最後の大太刀 ―柳生左門友矩―

いわん

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其之三:将軍の疱瘡

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寛永六年。家光公が熱で倒れた。疱瘡だった。
福とそのお付きが、寝ずの看病を続けていた。しかし、家光公の容体は芳しくなかった。
その日から、「平癒祈願」の読経が城内から途絶えることはなかった。
小姓は、何をしていいか分からず、ただオロオロするばかりだった。「平癒祈願」すら、できてなかった。そのくらい、混乱していたのである。
老中、稲葉正勝は、万が一に備え、幕府内を駆け回っていた。家光公には、まだお世継ぎがいなかった。万が一のことがあれば、ようやく形を整えつつあった幕府の統治体制が、崩壊しかねない状況であった。
ただ、左門だけが、変わらず、家光公のそばで、普段通りの行動をしていた。家光公の病状を見守り、福たちとは別に、家光公の希望を叶えるために行動する。疱瘡を恐れて近づこうとしない他の小姓とは明らかに違っていた。
疱瘡快癒後、家光公の尊顔に痘痕が残っていることにも、左門は全く意に介さなかった。その痘痕を見て、顔色を変える小姓が多くいたのにも関わらず、左門は接する態度を全く変えなかった。
その献身さと、天性の美貌に、家光公が興味を持つのは自然なことだった。
しかし、左門は、家光公との一線を越えようとはしなかった。それを破るのに腐心する小姓ばかりの中で、ただ一人、「領分を越える」ことをしようとはしなかった。
「なぜ、あやつは、わしの元に来ようとはしないのだ……他の小姓は、自ら喜んで近づいてくるのに……」家光公は不思議がった。左門相手に、どのように接すればいいのかもわからなくなっていた。

疱瘡快癒後、家光公の衆道趣味は、さらに手を広げていた。あまりの事態に、乳母の福が怒ることもあった。
「上様。お世継ぎを早く、早く、もうけてくださいませ。小姓などにうつつを抜かしている時間などありませぬ」福は、人目も憚らず家光公に苦言を呈すこともあった。
左門は「またか」と思うだけだった。福の言う「小姓」に自分が含まれることもわかっていた。家光公が自分に興味を持っていることにも気づいていた。ただ、今は家光公に何か「特別なこと」を命ぜられているわけではない。自分の本分を務めているだけであった。しかし、そのうち「そばに来い」「夜伽をせい」と言われた時、どう対処すべきかは、考えあぐねていた。家光公の命に逆らえば、父上の立場も危うくなるかもしれない。しかし、それを受けたら、福殿の機嫌がさらに悪くなるのも必定。このままの距離を保つには……。左門は人知れず悩むのだった。

「柳生の」ある日、左門は福に声をかけられた。
「但馬守のご子息とはいえ、上様に媚びへつらうことなどしたら……わかっておろうな?」福の焦燥が伝わってくる。世継ぎを得るまでは、あらゆる邪魔は排除したい、という意志を感じた。
左門は答えた。
「そのようなことに私は興味ございません。私はただ、己の責務を果たすのみでございます」
そう。己の責務を果たす。果たしたのち、柳生の庄に戻り、お栄と世帯を持つ。それが、ただそれだけが左門の望みだった。政は父上に、剣の道は兄上に。私はそのどちらの道も似合わない。左門はそう思うのだった。
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