コカゲとヒナタ

えいり

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10章

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 深呼吸して、呼吸を整える。

 旅に持ってきた荷物の大半は、集落に置いてきている。持ってきたのは飲み水と保存食くらいのものだが、それも地面に下ろす。

 持っている武器は、剣が一本と、荷物の中に入っていた短剣が一本、その二本だけだ。

 しかし、それだけでは足りない。

「短剣を一本貸してくれないか」

 ユウヒは快く予備の短剣を渡してくれた。

 うまく気が付かれずに近づければいいが、そうもいかないだろう。

 うまくいった場合、いかなかった場合、その両方を想定して、あえて手は空にして、ゆっくりと歩みを進める。

 呼吸は緩やかに。

 歩みも決して止めない。

 周囲の空気と同化するように、火トカゲの吐息に合わせるように。

 少しづつ近づいていく。

 かつて教わったことを思い出しながら、ゆっくり、ゆっくり。

 あと少し……か。

 ゆっくりと剣の柄に手をかける。あと少し進めば、一撃で首を落とせるだろう。

 といったところで、僕が進む方と、火トカゲをはさんだ逆の方に、小さな人影を発見した。

 え、と一瞬だけ思考が停止する。

 と、同時に、その人影がパキリと枝を踏んだ音が響いた。

 火トカゲがむくりと頭をもたげる。その人物の方に振り向こうとするのを、左手で抜いた短剣で尻尾を地面に縫い留めることで阻止する。



 グアアアアアアア!!!



 こちらに振り向き、火を吹こうと大きく息を吸い込むが、この距離ならいける!

 一気に距離を詰め、一息に首を落とそうと剣を振りかぶったとことで、甲高い声が響き渡った。

「首を落とさないで!」

 え……ええええええ!?

 そんな無茶な!

 首を落とせば間に合うが、ここからブレスの回避は無理だ。顔への直撃は防ごうと、とっさに腕をクロスさせてブレスを受け止める。

 ……思ったより熱くない……?

 火トカゲが炎を吹き終えた瞬間、右手に持った剣の腹で、力いっぱい頭を殴打する。トカゲが地面に頭を落としたところを、脳天から剣を突き立てた。一度大きく体を跳ねさせて、火トカゲは動かなくなった。

 ちょっと焦げてしまった前髪を気にしていると、後ろから拍手の音が聞こえた。

「すごいね、カゲさん。想像以上だったよ」

 ゆっくりと木の陰から現れたユウヒを見て、僕はため息をついた。あの、火トカゲが火を吐いた瞬間も、あの木の陰に隠れていたのだ。丸投げにもほどがある。

 そのユウヒを見て、先ほどの声の主ががさがさと茂みをかき分けて現れた。

「あら、ユウヒじゃない。ひさしぶりー」

「ラン、ひさしぶりだね」

 ユウヒは声でわかっていたのか、さほど驚いた様子はない。

 ということは、このランという女性も、ギルドのメンバーなのか? 僕の疑問を察したのか、ユウヒがこちらを振り返った。

「カゲさん、この人はランと言って、ギルドの装備品を作ってる人だよ」

 え、じゃあ僕が着ているこの服も? そして、あの部屋にあふれていた装備たちも全部?

「あなたが着ているの、あたしが作ったやつね?」

「ああ、そう。これ、すごく丈夫だね。火も平気だったし」

「それはそうよ」

 頷いて、ランは火トカゲを指さした。

「あの子の皮を使ってるんだから」

 ……なるほど。それは燃えるわけがないな。

「この子のね、のどのところに発火に使われてる器官があるの。それがほしかったんだー」

「ああ、だから首を落とすなって?」

「そう。ありがとねー。これで失敗してたら、また火トカゲを探すところからだったから、助かったわ」

 まさかと思うけど。

「まさか、ランが追い回したから、ここまで逃げてきたとかないよね?」

「そんなわけないでしょ! 火トカゲなんて南のほうにしかいないのに、こんなとこにいるからゲットしようと思ってうかがっていたのよ」

 この森にいた理由は別の獣の素材の採取だと、戦利品の入った袋をランは掲げて見せてくれた。

「でも、あたしじゃあうまく倒せないし、どうしようかと思ってたところに、あなたたちがきたの」

 言いながら、ランは火トカゲの解体を始めた。

 例の魔法での採取はお手軽かつ衛生的ではあるが、どの素材がそれだけ残るのかは運任せである。なので、ランのように素材目当てで獣を狩る人たちは、自力での解体をする人が多い。

 ランが背負っていたリュックには、いろんなサイズ、形状のナイフがたくさん入っていた。それらを使い分けて、巧みに皮をはがしていく。それから、爪、牙も採取し、最後に喉にあるという火打ち石と呼ばれる器官を回収した。

 それらを丁寧に専用の保管袋にくるみ、背負っていたリュックに詰め込んでいく。

「さ、帰りましょうか」

「その前に、集落に報告しなくちゃ」

 ランに僕たちがここに来た経緯を説明し、森を通って集落へと向かった。今度は遠慮なくガサガサと音を立てて歩けるので気が楽である。

 大きさの割に重いランのリュックをなぜか持たされての帰路ではあるが(ランいわく「レディに重いものを持たせたままにするの?」)、気を使わないでいいというのはいいものだ。

 その間、ランにちょっと質問攻めにされたりもしたが、おおむね平和な道中だったといえる。

 集落に報告し、王都の方には集落から連絡してもらえることになったので、僕たちはギルドに戻ることにした。



 ギルドに戻ると、ヒナタ、ハル、アサヒが出迎えてくれ、アサヒはいささか不服そうにではあるが、おかえり、と声をかけてくれる。

 帰るところっていうのは、こういう感じなのかな……。

 簡単にランと出会った経緯を話したあとで、アサヒが僕をちらちらと見ながら、ユウヒに問いかけた。

「で、どうだったのさ、そいつは。少しは使えたの?」

 これに対してのユウヒの返答は、いたってシンプルだった。

「悪くはない、かな」

 一同がどよめく。

「ユウヒにそう言わせるなんて、カゲさんすごーい」

「……そうなの?」

 及第点ってイメージだが、アサヒの愕然とした表情を見ると、ユウヒのなかではとてもいい評価なのだろう。

「それで提案なんだけど」

 ユウヒが非常にさわやかな笑顔とともに言い放ったのが、

「どうかな、カゲさん、私と一緒に行くっていうのは」

 というセリフである。

 これには、その場にいた全員が驚いた。

 そして、それに異を唱えたのが、ランであったのもまた意外だった。

「あら、ダメよ、ユウヒ。カゲさんは私が連れて行くんだから」

「ええ!?」

「あの手際の良さ、すごいじゃない。あれだけできるなら、今まで私じゃあ無理だと思ってあきらめてた、あれやこれも手に入れられるかもしれないわ」

「ラン、勝手に決めてもらったら困るな」

「ユウヒこそ、勝手に決めようとしてるじゃない」

「私はちゃんとカゲさんの意思を確認してるけど?」

 この言葉を、ランは鼻で笑った。

「確認なんて言うけど、イヤだなんて言えるわけないでしょう? 何の意味もないわ」

「その言葉、ランにそっくりお返しするよ」

 ふふふ、ははは、と顔は笑顔でいながら、二人とも目はちっとも笑っていない。

 こわい。こわすぎる。

 口をはさむことができずに見守っていると、これまた意外な人が参戦した。

「ダメ! カゲさんはうちにいるんだからね!」

 ヒナタである。うちというのはギルドハウスのことだろう。

「なぜ? 誰かがいればいいのなら、アサヒでも問題ないだろう?」

「アサヒはイヤ!」

 ズバッと言い切られ、アサヒががっくりと肩を落とす。それを見てさすがに気の毒に思ったのか、ハルが小声で弁明をする。

「アサヒはほら、どっちかというと控えめに言っても戦闘バカでしょ? 村のこまごまとした依頼をするには向いてないんだよね……」

 確かに、模様替えの手伝いや草むしりをするアサヒはちょっと想像できない。僕がそれに向いているかと言われれば、ちょっと疑問に思うところもあるが、まぁ、やれといわれればやるのかもしれないが……向いているとはいいがたい。

 ハルのフォローにもならな言葉に、アサヒがますますうなだれていく。さすがにすこしかわいそうだ。

 と、思っていたら、ヒナタ、ユウヒ、ランの三人が僕の方を一斉に振り向いた。

「カゲさんは、どーしたいの⁉」

「答えは決まってるわよね、カゲさん?」

「悩む余地などない、そうだろう?」

 ジリジリと包囲を狭めてくる女性陣に、思わず一歩退いた。

「え……えっと……僕は……」

 冷や汗をじっとりとかきながらも、今までにない暖かいものが満ちてくる。

 追いつめられるのがこんなにもうれしいなんて、初めての経験だ。自然と笑いがこみあげてくる。

「何笑ってんのー!」

 一斉に突っ込みを受けて、こらえきれずに僕は爆笑した。

 つられて、みんなも笑い出す。



 ギルド「グリーンホーム」、ここが僕の新しい家だ。

 心からそう思えたのは、この時が初めてだった。
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