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胎動・乱世の序章

第16話 違和感の正体

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 フミカゲがレオンハルトの根城から帰還した翌日。戦争の形式は一変した。三国連軍の兵士たちは遠くに陣取り、城壁の下には誰もいなくなった。

 三国連軍側は定石通りの攻城戦を捨て、大砲という強力な攻城兵器に頼ることにしたのだ。

「撃てええええ!」

 ドンドンドンドンドン!

 次々と打ち込まれる砲弾が城塞の壁を破壊しようと迫る。そして、それはすこぶる有効である。打ち込まれた砲弾のせいで、城壁はすでに穴だらけだ。いかに頑丈な城壁といえど、これでは一刻と持たないだろう。

 だから、レオンハルトも対策を取る。

「よし、大砲は全部引きずり出せたな。シリア」
「っは」
「壊してこい」
「かしこまりました」

 その言葉とともに、影へ潜るシリア。レオンハルトにすら気配を悟らせないほどの隠れ身。敵が彼女の接近に気付くのはいつになるか。

 レオンハルトの命令から10分ほどが経過し、ようやくシリアが大砲の前までやってきた。道中はなるべく戦闘を回避し、影に潜りながら移動を続けた。

 おかげで、彼女の接近が気づかれるのは潜入から随分と時間が経ったあと。今まさに詠唱を開始しようとする瞬間まで、誰も彼女の存在に気づけなかったのだ。

「この女、どこから!? ぐっは」

 シリア騒ぎ立てる敵を舞うように短剣で斬りつけて、詠唱を開始する。


『影の女王の名において命ずる』

 シリアの影がだんだんと広がっていく。規則正しい形ではなく、むしろ真逆。影が触手のように周いへと広がる。

『地獄の底より這い出でよ 冥府に住まう鬼神たちよ』

 その影から、これまた影と見まごうような生物が次々と這い出る。形は人間のようだが、それは人間とはとても呼べないような代物。

 顔にあるのは、赤く不気味に輝く瞳だけ。それ以外は全て影のように真っ黒。人型だが首はなく、指は5本あるが関節のようなものは見当たらない。真っ黒なせいか、厚みがあるようには感じず、まるで黒い紙のよう。

薄暮冥々はくぼめいめい 魑魅魍魎ちみもうりょう 』

 一瞬にしてシリアの周囲が暗くなる。まるで、巨大な何かが太陽を遮ってしまったせいで影が落ちたかのよう。そして、影の化け物たちは完全に姿を現す。
 高さは3mほど。指の関節どころか全身に関節があるようにはまるで見えない。にもかかわらず行動をすると腕は曲がるし、膝も曲がる。人型ではあるが、人よりも足と腕が長いように感じる。

『時は満ちたり 我が願いを叶えよ』

 元々赤かった瞳はさらに輝きを放つ。

影乱修羅えいらんしゅら

 その霊言とともに、影でできた化け物1000匹が解き放たれた。

「う、うわ、なんだこいつらは!?」
「斬りつけてもすり抜けるぞ!」
「ぐっは!」
「なんでこっちは攻撃できないのにあっちは攻撃できるんだ!」
「こいつら、強いぞ! デカイ割にかなりすばしっこい」

 本当ならもっと召喚できるが、1000匹で十分とシリアは判断し、すぐさま撤退に入る。

 敵が影の化け物相手に苦戦している間に、シリアは迅速に帰還を果たしたのだった。残された1000匹の化け物は、力尽きるまで敵地で暴れ回ることとなる。

 極大魔法にも性質はある。それを大きく三種類に分けることができる。

 広域殲滅型。レオンハルトやリンシア、さらに言うと帝国皇帝へガンドウルムもこのタイプである。圧倒的な高火力で広範囲を破壊し尽くす。密集した敵や建物に対して無類の強さを発揮する。

 領域支配型。自身の魔法を空間に投影することで、空間そのものに魔法の性質を与える。非属性魔法の使い手に多く見られるタイプである。

 そして眷属召喚型。今回シリアが使用したのはこちら。

 影の怪物を呼び出し、暴れさせる。呼び出されたものは呼び出したものの意を汲み取って行動する。つまり、大砲という無機質なものも構わず破壊しようとする。

 ちなみにかつてレオンハルトのピンチにおいて、ライネル領兵たちが使用した「熾天騎士」も眷属召喚型である。

「大砲を守れ!」
「いや、構うな! 撃ちまくれ!」

 最後尾からそんな掛け声が届く。ケイスケの声だ。

「ここで落とせば問題ない! 大砲が壊れるまで撃ちまくれ!」

 ケイスケの指示を受けて、兵士たちは大砲を下げるのではなく、撃つことに切り替えた。本来砲身を冷やすのに必要な時間まで省いて、ひたすら砲弾を打ちまくった。

 当然自壊する大砲も出てくるが、それでもお構いなしだ。やがて、影の怪物の破壊活動や自壊のせいで全ての大砲が失われた。

 それでも、城壁を崩すまでには至っていなかった。だが、ケイスケは満足げである。

「レイカ、あれなら今の魔力でも壊せるか?」
「ばっちり!」
「よぉし、撃て!」
「了解!」

 ケイスケの命令を受けて、レイカは迷わず大魔法を発動させための詠唱に入る。

 レイカのギフトは魔力の貯蔵と魔法の増幅。一見二つ能力があるように見えるが、これはれっきとした一つのギフトだ。これは言わば人間の魔法発動を大砲に例えたときの、その大砲を巨大化させるギフトである。

 体にある魔力を弾とし、魔法を発動するため過程を砲門とする。そして、それを巨大化させることで常軌を逸する魔法を発動させる。

 ギフトを発動することで、普段使っていない魔力は貯蔵されていく。魔力を貯めれば貯めるほど、弾は大きくなる。大きな弾を打つには大きな砲身が必要である。この流れで、レイカのギフトは成り立っている。

 今のレイカはまさに人間大砲。溜めに時間がかかればかかるほど、攻撃は強くなる。もちろん、限界は存在するが。

 その大詠唱を側で見ているのはガリムとリューシス。

「いいのか? あの壁には皇帝がいるんだろ?」
「致し方ありません。破壊以外の選択肢は残されていないのですから」
「皇帝を殺しちまったら?」
「その時はその時です。レオンハルト帝がそんな間抜けな真似はしないと祈るしかないでしょう」
「敵の平安を祈るのかよ。人生、何が起こるかわからんもんだ」
「同感です」

 そうこうしている内に、詠唱は完成する。どうやら魔法の属性は風らしい。

 吹き荒れる風は無数の、そして巨大な刃と化し城壁を襲う。それほどの大魔法ともなれば、周りにも影響を与える。魔法が通り過ぎた場所ではその余波のような大きな風が巻き起こる。

 そして、風の刃たちは城壁に直撃する。大砲の時とは比べ物にならないほどの大きな音が鳴り響く。

 ゴオオオオ。

 そんな轟音とともに、50mもある城塞が崩れ落ちる。

「うおおおおおお! すげー!」
「さすが勇者様だ!」
「この力さえあれば、皇国軍なんて敵じゃねえ!」

 14日間も渡って攻め続けた巨大な城壁が、大砲という武器と勇者の魔法だけで簡単に崩れ落ちた。その景色は壮観の一言である。

 崩れ落ちる城塞の残骸が地面を強く打ち付けて、それに合わせて兵士たちが雄叫びをあげているせいか、世界が震えているような錯覚に陥る。

 そんな中で、リューシスだけは油断なく城塞を見つめていた。

「どうしたんだ? 浮かない顔して。皇帝が死んじまったって思ってんのか?」
「いや、それはないでしょう。むしろその逆です。あのレオンハルト帝がこんなにあっさり城壁を崩させてくれるなんて」
「勇者の力量を見誤ったんじゃねーの?」
「側に勇者をおいているような男が、ですか? ありえません」
「じゃあ、なんだってんだよ」
「私もわかりませんよ。そんなの」

 ガリムとリューシスがそんな会話をしていると、雄叫びをあげた一人の兵士が突如口を閉ざす。崩れ行く城塞の奥を見つめるように目を見開く。

「おい、奥になんかあるぞ」
「なんかってなんだよ」
「結構遠いけど、なんか壁みたいのが」

 崩れ行く城塞の奥。目のいいものならギリギリ目視できるであろう距離に何かが建っていた。

 兵士たちの話を聞いて慌てて奥に目をやるリューシスとガリム。ガリムは戦闘民族というだけあって目はいい。そして、先を見つめるガリムはこれでもかというぐらい目を見開く。

 額を流れる汗が顎から滴る。

「は、ははは、ははは」
「どうしましたか? 奥に何が?」
「笑えるぜ、全く。お前のいう通り、あの皇帝はやべえ」
「……まさか」
「あいつら、奥にもう一個城壁を建てやがった! 目測じゃあこの城壁と同等かそれ以上の大きさだぞ!」
「……」

 足元が崩れ去る音がした。14日間に渡った攻め続けた関塞がやっと落ちたのだ。兵たちの士気があり得ないほど高まっていた。それを逆手に取られた。

 新たな城壁の出現。希望が高かった分、絶望も大きい。おまけに大砲という攻城兵器を全て失った三国連軍に、あの壁を打ち破る術はない。

 突然始まる攻城戦。初日の極大魔法による威嚇。開かない門。この関塞は、崩される前提に作られているのだ。

 レオンハルトは敵を信頼していたのだ。勇者なら、これぐらいはやってくれると。そして、その先に更なる困難まで用意した。

 今までの流れは全て、レオンハルトの手のひらの上だったということにリューシスたちは今更気づいたのだった。



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