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1.春
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しおりを挟む「さ、サボってもいいですけど、キスはまた今度……! 今日の分はした、し……」
「ふふっ、本当に初心だね、宇佐美くんって」
「そう言われましても…すみません……」
「手が早いよりよっぽどいい」
僕は入学したばかりで春陽先輩は受験生だというのに、二人揃ってサボるなんて不良学生でしかない。でも勉強よりも先輩と一緒にいることのほうが大事だなんて、これがいわゆる色ボケというやつだろうか。脚の間にちょこんと収まっている先輩は僕を背もたれにして、胸元に頭を預けてきた。
「宇佐美くんって、昔から何かスポーツやってたの?」
「スポーツですか? 特に続けてたものはないです」
「じゃあ元から運動神経がいいってこと?」
「んー、まぁ、そういうことなんですかね……その代わり、勉強はからっきしですけど」
「あはっ! 運動神経をもらった代わりに、学力が持っていかれちゃったんだ」
「です。成績も下から数えたほうが早いかも」
「へぇ、意外だなぁ」
「春陽先輩は、頭良さそうですね」
「まぁ、一応? 勉強できなくはないかな」
くすくす笑いながら、先輩は僕の手を取って握ったり離したり、とてつもなく可愛らしいことをしていた。先輩とは同じくらいの背丈で、手の大きさもほとんど同じだけど細いからか小さく見える。
先輩が笑う度にふわふわの髪の毛が揺れて顎や首をくすぐってきて、彼の後頭部を見ながらバレないように小さく笑った。
本当に、年上とは思えない可愛らしさだ。みんなはこの人をスクールカーストの王座にいる人だと思っているけれど、蓋を開けてみればとても天然で可愛い人。こんな先輩を自分以外に知っている人はいるのだろうか。
「バイトとかはしてるの?」
「や、してないですね。大我……幼馴染から勝手に部活に入れられて、ただでさえ自分の時間なくなってるんで……」
「助っ人部でしょ? 3年の間でも、すごい1年生って噂だよ」
「周りがすごいだけで、僕は全然です」
「謙虚だなぁ。宇佐美くん、どんなスポーツも上手いって言われてた。俺もこそっと見に行こうかな」
「えっ、春陽先輩が見てたらできないです」
「なんでぇ?」
「緊張するから……」
試合に駆り出されるから助っ人なのだが、先輩が見てるかと思うとまともに動けないかもしれない。なんせ『恋人』から見られてると思うと、ものすごく緊張してしまう。あと、決めなきゃいけないというプレッシャーも。
「ふふっ。何でもできる宇佐美くんができなくなるの、俺のせいっていうのがいいね」
「どういう意味ですか、それ……」
「優越感ってこと!」
「はぁ……」
言ってることはよく分からないけど、先輩が楽しそうなら良しとしよう。でも先輩に日程を教えたら本当に見に来そうだから、いくら頼まれても教えないようにしないと。見られているというだけでコンディションを保てなくなるのは、目に見えて分かっていた。
「春陽先輩は何かバイトしてるんですか? 部活とか」
「部活は入ってない。バイトはしてるけど」
「バ先が大変そうですね……」
「大変そうって?」
「や、先輩ファンが押しかけてそうだなって……」
「あぁ。だからなのかな? 色んなところ、クビになってんだよねぇ」
「やっぱり……」
「前はねぇ、ハンバーガー屋さんでバイトしてたんだけど……お前がいると仕事にならないって怒られてクビになった」
「想像つくなぁ……」
「何でか分からないけど、みんなスマイルくださいしか言わないんだもん。売り上げにならないって怒られちゃったよ」
そう言って唇を尖らせる先輩は、なぜ『スマイルください』の注文ばかりだったのか分かっていないようだ。きっとそう言ってレジに並ぶ人が多かったのだろうし、そりゃ仕事にも売り上げにもならないだろうなと苦笑した。
でも、先輩がレジにいたら自分も並ぶかもな……と想像する。ただ、僕は店員の先輩に対して『スマイルください』なんて、恥ずかしくて到底言えやしない。だからこそ、告白もそうだが、言える人たちはすごいなと思うのだ。
「今はどこでバイトしてるんですか?」
「コーヒーショップ。そこではねぇ、俺がいい広告になってるからって怒られてない。まぁ、俺はコーヒー飲めないから、何の宣伝になってるか分からないんだけどさ」
「かっ、」
「か?」
「い、いや、なんでもないです……!」
コーヒーが飲めないのに、コーヒーショップでバイトしてるの可愛すぎる……!
しかも何が宣伝効果になってるのか分かってないのも天然で可愛い……!
なんて言いそうになったのを、ぐっと堪えた。
「……今度、先輩がいるときに、お店に行ってもいいですか?」
「じゃあ、俺が宇佐美くんの助っ人見に行くのと、交換条件ね」
「くぅ……交渉が上手いですね……」
「活躍したら俺が奢ってあげる」
「まじですか? じゃあ頑張ります」
「現金なやつ~!」
あははは、と笑う先輩の声が心地いい。まるで昔からずっと一緒にいるような、そんな感覚さえ覚えるほど先輩の声はよく耳に馴染むし、彼の側が居心地がいいのだ。
まだ出会って1ヵ月しか経っていないのに突然恋人同士になって、非常に不思議な関係を築いているというのに。今ではもう、先輩の側にずっといたいな、と思ってしまうほど。なんとなく先輩も僕似気を許してくれている感じがして、嬉しく思うのだ。
「今度、どこかの試合に出るときはちゃんと教えてね」
「……バスケかサッカーなら……」
「なんで? 得意なの?」
「や、かっこいいかなと……」
「あはっ、なにそれ! 可愛い!」
「か、可愛いじゃなくて! かっこいいがいいです……」
「なんで? 可愛いの、よくない?」
「だって春陽先輩がかっこいいから、僕だってかっこよくなりたいですもん…」
誰かに『かっこいい』と言われたくて容姿を整えるなんて、今までの自分からは考えられなかった。高校デビューで実の兄と大我に外見を整えられた時は面倒くさいことになったと思っていたけれど、先輩と会うようになってからは屋上に来る前に鏡を見て全身をチェックする。学校一のイケメンと会うのだしキスをするのだから、少しくらいかっこいいと思われたくて気にするようになったのだ。
「俺は可愛いって言われるのも好きだけど、宇佐美くんはイヤなんだ?」
「先輩はかっこいいって言われ慣れてるから、可愛いって言われても嬉しいんですよ……」
「そんなこと、ないけどなぁ……。今だって十分、宇佐美くんはかっこいいよ?」
「さっきは可愛いって言った……」
「ふふっ、そーゆートコでしょ」
先輩が振り返ってくしゃくしゃ頭を撫でてくる。その扱い方がいかにも『弟』に接するような態度だし『可愛い』と思われていそうで、無意識にムッと唇を尖らせた。何となく『可愛い』だけだと思われているのは、嫌なのだ。
「ねぇ、宇佐美くん」
「はい?」
「来月は、宇佐美くんのキスが上手か下手か、俺がジャッジしてあげる」
「へ……?」
「俺に、かっこいいって思わせて」
振り向いた春陽先輩がいたずらっぽく笑って、ぺろりと唇を舐めた。
「来月、楽しみだね」
「え、いや、えっと……!」
「ふふ。なんでもできる宇佐美くんの"キス"が上手いか下手なのか、楽しみだな~」
「ちょ、からかうのやめてください!」
今からもう、どきどきして死にそうなんだけど――!
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