調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

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幼少編

第22話 潜影の竜

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 俺達の加勢によって戦況はよくなった───とは言えなかった。

「俺が一体は引き付ける!残りの一体は何とか気合で倒せ」

「「「了解!!」」」

 改めて七龍の眷属は計二体、対して俺達は総勢たったの10人程度だ。一見、数的有利は取れていたが敵はあの七龍の眷属であり、それを抜きにしても一体一体が異様なくらいにデカい。少し身動きを取っただけで周囲の木々が薙ぎ倒されて、地面には大きな穴ができる。

 この有利は有ってないようなもので、眼前の眷属たちはこの森にいるどの魔物よりも強いのは明らかであった。到底、凡庸な騎士たちが数人集まったところで打倒できるはずがない。

 ────そもそもどうしてこんなところに七龍の眷属がいるんだ!?

「────!!」

「クソッ!」

 鉤爪による単純な振り払いを冷静に回避しながらも俺の脳内は依然として困惑していた。

〈七龍〉それはこの世界のどこかに存在する生物種の頂点であり、絶対的な強者だ。奴らはこの世の理、叡智をその身に宿して、時には世界を混沌に導き、時には世界に安寧を齎す。まさに「天災」と呼ぶに相応しい奴らは、しかして滅多に人類の世に姿は現さず、最後に人類に介入したのは数百年も前の話だという。

 そんな現実に存在していて、しかしお伽噺でしか聞かないような龍の眷属が今目の前にいる。

 ────これはどういう状況だ?

 当然……と言うべきか、一度目の人生で龍の眷属に遭遇することなんてなかった。記憶にもベイラレルの森に七龍の眷属が出現し、郊外訓練中だった騎士たちが襲われたなんて話はないし、幼い頃の出来事だったとしても絶対に覚えている。

 と言うことは、これは俺が破滅を回避するために一度目とは違う運命を辿り、それによって変わってしまった────改変してしまった未来の結果として起こったことだと言える。

「冗談がきついぞ……!!」

 本当に原因が自分にあるとするのならば笑えない。先まで爺さんに全ての責任を追及したが、それは本来ならば俺が問われるべきものかもしれないのだ。

 ────今は余計なことを考えるな!

「ああ、本当に……!!」

 動揺すればすぐに死ぬ。目の間に聳える二体の大影はそういう手合いだ。今のところ致命傷を負った騎士はいない、前線は何とかギリギリ持ちこたえられている。

 あのクソジジイは心配無用。こんな無謀な相手を一人で相手していても、あの爺さんが簡単にくたばるところを俺は想像できないし、実際に負けはしないだろう。無視で大丈夫だ。

 ────問題は寧ろ俺達だ。

 もう一体の眷属竜に残りの人員で挑んでいるが致命的な決定打には欠ける。それどころか攻撃をする隙が殆どないし、あったとしてもほぼ無意味だ。

 爺さんほどの達人の一撃がなければ此奴らを倒すことはほぼ不可能。かと言って爺さんが今相手をしている竜を倒して、その後に手助けが来るのを待つのは厳しい。負けないとは信じているが、あっちはあっちで一人で眷属竜を相手取るのは相当な負担なのだ。

 ────何とかしなければ……。早くこいつらを倒さないとアリスがずっと危険に晒されることになる。

 それは兄としていただけなかった。

 ────そもそも、どうしてこいつ等はアリスを?

 一度は抑え込んだ疑問が再浮上する。考えれば考えるほど疑問は湧いて出てくし、思考は泥沼に嵌まり、身体の動き、血流の循環を────

「────!!」

 鈍らせた。

「ぐッ────!!」

 頭上が一層暗くなる。目線を上げたころにはその巨大な掌が降り落ちていた。無駄な思考からか回避が少し遅れる。わき腹を爪先が掠める。それだけで尋常ではない衝撃、一歩間違えば致命傷になる。

「痛っ……てぇなぁ────!!」

 異常な緊張状態。思考は混濁し、反射的に物事の判断を行う。死ぬほどいたが問題はない。首を切られなければ無問題、活動限界はまだ程遠い。

 ────もっと加速だ!!

 次いで、ここまで常時発動していたお陰か〈血流操作〉の具合が完璧に仕上がった。ほどよい熱、ほどよい循環速度、身体はどんな速度でも対応可能だ。詰まるところ、

「────ふざけんじゃねえぞこの影法師ッ!!」

 全力全開フルスロットルだ。全身を流れる血液と魔力を加速させて今持てる最大の身体強化を引き出す。俺の動きが数段階規跳ね上がった。危険を顧みずに大きく飛び出す。

「レイ!?」

「なっ……あぶ……!!?」

 それは一緒に戦っている見方さえも困惑させる身勝手極まりない単独行動。しかし、今はこの方法に頼る他なかった。一緒に戦っていたゴードンたちを差し置いて、俺は〈潜影の竜シャドウ・ドレイク〉一体の注意を一人で引き付ける。

「そのデカい図体でついてこれるかァ!?」

「────」

 縦横無尽に敵の強固な外皮を斬り付けるが全く効いている様子はない。それどころか俺の剣が眷属竜の外皮に負けて、瞬く間に刃こぼれして消耗していく始末。あと数度叩きつければ剣が折れるのは目に見えていた。そうと分かっていても俺は攻撃の手を緩めない、もう止められない。血が騒ぐ、訴えかけるのだ。

『コロセ』と『タタキツブセ』と。

「その無駄にでかい首を真っ二つにしてやらあッ!!」

 一瞬にして竜の背後を取って首元まで駆け上り、刃を突き立てる。瞬間、金属のはじける間抜けな音と、人間が叩き飛ばせる鈍い音が同時に鳴った。

「────!!」

「うっ────あが────!?」

「レイ!!?」

 傍観していた騎士たちの咄嗟に叫ぶこえが聞こえる。ここで「問題ない」と大見えを切りたかったがそうも言ってられない。

 ────や、やば────。

 上手く呼吸ができない。宙に吹っ飛んでいるのはわかる。このまま何もしなければ無防備に地面にたたき落ちるのも分かっている。けれど、身体は微塵も動いてはくれない。

「かはッ────!!」

 予想通り碌な受け身も取れずに地面にたたき落ちる。同時に体の底から急き上がるように大量の血が口から出た。大の大人でも今の一撃は致命傷になる。それが子供の身である俺ならばいうまでもない。

「────は、あはは……」

 しかし、不思議と口角が上がった。全身が軋むように激痛を訴えているし、なんならこのまま死ぬんじゃないかとさえ思えてしまう。それでもなんだか────

「あははははははははは!!」

 笑えてきてしょうがない。

 傍から見れば俺はもう死んだも同然、立ち上がるとは思えないだろう。普通なら体は動かないし、立つことなんて不可能だ。それでも

 どうしてブラッドレイ家が血統魔法の【紅血魔法ブラッドアーツ】が肉弾戦最強と呼ばれているのか?

 その理由は圧倒的継戦能力、耐久力タフネスが飛びぬけているからだ。【紅血魔法】はその特異な性質によって戦えば戦うほど、傷つけば傷つくほどに殺傷能力が跳ね上がる。

 ────全身の骨折は〈血流操作〉の自己回復で補填、血を大量に流しすぎているが今すぐ死ぬほどのものじゃあない。垂れ流しは少し勿体ないが、まあすぐに使。体内の血が足りなくなれば魔力で補えば一時は保てる。

「よし、反撃開始だ」

 一頻り笑ってだいぶ満足した。折れた剣を放り投げ、俺は辺り一面に舞う自分の血を一瞬にして停止させ操る。

「〈鉄血〉」

 支配下にあるすべての血を鋼よりも硬質化させ、一点に集約させる。先ほど、クソ爺がいなければこのバケモノを倒すのはほぼ不可能と言ったが、「」と言うことは無理をすれば倒せるということだ。まさに今のように瀕死の覚悟で自分の持ち得る全てを総動員すれば俺でもこの存在感の薄い竜の首を落とすことは────

血戦斬首斧ブラッドアックスッ!!」

 ────可能である。

 天に突如として出現した深紅の大戦斧。月明かりに照らされたそれを構え、瞬く間に〈潜影の竜〉の首元に迫り、何にも阻まれることなくその大首を一閃で切断した。

「斬首刑だオラァアッ!!」

「GRUAA────!!?」

 断末魔も途中から無音の響きと化し、代わりに別の雄たけびと巨大な首が地に落ちたことで地響きが上がった。

「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」

 その雄たけびがゴードン率いる騎士たちのものなのは言うまでもない。

 ────流石に限界か……。

 憎き眷属の片方を倒せたことは実に爽快であったが、それを全力で喜ぶほどの元気はもう残されていなかった。完全に血液と魔力を使い果たした。生きているのが不思議なくらいだ。

「あで……!?」

 無造作に地面に落ちて、情けない声を上げたかと思えば全身を激痛が襲った。

「────これで終いだ!!」

「GRUAA────!!?」

 どうやら爺さんの方も佳境らしい。やはり心配する必要もなく彼は七龍の眷属を打倒して見せた。珍しく手負いではあるが。

「アリス!!」

「叔父さ────」

 二体目の眷属竜が倒されたことで捉えられていたアリスが竜の尻尾から解放される。咄嗟に爺さんが宙に放り出された彼女を抱きかかえようとするが、それは叶わない。

「────キャア!!」

「なッ────!?」

 あと少しで触れられるという距離でアリスは突如として地面から伸びた影に捕らわれる。その光景に全員が驚愕し、そして絶望した。

「本当にどうなっている……まさか七龍のまで出てくるなんて────」

 忌々し気に爺さんが唸り、そして不意に出現したソイツを仰ぎ見た。それは全身真黒の陰で出来ており、生命力を微塵も感じられない。しかし、そいつは確かにそこに存在し、活動をしていた。

「なんだよこれ……」

 先ほどまで戦っていた眷属竜とは比べ物にならない程にその影は強大で、圧倒的な風格を放っていた。先ほどの成り損ないとはわけが違う、そいつは確かにの一部であった。

 どうやらここにきて親玉の登場らしい。
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