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2章 公爵領編
31 歪んだ愛情
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リュラルの村の神殿からノルマンと同じ馬車で戻ってきた私は、ロベルの尋問への同席を願った。
しかし、それにノルマンは難色を示した。
「終わった後で必ず報告するから、部屋で待っていてくれないか」
そう言われはしたものの、待つ時間はもどかしい。
ついにはカーラが止めるのも聞かず、尋問の場へ向かったのだ。
最初は部屋の外で聞き耳を立てる程度にしておくつもりでいた。しかし、そこでロベルの聞き捨てならない言葉を耳にして、我慢ならなくなってそこへ飛び込んだ。
「小伯爵様、私のことを勝手に語らないでください!」
そこにいた誰もが、口を閉ざした。私の声だけが、冷たい石造りの室内に反響する。
「私は言ったはずです、もうあなたに何の気持ちもないと! 一度でわからないようでしたら、何度でも言って差し上げます。私にとって、あなたは何の意味も価値も持たないんです。金輪際、私に近づかないでください。私に興味を持たないでください。迷惑です!」
「嘘だろ……ディア……嘘……本当のことを言って……」
ロベルの顔が、縋るように情けなく歪んでいく。
「嘘ではありません! すべてあなたの勘違い、勝手な妄想です。ああ、それと、二度とディアという名を口にしないでください。あなたとはもう、そんな関係ではないのですから、ご自覚ください!」
「そんな……」
関係を完全に断ち切るのに、憐れみは毒でしかない。
特にロベルのようなタイプには。
「ディアロッテ嬢、この者をどうしたい? この場で斬り捨てようか」
ノルマンの瞳が冷たく光った。
斬り捨てる、と言った彼は本気だ。でも……。私は首を横に振った。
「時には死ぬより、生きるほうが辛いこともありますよね?」
ロベルは今さらながら自身の盛大な勘違いに気づいて心折れたのか、力なく頭をがくんと垂れた。私の言葉の真意を悟り、ノルマンがロベルに告げる。
「ショワジー小伯爵。お前は私の婚約者を連れ去って傷つけようとした大罪人だ。本来なら、公爵家に敵対する者として、ここで斬り捨てる権利が俺にはある。だが、そうしないのは、ディアロッテ嬢が望まないからだ。しかし、勘違いするな。これは決してディアロッテ嬢からの恩情を意味するものではない、罪を裁くことですら、お前に関わりたくないという意志を示したものだと受け取れ」
公爵家の当主の婚約者である私を害することは、公爵家に敵対し、その威信を傷つけたことを意味する。
王国内最強とされる騎士団を有し、国境を守護するモントロー公爵家の現当主であるノルマンは、国王から罪人への裁定も一任されていた。ロベルはこの場で斬首されたとしても、文句は言えない。だから帰りの馬車の中、ノルマンに、ロベルの処罰は国王陛下に委ねてほしい、と頼んであった。
ロベルがどうなろうと今さらどうでもいいとも思ったが、ここで厳罰を下して、ノルマンの恐ろしい噂を私のせいで上書きしてほしくない。それに何より本音を言えば、これまで親しんできたショワジー家の人々の顔が浮かんだからでもあった。
「小伯爵には、今晩は地下牢で過ごし、明日の朝、王都へモントロー公爵家に叛逆した者として送還する。その後の処罰は陛下の裁可に委ねることとするが、公爵家としては厳罰を望むと伝るつもりだ。なお、この旨は王都のショワジー伯爵家にも当主宛てに通達する書簡を出した」
もう一言も発する気力のないロベルを、騎士たちが二人がかりで地下牢へと連れていった。
ノルマンは、残ったジュールに再び目を向ける。
「僕は、兄上のために……兄上のためだと思って……」
「まだ、そんなことを言うのか? どこが俺のためだと言うんだ」
ノルマンの、ぞっとするほど冷たい視線と声。それにジュールが怯んだのも束の間、一転して私のほうに向き直ると、忌々し気に睨んだ。
「なんで兄上は、そんな女にかまうんだよ。なんで、そんな王都から来たばかりの女を気にするんだ! どうして、僕よりもそんな女を大事にするんだよ……」
「何を下らないことを! お前は自らの家門を貶める者に手を貸したんだ。その罪の大きさが理解できないのか!」
ノルマンに一喝されても、構うことなくジュールは訴える。
「僕はいつだって、兄上のことが一番大事なのに……。僕だけの兄上なのに……こんなに兄上のことを心配している僕より、その女が大事だなんて……どうして……」
「そんな子どもじみた言い訳で、事が済むと思うのか。自分の立場を自覚しろっ!」
その場にいた誰もが息を飲み、黙ってこの兄と弟を見守るしかできない。
ジュールが不意に、自分の腕をつかんでいる騎士の腰の剣に視線を落とした。
(まずいっ!)
私が思った時には遅く、ジュールはひらりと身を捩り、その剣を抜いた。
しかし、それにノルマンは難色を示した。
「終わった後で必ず報告するから、部屋で待っていてくれないか」
そう言われはしたものの、待つ時間はもどかしい。
ついにはカーラが止めるのも聞かず、尋問の場へ向かったのだ。
最初は部屋の外で聞き耳を立てる程度にしておくつもりでいた。しかし、そこでロベルの聞き捨てならない言葉を耳にして、我慢ならなくなってそこへ飛び込んだ。
「小伯爵様、私のことを勝手に語らないでください!」
そこにいた誰もが、口を閉ざした。私の声だけが、冷たい石造りの室内に反響する。
「私は言ったはずです、もうあなたに何の気持ちもないと! 一度でわからないようでしたら、何度でも言って差し上げます。私にとって、あなたは何の意味も価値も持たないんです。金輪際、私に近づかないでください。私に興味を持たないでください。迷惑です!」
「嘘だろ……ディア……嘘……本当のことを言って……」
ロベルの顔が、縋るように情けなく歪んでいく。
「嘘ではありません! すべてあなたの勘違い、勝手な妄想です。ああ、それと、二度とディアという名を口にしないでください。あなたとはもう、そんな関係ではないのですから、ご自覚ください!」
「そんな……」
関係を完全に断ち切るのに、憐れみは毒でしかない。
特にロベルのようなタイプには。
「ディアロッテ嬢、この者をどうしたい? この場で斬り捨てようか」
ノルマンの瞳が冷たく光った。
斬り捨てる、と言った彼は本気だ。でも……。私は首を横に振った。
「時には死ぬより、生きるほうが辛いこともありますよね?」
ロベルは今さらながら自身の盛大な勘違いに気づいて心折れたのか、力なく頭をがくんと垂れた。私の言葉の真意を悟り、ノルマンがロベルに告げる。
「ショワジー小伯爵。お前は私の婚約者を連れ去って傷つけようとした大罪人だ。本来なら、公爵家に敵対する者として、ここで斬り捨てる権利が俺にはある。だが、そうしないのは、ディアロッテ嬢が望まないからだ。しかし、勘違いするな。これは決してディアロッテ嬢からの恩情を意味するものではない、罪を裁くことですら、お前に関わりたくないという意志を示したものだと受け取れ」
公爵家の当主の婚約者である私を害することは、公爵家に敵対し、その威信を傷つけたことを意味する。
王国内最強とされる騎士団を有し、国境を守護するモントロー公爵家の現当主であるノルマンは、国王から罪人への裁定も一任されていた。ロベルはこの場で斬首されたとしても、文句は言えない。だから帰りの馬車の中、ノルマンに、ロベルの処罰は国王陛下に委ねてほしい、と頼んであった。
ロベルがどうなろうと今さらどうでもいいとも思ったが、ここで厳罰を下して、ノルマンの恐ろしい噂を私のせいで上書きしてほしくない。それに何より本音を言えば、これまで親しんできたショワジー家の人々の顔が浮かんだからでもあった。
「小伯爵には、今晩は地下牢で過ごし、明日の朝、王都へモントロー公爵家に叛逆した者として送還する。その後の処罰は陛下の裁可に委ねることとするが、公爵家としては厳罰を望むと伝るつもりだ。なお、この旨は王都のショワジー伯爵家にも当主宛てに通達する書簡を出した」
もう一言も発する気力のないロベルを、騎士たちが二人がかりで地下牢へと連れていった。
ノルマンは、残ったジュールに再び目を向ける。
「僕は、兄上のために……兄上のためだと思って……」
「まだ、そんなことを言うのか? どこが俺のためだと言うんだ」
ノルマンの、ぞっとするほど冷たい視線と声。それにジュールが怯んだのも束の間、一転して私のほうに向き直ると、忌々し気に睨んだ。
「なんで兄上は、そんな女にかまうんだよ。なんで、そんな王都から来たばかりの女を気にするんだ! どうして、僕よりもそんな女を大事にするんだよ……」
「何を下らないことを! お前は自らの家門を貶める者に手を貸したんだ。その罪の大きさが理解できないのか!」
ノルマンに一喝されても、構うことなくジュールは訴える。
「僕はいつだって、兄上のことが一番大事なのに……。僕だけの兄上なのに……こんなに兄上のことを心配している僕より、その女が大事だなんて……どうして……」
「そんな子どもじみた言い訳で、事が済むと思うのか。自分の立場を自覚しろっ!」
その場にいた誰もが息を飲み、黙ってこの兄と弟を見守るしかできない。
ジュールが不意に、自分の腕をつかんでいる騎士の腰の剣に視線を落とした。
(まずいっ!)
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