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刻王祭編
第92話 同行者
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夏季休暇初日。
まだ日が昇って間もないと言うのに学院の門前は多くの馬車で溢れかえっていた。そのどれもが、これから帰省する生徒を乗せる為の馬車なのは言うまでもなく、俺達もこれからこの群れの中にある一つに乗って帰省するわけだが────
「流石に多すぎないか?」
「ほ、本当だね……」
逆にこれだけの馬車が一か所に一気に集まることもそうそうないだろう。件の俺達が乗るであろう馬車が何処にあるのかもこれだけいると一目では判別がつかない。
馬車でこれだけの数なのだから、生徒の数は倍以上だ。加えて御付きの従者や異様に大きな荷物なんかも増えれば許容限界、もう校門前から溢れんばかり……なんなら溢れている。
既に手配した馬車と御者は決まっているので、そこら辺にある適当な馬車に乗るわけにもいかない。人波と馬車に轢き殺されないよう細心の注意を払いながら自分たちが乗り込む馬車を勇者殿と探す。間違いなく御者の方もこちらを探してるはずであり、決してこの込み具合であれど合流するのが不可能というわけもないだろう。
「根気よく行こう」
「だね」
並び立つ勇者殿ともはぐれないように注意しながら進んでいく。この込み具合の中を進んでいくのは少し抵抗感があったが、飛び込んでみれば意外や意外、まるで汚物を避けるように人や馬車の方から俺達に道を開けてくれるではないか。
「お、おい!〈龍滅の主〉だ! みんな道を開けろ! 機嫌を損ねると首を刎ねられるぞ!!」
それと同時に悲鳴にも似た物騒な言葉が飛び交う。
「……」
「あ、あはは……みんなが気を使ってくれて助かる、ね???」
隣の勇者殿は苦笑を浮かべて気を使ってくれる。俺としてはその優しさが身に染みて苦しい。
────そんなバケモノに遭遇したみたいな悲鳴を上げなくてもいいじゃないか……。それとあれか、そんなに俺は見境なく人を痛めつけるような暴君にでも見えるのか? 俺は普通に外を出歩くこともできないのか?
「俺が何をしたって言うんだ……」
早朝から精神的負傷を負いながらも、一瞬にして開けた視界のお陰で悠々と先に進むことができる。快適にはなったが失ったものはやはり大きい。世知辛いね。
そうして開けた視線の少し先には学院側が用意してくれたであろう、他の馬車よりも一際豪華な馬車と身形の良い御者がこちらにお辞儀をしている。
────絶対にあれだ……。
視界に収まった瞬間にあれが学院側が用意してくれた馬車だと分かった。まるでこれから国賓でも乗せていきそうな馬車をみて俺の胃は悲鳴を上げる。
一度目の俺ならば他とは違う明らかな特別対応に酷く喜んだことだろうが……今の俺はそれよりも申し訳なさが勝った。こちらとしては問題なく実家に帰ることができればいいので、馬車だって普通のモノで何ら問題ない。なんなら変に目立って落ち着かないので普通の馬車の方が良かったまである。
「なあヴァイス。やっぱり俺、何か悪いことでもしたかな?」
着々と普通や平穏とはかけ離れていく現実に俺は思わず弱音が吐いて出る。それを聞いて勇者殿は困惑するばかりだ。
「え?いや、どうだろう……偶にやりすぎちゃうかもだけど比較的に良いことをしてると思うよ……?」
「……そうだね。俺が悪かったね」
ヴァイスの残酷な言葉に俺の雑魚精神が悲鳴を上げる中、更なる追撃が俺を襲う。不思議と重くなった足取りで馬車へと辿り付けば、何故か御者の隣にはクソ女がいたのだ。
「お、おはようございます!」
「……」
先日の件でこいつが俺の小間使いとなって以前よりは嫌悪感が薄れたとは言え、こうして事前の連絡もなく現れると身構えてしまう。現に俺はこいつの登場に警戒心を高めていた。
────帝国の情報を引き出すために自由にさせていたが……。
「……どうしてお前がここにいる?」
「は、はい!クレイム様にちょっとお願いがありまして……」
暫く姿を見せていなかったこの女が急に現れたことに嫌な予感を覚えていると、レビィアはおずおずと言った。それに対して俺は首を傾げる。
「お願い?それは今じゃないとダメなのか?」
「は、はい……!」
よりによって帰省するこの瞬間、馬車の前で出待ちとはなんとも質が悪い。しかし、だからと言って彼女の言葉をガン無視も出来ないのが実情だ。なにせこいつは〈影龍〉を探る為の大事な手札なのだ。
「……言ってみろ」
周囲に話が漏れないように声を潜めると、それを聞き逃さなかったレビィアは表情をパァっと明るくさせる。俺は配下を大事にする主人なのだ。
「じ、実はですね!半ば無理だと思いながらも本国とあきらめずに連絡を取っていたら何とか挽回の機会を手に入れまして、今回の夏季休暇でそれ相応の成果を上げれば上層内部に潜り込めるかもしれないのです……!!」
予想通り、この女が俺の前に現れたのは〈影龍〉……延いては帝国に関することらしい。しかも、話を聞く限り相当な好機だ。たった一か月でここまで帝国との関係を修復できるとは思わなかった。この女、意外と有能であるらしい。
「それで?」
それらを踏まえた上で俺は尋ねる。
彼女が最初に言った「お願い」と今の話が具体的にどう関係してくるのか、本題はこれからだ。レビィアは一瞬の躊躇いを見せた方と思えば、意を決したように大きな声で言った。
「そ、それでですね!帝国を納得させるほどの「成果」を考えた時に、私がクレイム様と親密なことを奴らにアピールするために私もクレイム様の帰省に同伴すれば説得力があるのではないかとっ!!」
「……つまりあれか?お前も俺の帰省に付いてくる……と?」
「よ、よろしいでしょうかっ!!?」
「……」
まさか過ぎる提案に俺は言葉を失う。
確かに一度は任務に失敗したはずの彼女が俺(暗殺対象)の実家まで潜り込めるまでのことをしでかせば帝国を出し抜くには十分だろう。それで〈影龍〉と深く繋がっている帝国の内部に入り込めるかもしれなのならば、それはこれ以上にない行幸ではあるが────
「連れてきたくねぇ……」
俺の本音としてはこれである。親友であり弟子であるヴァイスならばいざ知らず。度重なる嫌な思い出が詰まったこの女を実家に連れて行くのは抵抗感がある。何となくだが、俺の平穏な帰省がめちゃくちゃになるような気がする。
「ダメ……でしょうか?」
「うぐ……」
しおらしく懇願してくるクソ女に対して思うことなどない。ならば今漏れ出た呻きは対価と犠牲によって得られる利益を考えた時の葛藤ゆえである。
結局のところ、俺の考えとしては変わらない。どんなに嫌な事柄であろうとそれが〈龍〉に関するのであれば、問答無用で実行するのみだ。
「────仕方ない。そういうことなら付いてこい」
それでも心は削られるわけで、俺は今も激しい後悔を覚えながら彼女の同行をよしとした。
「ッ!!あ、ありがとうございます!!」
一転して花が咲くように破顔したクソ女は何処から取り出したのか、いそいそと荷物を馬車に積み込み始める。
────準備が良すぎる……。
いや、ここで「今から出かける準備をします」と言われても困るのだが、だからと言って用意が良すぎるのも複雑である。さてはこの女、俺がなんて答えようとも付いてくるつもりだったのでは……?
「はあ……」
「だ、大丈夫、レイくん?」
「ああ、うん。大丈夫じゃないけど大丈夫、時間が経てば無理やり納得してるから」
「そ、そう……?」
心配してくれる勇者殿の優しさに折れ掛けの心が何とか踏ん張りを利かす。
そうして予期せぬ同行者の追加に時間を取られつつも、俺達は馬車へ乗り込み学院を立った。
まだ日が昇って間もないと言うのに学院の門前は多くの馬車で溢れかえっていた。そのどれもが、これから帰省する生徒を乗せる為の馬車なのは言うまでもなく、俺達もこれからこの群れの中にある一つに乗って帰省するわけだが────
「流石に多すぎないか?」
「ほ、本当だね……」
逆にこれだけの馬車が一か所に一気に集まることもそうそうないだろう。件の俺達が乗るであろう馬車が何処にあるのかもこれだけいると一目では判別がつかない。
馬車でこれだけの数なのだから、生徒の数は倍以上だ。加えて御付きの従者や異様に大きな荷物なんかも増えれば許容限界、もう校門前から溢れんばかり……なんなら溢れている。
既に手配した馬車と御者は決まっているので、そこら辺にある適当な馬車に乗るわけにもいかない。人波と馬車に轢き殺されないよう細心の注意を払いながら自分たちが乗り込む馬車を勇者殿と探す。間違いなく御者の方もこちらを探してるはずであり、決してこの込み具合であれど合流するのが不可能というわけもないだろう。
「根気よく行こう」
「だね」
並び立つ勇者殿ともはぐれないように注意しながら進んでいく。この込み具合の中を進んでいくのは少し抵抗感があったが、飛び込んでみれば意外や意外、まるで汚物を避けるように人や馬車の方から俺達に道を開けてくれるではないか。
「お、おい!〈龍滅の主〉だ! みんな道を開けろ! 機嫌を損ねると首を刎ねられるぞ!!」
それと同時に悲鳴にも似た物騒な言葉が飛び交う。
「……」
「あ、あはは……みんなが気を使ってくれて助かる、ね???」
隣の勇者殿は苦笑を浮かべて気を使ってくれる。俺としてはその優しさが身に染みて苦しい。
────そんなバケモノに遭遇したみたいな悲鳴を上げなくてもいいじゃないか……。それとあれか、そんなに俺は見境なく人を痛めつけるような暴君にでも見えるのか? 俺は普通に外を出歩くこともできないのか?
「俺が何をしたって言うんだ……」
早朝から精神的負傷を負いながらも、一瞬にして開けた視界のお陰で悠々と先に進むことができる。快適にはなったが失ったものはやはり大きい。世知辛いね。
そうして開けた視線の少し先には学院側が用意してくれたであろう、他の馬車よりも一際豪華な馬車と身形の良い御者がこちらにお辞儀をしている。
────絶対にあれだ……。
視界に収まった瞬間にあれが学院側が用意してくれた馬車だと分かった。まるでこれから国賓でも乗せていきそうな馬車をみて俺の胃は悲鳴を上げる。
一度目の俺ならば他とは違う明らかな特別対応に酷く喜んだことだろうが……今の俺はそれよりも申し訳なさが勝った。こちらとしては問題なく実家に帰ることができればいいので、馬車だって普通のモノで何ら問題ない。なんなら変に目立って落ち着かないので普通の馬車の方が良かったまである。
「なあヴァイス。やっぱり俺、何か悪いことでもしたかな?」
着々と普通や平穏とはかけ離れていく現実に俺は思わず弱音が吐いて出る。それを聞いて勇者殿は困惑するばかりだ。
「え?いや、どうだろう……偶にやりすぎちゃうかもだけど比較的に良いことをしてると思うよ……?」
「……そうだね。俺が悪かったね」
ヴァイスの残酷な言葉に俺の雑魚精神が悲鳴を上げる中、更なる追撃が俺を襲う。不思議と重くなった足取りで馬車へと辿り付けば、何故か御者の隣にはクソ女がいたのだ。
「お、おはようございます!」
「……」
先日の件でこいつが俺の小間使いとなって以前よりは嫌悪感が薄れたとは言え、こうして事前の連絡もなく現れると身構えてしまう。現に俺はこいつの登場に警戒心を高めていた。
────帝国の情報を引き出すために自由にさせていたが……。
「……どうしてお前がここにいる?」
「は、はい!クレイム様にちょっとお願いがありまして……」
暫く姿を見せていなかったこの女が急に現れたことに嫌な予感を覚えていると、レビィアはおずおずと言った。それに対して俺は首を傾げる。
「お願い?それは今じゃないとダメなのか?」
「は、はい……!」
よりによって帰省するこの瞬間、馬車の前で出待ちとはなんとも質が悪い。しかし、だからと言って彼女の言葉をガン無視も出来ないのが実情だ。なにせこいつは〈影龍〉を探る為の大事な手札なのだ。
「……言ってみろ」
周囲に話が漏れないように声を潜めると、それを聞き逃さなかったレビィアは表情をパァっと明るくさせる。俺は配下を大事にする主人なのだ。
「じ、実はですね!半ば無理だと思いながらも本国とあきらめずに連絡を取っていたら何とか挽回の機会を手に入れまして、今回の夏季休暇でそれ相応の成果を上げれば上層内部に潜り込めるかもしれないのです……!!」
予想通り、この女が俺の前に現れたのは〈影龍〉……延いては帝国に関することらしい。しかも、話を聞く限り相当な好機だ。たった一か月でここまで帝国との関係を修復できるとは思わなかった。この女、意外と有能であるらしい。
「それで?」
それらを踏まえた上で俺は尋ねる。
彼女が最初に言った「お願い」と今の話が具体的にどう関係してくるのか、本題はこれからだ。レビィアは一瞬の躊躇いを見せた方と思えば、意を決したように大きな声で言った。
「そ、それでですね!帝国を納得させるほどの「成果」を考えた時に、私がクレイム様と親密なことを奴らにアピールするために私もクレイム様の帰省に同伴すれば説得力があるのではないかとっ!!」
「……つまりあれか?お前も俺の帰省に付いてくる……と?」
「よ、よろしいでしょうかっ!!?」
「……」
まさか過ぎる提案に俺は言葉を失う。
確かに一度は任務に失敗したはずの彼女が俺(暗殺対象)の実家まで潜り込めるまでのことをしでかせば帝国を出し抜くには十分だろう。それで〈影龍〉と深く繋がっている帝国の内部に入り込めるかもしれなのならば、それはこれ以上にない行幸ではあるが────
「連れてきたくねぇ……」
俺の本音としてはこれである。親友であり弟子であるヴァイスならばいざ知らず。度重なる嫌な思い出が詰まったこの女を実家に連れて行くのは抵抗感がある。何となくだが、俺の平穏な帰省がめちゃくちゃになるような気がする。
「ダメ……でしょうか?」
「うぐ……」
しおらしく懇願してくるクソ女に対して思うことなどない。ならば今漏れ出た呻きは対価と犠牲によって得られる利益を考えた時の葛藤ゆえである。
結局のところ、俺の考えとしては変わらない。どんなに嫌な事柄であろうとそれが〈龍〉に関するのであれば、問答無用で実行するのみだ。
「────仕方ない。そういうことなら付いてこい」
それでも心は削られるわけで、俺は今も激しい後悔を覚えながら彼女の同行をよしとした。
「ッ!!あ、ありがとうございます!!」
一転して花が咲くように破顔したクソ女は何処から取り出したのか、いそいそと荷物を馬車に積み込み始める。
────準備が良すぎる……。
いや、ここで「今から出かける準備をします」と言われても困るのだが、だからと言って用意が良すぎるのも複雑である。さてはこの女、俺がなんて答えようとも付いてくるつもりだったのでは……?
「はあ……」
「だ、大丈夫、レイくん?」
「ああ、うん。大丈夫じゃないけど大丈夫、時間が経てば無理やり納得してるから」
「そ、そう……?」
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