調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT

文字の大きさ
97 / 126
刻王祭編

第93話 現着

しおりを挟む
 馬車に揺られて凡そ四時間。

 学院があるアレステル山岳地帯を抜けて、王都に向かって平原を進む。三ヵ月前にも通った道のはずなのに、実際に目にする風景はいまいちピンとこない。恐らくその理由は、その時俺が爆睡をかましていたからであり、意外と退屈しない新鮮な気持ちで外を眺めていた。それに加えて今回は一人の旅路ではなく、話し相手もいるので前と同じように寝腐ることもなかった。

「すー……」

「まあ、だとしても六時間は長いよな」

 対面の座席を丸々使って静かに寝息をたてる勇者殿。早朝の出発だったことと、慣れない馬車の長距離移動で自然と疲労が溜まっていたのだろう。

 最初こそ気を使って何とか睡魔と戦っていたヴァイスであったが、無理は良くないと言うことで休んでもらっているわけだが────

「ふひ……初めてのお出かけ、しかもクレイム様と一緒……ふひ、ふひひ────」

 この様子のおかしい女と強制的に二人きりの状況にされるのはキツイ。

 ────こんなキャラだったか……?

 少し……いや、かなり記憶とは違う隣のクソ女に俺は変に気を張ってしまう。勝手なことを言って大変申し訳ないが、そこで寝腐っている勇者殿にはいち早く起床してもらいたい。そうでなければ自然と隣に座った女は何かをしでかしそうで怖い。あと怖い。

 何故か隣の彼女はあの朝一以降、こうして一人でブツブツと呪文のように譫言のように呟き、気味の悪い笑みまで漏らす始末だ。ヴァイスがまだ起きていた時は何とか無視できていたが、この状況ではそれも難しい。なんならちょくちょく俺の名前まで出してるし、それが殊更俺の気をかき乱した。

 目的地までは軽く見積もってもまだ二時間は要するだろう。当然ながら目の前の勇者殿は起きる気配などないし、後二時間近くこの異様な空気に晒されるのは俺の精神が持ちそうにない。だから俺は誠に遺憾ながらも行動に出ることにした。

「おい、さっきからブツブツと何を熱心に呟いてるんだ? 呪言か? 俺を呪い殺そうってのか???」

「はえ!?も、もしかして聞こえてましたか!!?」

 そりゃもうばっちりと……と言うか隣に座っているのだから相当な小ささじゃない限り互いの声は聞こえる。そして、この女の独り言は独り言にしては声量がデカすぎた。

「それとずっと気になっていたんだが……」

「???」

「その、クレイム”様”ってやめてくれないか? 俺はそんな大層な人間じゃないし、なんだか”様”を付けられると落ち着かないんだよ……」

 ちなみにグラビテル嬢にも同じように言っているのだが彼女は一向に直してはくれそうにないので諦めている。しかしながら、流石に周囲の人間に「様」呼びなんてさせていると更に良からぬ噂が広まりそうなので自衛しなければならない。だからこいつからの呼び方も矯正しなければ……。

 慌てふためくレビィアに訂正を頼むと彼女は困惑気に小首を傾げる。

「えっと……クレイム様は私の「所有者」ですよね?」

「……ん???」

「モノである私が貴方様の事を呼び捨てにするのはちょっと……」

「……」

 彼女の言い分を聞いて俺は絶句する。

 なんだか聞き捨てならないが聞こえた気がするが触れない。触れてはいけないと俺の直感が囁いている。如何にしてこの何段階も話を飛躍させている女の説得をしようか本気で悩んでいると、件のクソ女は一人で勝手に納得し始める。あと、お前は俺の所有物ではない。

「……は!?もしかして私も愛称で呼んで良いってことですか!?もしかしてそういうことですか!?そ、それは恐れ多いと言うか……でもでも!呼びたくないと言うわけではなくてですね!正直に言ってしまうと私としましてはクレイム様の事を「レイ様」と呼びたいんですけれども────」

「納得」とはまた表現が違うな、これは曲解である。勝手に一人で盛り上がるこのクソ女を俺なんかが止めることもできるはずなく────

「こんなヤバい奴だっけ……???」

 もう完全放置を決め込んで、俺は一度目の記憶を手繰り始じめる。しかし、どれだけ思い返そうにも一度目と今回の彼女とではその様子が全く一致しない。

 一度目の人生は俺を誑かすためにか弱く、幼気で、正に人心掌握を得意とした腹黒クソ女であったが、二度目の今回はどうだ。狂いに狂った結果なのか、随分と人格が歪んでしまっている。

 ────どうしてこうなった?

 それともこれすらも俺を騙すための布石なのか……もうここまで来るとその真意は読み取れない。

 そんな地獄のような空気が流れる車内で勇者が目を覚ましたのはしっかりと目的地に着いてからだった。

 ・
 ・
 ・

 久方ぶりに訪れた王都は何ら変わってなどいなかった。まあ、たったか三ヵ月で街が変わるはずもなく、それでも妙な懐かしさを覚えた。そんな感覚は屋敷に着いてからもずっと胸中を燻っている。

「お疲れ様です。屋敷に着きましたよ、ブラッドレイ様」

 寧ろ、馬車を降りて屋敷を目にした瞬間に強くなるくらいだ。

「ありがとうございます」

 手荷物を馬車から取り出して手渡してくれた御者にこれまでの感謝を告げる。壮年の御者は人好きのする笑みを浮かべて一礼すると、屋敷を後にした。それを見送って屋敷へと向き直る。

「うわぁ……凄い立派なお屋敷だね……!」

「これがレイ様のご実家、レイ様の原点、これはもう聖地巡礼と言っても過言ではないのでは……!!?」

 我が家を前にして思いも思いの反応を示す勇者殿とクソ女。後者はやはりトンチキなことを宣っているので無視するとして、俺は一応二人に歓迎の言葉を贈る。

「ようこそブラッドレイ家へ。休みの間は我が家だと思ってゆっくりと過ごしてくれ」

「うん!!」

「はいぃ……」

 それらしいことを言って歩き出す。

 直近まで忙しかったこともあってか、実家には帰省することを伝えてはいなかった。だから当然、出迎えなんてあるはずもなく、屋敷の門前はとても静かだ。来客など全くもって予想外であろう彼らは、不意に自分と学院の友人が訪れたらどんな反応をするだろうか。

 ────反応がちょっと楽しみだな……。

 少しばかりの悪戯心が刺激される。一度目の人生ではこれより酷い悪戯……というか、悪行の数々を犯してきたが、あの時よりも何故かスリルがあった。

 屋敷前の庭園を抜けると裏庭から仕事をしに回ってきたのであろう庭師たちと鉢合わせる。

「おお!レイ坊ちゃん、お帰りでしたね!!」

「?ああ、ただいま」

 俺が幼い頃からずっと庭園の手入れをしてくれている一人の老爺がゆっくりとお辞儀をする。その様子は大変落ち着き払っており、俺の突然の帰宅に驚いた風はない。

 ────流石は古株のレブ爺だ……俺のささやかな悪戯に微塵も驚きやしない。

 幼い頃は彼が手入れした庭を何度も荒地にした前科もある所為か、急に俺が目の前に現れても彼には変な耐性があるのだろう。全く驚く素振りは無い。

 一人で勝手に納得していると件のレブ爺は言葉を続けた。

「当主様や母君様、アリスお嬢様もお待ちです。早く元気なお姿を見せてあげてください」

「ああ、そうだね……って、ちょっと待ってくれレブ爺」

「はい、なんでしょう?」

 聞き捨てならない彼の言葉に俺は咄嗟に待ったを掛ける。レブ爺は首を傾げるばかりだ。それを気にせず、俺は彼に質問をした。

「父様や母様、それにアリスが待っているだって? 俺、事前に帰る連絡した覚えはないんだけど……?」

「そうだったんですか? 坊ちゃんが帰ってくる少し前に婚約者のフリージア様が屋敷に来られて、お坊ちゃんが帰ってくると言っていたのですが……」

「……は???」

 レブ爺の証言に俺は言葉を失う。

 誰が、誰に、俺が帰ってくることを伝えたって???

 そうして自然と俺の足は屋敷へと走り出していた。

「れ、レイくん!?」

 それを見て、ヴァイス達も慌てた様子で後を追ってくる。本当はちゃんとレブ爺に紹介をしたかったのだが、今はそれよりも確認するべきことがある。

 ────どうしてあいつが俺より先に帰ってきてるんだ?

「いや、そもそもなんでウチにいるんだよ……」

 実家帰省、初っ端から予定外の事態が起きていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。

さくら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。 だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。 行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。 ――だが、誰も知らなかった。 ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。 襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。 「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。 俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。 無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!? のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...