【完結】即興から始まった、わりと本気の物語

羽山一千

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✦ 書かれた物語 ― 道 ―(最終話・前編)

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※この章は作中作です。
 読んだあとで、同じ場面が違って見えます。
 本編だけでも追えます。
 本編は第十一話から再開します。


『ルビー・イモータル、時を奪われる前に』

✦✦✦  選ぶための道 ――ルビー

それからルビーは、何度も書庫に入った。
窓の開け方も、足音の消し方も、考える必要がなくなっていた。

『あの子の記録』の最初には、始祖の項が置かれている。
起きた出来事だけが、順に記されていた。
アンセルの姉。はじめて力を持った子。

続く頁からは、刻砂の儀が始まる前――まだ「砂時計の子」と呼ばれていなかった世代へと移っていった。

その先には、歴代の砂時計の子の記録が並んでいた。
生まれた年、刻砂の儀の開始時期、削られた時間。
どの頁も、同じ調子で書かれている。

読んでいるうちに、ルビーは気づいた。
その記録には、正しいとも、間違っていたとも、記されていなかった。
ただ、ところどころに、書き手が立ち止まった痕跡だけが、残っていた。

最後のほうに、書きかけの頁があった。
いくつかの記述が、知っている事実と重なっていた。
それは、ルビー自身のことだった。

別の棚には、王都の書店で選んだ本がまとめられていた。

外の世界の本は、騒がしかった。
病の話も、飢えの話もあった。
それでも、人はそこで生きていた。
明日があると信じて、今日を過ごしていた。

その世界に、砂時計は出てこなかった。

ゼットに、外は幸せなのかと尋ねたことがあった。
「ここで言われているそれを、そのまま当てはめることはできないと思います」
あのときの言葉が、遅れて分かった気がした。

そうして季節が巡った。
一年は、思っていたより早く過ぎていた。
次の刻砂の儀の日まで、あと少しになっていた。

今日も書庫で本を読み終え、すぐに窓へ向かった。
梯子を下りて、中庭に足をついたところで、気づいた。
少し離れた場所に、ゼットが立っていた。

「ゼット。いつから、ここに?」

彼は、周囲を一度だけ確かめた。

「ここでは話せません。お部屋へ戻りましょう」

ルビーは頷き、歩き出した。
部屋に入ると、扉が静かに閉められた。

「書庫に入っていたこと、知っていたのね」
「ええ」
「いつから?」
「初めからです」

一瞬、言葉が喉につかえた。
取り繕うことはできたはずなのに、口に出なかった。

「止めなかったのは、どうして?」
「止める理由が、なかったからです」

ルビーは、目を伏せた。

「たくさんのことを知ったわ」
「『あの子の記録』も読まれましたね」

その言葉に、咎める響きはなかった。
けれど、どうしてその本の名が出たのか、考えれば考えるほど、問いは増えていった。

「ええ。著者は、立ち止まりながらも事実だけを並べていた」

誰が書いたのかには、触れなかった。
ゼットがどこまで知っているのか、測れなかった。

「それでも、読む価値はあったと思うわ」
「この一年で、何か変わりましたか」
「前より、遠くは見えるようになった気がする」

本を読むほどに、視界が開いていった感覚があった。

「その遠くへ行ってみたいとは?」

その問いが、何のために投げられたのか分からなかった。
だから、自分が考え続けてきたことを、そのまま差し出した。

「門の外にあるものは、わたしが思い描いていた幸せと、同じものだと思ったわ」

その言葉は、ゼットの中で、動かせない位置に収まった。

「外に出る道を用意しています」

どういうことなのか、すぐには掴めなかった。
理由も、方法も、聞いていない。
それでも、その言葉を軽く扱えなかった。

「それは、逃げるための道?」
「選ぶための道です」
「その道を選んだら、何が変わるの?」
「あなたの居場所だけです」

ルビーは、すぐには返さなかった。
自分の居場所が空いたあとの世界に、心の中で立ってみた。

「国は変わらない?」
「変わりません」
「それでも、わたしは外へ出られる」

重い地面から、ふっと切り離されたような錯覚があった。

「はい」
「そのあとで、次の砂時計の子が生まれるのね」
「生まれます」

その言葉は、胸の中に収まらなかった。
ここにいるという感覚が、遅れて戻ってきた。

「それなら」
「それは、わたしが選ぶための道じゃない」

考えるより先に、口が動いた。
あとから、それが答えだったと分かった。

ゼットは、短く頷いた。

「次の刻砂の儀まで、あまり時間がありません。儀の後の王都巡行に合わせて動けるように、準備は間に合わせます」

選ぶことを拒んだのに、道だけが残った。
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