調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT

文字の大きさ
31 / 126
幼少編

第30話 出立

しおりを挟む
 ────時間の流れとは酷く残酷だ。

 最近になって常々そう思う。八歳の頃に死に戻って、悲惨な未来を回避するべくあれやこれやと試行錯誤をして必死になっていたのが懐かしくすら思える。

「……いや、実際にもう昔のことだし、懐かしくて当たり前なんだけれど────」

 それにしたって時間が過ぎるのはあっという間だし、本当に早すぎると思う。

 何故そう思うかって?

 それは過去に戻ってきたから今日で六年半が経ち、そこから始めた爺さんとの鍛錬も同様の時間が経過したからだ。本当に意味が分からない。いや、実際のところちゃんと理解しているのだが……そう、認めたくないというのが正しいかもしれない。何度でも言わせてほしい……時間が過ぎるの速すぎない???

 この六年半で本当にいろいろなことがあった。全てを放り出して平穏なスローライフを送ると決めて、その為に努力もしてきた。けれどそんな思惑とは裏腹に人生と言うのは本当に意地が悪い。頑張れば頑張るほど、努力すればするほど自分の思い描く未来とは程遠い道が立ちふさがり、終いには根本的な目標が変わってしまう始末だ。

 本当に俺と言う人間は死ぬ前から変わらない。全てが中途半端で、最後まで何かをやり通すことができない。それでも一度目の頃と比べれば、今回の自分の行動はそれなりに納得がいっていた……と言うよりも「悪くないな」と思えるぐらいには前向きに思えた。

 そんな今日、俺は住み慣れた居心地の良い屋敷を離れて、学院へと発つ。

 ────遂にこの時が訪れた……訪れてしまった。

 そんな俺の心境は絶賛、絶望中。やはり一度目の最大のトラウマなだけあってどれだけ心の整理をつけようとも気持ちはどこかに不安を孕んでいる。六年半かけてダメなのだから本当にこればかりはどうしようもないのだろう。ある種の諦め、一種の悟りのようなものまで開きかけていた。

「おはよう、アリス」

 そんな俺は精神的苦痛を和らげるためにアリスの部屋を訪ねていた。

「あ!お兄様!!」

 ノックをして部屋に入ると最愛の妹が元気に出迎えてくれる。その眼は眼帯が綺麗に巻かれている。

 この六年半でアリスの視力が回復することはなかった。やはりこの祝福ノロイを解くにはあの忌々しき七龍の一体を倒さなければならないらしい。今年で十三になる彼女は依然と比べて随分と大人びて、短かった朱色交じりの黒髪が今では腰まで届くくらいだ。

「そろそろ出発するから挨拶に来たよ」

 出発前の挨拶。基本的にアリスが外に出ることはない。彼女の体は依然として〈影龍〉に刻まれた影によって蝕まれ、危険な状態だ。日によっては起き上がることすらままならないこともある。だから俺が彼女の部屋を訪ねているわけだ。

 何処かの爺さんは平気らしいが知らん。あんなのとうちの妹を一緒にしないでもらいたい。

「あ……もう、行ってしまうのですね」

 俺の言葉に彼女は明らかに表情を曇らせる。言葉にこそしないが彼女も俺が屋敷からいなくなることを寂しく思ってくれているらしい。お兄ちゃん、嬉しすぎる。アリスの反応に泣いちゃいそうだよ。

 脳裏に過るそんな思考を表には決して漏らさず、俺は彼女の頭を優しく撫でてやる。

「そう悲しい顔をしないでくれ。夏の休暇には必ず帰ってくるし、アリスもあと二年で同じ学園に通えるようになる」

「はい……」

祝福ノロイのことも心配しなくていい。俺が絶対に何とかするし、俺がいない間は爺さんが死ぬ気でお前を守ってくれる」

「そうですね……」

 なんとか励まして聞かせるがそれでもアリスの表情は晴れない。それどころかどんどん元気がなくなっていくばかりだ。

 学院は全寮制であり、相当な理由がない限り自宅からの通学は許されない。その為、俺がこの屋敷に正式に戻ってくるのは数年後になる。彼女とこうして話せるのも暫くできない。やはり俺としては今も学園に行きたくないという気持ちは変わらず、できることならばアリスとも離れたくなはない。

 ────心苦しい……。

 それでも行くしかないのだから仕方がない。ブラッドレイ家の後継ぎ(仮)として俺は学院に通い、色々な人と関りを持ち人脈を広げる必要がある。

 ────今日まで社交界なんて片手で数える程度しか行かなかったしな。

 父様は鍛錬に明け暮れる俺を半ば諦めたように放逐して、今日まで俺は至極面倒な貴族の柵を遠ざけてきた。それが悪いことだとは思わない。言ってしまえば出遅れた分はうまく立ち回ればこの学院生活で余裕で挽回できる。

 ────する気もないけどな。

 父様には悪いが、俺としての最終目標は変わりない。同じ轍は踏まない為に今日まで努力は惜しまずしてきた。あとは成るようにしかならない。しかし、俺が割り切れたとしてもアリスはそうではない。大人っぽくなったと言ってもまだまだ彼女は少女であり甘えたい年頃だ。

 それに〈影龍〉に襲われるかもしれない不安もあるとすれば彼女の不安は計り知れない。服のすそを控えめに手繰る彼女の手をどうして払いのけられようか。

「寂しいです……」

「アリス……」

 困り果てていると扉がノックされ、その後に一人の女性が入ってきた。メイドのカンナだ。

「レイ様、迎えの馬車が到着しました」

「あ、ああ」

 彼女は俺達の様子を見て深くため息をついた。

「はぁ……やってるんですか? レイ様は本当にお嬢様のことになると軟弱になる。そしてお嬢様はいつも無理な我儘を言わないのにレイ様には素直になられる。もっと私たちにも甘えていいというのに……!!」

「か、カンナ?」

 少し大げさにおどけて見せるカンナに、そんなこと今はいいから助けてくれと目で訴える。しかし、彼女は一向に助けてくれない。

「本当に不器用なんですから────でもそんなお二人のことがは大好きですよ」

「どうしたんだよいきなり……」

 普段は落ち着き払って冷静沈着な彼女にいきなり「大好き」なんて言われると照れてしまう。顔が熱くなっていくのを覚えながらも、カンナは言葉を続けた。

「暫く、会えなくなりますからね。この機会に思いの丈をぶちまけてみようかと」

「唐突過ぎる」

 最初の頃と比べると随分と遠慮がなくなった侍女に俺は目くじらを立てることなく苦笑した。一度目の人生を考えれば彼女とここまで打ち解けられるとは思わなかった。

「さあ、そろそろ本当にお時間です」

「……分かった。アリス、それじゃあ行ってくるよ」

「────はい。行ってらっしゃいませ、お兄様」

 カンナに急かされて俺は踏ん切りをつける。寂しげな妹の姿に胸を痛めつつも部屋を後にして屋敷の正門まで向かった。既に正門前にはカンナの言葉通りに迎えの馬車が到着しており、そのほかにも見送りの為に両親や使用人たちの姿もある。

「頑張るんだぞ。レイ」

「体には気を付けてね」

「はい。父様と母様もお体には気を付けて」

 アリスと同様に少し寂し気な雰囲気を纏う父様と母様の姿に俺は妙な感覚を覚える。

「頑張ってくださいね、レイ坊ちゃん!」

「貴方はブラッドレイ家の誇りだ!」

「健闘を祈っております!」

「ありがとうみんな」

 料理長に庭師────使用人らにも取り囲まれてそれぞれ激励の言葉をもらう。やはり妙な感覚はぬぐえない。

 ────本当に、これだけはいつまで経っても慣れないな。

 違和感の正体を俺は知っていた。誰かに慕われるという感覚が俺には馴染みがなさすぎるのだ。

 一度目の人生ではこんな盛大な見送りをされた覚えはないし、こんなに色んな人から慕われることはなかった。二度目の人生は思う通りにいかないが、それでも「悪くない」と思える。それは偏に一度目では絶対に手にできなかった大切なモノが沢山できたからだった。

「父様、爺さんは?」

 挨拶もほどほどに本当に馬車に乗り込もうとしたタイミングで俺はこの場にいない老兵を思いだす。そういえば今朝はあの脳筋ジジイの姿を見ていない。一体どこに行ったというのか。

 ────仮にも弟子の出立だぞ?

 あの常識はずれな爺さんにそんな趣を考えろと言う方が無理な話かと勝手に納得して、俺は今度こそ馬車に乗り込もうとした。瞬間、そいつは急に現れた。

「隙ありッ!!」

「ッ────隙なんてあるか!!」

 急に背後から怒号が聞こえ、振り返れば眼前には大きな拳。反射的に俺は右腕を振りぬいて迎撃する。瞬間、一つの拳と一つの拳が激しく衝突した。それだけで辺りに衝撃が走る。

 いきなりのことに驚くが直ぐに呆れが勝る。このクソジジイは最後の最後まで脳筋なことをしてくる。

「がはは! さすがはレイ! ちゃんといつも通りの制御は怠っておらんな!」

「こんのクソジジイ! こんな日ぐらい普通に見送れないのか!!?」

 いきなり殴りかかってきておいて快活に笑うクソジジイを俺は怒鳴りつける。普通ならばその突飛な出来事に困惑するものだがその場にいる全員が平静を保っていた。むしろ「またか」とため息を吐くものまでいる。それほどこの六年半で今のような光景は日常茶飯事になってしまった。

 激しい口論になろうとも誰も止めに入るものはいない。寧ろ「これも見納めか……」と感慨にふけるものまでいる始末だ。

 ────こいつらどうかしてる。

 こんな不毛なやり取りに何を惜しむ要素があるのか、俺は甚だ疑問で、本気で引く。それにより冷静さが取り戻せたと同時にクソジジイは今までの呑気な態度を改める。

「レイ────」

 一瞬にして真剣な顔つきになった爺さんには突っ込まない。これもいつものことである。そうして、こういう雰囲気の時は大体真面目なことを言う。今回もやはりそうらしい。

「────この六年半でとりあえず、マシだと思える程度には鍛え上げたつもりだ。しかし、驕るなよ。お前の目標は七龍の一体を殺すことなのだから」

「……ああ。わかってる」

「学園で学ぶことは今まで以上に多いだろう。その全てがお前の糧になってくれる。決して何事も軽んじることなく怠るなよ」

「もちろんだ。それは一度目で痛いほど思い知った」

「────そうだったな」

 俺の実感の籠った返答を聞いて爺さんは笑う。俺達のやり取りを周りのほとんどが理解できない。しかし、最後は笑い合うの見て、周りも笑った。

 その日、俺ことクレイム・ブラッドレイは二度目の学院へと発った。ここから俺の運命は更に加速する。


 ~第一章 幼少編 閉幕~

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞! 2024/02/21(水)1巻発売! 2024/07/22(月)2巻発売!(コミカライズ企画進行中発表!) 2024/12/16(月)3巻発売! 2025/04/14(月)4巻発売! 応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!! 刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました! 旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』 ===== 車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。 そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。 女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。 それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。 ※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~

shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて 無名の英雄 愛を知らぬ商人 気狂いの賢者など 様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。 それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま 幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

処理中です...