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1章
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「……ず…」
のどの渇きを感じて、僕は声を出した。出したつもりだったが、出たのはかすれて言葉とも取れないうめき声のようなものだった。
おどろいたのは、傍らから声が返ってきたことだ。
「お水? ちょっと待ってねー」
声とともに、口の中に細い管ののようなものが突っ込まれた。反射的に吸ってみたが、何も出てこない。
「あれ? 出ないねー、おかしいなー…えいっ」
そんな声とともに気管に水の直撃を受けて、僕は思い切りむせ返った。
「げほげほっ…いたた! げほっごほっいた!?」
咳が出るたびに体のあちこちに痛みが走り、ベッドの上で悶絶。ん? ……ベッド?
開かない瞼を無理やり開けてみると、まず目に入ったのはひらりと流れる赤い髪。僕が噴き出した水を慌てて拭いている女の子がいる。
「あわわわわごめんー! だいじょうぶ? だいじょうぶなわけないよね! ちょっとハル呼んでくるね! 待ってて!」
ぐいぐいと怪我の上だろうとお構いなしに乱暴に拭うと、その女の子は髪を翻して部屋から走り出ていった。その途中で床に積み上げてあった本の山を蹴倒したのはご愛敬か。
咳が収まったことで痛みからも少し解放され、やっと今の自分を見ることができた。
部屋はそれなりに広い……はずだが、天井まで届く大きな本棚に壁という壁が占拠されており、妙な圧迫感がある。ベッドは広く、僕一人では持て余すほどだ。
肝心の僕の状態はといえば、包帯でぐるぐる巻きにされており、どうなっているのかよくわからない。まぁ、じっとしていてもあちこちが痛むので、いい状態ではないことだけは確かだ。
それでも、僕は生きている…………んだよね?
ベッドの上の窓から木漏れ日が差し込んで、その温かさが実感させてくれた。
あのまま死んでいてもおかしくはなかっただろうに、よく生きていたものだ……。
ぼんやりとしているそこへ、ドアが開いて、今度は二人の女の子が入ってきた。
一人は先ほど部屋から飛び出していった赤い髪の女の子で、もう一人の黒髪の女の子を連れて戻ってきたようだ。
「ほら、ハル、この人起きたんだよ! 嘘じゃないでしょ?」
顎のあたりで黒髪を切りそろえたハルと呼ばれた女の子は、驚いたように目を見開いて僕を見た。
「ほんとだ」
ベッドの状態を確認して、ハルは赤い髪の女の子を振り返った。
「ヒナタ、お湯持ってきてくれる?」
「はーい」
ヒナタと呼ばれた女の子が部屋から出ていくと、ハルは僕の包帯を丁寧な手つきでほどき始めた。おどろいたことに、べっとりとした傷薬をふき取ってみると、傷口はあらかたふさがっているように見えた。うっすらとした傷跡がなければ、大けがをしていたことが夢だったかのようだ。
ヒナタが持ってきたお湯で傷薬ををきれいに拭くと、
「うんうん、だいぶ良くなったね」
「よかったねぇ。見つけたときはダメかと思ったもん」
「あ……じゃあ、僕を見つけたのは……?」
「わたしだよ」
ヒナタが小さく手を挙げた。
「あのあたり、薬草が生えてるの。ハルに頼まれて採りに行ったときに見つけたんだよ」
「そうか……」
「でね、えっと……、あ、わたしヒナタ。こっちはハル。あなたは?」
「僕は……っカゲ」
名前を答えようとした瞬間、いろいろな思いがよぎり、声がのどに絡んでしまった。
僕が口にした名前がうまく聞き取れなかったのか、ヒナタとハルは顔を見合わせた。それから、すごく、ものすごーーーく、言いにくそうに同時に口を開く。
「……ハゲ?」
「カ! ハじゃなくてカだから!」
二人は安心したようにまた顔を見合わせて笑った。
「そうだよねぇー」
「ハゲじゃあ、ちょっとあんまりねぇ…」
チラリと僕の頭を見やるおまけ付き。失礼な。僕はまだハゲてなどいないぞ。そう思いつつも、ちょっと不安になって、髪を整えるふりをして確認してしまったり。……よし、まだふさふさだ。
「じゃあ、カゲさんね」
あ……いや、カゲではなくて……言いかけた言葉は、口から出ることはかなった。カゲというのもまったくの嘘というわけでもないし、そう、愛称ということにしてしまえば、問題はない。はずだ……たぶん。
葛藤する僕を横に、ヒナタが首をかしげて問いかけてきた。
「それでねー、カゲさん、どうしてあんなところに落ちてたの?」
「落ちて……?」
あんなところって……ていうか、そもそも、ここ、どこ?
いや、ヒナタとハルの家だろうというのは想像がつくけど、どこの町なんだろう…?
「ここは、ライズの村だよ」
「ライズ…」
「えっとね、王都から北に行ったところの崖知ってる? その下のほうなんだけど」
説明されて、ぼんやりと思い出した。直線距離にしたら三日もかからない位置にあるのに、崖を迂回するため一週間はかかってしまう、王都では近場の秘境と呼ばれていた。
そう……僕は、その崖から突き落とされたんだった。
難しい顔をして黙り込んだ僕を見て、ハルとヒナタは顔を見合わせて、何やらごにょごにょと相談を始めた。そして、空々しい笑顔を浮かべて僕を見た。
「話したくないことがあるなら、言わなくても大丈夫だよ」
「そうそう。誰にだって、秘密の一つや二つや三つやよっつや……ええとたくさんあるだろうし!」
「いや、まぁ、そんなにたくさんはないけど」
長年の仲間だと思っていた人に崖から突き落とされ、あまつさえ最初から裏切るつもりで声をかけたのであって仲間なんかじゃないとか言われたなんて、簡単に言えることじゃない。
正直、ヒナタやハルだって、僕を助けたことが純粋な厚意というわけではないだろうと思ってしまう。
とくん、と心の奥で動くものがあった。
なんだ、今の…?
しかし何かを感じたのもその一瞬だけで、勘違いだったのかと思ってしまうほど、その後は何も感じない。
「ねねね、カゲさんのその耳って」
ヒョイッと、ヒナタがキラキラと好奇心に瞳を輝かせて、うつむく僕の顔を覗き込んできた。
「え? あ……耳?」
言われて頭に手をやる。手に触れるのは、一塊の毛束。僕の頭には、獣のものによく似た耳の形の寝ぐせがあるのだ。
そう……寝ぐせ。実際の耳はちゃんと顔の横のあたりにあるので、この毛束の下に耳があるわけではない。なのに、なぜか耳のように毛がはねてしまっているのだ。もとの仲間たちが言うには、僕の遠い祖先に、今は滅んでいる獣人族がいて、その血の名残ではないかとということだ。
「それ、すっごいふわっふわだねぇ、カゲさんが寝てた時、ちょっと触らせてもらっちゃったー」
「ちょっとじゃないでしょーヒナタ。カゲさんがうなるのが面白いとか言って、触りまくってたじゃないの」
「そういうハルだって、耳があるんなら尻尾もあるんじゃなかって、確かめてたでしょ!」
「え、ちょ!?」
「ちがーーーう! 治療のために脱がさなきゃいけなかったの! そのついでに、チラッとは見たけど!」
「見たの!?」
「尻尾はなかったよね」
ネー、と顔を見合わせて二人でうなずき合う。結局ヒナタも見たんじゃないか……。
耳っぽく見えるのが単なる髪型でしかない以上、当然ながら尻尾はない。獣人族の血を引いているといっても、人より少し丈夫で体力があるくらいで、他はふつうの人と変わりはない。
大きな声を出したせいか、少しめまいがしてきた。ふー…と、思わず息が漏れる。それを見てか、ハルがすっかり暮れてしまった窓の外を見やって言った。
「あ、そろそろ寝たほうがいいかもね。またお話は明日にしようかー」
「そだねぇ。ゆくっり寝るといいよーカゲさん」
「寝ろと言われてもなぁ……」
ずっと寝ていた反動か精神が高ぶっているせいなのか、ちっとも眠くない。
「横になってるだけでも楽だから、ほら、寝て寝て!」
「そうそう!」
二人がかりでベッドに押し倒されると、やっぱりどこか無理をしていたらしく、どっと疲れが押し寄せてきた。重くなってきた瞼をこじ開けて、お湯を入れてあったたらいやらを片付けている二人を見る。
「その……ありがとう、いろいろと」
言っておいて、顔が赤くなるのを感じた。考えてみれば、お礼を言うなんて、どれくらいぶりだろう……。元仲間たちとは、お礼を言ったり言われたりなんて関係ではなかったから。
僕の言葉に、ハルとヒナタは顔を見合わせ、小さく笑いあった。
「いいんだよー気にしないで!」
「うんうん、元気になったら三倍くらいにして返してもらうから、ゆっくり休んでね!」
なにそれこわい……。
「じゃあ、おやすみ!」
「……うん、おやすみ……」
ドアがぱたんと閉じられ、僕は瞼を閉じた。
体のあちこちはまだ痛いけれど、とりあえず生きていて、温かいお布団にくるまっている。
死ぬような目にあって、死んでもいい気分になって、でも死んでない。
これからどうなるかはわからないけれど、とりあえず今日は眠るとしよう……
ごそごそと隣で気配がする。
「ちょっと寄ってー」
「……ぁぃ……」
お尻をずらして横に動いた後、ぎょっとして目を見開いた。
隣を見ると、毛布にくるまったヒナタが空いたスペースに横になったところだった。僕を見て、おこしちゃった?ごめんねーなどと屈託なく笑っている。
「ななななんでここで寝るの!?」
「だって、ここ、わたしの部屋だもん」
「へ……?」
あ……そうなの。じゃあ、僕がヒナタのベッドを占領してたってわけか。
「それなら、僕が別のところで寝るよ。ソファとかでもいいし……」
「ダメだよ」
強い口調でたしなめられてしまった。思わず顔を覗き込むと、ヒナタは毛布の隙間から僕を見上げて言った。
「まだ怪我も治りきってないんだから、ベッドで寝なきゃ!」
「でも、一緒のベッドってのも…」
「いーの! 動物を拾ったからにはちゃんと最後まで面倒見るって約束してるんだから」
「約束って誰と……? てか、動物って……あ、ねぇ、ヒナタ、ちょっと寝ないでよーー」
「カゲさん、おやすみなさい……ちゃんとベッドで寝てね……?」
すやすやとあっという間に寝息を立て始めたヒナタに、僕は大きくため息をついた。
確かに、まだ体中がぎしぎしと悲鳴を上げている現状では、床やソファで寝ることは避けたいところだ。ベッドに横たわると、傍らから伝わってくるぬくもりに、癒される心とざわざわする心とがせめぎあって……僕、眠れるかしら。
との心配も杞憂に終わり、規則正しいヒナタの寝息を聞いているうちに、僕もまたいつの間にか眠っていたのだった。
のどの渇きを感じて、僕は声を出した。出したつもりだったが、出たのはかすれて言葉とも取れないうめき声のようなものだった。
おどろいたのは、傍らから声が返ってきたことだ。
「お水? ちょっと待ってねー」
声とともに、口の中に細い管ののようなものが突っ込まれた。反射的に吸ってみたが、何も出てこない。
「あれ? 出ないねー、おかしいなー…えいっ」
そんな声とともに気管に水の直撃を受けて、僕は思い切りむせ返った。
「げほげほっ…いたた! げほっごほっいた!?」
咳が出るたびに体のあちこちに痛みが走り、ベッドの上で悶絶。ん? ……ベッド?
開かない瞼を無理やり開けてみると、まず目に入ったのはひらりと流れる赤い髪。僕が噴き出した水を慌てて拭いている女の子がいる。
「あわわわわごめんー! だいじょうぶ? だいじょうぶなわけないよね! ちょっとハル呼んでくるね! 待ってて!」
ぐいぐいと怪我の上だろうとお構いなしに乱暴に拭うと、その女の子は髪を翻して部屋から走り出ていった。その途中で床に積み上げてあった本の山を蹴倒したのはご愛敬か。
咳が収まったことで痛みからも少し解放され、やっと今の自分を見ることができた。
部屋はそれなりに広い……はずだが、天井まで届く大きな本棚に壁という壁が占拠されており、妙な圧迫感がある。ベッドは広く、僕一人では持て余すほどだ。
肝心の僕の状態はといえば、包帯でぐるぐる巻きにされており、どうなっているのかよくわからない。まぁ、じっとしていてもあちこちが痛むので、いい状態ではないことだけは確かだ。
それでも、僕は生きている…………んだよね?
ベッドの上の窓から木漏れ日が差し込んで、その温かさが実感させてくれた。
あのまま死んでいてもおかしくはなかっただろうに、よく生きていたものだ……。
ぼんやりとしているそこへ、ドアが開いて、今度は二人の女の子が入ってきた。
一人は先ほど部屋から飛び出していった赤い髪の女の子で、もう一人の黒髪の女の子を連れて戻ってきたようだ。
「ほら、ハル、この人起きたんだよ! 嘘じゃないでしょ?」
顎のあたりで黒髪を切りそろえたハルと呼ばれた女の子は、驚いたように目を見開いて僕を見た。
「ほんとだ」
ベッドの状態を確認して、ハルは赤い髪の女の子を振り返った。
「ヒナタ、お湯持ってきてくれる?」
「はーい」
ヒナタと呼ばれた女の子が部屋から出ていくと、ハルは僕の包帯を丁寧な手つきでほどき始めた。おどろいたことに、べっとりとした傷薬をふき取ってみると、傷口はあらかたふさがっているように見えた。うっすらとした傷跡がなければ、大けがをしていたことが夢だったかのようだ。
ヒナタが持ってきたお湯で傷薬ををきれいに拭くと、
「うんうん、だいぶ良くなったね」
「よかったねぇ。見つけたときはダメかと思ったもん」
「あ……じゃあ、僕を見つけたのは……?」
「わたしだよ」
ヒナタが小さく手を挙げた。
「あのあたり、薬草が生えてるの。ハルに頼まれて採りに行ったときに見つけたんだよ」
「そうか……」
「でね、えっと……、あ、わたしヒナタ。こっちはハル。あなたは?」
「僕は……っカゲ」
名前を答えようとした瞬間、いろいろな思いがよぎり、声がのどに絡んでしまった。
僕が口にした名前がうまく聞き取れなかったのか、ヒナタとハルは顔を見合わせた。それから、すごく、ものすごーーーく、言いにくそうに同時に口を開く。
「……ハゲ?」
「カ! ハじゃなくてカだから!」
二人は安心したようにまた顔を見合わせて笑った。
「そうだよねぇー」
「ハゲじゃあ、ちょっとあんまりねぇ…」
チラリと僕の頭を見やるおまけ付き。失礼な。僕はまだハゲてなどいないぞ。そう思いつつも、ちょっと不安になって、髪を整えるふりをして確認してしまったり。……よし、まだふさふさだ。
「じゃあ、カゲさんね」
あ……いや、カゲではなくて……言いかけた言葉は、口から出ることはかなった。カゲというのもまったくの嘘というわけでもないし、そう、愛称ということにしてしまえば、問題はない。はずだ……たぶん。
葛藤する僕を横に、ヒナタが首をかしげて問いかけてきた。
「それでねー、カゲさん、どうしてあんなところに落ちてたの?」
「落ちて……?」
あんなところって……ていうか、そもそも、ここ、どこ?
いや、ヒナタとハルの家だろうというのは想像がつくけど、どこの町なんだろう…?
「ここは、ライズの村だよ」
「ライズ…」
「えっとね、王都から北に行ったところの崖知ってる? その下のほうなんだけど」
説明されて、ぼんやりと思い出した。直線距離にしたら三日もかからない位置にあるのに、崖を迂回するため一週間はかかってしまう、王都では近場の秘境と呼ばれていた。
そう……僕は、その崖から突き落とされたんだった。
難しい顔をして黙り込んだ僕を見て、ハルとヒナタは顔を見合わせて、何やらごにょごにょと相談を始めた。そして、空々しい笑顔を浮かべて僕を見た。
「話したくないことがあるなら、言わなくても大丈夫だよ」
「そうそう。誰にだって、秘密の一つや二つや三つやよっつや……ええとたくさんあるだろうし!」
「いや、まぁ、そんなにたくさんはないけど」
長年の仲間だと思っていた人に崖から突き落とされ、あまつさえ最初から裏切るつもりで声をかけたのであって仲間なんかじゃないとか言われたなんて、簡単に言えることじゃない。
正直、ヒナタやハルだって、僕を助けたことが純粋な厚意というわけではないだろうと思ってしまう。
とくん、と心の奥で動くものがあった。
なんだ、今の…?
しかし何かを感じたのもその一瞬だけで、勘違いだったのかと思ってしまうほど、その後は何も感じない。
「ねねね、カゲさんのその耳って」
ヒョイッと、ヒナタがキラキラと好奇心に瞳を輝かせて、うつむく僕の顔を覗き込んできた。
「え? あ……耳?」
言われて頭に手をやる。手に触れるのは、一塊の毛束。僕の頭には、獣のものによく似た耳の形の寝ぐせがあるのだ。
そう……寝ぐせ。実際の耳はちゃんと顔の横のあたりにあるので、この毛束の下に耳があるわけではない。なのに、なぜか耳のように毛がはねてしまっているのだ。もとの仲間たちが言うには、僕の遠い祖先に、今は滅んでいる獣人族がいて、その血の名残ではないかとということだ。
「それ、すっごいふわっふわだねぇ、カゲさんが寝てた時、ちょっと触らせてもらっちゃったー」
「ちょっとじゃないでしょーヒナタ。カゲさんがうなるのが面白いとか言って、触りまくってたじゃないの」
「そういうハルだって、耳があるんなら尻尾もあるんじゃなかって、確かめてたでしょ!」
「え、ちょ!?」
「ちがーーーう! 治療のために脱がさなきゃいけなかったの! そのついでに、チラッとは見たけど!」
「見たの!?」
「尻尾はなかったよね」
ネー、と顔を見合わせて二人でうなずき合う。結局ヒナタも見たんじゃないか……。
耳っぽく見えるのが単なる髪型でしかない以上、当然ながら尻尾はない。獣人族の血を引いているといっても、人より少し丈夫で体力があるくらいで、他はふつうの人と変わりはない。
大きな声を出したせいか、少しめまいがしてきた。ふー…と、思わず息が漏れる。それを見てか、ハルがすっかり暮れてしまった窓の外を見やって言った。
「あ、そろそろ寝たほうがいいかもね。またお話は明日にしようかー」
「そだねぇ。ゆくっり寝るといいよーカゲさん」
「寝ろと言われてもなぁ……」
ずっと寝ていた反動か精神が高ぶっているせいなのか、ちっとも眠くない。
「横になってるだけでも楽だから、ほら、寝て寝て!」
「そうそう!」
二人がかりでベッドに押し倒されると、やっぱりどこか無理をしていたらしく、どっと疲れが押し寄せてきた。重くなってきた瞼をこじ開けて、お湯を入れてあったたらいやらを片付けている二人を見る。
「その……ありがとう、いろいろと」
言っておいて、顔が赤くなるのを感じた。考えてみれば、お礼を言うなんて、どれくらいぶりだろう……。元仲間たちとは、お礼を言ったり言われたりなんて関係ではなかったから。
僕の言葉に、ハルとヒナタは顔を見合わせ、小さく笑いあった。
「いいんだよー気にしないで!」
「うんうん、元気になったら三倍くらいにして返してもらうから、ゆっくり休んでね!」
なにそれこわい……。
「じゃあ、おやすみ!」
「……うん、おやすみ……」
ドアがぱたんと閉じられ、僕は瞼を閉じた。
体のあちこちはまだ痛いけれど、とりあえず生きていて、温かいお布団にくるまっている。
死ぬような目にあって、死んでもいい気分になって、でも死んでない。
これからどうなるかはわからないけれど、とりあえず今日は眠るとしよう……
ごそごそと隣で気配がする。
「ちょっと寄ってー」
「……ぁぃ……」
お尻をずらして横に動いた後、ぎょっとして目を見開いた。
隣を見ると、毛布にくるまったヒナタが空いたスペースに横になったところだった。僕を見て、おこしちゃった?ごめんねーなどと屈託なく笑っている。
「ななななんでここで寝るの!?」
「だって、ここ、わたしの部屋だもん」
「へ……?」
あ……そうなの。じゃあ、僕がヒナタのベッドを占領してたってわけか。
「それなら、僕が別のところで寝るよ。ソファとかでもいいし……」
「ダメだよ」
強い口調でたしなめられてしまった。思わず顔を覗き込むと、ヒナタは毛布の隙間から僕を見上げて言った。
「まだ怪我も治りきってないんだから、ベッドで寝なきゃ!」
「でも、一緒のベッドってのも…」
「いーの! 動物を拾ったからにはちゃんと最後まで面倒見るって約束してるんだから」
「約束って誰と……? てか、動物って……あ、ねぇ、ヒナタ、ちょっと寝ないでよーー」
「カゲさん、おやすみなさい……ちゃんとベッドで寝てね……?」
すやすやとあっという間に寝息を立て始めたヒナタに、僕は大きくため息をついた。
確かに、まだ体中がぎしぎしと悲鳴を上げている現状では、床やソファで寝ることは避けたいところだ。ベッドに横たわると、傍らから伝わってくるぬくもりに、癒される心とざわざわする心とがせめぎあって……僕、眠れるかしら。
との心配も杞憂に終わり、規則正しいヒナタの寝息を聞いているうちに、僕もまたいつの間にか眠っていたのだった。
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