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3.秋
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しおりを挟む先輩が笑うとなんで周りに花が舞っているように見えるのだろう。
みんながみんな先輩を振り返るくらいかっこよくて綺麗で、それなのに彼自身は自分の魅力に気が付いていないのかいつも『俺なんて別に注目されてないよ』なんて言うのだ。あまりにもモテすぎると感覚が麻痺するのかもしれない。
「いやぁ、やっぱりさすがイケメンな客寄せわんことうさぎ! めちゃくちゃお客さん来たぞ!」
「それならよかった。もう二度とクラスに帰ってこられないと思ったけど。なぁ、恵」
「確かに……数歩進めば呼び止められ、数歩進めば連絡先を聞かれ……もう絶対に行きたくない」
「あぁ? モテ自慢ですかぁ!?」
「違うって……」
結局昼過ぎにようやく客引きから帰ってこられた僕と大我は、蛍から散々嫌味を言われていた。
モテ自慢とかそういうことではなく、こちとらかなり迷惑だったという話をしているだけなのに。こういう小さいことできっと話は変に大きくなって、先輩に関する噂もこういう風に大きくなってしまったのだろう。自分も気を付けなくちゃいけないなと、僕はため息をついた。
「って、おい恵!」
「んぁ?」
「時間!」
「時間?」
大我が慌てて腕時計を指差すので何事かと思ったが、大我の焦った顔を見て僕はやっと『約束』を思い出したのだ。
「そうだった……!」
先輩とハグの約束をした時間はとっくに過ぎている。過ぎていると言ってもまだ10分程度。今からダッシュで行けば間に合うかもしれない。
「ごめ、もう行くわ!」
「えっ、お前が食べたいって言うから焼きそば買っておいたのに!」
「食べてる場合じゃないからごめん、蛍!」
ダッシュで先輩のクラスに向かうと、朝と同じでいまだに行列は続いていた。
どこから入ったらいいのかも分からず、この行列の最後尾に並ばないといけないのかと思ってウロウロしていると、違う教室からひょこっと顔を見せた先輩が「うさみくん、こっちだよ」と小さく手招きをしてくれた。
「せ、せんぱい! ごめんなさい、遅くなって……!」
「ううん、大丈夫。恵と大我くんで最後だから……って、大我くんは?」
「えっと、あの、大我が……枠を譲ってくれて」
「え?」
「僕たちのことに気付いたみたいで、すみません……」
別教室には先輩と志鶴、そして数名の生徒がいたので聞こえないように小さい声でコソコソ話すと「そっか、さすが幼馴染だね」と、先輩は怒るわけではなく笑ってくれた。
「だから僕は0,1秒じゃなくて、0,2秒ハグできますよね?」
「あはっ! そうだね。宇佐美くんは特別に0,2秒にしよっか」
僕が最後の相手だと分かっているからか、きっと今までハグをしに来た人たちよりもゆっくり話してくれている。
自分が先輩にとって少しは特別だなと思ったのが、どこかのアイドルの握手会のように手を握って話してくれているということ。周りの生徒が物珍しそうにチラチラとこちらを見ているが、僕には先輩しか見えていなかった。
「……たくさん話したいけど、あとからゆっくり話そうね」
「は、はい!」
「そんなにカチコチにならないでよ、宇佐美くん。ほら、ハグしようか」
誰にもハグされたくないと思っていたけれど、人の目があるなか自分が先輩とハグするのはなかなか恥ずかしい。多分、やましい気持ちがあるからだろう。
先輩に対しては『ハグできて嬉しい』なんて純粋な気持ちでするわけではないから、ドキドキするのだ。
そしてそっと抱きしめると、先輩からいい匂いがしてきた。
柔軟剤とかボディソープとかシャンプーとか、そういう薄い匂いに交じって違う濃い匂いがするのだ。香水とかではなさそうだけれど、後ろから抱きしめるとうなじや耳の裏から香ってくるその匂いを嗅ぎたいという邪な気持ちもあるし、何よりも……。
「(や、わらか、い……)」
先輩は男性的な体つきをしているのに、柔らかい。ふわっとしているというか、もちっとしているというか。背丈は僕と同じなのに、体の柔らかさはこんなにも違うものかと思うくらい柔らかいのだ。
「長いっす、もう時間です」
「あはは、ごめんごめん。来てくれてありがとう宇佐美くん」
「僕のほうこそ、あり、ありがとうございました!」
剥がし役だという元ラグビー部の男子生徒がべりっと僕を引き剥がす。本当に『剥がされた』ので、彼はこの役に適任だったのだろう。それに、僕以外の人もこうやって剥がしてくれたのかと思うと安心できた。
「またあとでね」
先輩がそう呟いた声がずっと耳の奥に残った。
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