(まあ、罠でも行くしかないか。でないとあのガキがうるさくなる)
見つかっても逃げ切れる自信があるのか、フミカゲは罠に乗ることにした。飄々とした態度で前進を続けるが、一切の油断が見受けられない。相当の手練れであることがわかる。
やがて、フミカゲは城門を引き上げるレバーまで辿り着く。その間、一切の阻害なくすんなりと辿り着いてしまった。
レバーに手をかけるフミカゲ。しかし次の瞬間、その眠たそうな目はわずかに見開く。機構の構造を確認すべく、中身を覗き込むフミカゲ。そして彼は気づく。
「そういうことかよ」
「ああ、そういうことだ」
突然声が響く。
「っ!! 俺が見えるのか?」
「見えないさ。だが魔力はそこにある」
「なるほど、咲夜さんと同類か」
自分以外の者は聞こえない程度の音量でフミカゲはボソッと呟く。
隠れても無駄と判断したフミカゲはギフトを解き、虚空から現れる。そしてそれに合わせるように声の主、レオンハルトも姿を表す。
すると、二人とも互いの容姿に僅かに驚く。
「その黒髪……来るとは思ったが、まさか勇者が来るとは」
「元、勇者さ。そっちこそ、皇国に逃げた勇者は女って聞いたけど?」
「俺は勇者ではない。母が元、勇者らしいが」
「っ!! 咲夜さんの息子か?」
「確かに母の名はサクヤだ。あなたは?」
「フミカゲ。咲夜さんの元同僚さ。教国を抜け出す際に咲夜さんは西へ向かったが、俺は北にいった」
「脱走したのか? ならば何故、まだ教国に与する」
「縁は巡るものさ。逃げた先の国が今回の戦に参加し、その大将に俺が選ばれたというだけ」
「ありえるのか? 教国が連れ帰そうと思わないのか?」
「あの連中には無理だ。俺は逃げ足が早いからな」
そうやって、敵同士でありながら普通に言葉を交わす二人。いつの間にかただの雑談に早変わりだ。レオンハルトもフミカゲも相手から敵意を感じ取れなかったからだ。
フミカゲの話によると、彼はレオンハルトの母咲夜と同時期に召喚されたらしい。召喚された当時はまだ10歳という。今のケイスケたちよりもだいぶ若い。
そして、その時代は三国間の関係が最も悪化していた時期。召喚された勇者は漏れなく酷使され続けた。だから、脱走する勇者が続出したのだ。
その歴史もあって、現在の教国は勇者を酷使するのではなく、おだてることで戦力として利用しようとしている。おかげで、勇者のレベルは大幅に低下してしまったが。
そうやって雑談はしばらく続く。
「そっか。あのガキの目的は咲夜さんの姪か」
「らしいな。取り戻そうとする理由は分からないが」
「どうせあれだろ? 同じ世界の仲間がこの世界の人間に虐げられてるー、って被害妄想を膨らませてんだろうよ」
「傍迷惑な話だ」
「全くだ。おかげで俺も巻き込まれたし。でも、お前さんならシオンって子も大事にしてんだろ? それを勇者にいえば引き下がるかもしれないぜ。いや、無理か。あの自己中っぷりだ。思い通りに行かなかったら癇癪を起こすに決まってる」
「勇者がどうかは知らないが、三国連軍の目的は違うだろ?」
「違いない。皇国の土地と財宝を御所望だ。アホだろ?」
そう言ってフミカゲは肩をすくめる。敵軍の将でありながら、そんなことをほざくこの男は相当異質な存在だろう。
「アホなのは否定できないな。そんな愚かな考えで皇国の地に足を踏み入れるとは」
「俺はただの将だ。責任は本国の奴らに言ってくれ」
「責任転嫁か?」
「最初から俺に責任なんてない。言っとくけど、俺は反対したからな」
「兵を預かった将に責任がないなんてあり得ないだろ?」
「じゃあどうするよ。ここでひっとらえるかのか? まあ、俺はそれでもいいけど」
「いや、メッセンジャーが必要だからな」
「……あれか……はあ、むごいことしやがる」
そう言ったフミカゲは開門のレバーに目をやる。その目に宿るのは憐れみ。これからの三国連軍の運命を悟ったのだろう。
「そんじゃあまあ、メッセンジャーとしての役割を果たすとするさ」
その言葉とともに、フミカゲは再びギフトを発動し、どこかへ消えていった。
◆
兵を眠らせずに待機させているケイスケ。自身も先頭にたち、城塞を見つめていた。そばには残りの勇者たちも控えており、門が開けばいつでも突入できる準備を整えていた。
「ねーねー、ケイスケ、なんであの人にあんな命令出したの? 絶対無理だと思うけど」
レイカがそう問いかける。
「ああ、あれか。ちゃんと意味はあるよ。あいつは腐っても元勇者だ。正面戦闘ならともなく、潜入ならやってのける可能性は十分にある。そして、もし失敗しておめおめと帰ってきたら、それを口実に奴を陥れられる。上手くいけば竜王国軍の兵を動かす権限も得られる。どっちに転んでも俺にとっては美味しいってわけさ」
「へー、さすがケイスケ。あったまいい!」
「当然だ。勇者だからな」
レイカの褒め言葉に気を良くするケイスケ。そしてハルカもそれに付和する。ケイスケへのよいしょタイムが始まっていた。
それらを少し離れた場所で冷ややかな目で観察するガリムとリューシス。
「あいつを総大将にしたのは軽率じゃねーのか?」
「私もそう思いますよ。でも、本国の決定には逆らえませんから」
「はあ、現場を知らない老ぼれどもが。強けりゃ戦争に勝てるって思ってやがる」
「強さは確かに重要な要素ですよ。ただし、相応の智略が伴っていなければ意味がありません。レオンハルト帝のようなつわものを前にすると、最も容易く砕けるでしょう」
「この戦、負けるって思ってるのか?」
「勝つために最善を尽くす。私たちの役目はそれだけです。戦の行く末を決定する権利は、我々にはないのだから」
「そうかよ……おっと、帰ってきたぜ。フミカゲの野郎」
「無事でしたか。門が開いてないので失敗したのでしょうが、生きているだけ良しとしましょう」
無事に帰還を果たしたフミカゲ。しかし、それを出向いたのは馬に乗ったケイスケである。
馬に乗ることで自分を高く見せ、さらに意気揚々といった態度でフミカゲに近づく。ケイスケは見下ろすようにフミカゲに話しかける。
「あれ? 門は開いていないのに何故帰ってきたんだ?」
「あー、ありゃ無理だ」
「そうかそうか。やはり見放された勇者では力不足か。しかし困ったな。それでは兵士たちを無駄に待機させていたことになる。その責任は誰かにとってもらわないと」
「お前がとれよ。達成不可能な任務を押し付けたんだから」
「はぁ? 達成できなかったのはお前の実力不足だろ? だったらーー」
「あの門は開かない。そもそも開くように作られていないんだよ」
「は? 何言ってーー」
「フミカゲ殿。詳しく」
重要な情報だと判断したリューシスは、ケイスケの話を遮ってフミカゲに話しかける。
見るからに不機嫌になるケイスケだが、リューシスはそれを気にする余裕はない。彼の脳内には、嫌な想像が過ぎる。今はただ、その想像が現実にならないことを祈るばかりだ。
「そのまんまだ。あの扉は飾り。最初から門なんてなかったんだよ」
「「「「「はぁ!?」」」」」
「……つまり、どういうことですか?」
「あの城塞を崩さなきゃ先にはいけないってことだ」
「……」
嫌な想像が的中した。レオンハルトは、皇国東と中央の通り道に、完全に蓋をした。中央の扉の奥にあるのは、城壁の壁なのだ。
フミカゲが城門の上で見たのは、中に何もない開門機構。それは、門を開ける必要がないことを物語っていたのだ。
「ここまでするか、レオンハルト帝」
ここへ来て、ケイスケが最初に言っていた念の為がいよいよ現実味が増してきてしまった。
ーー魔導勇者レイカの大魔法で城塞ごと破壊する。
そうしなければ、この地を突破できない。
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