3 / 12
其之三:将軍の疱瘡
しおりを挟む
寛永六年。家光公が熱で倒れた。疱瘡だった。
福とそのお付きが、寝ずの看病を続けていた。しかし、家光公の容体は芳しくなかった。
その日から、「平癒祈願」の読経が城内から途絶えることはなかった。
小姓は、何をしていいか分からず、ただオロオロするばかりだった。「平癒祈願」すら、できてなかった。そのくらい、混乱していたのである。
老中、稲葉正勝は、万が一に備え、幕府内を駆け回っていた。家光公には、まだお世継ぎがいなかった。万が一のことがあれば、ようやく形を整えつつあった幕府の統治体制が、崩壊しかねない状況であった。
ただ、左門だけが、変わらず、家光公のそばで、普段通りの行動をしていた。家光公の病状を見守り、福たちとは別に、家光公の希望を叶えるために行動する。疱瘡を恐れて近づこうとしない他の小姓とは明らかに違っていた。
疱瘡快癒後、家光公の尊顔に痘痕が残っていることにも、左門は全く意に介さなかった。その痘痕を見て、顔色を変える小姓が多くいたのにも関わらず、左門は接する態度を全く変えなかった。
その献身さと、天性の美貌に、家光公が興味を持つのは自然なことだった。
しかし、左門は、家光公との一線を越えようとはしなかった。それを破るのに腐心する小姓ばかりの中で、ただ一人、「領分を越える」ことをしようとはしなかった。
「なぜ、あやつは、わしの元に来ようとはしないのだ……他の小姓は、自ら喜んで近づいてくるのに……」家光公は不思議がった。左門相手に、どのように接すればいいのかもわからなくなっていた。
疱瘡快癒後、家光公の衆道趣味は、さらに手を広げていた。あまりの事態に、乳母の福が怒ることもあった。
「上様。お世継ぎを早く、早く、もうけてくださいませ。小姓などにうつつを抜かしている時間などありませぬ」福は、人目も憚らず家光公に苦言を呈すこともあった。
左門は「またか」と思うだけだった。福の言う「小姓」に自分が含まれることもわかっていた。家光公が自分に興味を持っていることにも気づいていた。ただ、今は家光公に何か「特別なこと」を命ぜられているわけではない。自分の本分を務めているだけであった。しかし、そのうち「そばに来い」「夜伽をせい」と言われた時、どう対処すべきかは、考えあぐねていた。家光公の命に逆らえば、父上の立場も危うくなるかもしれない。しかし、それを受けたら、福殿の機嫌がさらに悪くなるのも必定。このままの距離を保つには……。左門は人知れず悩むのだった。
「柳生の」ある日、左門は福に声をかけられた。
「但馬守のご子息とはいえ、上様に媚びへつらうことなどしたら……わかっておろうな?」福の焦燥が伝わってくる。世継ぎを得るまでは、あらゆる邪魔は排除したい、という意志を感じた。
左門は答えた。
「そのようなことに私は興味ございません。私はただ、己の責務を果たすのみでございます」
そう。己の責務を果たす。果たしたのち、柳生の庄に戻り、お栄と世帯を持つ。それが、ただそれだけが左門の望みだった。政は父上に、剣の道は兄上に。私はそのどちらの道も似合わない。左門はそう思うのだった。
福とそのお付きが、寝ずの看病を続けていた。しかし、家光公の容体は芳しくなかった。
その日から、「平癒祈願」の読経が城内から途絶えることはなかった。
小姓は、何をしていいか分からず、ただオロオロするばかりだった。「平癒祈願」すら、できてなかった。そのくらい、混乱していたのである。
老中、稲葉正勝は、万が一に備え、幕府内を駆け回っていた。家光公には、まだお世継ぎがいなかった。万が一のことがあれば、ようやく形を整えつつあった幕府の統治体制が、崩壊しかねない状況であった。
ただ、左門だけが、変わらず、家光公のそばで、普段通りの行動をしていた。家光公の病状を見守り、福たちとは別に、家光公の希望を叶えるために行動する。疱瘡を恐れて近づこうとしない他の小姓とは明らかに違っていた。
疱瘡快癒後、家光公の尊顔に痘痕が残っていることにも、左門は全く意に介さなかった。その痘痕を見て、顔色を変える小姓が多くいたのにも関わらず、左門は接する態度を全く変えなかった。
その献身さと、天性の美貌に、家光公が興味を持つのは自然なことだった。
しかし、左門は、家光公との一線を越えようとはしなかった。それを破るのに腐心する小姓ばかりの中で、ただ一人、「領分を越える」ことをしようとはしなかった。
「なぜ、あやつは、わしの元に来ようとはしないのだ……他の小姓は、自ら喜んで近づいてくるのに……」家光公は不思議がった。左門相手に、どのように接すればいいのかもわからなくなっていた。
疱瘡快癒後、家光公の衆道趣味は、さらに手を広げていた。あまりの事態に、乳母の福が怒ることもあった。
「上様。お世継ぎを早く、早く、もうけてくださいませ。小姓などにうつつを抜かしている時間などありませぬ」福は、人目も憚らず家光公に苦言を呈すこともあった。
左門は「またか」と思うだけだった。福の言う「小姓」に自分が含まれることもわかっていた。家光公が自分に興味を持っていることにも気づいていた。ただ、今は家光公に何か「特別なこと」を命ぜられているわけではない。自分の本分を務めているだけであった。しかし、そのうち「そばに来い」「夜伽をせい」と言われた時、どう対処すべきかは、考えあぐねていた。家光公の命に逆らえば、父上の立場も危うくなるかもしれない。しかし、それを受けたら、福殿の機嫌がさらに悪くなるのも必定。このままの距離を保つには……。左門は人知れず悩むのだった。
「柳生の」ある日、左門は福に声をかけられた。
「但馬守のご子息とはいえ、上様に媚びへつらうことなどしたら……わかっておろうな?」福の焦燥が伝わってくる。世継ぎを得るまでは、あらゆる邪魔は排除したい、という意志を感じた。
左門は答えた。
「そのようなことに私は興味ございません。私はただ、己の責務を果たすのみでございます」
そう。己の責務を果たす。果たしたのち、柳生の庄に戻り、お栄と世帯を持つ。それが、ただそれだけが左門の望みだった。政は父上に、剣の道は兄上に。私はそのどちらの道も似合わない。左門はそう思うのだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
おめでとう。社会貢献指数が上がりました。
水井伸輔(Mizui Shinsuke)
SF
「正しく」生きれば、どこまでも優しいこの国。
17歳のシュウは、社会貢献指数を高め、平穏な未来を手に入れようとしていた。しかし、システムに疑問を抱く父のランクは最低の「D」。
国家機能維持条項が発令された夜、シュウの端末に現れたのは、父の全権利を支配するための「同意」ボタンだった。
支配か、追放か。指先ひとつで決まる、親子の、そして人間の尊厳の行方。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる