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第3章 逢引
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しおりを挟むそれから結局、藍との約束は彼の強行突破によって食事に行く店も日にちも光の速さで決められた。デートだなんだと言っていたが、編集長の浅沙から聞いた情報では大人数が苦手だと言っていたのでどうせ家で食べることになるだろうと思っていたのに。ちゃんと個室がある店を予約したと、店の住所が送られてきた時は驚いたものだ。
「由利さん、今日はとうとうYURIさんとのお食事ですねっ♪」
「なんで心ちゃんのほうが嬉しがってんの……」
「だって由利さんからなら話が聞きやすいですもん!しっかりばっちり、YURIさんの素顔を見てきてくださいね!?」
「あはは……」
素顔なんてもう飽きるほど見てるけど。なんなら中学生の時の写真も成人式の時の写真も持ってるけど。
なんて、言えるわけがない。というか、今でも写真を消さずに保存したままなんて、自分でも藍のことをどう思っているのか分からないでいる。弟として『家族の写真』を消さないだけなのか、あるいはそれ以外の感情があるのか。過去の写真を見たのは藍と再会してから久しぶりだったのだが、再婚して初めて一緒に撮った四人での写真と、妹が生まれてからの五人の写真、そして藍の成人式の写真だけは別のフォルダに振り分けられていた。自分でこんなことをした記憶はなかったのだけれど、無意識というのは恐ろしい。自分のどこか『深いところ』が、彼に対して何かを思っているのかもしれない。
「――あれ、おしゃれしてくれたの?兄さん」
「違う、心ちゃんが勝手にセットしただけで俺の意思ではない……」
「心ちゃんって誰?」
「俺のヘアメイクさん……」
今日は散々だった。
心を始めとする周りのスタッフからも期待の目で見られ、楽しんできてくださねと声をかけられた。そんな言葉を愛想笑いで誤魔化したのだが、由利が困っている様子を藍が遠くから見つめていて、瞳しか見えないけれど笑っているのが分かって更に腹が立ったものだ。そして白々しく「おしゃれしてきたの?」なんて、言われると腹が立つどころの話じゃない。
個室に通され、目の前でニヤニヤと笑っている藍の足をテーブルの下から蹴り付けるくらいには、むかついている。
「いった……!」
「足が長いせいで当たっちゃってすみません、YURI先生」
「……兄さんっていじめ甲斐がある性格してるよね」
「仮にも兄に向かってそんなこと言うほうがどうかしてるぞ」
「仮にも、ね……確かに」
お互いに兄弟だと思ったことはない発言だろう。こんなことを言ったらきっと両親は悲しむだろうなと思うけれど、由利が藍を弟だと思っていたのは半年か一年もないくらいだ。藍はそれよりもっと、由利のことを兄だなんて思っていなかったかもしれない。今でこそ『愛してる』なんて馬鹿なことを言うくらいだから。
「今日はなんでわざわざ外に呼び出したんだよ?浅沙さんに聞いたけど、ストーカーとかそういう被害に遭ってたから食事の場が苦手なんだろ?」
「浅沙さん、そんなことまで話したんだね」
「だから人前でマスクとか取らないって……違うの?」
「まあ、嘘も方便って言うから」
「は……?」
藍が事前に予約していたのは人が定期的に配膳に来るコース料理ではなく、由利の好みばかりを先に注文してくれていた。テーブルの上にいくつかの料理が運ばれてきてから藍はマスクと帽子を外していたのだが、今の彼の言い方だとスカウトされたり付き纏われたりするのが嫌なわけではないのだろうか?
「まあ、ストーカーされてたこともあるけど……面倒くさいから、飲み会とか食事会とか」
「参加しないための口実ってわけ……?」
「そういうところかな。そんな時間があれば作業したいし」
「じゃあ藍にとって、人脈作りを頑張ってる俺ってバカらしく見えてるだろうね」
「それとこれとは話が別。兄さんと僕では状況が違うから」
浅沙から藍の話を聞いた時、少なからず『そんな大変な目に遭ってたいたなんて』と思った気持ちを返してほしい。あの瞬間由利は藍の『兄』として、家族として彼を心配した。母からのメッセージにも『一人だと大変だったみたい』と書かれていたから、勝手に引っ越してきても目を瞑っていたのだ。それなのに――
「じゃあ現場でマスクと帽子取らないのはなんで?」
「兄さん、少しくらい、ただゆっくり食事を楽しむんじゃダメなの?」
「俺は全然、藍のことを知らないから……」
「知ろうとしなかったのはそっちなのに、今更なに言ってんだか」
藍の言うことはもっともだ。知ろうとしなかったのは、避けていたのは全て由利自身の選択で、このことに関して藍は一切悪くない。なにも言い返す言葉は見つからないし、ただ粗探しでもしてやるかと思った汚い心が裏目に出た。由利は俯いてマグロの刺身を一口食べると、頭上からため息が降ってきて顔を上げた。
「僕がこんなふうになったのは全部由利のせいだよ。それなのに覚えてない?」
「え?」
「僕のことを避けて知ろうとしなかったのはもういいけど、僕を変えた張本人が覚えてないのは気分が悪いね」
「ちょっと待って、怒ってる……?」
藍は頬杖をついたまま由利をじっと見つめていて、少しピリついている雰囲気に思わず口をつぐんだ。別に由利のほうが年上なのだから動揺する必要もないが、機嫌が悪くなった藍を目の当たりにして『どうしよう』という言葉で頭の中が埋め尽くされる。なんせ藍の機嫌を直す方法なんて、知らないのだ。
「由利が言ったからだよ、僕の顔がかっこよくて好きだって」
「は…お、俺が?」
「そう。だから他の人に見せないようにしてたのにって……あー、バカらしいじゃん、こんなの。当の本人は忘れてるのに律儀に操立てて。どうせ兄さんだってバカだなって思ってるでしょ」
確かに藍はかっこいい。初めて会った時は大人と子供の間だったけれど、みるみるうちに成長して、すっかりイケメンになった。藍が中学3年生の時には由利が通っている高校でも話題になるくらい、かっこいいと有名だったのだ。そんな藍を誇らしく思ったこともあれば、誰にも見てほしくないという醜い独占欲のようなものを持っていたこともある。
ただ、それを直接言葉にしたことはなかったような気がするけれど。もしかしたら『過ち』を犯している間にうわ言のように言ってしまったのかもしれない。なんにしても兄がただ顔を好きだと言っただけで、誰にも見せないようにマスクと帽子で隠している藍がなんだか可愛く見えて、ぎゅっと胸が締め付けられた。
「ば、ば、ばかだね、藍って……」
「わざわざ言わなくてもバカにされてるのは分かってるよ。僕を傷つけて楽しいんだ、兄さんは」
「楽しんでるわけじゃ、ないけど…」
手で口元を隠し、眉間に皺を寄せて怒っている藍を見ると、ただただ子供の癇癪にしか見えなくて思わず笑ってしまった。由利が笑ったのが意外だったのか、眉間に皺を寄せて不機嫌だった藍は今度は目を見開いて驚き、笑っている由利の目元をなぞった。
「笑ってるほうが好きだよ、兄さん」
そんなことを言われてドキッとしてしまったのは、きっと気のせいだ。
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