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第11話 回収屋
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その男の纏う雰囲気は他の探索者とは違った。仄かに香る血の匂い、腰に携えた剣は如何にも使い古されており、それでいて手入れは欠かさずに丹念に磨かれている。
───強い。
ハヤテは瞬時に判断した。しかも、迷宮で殺されたモンスターの群れよりも遥かに、目の前の男は圧倒的な強者の風格を伴っていた。
「……」
ハヤテの中にある闘争本能が一瞬にして刺激される。思わず刀の柄頭にぶら下がった鈴の音が鳴った。
先日、殺されて生き返ったばかりだと言うのに、彼は主人の隣に座った男と本気の殺し合いをしてみたいと思ってしまった。
入っては行けないスイッチが入ろうとしている。何とか押し殺そうにも、内で暴れて制御できそうにもない。
そんなハヤテの心境を知ってか知らずか、主人であるマリネシアは隣に座った男を紹介した。
「この方はこの前、モンスターに襲われて全滅しかけていた私たちを助けてくれた、探索者のジルバさんです! たまたま近くを通りがかった彼が死んだハヤテを教会まで運んでくれたんです」
「そう……なんですか?」
主人の言葉で冷水を頭から被ったように血の気がサッと引き、冷静さを取り戻したハヤテは再び男───ジルバを注視した。
「…………ああ」
果たして、長い沈黙を経て返ってきたのはとても短く、必要最低限な声であった。そして、本当に今更ながらハヤテは疑問を抱く。
───そういえば、俺が死んだ後、お嬢様がどうやって地上に戻ったのか、その詳しい顛末を聞いていない……。
抜け落ちていたというか、そんな事を考える暇もなく彼の思考を埋め尽くす出来事がいくつか重なった弊害か、すっかりと考えることを忘れていた。
思いもしない形で、ハヤテの頭の中で無数の疑問が解決する。つまりは目の前の〈強者〉は命の恩人である訳だ。
ハヤテはジルバに頭を下げた。
「お嬢様を助けて頂き、そして、奴隷の身である俺の死体を運んでいただき、ありがとうございました」
「……帰るついでだった。別に大した事じゃない」
依然として、ジルバの声は低く覇気がない。そんな反応をされてしまえば、ハヤテとしてもこれ以上なにか言葉を続けるのは不躾だと思った。
しかし、ハヤテの主人はそんな事を気にせずに会話を続ける。
「光閉ざす地下迷宮! 三体の大鼠に囲まれて絶体絶命なところに、颯爽と現れたジルバさんはそれはもう見事な剣さばきで大鼠共を瞬殺! 本当に凄かったです!!」
「へぇ……」
「……」
熱弁するマリネシアにハヤテは別の意味で興味を示す。
───やはり相当な手練か……。
対してジルバは自身の話をされているというのに全くの無反応だ。マリネシアは一人で勝手に盛り上がっていた。
「お強いんですね!」
「……ああ」
「いつも一人で冒険を?」
「……まあな」
「探索者にはどうしてなろうと思ったんですか?」
「…………」
彼女の次から次へと飛び出る質問にも、ジルバはマイペースに相槌を打つ。傍から見れば会話が成立しているのか怪しいやり取りが暫し続く。
ジルバはマリネシアの質問攻めを少し鬱陶しそうにしてはいるが、完璧には無視しない。その理由としては、いつの間にか彼の前に並べられた酒や食事の代金を彼女が「支払う」と言ったからだろう。
何でもマリネシア曰く、それは「お礼」らしい。
「それでですね!この前の失敗を反省して私たちは今────」
「………」
詰まるところ、彼女の横に座った瞬間にジルバは逃げられなくなっていたのだ。
───この手際の良さは商人の血が関係しているのか?
渋々と言った様子で話を聞いているジルバを見て、ハヤテは感心する。
傍から見れば盛り上がっている二人に酒場の客は興味津々だ。固唾を飲んでその行く末を見守る観衆の視線にジルバの居心地はさらに悪そうだ。
「それで折り入ってジルバさんにご相談があるのですが────」
「飯と酒、美味かった」
少し急ぐように白パンと肉のスープを完食したジルバは、捲し立てるように話すマリネシアを遮るようにして席を立つ。
「……俺はここで失礼する」
そう言い残すと、彼は出口へと足早に行ってしまう。急な中断に周りの観衆も呆気を取られる。
しかし、マリネシアはそれでも引き下がらなかった。
「まっ、待ってください!!」
「……」
店中に響き渡る綺麗な声音。その一言だけで全員がマリネシアに注目する。勿論、あと少しで店から出ようとしていたジルバも同様にだ。
慌てて席から立ち上がり、ジルバの背中を真っ直ぐに見つめるマリネシア。対して、思わず立ち止まって彼女へと振り返ってたジルバの視線が交差する。
「───」
「…………」
ほんの少しの沈黙。然れど、周りの観衆からすればそれはとても長く感じられただろう。誰もが次に放たれるマリネシアの一言に注目する。
そんな異様な雰囲気にハヤテは置いてけぼりだ。何となく空気を読んで、我が主人であるマリネシアの方を見ればその時がちょうど訪れる。
「───私達の仲間になってくれませんか!?」
「「「っ!!?」」」
まさかの勧誘に観衆は目を見開き驚く。全く目の前で繰り広げられていた話を聞いてなかったハヤテは困惑していた。誰もが次のジルバの返答に期待する。
「はぁ……」
そんな雰囲気を感じ取った彼は少し面倒くさそうに眉根を顰めてため息を吐いた。
その答えは如何程に───。
───強い。
ハヤテは瞬時に判断した。しかも、迷宮で殺されたモンスターの群れよりも遥かに、目の前の男は圧倒的な強者の風格を伴っていた。
「……」
ハヤテの中にある闘争本能が一瞬にして刺激される。思わず刀の柄頭にぶら下がった鈴の音が鳴った。
先日、殺されて生き返ったばかりだと言うのに、彼は主人の隣に座った男と本気の殺し合いをしてみたいと思ってしまった。
入っては行けないスイッチが入ろうとしている。何とか押し殺そうにも、内で暴れて制御できそうにもない。
そんなハヤテの心境を知ってか知らずか、主人であるマリネシアは隣に座った男を紹介した。
「この方はこの前、モンスターに襲われて全滅しかけていた私たちを助けてくれた、探索者のジルバさんです! たまたま近くを通りがかった彼が死んだハヤテを教会まで運んでくれたんです」
「そう……なんですか?」
主人の言葉で冷水を頭から被ったように血の気がサッと引き、冷静さを取り戻したハヤテは再び男───ジルバを注視した。
「…………ああ」
果たして、長い沈黙を経て返ってきたのはとても短く、必要最低限な声であった。そして、本当に今更ながらハヤテは疑問を抱く。
───そういえば、俺が死んだ後、お嬢様がどうやって地上に戻ったのか、その詳しい顛末を聞いていない……。
抜け落ちていたというか、そんな事を考える暇もなく彼の思考を埋め尽くす出来事がいくつか重なった弊害か、すっかりと考えることを忘れていた。
思いもしない形で、ハヤテの頭の中で無数の疑問が解決する。つまりは目の前の〈強者〉は命の恩人である訳だ。
ハヤテはジルバに頭を下げた。
「お嬢様を助けて頂き、そして、奴隷の身である俺の死体を運んでいただき、ありがとうございました」
「……帰るついでだった。別に大した事じゃない」
依然として、ジルバの声は低く覇気がない。そんな反応をされてしまえば、ハヤテとしてもこれ以上なにか言葉を続けるのは不躾だと思った。
しかし、ハヤテの主人はそんな事を気にせずに会話を続ける。
「光閉ざす地下迷宮! 三体の大鼠に囲まれて絶体絶命なところに、颯爽と現れたジルバさんはそれはもう見事な剣さばきで大鼠共を瞬殺! 本当に凄かったです!!」
「へぇ……」
「……」
熱弁するマリネシアにハヤテは別の意味で興味を示す。
───やはり相当な手練か……。
対してジルバは自身の話をされているというのに全くの無反応だ。マリネシアは一人で勝手に盛り上がっていた。
「お強いんですね!」
「……ああ」
「いつも一人で冒険を?」
「……まあな」
「探索者にはどうしてなろうと思ったんですか?」
「…………」
彼女の次から次へと飛び出る質問にも、ジルバはマイペースに相槌を打つ。傍から見れば会話が成立しているのか怪しいやり取りが暫し続く。
ジルバはマリネシアの質問攻めを少し鬱陶しそうにしてはいるが、完璧には無視しない。その理由としては、いつの間にか彼の前に並べられた酒や食事の代金を彼女が「支払う」と言ったからだろう。
何でもマリネシア曰く、それは「お礼」らしい。
「それでですね!この前の失敗を反省して私たちは今────」
「………」
詰まるところ、彼女の横に座った瞬間にジルバは逃げられなくなっていたのだ。
───この手際の良さは商人の血が関係しているのか?
渋々と言った様子で話を聞いているジルバを見て、ハヤテは感心する。
傍から見れば盛り上がっている二人に酒場の客は興味津々だ。固唾を飲んでその行く末を見守る観衆の視線にジルバの居心地はさらに悪そうだ。
「それで折り入ってジルバさんにご相談があるのですが────」
「飯と酒、美味かった」
少し急ぐように白パンと肉のスープを完食したジルバは、捲し立てるように話すマリネシアを遮るようにして席を立つ。
「……俺はここで失礼する」
そう言い残すと、彼は出口へと足早に行ってしまう。急な中断に周りの観衆も呆気を取られる。
しかし、マリネシアはそれでも引き下がらなかった。
「まっ、待ってください!!」
「……」
店中に響き渡る綺麗な声音。その一言だけで全員がマリネシアに注目する。勿論、あと少しで店から出ようとしていたジルバも同様にだ。
慌てて席から立ち上がり、ジルバの背中を真っ直ぐに見つめるマリネシア。対して、思わず立ち止まって彼女へと振り返ってたジルバの視線が交差する。
「───」
「…………」
ほんの少しの沈黙。然れど、周りの観衆からすればそれはとても長く感じられただろう。誰もが次に放たれるマリネシアの一言に注目する。
そんな異様な雰囲気にハヤテは置いてけぼりだ。何となく空気を読んで、我が主人であるマリネシアの方を見ればその時がちょうど訪れる。
「───私達の仲間になってくれませんか!?」
「「「っ!!?」」」
まさかの勧誘に観衆は目を見開き驚く。全く目の前で繰り広げられていた話を聞いてなかったハヤテは困惑していた。誰もが次のジルバの返答に期待する。
「はぁ……」
そんな雰囲気を感じ取った彼は少し面倒くさそうに眉根を顰めてため息を吐いた。
その答えは如何程に───。
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