元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第二章 大迷宮バルキオン

15話 深層転移

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 奈落へと続く螺旋階段。
 妙に静かなそこは異様な緊張感に包まれており、探索者が最後に覚悟を決める道となる。

 新たな階層へと続く道。
 一抹の不安と無謀な好奇心を胸に、辿り着いたその先に待ち受けるのは希望か絶望か。

 それは覚悟を定め、この階段を下り終えたものにしか分からない。

 49階層の最奥である階段部屋到達後、俺達は8時間の休憩を取って50階層へと続く螺旋階段を降りていた。

「……」

 何度経験してもこの感覚は慣れない。
 大丈夫、問題ないと確信し覚悟しても全身が強ばって緊張しているのがよく分かる。

 それが50階層のターニングポイントでボスモンスターが待ち受けているとなれば尚更だ。

「「「……」」」

 後ろから着いてきているアイリス達の顔は見えないが、見えずとも彼女たちから緊張は伝わってくる。
 特にアイリスとエルバートは緊張の中に薄らと不安が入り交じっている。

 二人の気持ちは分かる。
 今回、主に戦闘を行うのはこの二人だ。
 これまで戦ってきたどのモンスターよりも強いと分かっていながら、敵の実力は未知数。
 不安になって当然だ。

 ″気張り過ぎだ。なんか面白い事を言ってアイツらの緊張を解せ″

「……」

 ″アイツらに怪我をされたくなかったら早くしろ。ほら早く″

 二人の様子を見てため息混じりにスカーから司令が入る。
 一度は聞こえないふりをしたというのに追い討ちでだ。
 また俺にしか聞こえない念話というのが腹立たしい。

 弟子のメンタルケアも師匠の仕事のうちだろうが、自分のキャラじゃないことは俺に全部丸投げしやがって……。

「また無茶振りを……」

「……ファイク?」

「……アニキ?」

 小声で吐いた悪態を後ろのアイリスとエルバートは聞き逃さない。
 後ろを振り返れば首を傾げた二人と目が合う。

 さてどうしたもんか。
 いきなり面白い事を言えと言われて咄嗟になにか言えるほど俺は愉快な人間ではない。
 というかだいたいこういう無茶振りを振られた時は、面白い事は疎か気の利いた言葉すら出てこない。
 それぐらいボキャ貧だ。

「えー……っと───」

 アイリス達は俺が何か言うのかと思って身構えているし、ここで何も言わなかったらそれはそれで変な空気になってしまう。
 あのクソジジイ許すまじ。

「──まああれだ。そんな気負わずにリラックスしろよ? 2人とも今結構酷い顔してるぞ?」

「「……え?」」

 少しの変な間があって出た俺の言葉に、アイリスとエルバートは互いの顔を見合わせる。

 咄嗟に目に付いた事を言ってみたが、よくよく見てみれば二人の顔色は悪かった。
 肌の血の気は引いて青白くなり、表情は強ばって硬い。
 とても今からモンスターと戦う人間の顔では無かった。

「……酷い顔色ですね、エルバート。怖いんですか?」

「あはは。姐さんこそ、美人が台無しですよ……」

「……」

 軽口を叩きあって笑い合っているように聞こえるが、その表情はまだ笑っておらずぎこちない。
 相当メンタルに来ているようだ。
 確かにこの状態の二人を戦わせるのは不味い。

「よし。二人とも深呼吸ッ!」

「「え?」」

 突然の命令に二人は困惑した顔をする。
 それを気にせず二人に深呼吸を強要する。

「はい、やって! 吸って~……吐いて~……」

「「すぅ~………はぁ~………」」

「はい、もっと! 吸って~……吐いて……」

「「すぅ~………はぁ~………」」

 全員で両手を広げて腹の底から深く深呼吸をする。
 最初は困惑していたアイリスとエルバートだったが、何度か深呼吸をしていくうちに二人の表情の強ばりが和らいでいく。

「深呼吸ってのは無理やり気持ちの整理をつける時に便利だ。
 まあこんなので緊張は無くならないけど、少しは冷静になった気がしない?」

「う、うん」

「は、はい」

 いまいちピンときてない様子の二人を見て、深呼吸の効果を実感する。
「何言ってんだこいつ?」って思えるくらいには気が緩んでくれたようだ。

「焦ったり、不安を感じたらまずは深呼吸して考えろ。そうすればとりあえず体は動いてくれる」

「「……」」

「二人は本当に強くなったよ。
 スカーは直接言葉にしないだろうけど、二人が弱かったらここまで連れて来ていない。今二人がここに来れているのが強くなった証拠だ。
 二人がこの階層で死ぬことは無い。何かあっても俺が助けてやる。
 だから自信を持って、好き勝手暴れて来い」

「ッ……うん!」

「……はい!」

 俺の言葉に力強く頷くアイリスとエルバート。

 ようやくいつもの調子に戻ってきてくれた。
 もう今の二人には少し前の不安は感じられない。
 確固たる自信と覚悟が目に宿っている。

 在り来りな言葉しか出てこなかったが、結局はこういう普通の言葉でいいんだ。
 それに俺にして見れば上出来だ。

 ″まあ及第点だな″

 ″……何もしてないくせになんで偉そうなんだよ″

 ″ふんっ、俺は偉いからな″

 ″あーはいはい。そうっすね″

 スカーの物言いに、奴が仁王立ちでふんぞり返っているのが容易に想像できる。
 言ってることがガキのそれだ。

 なんて悪態は言葉にせず、再び階段を下り始める。

 気がつけば長い長い階段も終わりを迎える。
 下の階層についたことを知らせるように目の前に、まだ誰にも開かれていない大きな扉が立ちはだかる。

「準備はいいか?」

「うん」

「もうとっくにできてます!」

「はい」

 俺の問いかけに3人は頷く。

「よし。それじゃあ行くぞ」

 それ以上何かを聞く必要は無い。
 言葉を交わすのはそれだけで十分だ。
 後は思う存分に戦うのみ。

 ・
 ・
 ・

 低い唸るような音を上げながら開く扉の先に広がるのは部屋と言うよりも、これまで何度も見てきた洞窟のような開けた場所だった。

 踏み固められた地面に、殺風景な岩肌の壁に天井。
 その壁や天井には無数に埋もれる魔晄石の塊。

 そこは余りにも代わり映えのない大迷宮だった。

「……ッ」

 しかし、そんな思考も少し視線を先の方に向ければ消し飛ぶ。

 部屋の中央に佇む黒い影。
 そいつの姿を一目見ただけで、ここがターニングポイントだと言うことを再認識させる。
 そいつの存在がこの見慣れた風景を異様な物への変化させる。

 全長は20メートル程、全身が黒い体毛に覆われた胴長のモンスターがそこには居た。
 ネズミに似ているが、それとは少し違う。
 とんがった鼻先と、獰猛さに欠けるつぶらな真黒な瞳がこちらを見据えている。
 そのモンスターを一言で説明するならば土竜モグラだ。

「……バルキオンはモグラか」

 黒い土竜はこちらに気づいても仕掛けてくる気配はなく、のんびりと様子を伺っている。

 ならばこちらから仕掛けるのみ。

「何も口出しはしない。好きにやってみろ」

「「はいッ!!」」

 今回のスカーからの課題は特になし。
 師匠の指示を聞いたアイリスとエルバートは魔導武器を構えて飛び出す。

 黒い土竜と二人の距離は目測で200mメートル。
 普通ならば一足飛びで詰めるには不可能な距離だが、魔力循環によって身体能力を強化した彼女たちには関係ない。

 瞬き一つで二人は黒い土竜との距離を詰める。武器による物理攻撃が届くほどの距離ではない。
 それをするならばあと5歩は距離を詰める必要がある。
 だから二人は魔法を紡いだ。

「翔べッ!!」

「駆けろ炎の槍ッ!!」

 身体中の魔力が駆け巡り、思い描いた心像イメージを具現させる。

 風の刃に炎の槍。
 二つの魔法は空中を疾駆し土竜へと襲いかかる。

 そこでようやく守り手は動き出す。

「ッ……ググ!」

 二人の魔法を見た瞬間、土竜は両手の禍々しい鉤爪で地面を掘って地中に潜る。

 標的を見失った二つの魔法は土竜がいた場所を素通りすると、そのまま爆散する。
 土竜は古典的な方法ではあるが魔法を危なげなく回避する。

 まだアイリス達に咄嗟の魔法の追尾操作は難しい。それが目視できない地中ならば尚更だ。

「どこだ!?」

「落ち着いてくださいエルバート!
 離れて距離を取りましょう。二人巻き込まれるのは厄介です!」

「分かりました!」

 姿を消した敵に慌てるが、直ぐに冷静さを取り戻して動き出す。

 アイリスが右、エルバートが左に飛ぶ。
 二人で固まっていれば地中からの攻撃を同時に受けてしまう。
 その前に二手に別れて土竜の攻撃をどちらかに限定させる。

 地面から微弱に感じる振動。
 振動は次第に大きくなっていき、気を抜けば倒れてしまいそうなほどの揺れになる。

「グラァッ!!」

 雄叫びと共に地面が盛り上がり、激しい音を立てて土竜は地面から姿を現す。

「ファイク!!」

「アニキ!!」

 アイリスとエルバートの焦った声音が飛ぶ。

 土竜が攻撃の標的にしたのは目の前で土竜の攻撃を警戒していたアイリス達ではなく。
 その少し離れた後ろの方で突っ立っていた俺とユネル、ラーナだった。

「……」

「キュッ!?」

「なっ……!?」

 突然目の前に現れた黒い巨体と鈍色に輝く巨大な鉤爪。
 一人と一匹は逃げることが出来ず、呆然と驚くだけだ。

 まあボケ~っとそこにただ突っ立っているだけの奴がいたら、そっちから先に片付けようと思うよな。
 俺だってそうする。
 さすがは50階層のボスモンスター。
 ただ目の前の敵に突っ込むだけの馬鹿じゃない。

「けど、相手と自分の力量を測れなきゃ全然意味ないな」

「グラウッ!!」

「「ッ…………!!」」

 振り上げた鉤爪を俺達の方へと振り下ろす黒い土竜。
 ユネルとラーナは回避を試みるが、もうこの距離まで来てしまえば間に合わない。
 それに別に逃げる必要も無い。

「そのちっさい目は飾りか? お前の相手は俺じゃない。
 ほれ。お前と遊んでくれるのはアイツら」

 襲いかかる鉤爪を見上げながら、アイリス達の方を指差す。
 土竜はそれでも攻撃を止める気配が無いので、仕方なく影に魔力を流す。

 瞬間、俺の周りに黒い衝撃波の様なモノが生まれる。

「……グラッ!?」

 目の前にいた土竜はその衝撃波に押し流されるように巨体を後方へと打ち上げる。

「おい。やり過ぎだ」

「いや。コレが最小限だから。
 それにしょうがないだろ。あのバカモグラがこっちに来たんだし。
 それとも何か、俺に何もせず無抵抗に死ねと?」

「ああ。そっちの方がアイツらのタメになるかもな」

「……」

 土竜に魔法を使った事をスカーに咎められて反論してみるが、クソジジイは滅茶苦茶な事を言って返してくる。
 ワガママはやめておじいちゃん?

「グッッ………!!?」

 打ち上がった巨体を地面に受け身なく着地させた土竜は悲痛な声を上げて混乱している。
 まるで自分の身に何が起きたのか理解できていないようなマヌケ顔だ。

 今使った魔法は基礎魔法の一つで、見た目通り影を衝撃波のように周りに拡散指せる魔法だ。
 殺傷力は低いし、使いどころが無い魔法だと思っていたが…………意外とあったな。

「ほら2人とも! 俺達は大丈夫だから、さっさとそのモグラ倒せ! またスカーにどやされるぞ!」

「うん!!」

「はい!!」

 俺達を心配していたアイリス達にそう言って、後は二人に任せる。

 致命傷ではないが、それなりに土竜にダメージを与えてしまった。
 依然として土竜は地面をのたうち回っており、立ち上がる気配はない。
 そこにアイリス達が駆け込む。

「暴風よッ!!」

「我が焔は全てを焼却するッ!!」

 今の二人が使える最大火力の基礎魔法。
 荒れ狂う嵐の刃と、真紅に輝く業火が黒い土竜へと襲いかかる。

「グッ───」

 土竜は高密度の魔力に気づき、咄嗟に体勢を立て直し回避しようとするが、それは既に手遅れ。

「────ッッッ!!!」

 土竜が再び地面に潜ろうとしたところで二つの魔法は着弾。
 声にもならない空気だけが揺れる音。
 土竜は粉々に斬り刻まれ、灰すら残さずに燃え散る。

 間違いなく土竜は死んだ。
 50階層の守り手を倒した。

「「………」」

 だと言うのに最後のトドメを刺したアイリスとエルバートの表情は納得のいかない様子だ。

「お疲れ様、二人とも。最後の魔法は見事だったよ」

 呆然と佇む二人に労いの言葉をかける。

「「………」」

「え、なに?」

 しかし二人の返事はなく、黙ってこっちを見つめてくるのみ。
 二人の眼差しにはどこか非難の色が宿っている。

「ど、どうしたんだ? ターニングポイントのボスモンスターを倒したんだぞ? 普通はもっと喜ばない? 反応薄くない?」

「「………」」

 二人の視線に居心地の悪さを覚える。
 せめて何か言ってくれない?

「…………はあ。ファイクの方にあのモグラを行かせた時点で私たちの実力不足ですね、エルバート」

「はい。アニキのお手を煩わせた僕たちが悪いですね、姐さん」

 アイリスとエルバートに3分間ほど無言の圧力で睨まれていると、諦めたように二人は溜息を吐く。
 そこから彼女たちは何やら反省会を始める。

「え、マジでなんなの? 言いたいことがあるなら言って? 不安になる」

 慌てて二人に聞くがガン無視。
 俺の声はアイリス達には聞こえていない。

「……なあスカー。俺なんかした?」

「知らん。自分で考えろ」

 スカーにも一蹴されてしまう。

「キュイ!」

「俺の味方はラーナだけだ!」

 全員の素っ気ない反応に落ち込んでいるとラーナが励ましてくれる。
 俺はそれが嬉しくてわちゃわちゃとラーナを撫で回す。

 やはりラーナの撫で心地は最高だ。

「おい。ふざけてないで全員集めろ。転移が始まるぞ」

「……わかった」

 スカーの言葉でラーナを撫で回すのをやめて、全員で集まる。

 今回はボスモンスターにしつこく「証を示せ」だのと言われなかったが、転移魔法はしっかりと発動するのだろうか。

「確か、ここの転移魔法は固有魔法の魔力に反応して起動する仕組みなんだよな?」

「ああ。お前とエルバートの足元に転移魔法陣が起動するだろう」

「そんで転移魔法ってのは対象者に掴まっている人や物も一緒に転移させるんだよな?」

「そうだ。だから継承者でないそこの二人はファイクとエルバートに引っ付いておけ」

 前に聞いたリイヴの言葉を思い出しながらスカーに確認していく。

 クレバスの時俺は気を失っていて、実際に転移を体験するのは今回が初めてだ。
 エルバートは継承者だから問題ないとして、ちゃんとアイリスとユネルは転移できるだろうか。
 スカーの言葉に嘘はないだろうが、色々と初めてで不安だ。

「……来たな」

「これが……」

 脳内に無数の不安が飛び交っていると、俺とエルバートの足元に青白く光る魔法陣が浮かび上がる。
 それに合わせてアイリスとラーナが俺、ユネルがエルバートに掴まる。

「さて、ここからが本番だ。気を引き締めていこう」

「うん」

 魔法陣の光はみるみる強くなり俺達を包んでいく。
 身体の中の魔力が暑く滾るような感覚。
 自分で魔力を消費するのではなく、誰かに吸い取られるような脱力感。
 目の前が光で埋め尽くされていく。
 ふわっとした脱力感が訪れる。

「────ッ! 横に飛べアイリス!!」

 瞬間、何者かの気配が支配領域の探知に引っかかる。

「………え?」

 俺の腕を掴んでいたアイリスを引き剥がして突き飛ばす。
 何が起きたのか理解できない困惑した彼女の声が嫌に耳に残る。
 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「死ね、ファイク・スフォルツォ」

 真後ろから男の声がする。
 殺気の籠った、低く唸るような憎悪の声。
 突如として現れたソイツは俺を殺しに来ていた。

 魔法陣の光は依然として強くなる。
 視界が光で埋め尽くされる中、直ぐに声のした方を向けば粗雑なナイフが俺の首を狩り取ろうと空を斬って進んでくる。

「ッ!!」

「へえ、それに反応するなんてやっぱりバケモンだな」

 咄嗟に潜影剣でナイフを受け止め弾き返す。
 鼠色のローブに身を包んだ男は感嘆の声を上げる。
 男はフードを目深に被っており、その顔を見ることは出来ない。

「なんだお前たちは! いきなり襲いかかってきやがって!」

「答えると思うか?
 黙って死んどけ、ファイク・スフォルツォ」

 口元を歪に歪ませて再びナイフを構えて突っ込んでくる。

 また魔法陣の光は強くなる。

「ファイク、大丈夫!? ……きゃッ!」

「キュッ、キュ!!」

「ッ!? アイリスッ! ラーナッ!!」

 光の中で何かに襲われるアイリスとラーナの声がする。

「あっ、アニキ!? どうなってるんですかこれッ!!?」

「エルバート様から離れなさいッ!!」

「エルバートッ! ユネルッ!!」

 エルバートとユネルの緊迫した声もする。

 敵は目の前の男だけではない。
 これは集団での犯行だ。

「クハハッ! いいねぇ……その顔が見たかったんだ」

「お前ッ!!」

 楽しそうな男の声で冷静な判断が出来なくなる。
 頭の中は雑然としている。

 目の前の男を殺さなければ。
 アイリスを助けなければ。
 ラーナを助けなければ。
 エルバートを助けなければ。
 ユネルを助けなければ。
 魔法陣はこのまま起動しようとしている。
 このままでは最悪の事態が待っている。
 何とかしなければ。

 優先順位が定まらない。

「クハハッ!!!」

 耳にこびり付く不快な笑い声と、襲い来るナイフ。

 まだ魔法陣の光は強くなる。

 周囲の視覚的情報は全て光によって遮断されている。
 何がどうなっているのか判断がつかない。
 敵の容姿も朧気だ。
 目的も分からない。
 どうしてギリギリまでこいつらに気づかなかったのか。
 何もかも分からない。

 だが、支配領域はしっかりと敵の位置を示していた。

「ッ───」

 無意識に心像する。
 腸が煮えくり返るような怒りが魔力に活力を与える。
 数秒と経たずに準備は整う。

「──影遊・潜影───」

「──馬鹿ッ! 魔法は使うな!!」

 叫びにも似た詠唱は嗄れた声に掻き消される。

 どうして止める?
 目の前に敵がいるのだから迎え撃たなければ。
 どうして今ここで止められる?
 仲間の命が危ないのに。

 分からなかった。
 スカーが何故止めたのか分からなかったが、俺は魔法を途中で止めていた。

「クソっ! 間に合わなかったか!」

「…………え?」

 悔しそうなスカーの声。
 なぜ彼が焦っているのかは分からないが直ぐに何となく察しが着いた。

 さっきまで青白く光を放っていた光が、真赤に染まっている。
 いつの間にか俺とエルバートの足元にしか無かった魔法陣は描き変わり、この階層一面に張り巡らされた大きな物になっている。

 赤。
 それは危険を示す色だ。

「ファイ────!!」

「アニ─────!!」

「キュ─────!!」

「あ──────!!」

 爆発的に拡散する赤い光。
 誰かの呼ぶ声。
 急に後頭部を思い切り殴られたような鈍い痛みが走る。
 視界は暗転し、再び浮遊感が訪れる。

 そこで意識が遠退く。
 俺は転移魔法によって、深層へと転移した。
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