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2章 公爵領編
33 その罰の重さは
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「この件については、当事者であるディアの意見を尊重したいと思う。自身を害した罪に、どんな罰を望む?」
「私、ですか? うーん……では、公爵家では、子どもがひどい悪戯をした場合に、どんな罰を下しますか?」
「子ども? そうだな……三日間の部屋での謹慎と、その後ひと月、監視役をつける、というところだろうな。実際、俺が子どもの頃、父から受けた罰だ。黙って城を抜け出して街に行った挙句、ごろつきに絡まれていた親子を助けに入ったんだが、そこはまだ子どもだ。返り討ちに遭う寸でのところで、俺を探しにきた父が駆けつけ、事なきを得た。帰ってから、父にはこっぴどく叱られたよ」
「そんなことが……ノルマン様らしいですね」
「だが、なぜ今、子どもへの罰なんて聞くんだ?」
「そうですね……私にはあの時、ノルマン様のためだと必死に繰り返したジュール様が、まだ子どものように見えたんです。いまだ兄であるノルマン様の背中だけを追い駆けてまわる、子どものように。ですから……さすがに子どもへの三日間を倍以上にして、七日間の謹慎はいかがでしょう?」
「そんな軽いものでいいのか?」
「はい、謹慎は三日ではなく、七日ですし」
「本当にいいのか? ディアがいいのなら、そうするが……ならばそれに、しばらくの間の行動の制限と監視もつけよう。これの期限は、俺がいいと判断するまでだ」
「確かに、それも必要です。あ……それともう一つ、加えてもよろしいでしょうか?」
最後に加えたのは、ジュールの騎士団の訓練への参加だった。
謹慎期間を終えたジュールは、今朝から騎士団の訓練に参加している。
ジュールのことが気になってはいたが、さすがに謹慎期間中に会いに行くわけにもいかなかった私は、この日を待っていた。
城壁の上から、訓練場が一望できる。
団員たちの剣技を見極めるノルマンの厳しい視線の下、懸命に剣を振るうモントロー騎士団の団員たち。
魔物にも果敢に立ち向かう屈強な騎士たちと並ぶジュールは、体の線の細さが際立っている。
あんなにもの体格差で訓練に無事について行けるのだろうかと、いささか心配になるが、本来、ジュールもモントロー騎士団に所属している騎士の一人だ。
主君のノルマン相手には、いつも気さくな姿を見せている騎士たちが、その主君の弟であるジュールには、あからさまに余所余所しい。さすがに今は、先日の一件が騎士たちの間に知れ渡ったせいと考えるのが妥当だろうが、実は以前からこんな様子だったということだ。
先日の一件は表向き、ジュールは結局、バレリーとロベルに諫言を吹き込まれ、事の全貌を知らずに片棒を担がされただけということで落ち着いている。
それでも罰を受けたのは、直系の者として、悪意ある者に踊らされたとはいえ、浅慮であったことへの戒めとされた。詳細を知るのは、ノルマンと数人の幹部騎士のみだ。
皆がノルマンとは進んで距離を詰めたがるが、ジュールとは距離を置き、目も合わせないようにしている。
(ま、ちょっと面倒くさい性格みたいだから、仕方ないけど……)
幼い頃から強い兄に憧れ、慕っていたジュールだが、両親を亡くしてからはそれが兄への執着へと変わっていったらしい。
若くして公爵となったノルマンは、隙あらばすり寄ろうと言う人々に悩まされていた。夫人の座を狙って、執拗に近寄ってくる令嬢も多く、その扱いにノルマンも周囲の側近たちも頭を抱えていたという。
そんな令嬢たちに、ノルマンに代わって鉄槌を下していたのがジュールだ。ノルマンの寝室に忍び込んでいた薄着の令嬢を、寒空の下に叩き出して見せしめにしたのも、実は彼の仕業だった。
そういうことが度重なるうちに、兄を邪な人物から守るという建前のもと、ノルマンと親しくなった者は必ずジュールに牽制の矛先を向けられるようになる。それは、ノルマンの副官として常に行動を共にするステファンですらも例外ではなく、当初は意味もなく突っかかられ、辟易したという。
それが繰り返されていくと、ジュールと他の騎士たちとの関係は気まずくなっていく。
自然とジュールが騎士団の訓練に参加することはなくなり、代わりに単独での任務をしきりに願い出て、城を空けるようになった。今ではすっかり騎士団の面々と顔を合わせる機会を失くしていたのだ。
とはいえ、ジュールはモントロー公爵家で唯一、ノルマンと正統な血筋を同じくする者。
時と場合によっては、ノルマンに代わりモントロー騎士団に号令しなければならないことだってある。だが、今のような状態では、それは難しい。
これが彼への罰として、騎士団の訓練への参加を私が願い出た理由であり、ノルマンもその意図を察してくれたようだった。
訓練の合間の休憩時間に、流れる汗を拭きながら騎士たちは軽口を叩き合っていた。
ジュールは案の定、その輪から一人、ぽつんと外れている。
――ジュール卿は、腕に自信がないから訓練に参加しないのだろう。
――同じ血筋のご兄弟なのに、主君には遥かに及ばないらしい。それどころか、まともに剣を握れないという噂もあるな。
――それでも主君の弟君だから、特別扱いをされてるのさ。
――騎士としての腕もわからない奴の命令なんか、いざという時でも聞けないな。
――ああ、そうだ。命を預けられないからな。
ジュールに関する騎士たちの不満は、私でも耳にすることがあった。それが彼の耳に届かないわけがない。
そんな心無い言葉が、ますますジュールを頑なにさせ、孤立させていったのだろう。
騎士は純粋に、力ある者を称え、命を預け合える仲間と認める性分だ。ならば自身でその能力を証明する場があればいい。
休憩が終わると、模擬戦の開始を告げるステファンの声がした。
ジュールは対戦した騎士三人に、立て続けに勝利する。
噂を信じて対戦に臨んだ騎士たちが、次々とジュールに敗れたのだ。
それを傍で見ていた他の騎士たちには、意外な成り行きだと驚きをもって見つめる者もあれば、感嘆の息を漏らす者もいた。
そして最後、ジュールの相手は副官のステファンだ。
「私、ですか? うーん……では、公爵家では、子どもがひどい悪戯をした場合に、どんな罰を下しますか?」
「子ども? そうだな……三日間の部屋での謹慎と、その後ひと月、監視役をつける、というところだろうな。実際、俺が子どもの頃、父から受けた罰だ。黙って城を抜け出して街に行った挙句、ごろつきに絡まれていた親子を助けに入ったんだが、そこはまだ子どもだ。返り討ちに遭う寸でのところで、俺を探しにきた父が駆けつけ、事なきを得た。帰ってから、父にはこっぴどく叱られたよ」
「そんなことが……ノルマン様らしいですね」
「だが、なぜ今、子どもへの罰なんて聞くんだ?」
「そうですね……私にはあの時、ノルマン様のためだと必死に繰り返したジュール様が、まだ子どものように見えたんです。いまだ兄であるノルマン様の背中だけを追い駆けてまわる、子どものように。ですから……さすがに子どもへの三日間を倍以上にして、七日間の謹慎はいかがでしょう?」
「そんな軽いものでいいのか?」
「はい、謹慎は三日ではなく、七日ですし」
「本当にいいのか? ディアがいいのなら、そうするが……ならばそれに、しばらくの間の行動の制限と監視もつけよう。これの期限は、俺がいいと判断するまでだ」
「確かに、それも必要です。あ……それともう一つ、加えてもよろしいでしょうか?」
最後に加えたのは、ジュールの騎士団の訓練への参加だった。
謹慎期間を終えたジュールは、今朝から騎士団の訓練に参加している。
ジュールのことが気になってはいたが、さすがに謹慎期間中に会いに行くわけにもいかなかった私は、この日を待っていた。
城壁の上から、訓練場が一望できる。
団員たちの剣技を見極めるノルマンの厳しい視線の下、懸命に剣を振るうモントロー騎士団の団員たち。
魔物にも果敢に立ち向かう屈強な騎士たちと並ぶジュールは、体の線の細さが際立っている。
あんなにもの体格差で訓練に無事について行けるのだろうかと、いささか心配になるが、本来、ジュールもモントロー騎士団に所属している騎士の一人だ。
主君のノルマン相手には、いつも気さくな姿を見せている騎士たちが、その主君の弟であるジュールには、あからさまに余所余所しい。さすがに今は、先日の一件が騎士たちの間に知れ渡ったせいと考えるのが妥当だろうが、実は以前からこんな様子だったということだ。
先日の一件は表向き、ジュールは結局、バレリーとロベルに諫言を吹き込まれ、事の全貌を知らずに片棒を担がされただけということで落ち着いている。
それでも罰を受けたのは、直系の者として、悪意ある者に踊らされたとはいえ、浅慮であったことへの戒めとされた。詳細を知るのは、ノルマンと数人の幹部騎士のみだ。
皆がノルマンとは進んで距離を詰めたがるが、ジュールとは距離を置き、目も合わせないようにしている。
(ま、ちょっと面倒くさい性格みたいだから、仕方ないけど……)
幼い頃から強い兄に憧れ、慕っていたジュールだが、両親を亡くしてからはそれが兄への執着へと変わっていったらしい。
若くして公爵となったノルマンは、隙あらばすり寄ろうと言う人々に悩まされていた。夫人の座を狙って、執拗に近寄ってくる令嬢も多く、その扱いにノルマンも周囲の側近たちも頭を抱えていたという。
そんな令嬢たちに、ノルマンに代わって鉄槌を下していたのがジュールだ。ノルマンの寝室に忍び込んでいた薄着の令嬢を、寒空の下に叩き出して見せしめにしたのも、実は彼の仕業だった。
そういうことが度重なるうちに、兄を邪な人物から守るという建前のもと、ノルマンと親しくなった者は必ずジュールに牽制の矛先を向けられるようになる。それは、ノルマンの副官として常に行動を共にするステファンですらも例外ではなく、当初は意味もなく突っかかられ、辟易したという。
それが繰り返されていくと、ジュールと他の騎士たちとの関係は気まずくなっていく。
自然とジュールが騎士団の訓練に参加することはなくなり、代わりに単独での任務をしきりに願い出て、城を空けるようになった。今ではすっかり騎士団の面々と顔を合わせる機会を失くしていたのだ。
とはいえ、ジュールはモントロー公爵家で唯一、ノルマンと正統な血筋を同じくする者。
時と場合によっては、ノルマンに代わりモントロー騎士団に号令しなければならないことだってある。だが、今のような状態では、それは難しい。
これが彼への罰として、騎士団の訓練への参加を私が願い出た理由であり、ノルマンもその意図を察してくれたようだった。
訓練の合間の休憩時間に、流れる汗を拭きながら騎士たちは軽口を叩き合っていた。
ジュールは案の定、その輪から一人、ぽつんと外れている。
――ジュール卿は、腕に自信がないから訓練に参加しないのだろう。
――同じ血筋のご兄弟なのに、主君には遥かに及ばないらしい。それどころか、まともに剣を握れないという噂もあるな。
――それでも主君の弟君だから、特別扱いをされてるのさ。
――騎士としての腕もわからない奴の命令なんか、いざという時でも聞けないな。
――ああ、そうだ。命を預けられないからな。
ジュールに関する騎士たちの不満は、私でも耳にすることがあった。それが彼の耳に届かないわけがない。
そんな心無い言葉が、ますますジュールを頑なにさせ、孤立させていったのだろう。
騎士は純粋に、力ある者を称え、命を預け合える仲間と認める性分だ。ならば自身でその能力を証明する場があればいい。
休憩が終わると、模擬戦の開始を告げるステファンの声がした。
ジュールは対戦した騎士三人に、立て続けに勝利する。
噂を信じて対戦に臨んだ騎士たちが、次々とジュールに敗れたのだ。
それを傍で見ていた他の騎士たちには、意外な成り行きだと驚きをもって見つめる者もあれば、感嘆の息を漏らす者もいた。
そして最後、ジュールの相手は副官のステファンだ。
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