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✦ 書かれた物語 ― 約束 ―
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※この章は作中作です。
読んだあとで、同じ場面が違って見えます。
本編だけでも追えます。
本編は第九話から再開します。
『ルビー・イモータル、時を奪われる前に』
✦✦✦ あの日の約束 ――書庫の管理人
窓は、閉めていなかった。
書庫に入ると、空気が少し新しい。
風が通った匂いが、棚の隙間に残っている。
棚を一段ずつ見ていく。
減ってはいない。
ただ、ルビーが最近選んだ本の列に、並びが違うところがあった。
それを戻し、次の棚へ進む。
『あの子の記録』を手に取る。
かけておいた封じの術が、解けていた。
解けるのは、砂時計の印を持つ者だけだ。
表紙にそっと指をかける。
この本の最初に記されているのは、私のお姉様のことだ。
お姉様のために、涙を止める術を使った。
ルビーにかけたのも、同じものだった。
彼女自身の望みではなく、役割として。
それは、情動抑制の術と呼ばれている。
術の効果は、感情の振れ幅を狭めてしまう。
楽しさも悲しさも遠のいていく。
それでも、薄く残った好奇心が、ルビーをこの本へ辿り着かせた。
頁を追うと、過去が静かに重なっていく。
お姉様は、優しかった。
だから私は、いつも後ろにいた。
私には、お姉様のような特別な力はなにもなかった。
それでも私は、お姉様が好きだった。
この本に書かれていることは、真実だ。
けれど、書けなかったこともある。
あの日、お姉様と交わした約束だ。
「もしものときは、迷わないで。これで止めて」
お姉様が差し出した手のひらに、いつのまにか指輪があった。
色味を持たない地金に、無色透明の石が嵌められていた。
「永遠を拒み、それでも生きたいと願う人にだけ、この指輪は応えてくれる」
そのときは、まだ意味がわからなかった。
お姉様も、その意味を理解しているようには見えなかった。
それが、どこから来た言葉なのかも、お姉様は知らないようだった。
ただ、その目がまっすぐだったから、私はそれを約束にしてしまった。
指輪を受け取ったとき、私は永遠の命を手にしていた。
お姉様は、その変化に気づいていなかったと思う。
それが確かなものになった頃には、もうお姉様はいなかった。
あれからいくつもの時を超えてきた。
この家には、ひとつの時代に一人、お姉様と同じ力を持つ子が生まれた。
やがて、その力は国の管理下に置かれた。
代価として、イモータル家には地位が与えられた。
この家は、ひとつの系譜ではない。
分かれ、混じり、それでも血だけは保たれてきた。
誰の子かは、重要ではなかった。
必要だったのは、その役割を担える器であることだけだ。
それからしばらくして、この家の人間は老いなくなった。
変化は、私の知らないところで、王都から国の隅々へと広がっていった。
不死が当たり前になった頃から、この国では子どもが生まれなくなった。
その歪みの中で、この家にだけ、寿命を持つ子が現れ続けた。
私たちは、その子を「砂時計の子」と呼んでいる。
砂時計の子の母は、特別な存在ではない。
人の意志が、そこに介在することはない。
夫の有無とは無関係に、気づいたときには、すでに誰かの腹に宿っている。
母になったことは、私にもあった。
命脈井戸への祈りは、いつしか刻砂の儀と呼ばれるものへと形を変えていった。
砂時計の子は、国の不死を支える代わりに、寿命を代価として差し出す存在になった。
それはやがて、役割として扱われるようになる。
私には、もう止められなかった。
それでも、この手で終わらせるしかないと思った。
指輪を取り出し、指に通した。
祈りの言葉は知らない。
それでも、祈ってみた。
けれど、反応はなかった。
その沈黙の中で、ようやく分かった。
お姉様の言っていた「永遠を拒み」とは、不死者ではない者を指していたのだと。
それから、少し時が経った。
刻砂の儀は、年ごとの出来事として定まり、この家でも、準備の手順が決まっていった。
祈りは繰り返され、周囲は、それに合わせて動くようになっていた。
その頃だった。
砂時計の子が、家に仕えていた男の名を、以前よりもよく口にするようになった。
私は、それを咎めなかった。
そして、選択肢をひとつ、与えてしまった。
逃げる手筈を整える代わりにこれを、と、私は指輪を男に託した。
国外へ出て寿命を持てば、指輪は祈りに応えるかもしれないと思った。
けれど、二人は国境で引き留められた。
砂時計の子は、連れ戻された。
男は、国の外へ追われた。
渡した指輪は、彼の手に握られたままだった。
それが、どこへ渡っていくのかを、私はまだ知らなかった。
読んだあとで、同じ場面が違って見えます。
本編だけでも追えます。
本編は第九話から再開します。
『ルビー・イモータル、時を奪われる前に』
✦✦✦ あの日の約束 ――書庫の管理人
窓は、閉めていなかった。
書庫に入ると、空気が少し新しい。
風が通った匂いが、棚の隙間に残っている。
棚を一段ずつ見ていく。
減ってはいない。
ただ、ルビーが最近選んだ本の列に、並びが違うところがあった。
それを戻し、次の棚へ進む。
『あの子の記録』を手に取る。
かけておいた封じの術が、解けていた。
解けるのは、砂時計の印を持つ者だけだ。
表紙にそっと指をかける。
この本の最初に記されているのは、私のお姉様のことだ。
お姉様のために、涙を止める術を使った。
ルビーにかけたのも、同じものだった。
彼女自身の望みではなく、役割として。
それは、情動抑制の術と呼ばれている。
術の効果は、感情の振れ幅を狭めてしまう。
楽しさも悲しさも遠のいていく。
それでも、薄く残った好奇心が、ルビーをこの本へ辿り着かせた。
頁を追うと、過去が静かに重なっていく。
お姉様は、優しかった。
だから私は、いつも後ろにいた。
私には、お姉様のような特別な力はなにもなかった。
それでも私は、お姉様が好きだった。
この本に書かれていることは、真実だ。
けれど、書けなかったこともある。
あの日、お姉様と交わした約束だ。
「もしものときは、迷わないで。これで止めて」
お姉様が差し出した手のひらに、いつのまにか指輪があった。
色味を持たない地金に、無色透明の石が嵌められていた。
「永遠を拒み、それでも生きたいと願う人にだけ、この指輪は応えてくれる」
そのときは、まだ意味がわからなかった。
お姉様も、その意味を理解しているようには見えなかった。
それが、どこから来た言葉なのかも、お姉様は知らないようだった。
ただ、その目がまっすぐだったから、私はそれを約束にしてしまった。
指輪を受け取ったとき、私は永遠の命を手にしていた。
お姉様は、その変化に気づいていなかったと思う。
それが確かなものになった頃には、もうお姉様はいなかった。
あれからいくつもの時を超えてきた。
この家には、ひとつの時代に一人、お姉様と同じ力を持つ子が生まれた。
やがて、その力は国の管理下に置かれた。
代価として、イモータル家には地位が与えられた。
この家は、ひとつの系譜ではない。
分かれ、混じり、それでも血だけは保たれてきた。
誰の子かは、重要ではなかった。
必要だったのは、その役割を担える器であることだけだ。
それからしばらくして、この家の人間は老いなくなった。
変化は、私の知らないところで、王都から国の隅々へと広がっていった。
不死が当たり前になった頃から、この国では子どもが生まれなくなった。
その歪みの中で、この家にだけ、寿命を持つ子が現れ続けた。
私たちは、その子を「砂時計の子」と呼んでいる。
砂時計の子の母は、特別な存在ではない。
人の意志が、そこに介在することはない。
夫の有無とは無関係に、気づいたときには、すでに誰かの腹に宿っている。
母になったことは、私にもあった。
命脈井戸への祈りは、いつしか刻砂の儀と呼ばれるものへと形を変えていった。
砂時計の子は、国の不死を支える代わりに、寿命を代価として差し出す存在になった。
それはやがて、役割として扱われるようになる。
私には、もう止められなかった。
それでも、この手で終わらせるしかないと思った。
指輪を取り出し、指に通した。
祈りの言葉は知らない。
それでも、祈ってみた。
けれど、反応はなかった。
その沈黙の中で、ようやく分かった。
お姉様の言っていた「永遠を拒み」とは、不死者ではない者を指していたのだと。
それから、少し時が経った。
刻砂の儀は、年ごとの出来事として定まり、この家でも、準備の手順が決まっていった。
祈りは繰り返され、周囲は、それに合わせて動くようになっていた。
その頃だった。
砂時計の子が、家に仕えていた男の名を、以前よりもよく口にするようになった。
私は、それを咎めなかった。
そして、選択肢をひとつ、与えてしまった。
逃げる手筈を整える代わりにこれを、と、私は指輪を男に託した。
国外へ出て寿命を持てば、指輪は祈りに応えるかもしれないと思った。
けれど、二人は国境で引き留められた。
砂時計の子は、連れ戻された。
男は、国の外へ追われた。
渡した指輪は、彼の手に握られたままだった。
それが、どこへ渡っていくのかを、私はまだ知らなかった。
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