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一章
第36話 奴隷に事実を話した
しおりを挟む旅館から少し離れた小川の畔。
平らな岩に並んで座ったショートパンツ姿のティアニーとヒオリは靴を脱ぎ、素足を川に浸けて話している。
ティアニーは11歳で耳長のエルフ族。
身長は141センチ、蜂蜜のような透き通った金髪ストレートを背中まで伸ばしたエメラルドグリーンの瞳の美少女。
ヒオリも同じく11歳。身長は146センチ。真っ赤な赤髪ストレートを腰まで伸ばしている。切れ長の目で金色の瞳の美少女。
「ヒオリはあいつのことどう思う?」
「ゴロウ殿のことですか?」
「そうよ」
「かっこいいですよね……」
予想外の返答にティアニーは「え?」と狼狽え、それから仏頂面になった。
「そういうことを聞いてるんじゃないわよ。ま、まぁ……かっこ悪くはないと思うけど……」
ティアニーの様子から、ゴロウの人柄を問おていると理解したヒオリは真顔で「ふむ」と頷く。
「酒造ホムラは代々、人の“気”を感じ取れる家系なのですが……」
「キ?」
「はい。善良で暖かい陽気と陰鬱で冷たい陰気です。燃えるような旨い酒を呑んでもらい心と体から陰の気を発散させて陽気にする。それが酒造ホムラ家なのですよ」
「ふーん、それで……?」
「某にも第六感と申しますか、気を感じ取れる力があります故……。ゴロウ殿は陰の気もお持ちですが、根底にあるのは“大陽の気”です。大陽はとても珍しく、他人を思い遣り優しくできる者が持つ気なのです」
「じゃぁ私達に優しくしてくれるってこと? まぁ確かにあの男は他人に甘いわよね……」
「ふふふ」
「何が可笑しいのよ?」
「いや、かたじけない。ティアニー殿も大陽の気をお持ちでしたから」
「えっ!?」
「ふふ、ティアニー殿だけではありませんよ。ここに集められた者の中に、他にも大陽の気を持つ娘がおります。あとは、一人を除いて皆、陽の気をお持ちですな」
嬉しそうに語るヒオリにティアニーは呆れる。
「なによ。大陽って全然珍しくないじゃない」
これは勘違いさせてしまったとヒオリは慌てて釈明する。
「祥円寺を出た後は一人も大陽の気を持つ者を見ませんでした。陽の気ならおりますが殆どの人は陰の気なのですぞ」
「じゃぁどうして大陽の気が何人も集まるのよ?」
ヒオリは顎に手を当て唸る。
「某にもわかりません!ゴロウ殿も気を感じているのかもしれませんね」
「で、一人だけ陽じゃないってどういうこと?」
「その方は……大陽の気より珍しい、大陰の気をお持ちです」
「悪い奴ってこと?」
「そうではありませんよ。陰の気であっても人に仇なす者とは限りませんからね」
「ふーん、で誰? タマ? アストレナ? いつも暗いココノ?」
ティアニーはヒオリの表情を見ながら言い当てようとするが、ヒオリは微笑むだけで顔に出さいない。
「誰でも良いではありませんか」
誰かを陥れるようなことは言いたくないヒオリの気持ちを察し、ティアニーは顔色を見るのを止めて透き通った川の水に視線を落とした。
「そうね。私、そういうの全く気にしないし。……だって付き合ってみなきゃ人柄なんてわからないじゃない」
「某も、そう思いますよ」
二人は同じ部屋で寝泊まりすることになった。関係は良好なようだ。
◆
空いている客室で俺はぐずるココノに付き添っている。
あれからどれくらい経っただろうか……。外はもう夕暮れだ。
皆は風呂を済ませ今は夕飯を食べている。
俺とココノは昼も夜も食べていない。
たまにウィスタシアが心配そうに顔を出してくれるが、俺はまだ何も解決できていない。
「ココノ、皆とご飯食べないか?……もしくはここに何か用意するけど」
「いらないの……! ココノのんお母さんにあいたいのッ!!」
怒鳴るココノ……、ずっとこんな調子で、はっきり言って5年前に倒した魔王より手強い!!
黙って一緒にいれば諦めると思ったんだけどな。
「ココノん……どうしてお母さんに会ったらいけないの……?」
事情を話すべきか……迷う。
ただ、一度口にしてしまえば、もうやり直しはできない。話すなら中途半端ではなく事実を全て伝えるべきだし。
ココノが20歳そこそこの大人なら俺は迷わず全て伝えてこれからどうするか選ばせた。我儘を言うようなら金だけ渡して街に捨てたと思う。
でもこの子は8歳だ。見た目なんて未就学児と言われたら納得できる程幼い。
子供が我儘を言うのは当たり前だし、自分で判断なんてできるわけがない。
「大人の事情だ。とにかく家に帰すことはできない」
「昨日はかえすって言ってたの……。ゴロウいじわるなの……。わるい人なの……」
くっそ。
こんなとき奴隷紋を使えば簡単に言う事を聞かせられる。
泣くな、喚くな、喋るな、風呂入って飯を食えと命令すればいいだけだ。
実際、施設から馬車で連れていかれたときや奴隷商会でココノはそのような命令で大人しくさせられている。
何も悪いことをしていない善良な人間を奴隷紋で支配するなんてどうかしているから俺はそんなことはしたくない。
途方に暮れていると、扉を「コン コン」とノックする音が。
ウィスタシアかな?
「どうぞ」
「あのぉー、ゴロウ殿……お客人です……。トイレに立ったら廊下でこちらの方とお会いしまして……、ゴロウ殿の名前を呼ばれておりました故、連れてまいりました」
扉の方を見るとそこにはヒオリと黒髪の女性が。
「あ!」
【お兄ちゃん!何でメール無視するのよ!? え?つかさ、この子やそこの小さい子何!?】
【愛莉こそ何しに来たんだよ!?】
彼女は生前の俺の妹、山田愛莉。今は女子大生だ。
【お兄ちゃんがネットで買った荷物が倉庫に入りきらないから取りに来てってメールしたでしょ!】
そう言えばそんなメール、調べもの担当のゴロウズが見てたな。
【今日も女性物の服、靴、傘、リュック、弁当箱、水筒、他にもいっぱい届いて玄関が大変なことになってるんだからね!】
【今忙しいからゴロウズに行かせるよ】
【ゴロウズはばーちゃんビックリするから出禁になったの忘れたの!?】
俺達のやり取りをヒオリは呆然と見ている。
「あのぉー、ゴロウ殿?」
「あ、ああ、すまん。これは日本語って言葉なんだ。ヒオリ、直ぐに戻ってくるからココノを見ていてくれないか?あ、もうご飯は食べたのか?」
「はい!とても美味しい料理でした!わかりました。某はここでお待ちしております」
「頼む」
それから妹と転移魔方陣に入り、日本側に設置してある実家の俺の部屋の転移魔方陣へ飛んだ。
ここにも赤い魔石が大量にあって充電した魔力で魔方陣を維持している。
急いで玄関に行き、届いた荷物を異次元倉庫に収納。次に納屋の荷物を収納して自分の部屋に戻った。途中妹に「あまり溜めないでよ」と注意され、「へいへい」と適当に答えた。
ココノが居た部屋に戻ると畳に正座したヒオリとクッションの上で丸まって座るココノが何やら話していた。
「待たせたな」
「いえ!ゴロウ殿、先程の方は?」
「あれは前世の俺の妹だよ。機会があったら今度、前世の世界に連れて行ってやるよ。向こうは遊ぶものが多くて楽しいぞ」
「ふぁ、遊びですか……、そ、某、行ってみたいです!」
遊園地やゲームセンター、映画館とかなら連れて行っても問題ないだろう。
それからヒオリはココノに視線を配った後、申し訳なさそうに俺を見る。
「それでゴロウ殿、ココノと話したのですが……。某のような若輩者が差し出がましいことを言うようで申し訳ないのですが、ココノに、家に帰せない理由くらいは教えてあげられないのでしょうか?」
「それは……」
俺が迷っていると。
「某は五つの頃、祥円寺のお師匠に両親、兄弟の死様を知らされました。当時は落ち込みましたが、『明るく生きろ』とお父上の教えもあり、今の某があります。あの時、家族の死を秘密にされて今、何も知らずに生きるより教えてもらえて良かったと思っております」
ヒオリの意見も一理ある。
仮にココノが大きくなって事実を伝えて、何故あの時、言ってくれなかったんだと、いつかお母さんに会うことを楽しみにしていたのにと、俺にガチギレする可能性もあるわけだ……!
「いやはや、小娘が出過ぎた真似をしました。それでは失礼致します」
姿勢良く正座していたヒオリはスッと立ち上がり部屋を出ようとする。
「ヒオリ」
「はい!」
「ありがとうな」
「いえ……ゴロウ殿、頑張ってください。某はゴロウ殿を信じておりますぞ」
ココノに事実を話して、仮に落ち込んでも立ち直れるようサポートする。
一番大変な道のりかもしれない。
だけど、嘘で塗り固めるよりも断然良い。
ヒオリはそんな当たり前のことを気付かせてくれた。子供に気付かされるとは俺もまだまだだな。
ココノ、このあと超大泣するだろうな……。だとしても俺も一緒に進もう。
「ココノ……、ココノを家に帰せない理由を話すよ……。とても辛い話だけど聞きたいか?」
ココノは暫く黙った後、コクっと頷いた。
俺が事実を全て丁寧に話した後、ココノはいつものボーっとした顔で呟く。
「ココノん……知ってたの……」
ふえっ……!!!
知ってたのん!??
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