三上灯馬という男 ―クレーマーは理詰めで来る。―

羽山一千

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第5話 無性に食べたくなる日(回転寿司屋編)

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無性に寿司が食べたくなる日がある。

理由はない。
ただ、頭の中にサーモンが浮かんで離れなくなる日だ。

回転寿司は、一人でも入りやすい。
カウンターに通されて、湯のみを取る。

目の前を、皿が流れていく。
まぐろ。えび。いなり。

サーモンは、まだ来ない。

ぼんやりレーンを見ていて――

――いた。

二つ隣の席で、皿を並べている男。
……三上灯馬。

赤、青、黒、金。
色ごとにきっちり分けて、間隔までそろえている。

何をしているんだろう、この人は。

三上がレーンを見たまま言った。

「このレーンは、説得が下手だ」

「寿司ですよ?」

意味が分からない。
気づいたら、口を挟んでいた。

「違う。高い皿が、謝りながら流れてくる」

さっきより、もっと分からない。

「これは順番に並んだ提案なんだ」
「提案は、順番を間違えると誰も聞かない」

……回転寿司の話をしているはずなのに、また別の話をされている気がした。

「見てごらん」

百円の皿が続いたあと、急に金色の皿が流れてきた。
その次には、また安い皿が戻ってくる。

「これでは、高い皿は取られない」

「そうですか?」

「高い皿を取るには、助走がいる」

助走って何だ。

「人は、いきなり決断できない。目と財布が慣れる時間がいる」

「ここは直すのに時間がかかる」
「まず流し方の思想から変えないといけない」

「……直すんですか」

「いずれね」

さらっと言った。

「別の店に行こう」

「いやです」

即答した。

「面倒ですし、お腹も空いてます」

ちょうど、サーモンが流れてきた。
反射みたいに手が伸びて、皿を取っていた。

「その店は、サーモンが逸品だ」

「今取りましたけど」

「一皿目でサーモンを取る人は、だいたいもう一度サーモンを取る」

「決めつけないでください」

そう言ったけれど、回転寿司に来ると最初の二皿はだいたいサーモンだ。

三上は鞄から、細長いクリアファイルを取り出した。
チケットを入れるような、ポケットが何枚もついたやつだ。
中にはクーポンがぎっしり入っていた。

……ライブでも行くんですか、この人は。
どう見ても、イベントチケット用のファイルだ。

「それ、使い方合ってます?」

「ポケットが多くて分類しやすいんだ」
「本来の用途はどうでもいい」

付箋で見出しまでついている。

「分類してるんですか」

「当然だろう」

一枚を抜き取って、こちらに見せた。

「その店のクーポンだ」

「……何パーセントオフですか」

「三〇」

「行きます」

即答してしまった。

「三〇は、理性が折れる数字だ」

三上はファイルを閉じた。

「ついでに言っておくけど、その店は改善済みだ」

……つまり、何かをやらかしている。
でも、三〇パーは強い。

その店は、通りを挟んですぐ近くにあった。
さっきの店から歩いて一分もかからない。

「近いですね」

「競合は近いほうがいい」

席に着くと、三上はレーンを指した。

「気づく?」

「何がですか」

「高い皿が、孤立してない」

レーンを見る。
たしかに、高い皿が近い値段の皿で挟まれてくる。
いきなり浮いている感じがない。

「説得がうまい」

皿が、少しずつ値段を上げながら流れてくる。

「断るきっかけがないんだ」

「きっかけ?」

「いきなり高い皿が来ると、人は一度止まる」
「止まると、理由を考える」
「理由を考えると、取らない」

皿が流れていく。
百円。百五十円。二百円。

「でも、こうやって順番に上がってくると、止まらない」
「断るきっかけがない」

……寿司くらい、寿司のままでいてほしい。

そのとき、サーモンの皿が流れてきた。
普通。
中。
特上。

特上は気になるけど、いきなりはもったいない気がする。
まず中を取った。

食べ終わって、皿を重ねる。

「今のが一番多い」

「何がですか」

「真ん中から取る人」

三上はレーンを見たまま言った。

「順番がいいと、人は迷ったつもりで予定通り動く」

そんなわけない、と思った。

「次に何を取るか、当てようか」

「……当てられませんよ」

三上はポケットから小さなメモ帳を出して、何かを書いて、伏せた。

「どうぞ」

感じが悪い。

でも、ちょうどあの皿が目の前に来ていた。

――特上サーモンを取った。

食べる。
うまい。

皿を重ねたところで、三上がメモをひっくり返した。

『特上サーモン』

「……当てずっぽうでしょう」

「まだ続きがある」

さっきと同じサーモンの並びが、もう一周してきていた。
普通。
中。
特上。

気づくと、中を取っていた。

メモ帳がもう一度ひっくり返る。

『中』

「気持ち悪いんですけど」

「統計だよ」

三上は皿の底に指先を当てて、空中で支えていた。
……曲芸かよ、と思った。

「人間の舌は、山より坂を好む」
「上がったままでは終わらない」
「一度戻って、また上がる」

寿司を食べながら聞く話ではない気がした。

「さっきの店を改善したら、こっちの売り上げ下がるんじゃないですか」

三上は首を横に振った。

「下がらないよ」

「どうしてですか」

「近くにいい店があると、店は手を抜けなくなる」

三上は店の中をゆっくり見回した。

「そうすると、店はもっと良くなる」

皿がいくつか通り過ぎていったあと、三上は言った。

「僕が一軒ずつ直し続ける世界は、あまりよくない」

「え?」

「店が勝手に良くなって、客が勝手に賢くなる」
「そのほうが自然だ」

三上は湯のみを持ち上げて、ひと口飲んだ。

「そのほうが、長持ちする」

たぶん、間違ってはいない。
でも、この人のやり方が好きかどうかは別だった。

気づくと、目の前の皿がずいぶん重なっていた。

「最後の一皿、当てようか」

もうやめてほしいと思ったが、どうせ当たるんだろうとも思った。

しばらくして流れてきた皿を、取る。

メモ帳がひっくり返る。

『特上サーモン』

「ほらね。舌は順番どおり動く」

……人の舌まで管理しないでほしい。

「やっぱり、この店のは逸品だろう」

食べる。
何も言えなくなるくらい、うまい。
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