63 / 81
4章 ランブイユ編
63 彼の居場所は
しおりを挟む
やっぱりアルは、ランブイユの高位貴族の令息だった……。
私の髪飾りを一目見ただけで、ランブイユ王室お抱えのロルフェの品だとアルが言い当てた時から、それは予想できていたこと。なので、意外にもそれほどの驚きはない。
「エドガー、坊ちゃまはやめてくれ……もう僕もそう呼ばれるような歳ではないからね」
「これは大変失礼いたしました。つい、昔の癖で……」
「それと、彼女は僕の大事な友人だ。部屋を用意してやってくれないか?」
「承知いたしました、アルシオン様」
「僕たち二人とも、途中までは馬を急がせてきたんだ。おかげで服が埃っぽくてね」
「では、お嬢様には着替えのドレスもご用意いたしましょう」
「そうだね、頼んだよ」
アルがエドガーと呼んだ年配の執事は、私に穏やかな笑みを向けた。
「お嬢様。ヴァンホーテ侯爵家へようこそいらっしゃいました。お部屋にご案内いたします」
アルは「僕は行くところがあるから、戻ってくるまで部屋で休んでいて」と言うと、さっさとどこかへ消えてしまった。残された私は、エドガーに案内されて部屋へと向かう。
歩きながら屋敷の中を見回すと、あちこちに美術品が飾られている。どれも飛び抜けて素晴らしい作品であることが、並の審美眼しか持たない私でも容易に知れた。
おそらくこの屋敷の主であるヴァンホーテ侯爵様は、美術品に造詣が深い方に違いない。こんな環境に育ったアルだから、ロルフェの品に目利きができて自然と言える。
「あの……エドガーさん、アル……アルシオン卿がどこに行ったのか、ご存じですか?」
「お嬢様、私に敬語は不要ですよ。エドガー、とお呼びくださいね。それでアルシオン様ですが、お戻りをお知らせするご挨拶に行かれたのかと」
確かに、アルはここを長く不在にしていたのだろうから、心配してくれていた家族や親しい人たち面々に無事の帰還を知らせに行って不思議はない。
「お嬢様は、どうぞアルシオン様のお戻りまで、お部屋でおくつろぎください」
こちらです、と案内された部屋は、芸術を好む主に相応しく、上品な家具と装飾でまとめられていた。
間もなくやって来た二人のメイドが、湯浴みの準備ができていることを告げた。
確かに、着ている服だけでなく、髪も土埃を受けてごわついている。
メイドたちに促されるまま私はお湯に浸かり、全身にまとわりついていた土埃を洗い流すと、用意されたドレスに着替えた。
◆◆◆
ヴァンホーテ侯爵邸の庭園から移動魔法を使って消えたアルは、王城内の一室に姿を現した。
その部屋は、主が不在であることのほうが多いにもかかわらず、いつでも塵一つなく、主の戻りを待つように抜かりなく整えられている。
アルが呼び鈴を引くと、それほど時を隔てずにノックの音がして、従者らしき青年が扉を開けた。
「お帰りなさいませ」
「湯を頼む。すぐに体を流したい」
「かしこまりました。すぐにご用意させます」
青年は呼び鈴を引くと、やって来た使用人に湯浴みの準備を申し付けた。
上着を脱ぐアルを手伝いながら、青年が尋ねる。
「このたびはいかほどのご滞在となられるご予定ですか?」
「そうだな……いつもよりは長くなるかもしれない」
アルの言葉に、受け取った上着を畳みかけていた青年は、ぴたりとその手を止めた。
「ついに、あのお方を見つけられたのですか?」
「いいや……残念ながら、それはまだだ」
「さようですか……」
「それと……謁見を申請してくれないか」
青年は軽く畳んだアルの上着を腕にかけ、去り際に恭しく頭を下げた。
「はい、すぐに。それまでしばし、ごゆるりと過ごしください、殿下」
私の髪飾りを一目見ただけで、ランブイユ王室お抱えのロルフェの品だとアルが言い当てた時から、それは予想できていたこと。なので、意外にもそれほどの驚きはない。
「エドガー、坊ちゃまはやめてくれ……もう僕もそう呼ばれるような歳ではないからね」
「これは大変失礼いたしました。つい、昔の癖で……」
「それと、彼女は僕の大事な友人だ。部屋を用意してやってくれないか?」
「承知いたしました、アルシオン様」
「僕たち二人とも、途中までは馬を急がせてきたんだ。おかげで服が埃っぽくてね」
「では、お嬢様には着替えのドレスもご用意いたしましょう」
「そうだね、頼んだよ」
アルがエドガーと呼んだ年配の執事は、私に穏やかな笑みを向けた。
「お嬢様。ヴァンホーテ侯爵家へようこそいらっしゃいました。お部屋にご案内いたします」
アルは「僕は行くところがあるから、戻ってくるまで部屋で休んでいて」と言うと、さっさとどこかへ消えてしまった。残された私は、エドガーに案内されて部屋へと向かう。
歩きながら屋敷の中を見回すと、あちこちに美術品が飾られている。どれも飛び抜けて素晴らしい作品であることが、並の審美眼しか持たない私でも容易に知れた。
おそらくこの屋敷の主であるヴァンホーテ侯爵様は、美術品に造詣が深い方に違いない。こんな環境に育ったアルだから、ロルフェの品に目利きができて自然と言える。
「あの……エドガーさん、アル……アルシオン卿がどこに行ったのか、ご存じですか?」
「お嬢様、私に敬語は不要ですよ。エドガー、とお呼びくださいね。それでアルシオン様ですが、お戻りをお知らせするご挨拶に行かれたのかと」
確かに、アルはここを長く不在にしていたのだろうから、心配してくれていた家族や親しい人たち面々に無事の帰還を知らせに行って不思議はない。
「お嬢様は、どうぞアルシオン様のお戻りまで、お部屋でおくつろぎください」
こちらです、と案内された部屋は、芸術を好む主に相応しく、上品な家具と装飾でまとめられていた。
間もなくやって来た二人のメイドが、湯浴みの準備ができていることを告げた。
確かに、着ている服だけでなく、髪も土埃を受けてごわついている。
メイドたちに促されるまま私はお湯に浸かり、全身にまとわりついていた土埃を洗い流すと、用意されたドレスに着替えた。
◆◆◆
ヴァンホーテ侯爵邸の庭園から移動魔法を使って消えたアルは、王城内の一室に姿を現した。
その部屋は、主が不在であることのほうが多いにもかかわらず、いつでも塵一つなく、主の戻りを待つように抜かりなく整えられている。
アルが呼び鈴を引くと、それほど時を隔てずにノックの音がして、従者らしき青年が扉を開けた。
「お帰りなさいませ」
「湯を頼む。すぐに体を流したい」
「かしこまりました。すぐにご用意させます」
青年は呼び鈴を引くと、やって来た使用人に湯浴みの準備を申し付けた。
上着を脱ぐアルを手伝いながら、青年が尋ねる。
「このたびはいかほどのご滞在となられるご予定ですか?」
「そうだな……いつもよりは長くなるかもしれない」
アルの言葉に、受け取った上着を畳みかけていた青年は、ぴたりとその手を止めた。
「ついに、あのお方を見つけられたのですか?」
「いいや……残念ながら、それはまだだ」
「さようですか……」
「それと……謁見を申請してくれないか」
青年は軽く畳んだアルの上着を腕にかけ、去り際に恭しく頭を下げた。
「はい、すぐに。それまでしばし、ごゆるりと過ごしください、殿下」
144
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務
ごろごろみかん。
恋愛
見てしまった。聞いてしまった。
婚約者が、王女に愛を囁くところを。
だけど、彼は私との婚約を解消するつもりは無いみたい。
貴族の責務だから政略結婚に甘んじるのですって。
それなら、私は私で貴族令嬢としての責務を果たすまで。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした
みゅー
恋愛
婚約者のエーリクと共に招待された舞踏会、公の場に二人で参加するのは初めてだったオルヘルスは、緊張しながらその場へ臨んだ。
会場に入ると前方にいた幼馴染みのアリネアと目が合った。すると、彼女は突然泣き出しそんな彼女にあろうことか婚約者のエーリクが駆け寄る。
そんな二人に注目が集まるなか、エーリクは突然オルヘルスに婚約破棄を言い渡す……。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる