【完結】落ちこぼれ聖女は王子の寵愛を拒絶する〜静かに暮らしたいので、溺愛されても困りますっ〜

雨沢雫

文字の大きさ
26 / 44

幕間2.彼女と共にいるために

しおりを挟む

 リズベットが毒に倒れた。

 正直、怒りでどうにかなりそうだった。

 彼女を執拗に付け狙う者に対して。そして、彼女を守れなかった自分に対して。怒りが込み上げてきて仕方がない。

「リズ。君はもう寝ろ。ゆっくり体を休めてくれ」

 リズベットの護衛であるグレイが部屋を去った後、レオナルドは寝台の枕元に座る彼女に声をかけた。

 顔色は戻ってきているが、まだ体がつらそうだ。弱りきった彼女を見ていると、胸が張り裂けそうだった。

 すると彼女は、少しためらいがちに口を開く。

「あ、あの、レオ様」
「どうした?」
「その、解毒剤、飲ませていただいて、あ、ありがとうございました」

 彼女の白く艷やかな頬は、月明かりの元でもはっきりとわかるくらい真っ赤になっていた。やむを得なかったとはいえ、口づけされたことを恥ずかしく思っているようだ。

 口移しで飲ませてしまったことを申し訳なく思い、レオナルドは素直に謝った。

「勝手に触れてすまなかった」
「い、いえ! 救命行為ですし! おかげで助かりました」

 彼女は慌てたように早口でそう言うと、この会話を切り上げるように寝台に潜っていった。

「もう、寝ます。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ、リズ」

 レオナルドは彼女の部屋を出て自室に戻ると、眠ることもせず一人で頭を悩ませていた。

 リズベット・ナイトレイ。

 元はエインズリー侯爵家の長女で、彼女が五歳の時に、例の一家惨殺事件によって家族を奪われた。

 犯人は未だ捕まっておらず、黒幕が誰かもわかっていない。彼女を守るのは、グレイという底知れない男。今はナイトレイ子爵家の養子として、静かに暮らしている。

 レオナルドが「リズベット・ナイトレイ」を独自に調べ上げた結果、わかったのはこれだけだった。

 以前、彼女は「もう命を狙われる事はない」と言っていたが、つい半日ほど前、見知らぬ男たちに殺されそうになった。そして、屋敷に戻ってきた後、毒によって倒れた。

 立て続けに命を狙われたのだ。どう考えても、黒幕は彼女の暗殺をまだ諦めてはいない。

(エインズリー侯爵家惨殺事件からもう十年以上が経っている。そこまで執拗に彼女の命を狙う理由は何だ?)

 レオナルドは、あの護衛の言葉を思い出す。

『どうもこれ以上あんたと関わると、ろくな事にならなさそうだ。リズはこのまま連れ帰る。異論は認めない』

 あの護衛は明らかに黒幕を知っている様子だった。しかしそれを尋ねても、奴は答えなかった。

『あんたが知ったところで、何も出来ないよ』

(俺とリズが近づくと困る人物……そして、俺が手出し出来ない人物……?)

 その情報だけでは黒幕に辿り着けそうになかった。あの護衛を捕まえて聞こうにも、一度姿を消されると見つけ出すのが困難だ。

 そしてふと、リズベットの言葉が脳内に蘇る。

『あとほんの少しで、私の役目も終わるから。そしたらもう、殿下にも会わないから』

 彼女にまつわる問題を解決しない限り、もう二度と彼女に会えなくなる。

(それは……到底受け入れられないな)

 レオナルドは、リズベットを本気で妻に迎えたいと考えていた。

 聡明で思慮深く、思いやりに溢れた彼女は、王族に嫁いでも何ら問題ない才と人徳を持っている。

 それに加え、彼女は自分にとって、無くてはならない存在になっていた。

 彼女が笑うと、温かな気持ちになる。
 彼女の声を聞くと、心が安らぐ。
 彼女がそばにいると、それだけで生きる気力が湧いてくる。

 リズベットは自分にとって、己を照らす太陽そのものだった。

 彼女を、心から愛している。

(やるべきことは一つだ。リズに恩を返すためにも、リズを手に入れるためにも)

 リズベットの問題を解決する。それから、彼女を迎えに行こう。

 恐らく、彼女も自分の事を好いてくれている、とは思う。

 しかし、彼女が楽しげに護衛のことを語る時、彼女が護衛に気を許した顔を向ける時、不意に不安に襲われる。醜くも嫉妬してしまう。

 リズベットは護衛のことを、兄のような存在で大切な家族だと言っていたが、護衛の方もそうとは限らない。あの護衛は、リズベットのことをどう思っているのだろうか。

(……これ以上は考えても仕方がないな)

 レオナルドは思考を止め、日が昇るまでしばしの休息を取ったのだった。



 朝になって、レオナルドはリズベットに毒の菓子を渡した男の元へと赴いていた。

 彼女が菓子を渡された時そばにいなかったので、まずは男を探すところから始めなければならなかったが、目撃者が多数いたのですぐに見つかったのは幸いだ。

 男は、街の洋菓子屋の店主だった。

 レオナルドは男の店に押し入ると、剣を突きつけ尋問した。

「まだ首と胴が繋がっていたければ、正直に答えろ。もう一度聞く。誰の指示だ」
「知りません! 本当に知らないんです! 信じてください!!」

 店主曰く、新作の菓子を噴水広場付近で配り回っていたところ、とある男に話しかけられたそうだ。
 
 あそこのベンチに座るローブを羽織った空色の髪の女性に、自分が作った菓子を渡したい。しかし、片思い中で恥ずかしくて、とても渡せない。紙袋の中に菓子とラブレターを入れているから、店主が新作の菓子を配るフリをして、渡してきてくれないか、と。

 それで、気の良い店主はその男の話をまんまと信じ、リズベットに紙袋を渡した、ということらしい。

 店主の態度と表情から、嘘をついているようには思えなかった。

 結局レオナルドは店主を白と判断し、彼を騙した男の特徴を事細かに聞いた。が、これだけ時間が経った今、その男を捕まえるのはなかなかに難しいだろう。この街を離れ、とっくに身を隠しているはずだ。

 その後、レオナルドは街の駐屯所に向かった。昨日の収穫祭でリズベットを襲った男たちの素性を調べるためだ。

 突然現れた英雄に、衛兵たちは驚きと緊張、そして恐れの視線を向けていた。これが普通の反応だ。

 山ひとつと大勢の人間を消し飛ばした人間を、恐れない方がおかしい。リズベットが特殊なのだ。彼女は一度たりとも、恐れの視線を向けてくることはなかった。

 だからこそ、彼女に惹かれた。

 レオナルドは駐屯所の責任者に話を聞いたが、残念ながら襲撃者たちはただの雇われのようだった。誰に雇われたのかは、まだ口を割っていないらしい。

 何か情報が得られたらすぐ連絡するよう責任者に指示してから、レオナルドは屋敷へと戻った。結局、何の収穫も得られずじまいだ。

 彼女の命を狙う黒幕は、一体何者なのか。

(実行犯から探っていっても、黒幕には辿り着けそうにないな。これは、探る方向性を変えなければ)

 リズベットについて、まだまだ調べ足りないことがある気がする。そもそもなぜ、彼女は命を狙われているのか。その理由から探っていった方が良さそうだ。


 その後、リズベットと別れ王城に戻ったレオナルドは、あらゆる手段を駆使し、彼女のこと、そしてエインズリー侯爵家惨殺事件のことについて、徹底的に調べ上げるのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を告げられた聖女リヴォルタ・レーレ。 理由は、「彼女より優秀な“真の聖女”が見つかったから」。 ……正直、めんどくさい。 政略、責任、義務、期待。 それらすべてから解放された彼女は、 聖女を辞めて、ただ温泉地でのんびり暮らすことを選ぶ。 毎日、湯に浸かって、ご飯を食べて、散歩して。 何もしない、何も背負わない、静かな日常。 ところが―― 彼女が去った王都では、なぜか事故や災害が相次ぎ、 一方で、彼女の滞在する温泉地とその周辺だけが 異様なほど平和になっていく。 祈らない。 詠唱しない。 癒やさない。 それでも世界が守られてしまうのは、なぜなのか。 「何もしない」ことを選んだ元聖女と、 彼女に“何もさせない”ことを選び始めた世界。 これは、 誰かを働かせなくても平和が成り立ってしまった、 いちばん静かで、いちばん皮肉な“ざまぁ”の物語。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

処理中です...