森の中で偶然魔剣を拾いました。

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85話 接敵

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「た、助けてぇぇぇえ!!」

「熱いぃぃいいい!!」

「なんで私たちばかりがこんな目に!!」

 阿鼻叫喚。
 今、目の前の現状を表す言葉でこれほど適したものは無い。

 無惨に、誰にも弔われずにその場に横たわって居た屍達は誰かの手により激しく燃え盛る。その近くで無気力に虚空を見つめていた、まだ辛うじて息があった人達はその光景に恐怖し、我先にとどこかへ逃げ惑う。

「ハハハッ! コイツは愉快だなぁ!」

 焼け焦げた死体の、とても香ばしいとは思えない不快な香りが充満する中、一人の男はそれをとても楽しそうに建物の上から眺めている。

 男は人の姿と酷似しているが、現在の状況を見て到底持ち得るはずの無いその狂った感覚と普通の人間の頭には無いはずの二本の黒い角ソレによって男が人間ではないことが容易に分かる。

 赤黒い気色の悪い髪色に、頭には二本の黒い角、髪色や角色と反発するように白いタキシードに似た衣装を身にまとったその男は醜悪な笑みを依然として浮かべる。
 その姿は紛うことなき悪魔だ。

「さて、これだけ派手にやればやっこさんも気づいてくるだろう。俺のチンケな探知魔法じゃ場所を大まかに特定するのが限界だ、早くこっちまで出てきてくれると嬉しいな」

 陽気な声で独りごちる悪魔は燃える死体達にさらに追加で作った魔法の炎球を複数投げる。

 それにより再び死体の焼ける音と地面の抉れる雑音が辺りに響く。

「おい、誰の許可で僕のお気に入りの場所を荒らしてるんだ?」

 大量の死体が燃えているその場にのんびりとした足取りで現れた一人の金髪の少年は高みの見物をしている悪魔を睨む。

 その右手には深く、見ているだけで飲み込まれそうな黒い剣が握られており、異様な雰囲気を纏っていた。

「……おっ、来たな今回のターゲッツ!」

 悪魔は少年に睨まれたことを気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに少年に視線を返す。

「話聞いてた? 誰の許可で好き勝手やってるんだって聞いてるんだけど?」

 少年は望んだ答えが返って来なかったことに苛立ちを覚え、ギラつかせた目元を一層険しくさせる。

「誰の許可も何も、俺がやりたいと思ったからやっただけだ。それよりもさっさとろうぜ? お前なんかに1ミリも恨みなんぞ無いがその右手に持ったお宝頂くぜ、剣聖さん」

 悪魔は無邪気な笑顔を貼り付けながら右手を前に出して空を掴むと一本の赤い刀身の大剣を出現させる。

「身の程をわきまえろ三下。ここは僕の縄張りだそれ以上巫山戯たことを抜かすと殺すだけじゃ済まさないよ」

 悪魔が構えたと同時に剣聖と呼ばれた少年も黒い片手剣を構える。

 数秒。
 互いに何かを探りあった後に両者は目の前の敵に獲物を向けて急接近する。
 互いの刃が一度ぶつかり合う。それだけで一帯の空気が震えるほどの衝撃を起こし、今まで燃え広がっていた炎は完全に消え去る。

「クソっ、なんでもう始めてるんだよ!」

 そこにもう一人の少年が遅れて現れる。

 ・
 ・
 ・

「なんでもう始めてるんだよ!」

 目の前で高速に繰り広げられる剣聖と悪魔の打ち合いを見て思わず語尾が強くなってしまう。

 ″これはまた少しの間で派手にやったね……″

 先程まで死体が転がっていたはずの場所の急な変わり様を見て精霊は驚いている。

 ″確かに、さっきまで沢山あったはずの死体が全くありません″

「なんでアイツはあんなにせっかちなんだ……」

 聞き慣れた悪魔の少女の声で黒く焦げた地面に何も残っていないことを確認して、未だこちらに全く気ずきもしない剣聖と悪魔の方に視線を戻す。

 剣聖……レイボルトと悪魔はどちらも一歩も引かず互いの得物を振り回し、一進一退に刃を混じえている。
 どちらもまだ本調子という訳では無いようだが、このまま行けばレイボルトの方が先に力負けしてくるだろう。

 全く互角のようにも思える攻防だがちょっとの差で悪魔の方に地力がある。
 その身に宿した魔力量は膨大、身体能力も他の魔物、悪魔とは桁違いだ。名持ちなのは当然だろうが相当な強者──それこそ魔王と同等の力を持った悪魔から名前を貰っているだろう。

 ……いや、奴の使っている武器……それにあの見覚えのある白いタキシードにこのタイミングで魔装機使いであるレイボルトを襲うことを考えて──。

「──あの悪魔、四天王か?」

 スキルで完全に気配を遮断し、悪魔の観察に徹する。

 直ぐにでもレイボルトを助けた方がいいが、今それを実行しても「邪魔をするな」とキレられるだろうし、少しだけアイツが満足するまで自由にやらせてやろう。

 四天王。
 魔王レギルギアから名前を貰い、魔装機を与えられた選ばれた悪魔。この世界にある魔装機を回収している。今回はどういう理由でかは分からないがレイボルトの元に現れた。
 俺は一度、ラグラスの森でガラム=インディゴアと名乗る褐色肌の白いタキシードを着た悪魔と対峙したことがあるが今目の前にいるあの四天王であろう悪魔はあの時戦ったガラムとは桁違いに強さが違う。

 魔王から与えられたという意志の感じない抜け殻のような魔装機を使っているのはガラムの時と変わらないがそれ以外は全て違う。あの時少しだけガラムと言う悪魔と会話をしたが、あの悪魔は傲慢で自信過剰、知的さと言うものを感じず、四天王と名乗る割には魔力量も身体能力も高くなかった。

 しかし、今目の前で剣聖と戦っている悪魔はその全てがガラムの何十倍も強いと奴の戦い方を見ているだけで分かる。直ぐに相手の力量を推し決めることなく、しっかりと戦っていく中でそれを読み取っていき、堅実に間合いを詰めていく。

 名前持ちの知性ある悪魔ならば当然と思うだろうが、言葉で言うほどそれは簡単ではない。人間、悪魔、魔物……全ての生物に共通することだがそのどれにも個体差はあるが余裕、油断と言うのは必ず付いて回るものだ。
 どれだけそれを制して、戦に赴こうとも簡単に払拭できない。俺だってそうだ。

 しかし、あの悪魔はその全てを制して戦いというものをしている。全く隙も油断も感じ取れない。
「口が達者なだけかと思ってたけど、なかなかやるねお前」

 レイボルトは余裕そうな口ぶりだが少なからずの……いやかなりの余裕と油断を持って戦いに挑んでいたアイツは段々と悪魔に押され気味になってきている。

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうぜ」

 悪魔は先まで貼り付けていた笑顔を剥がし、無表情に何かを読み取るように言葉を返す。

「……僕の力はこんなもんじゃない!!」

 悪魔のその態度が気に食わなかったのか剣聖は声を荒らげて打ち合っていた刃を弾いて距離を取る。

「僕はまだ本気を出していないっ……いつまでもそんな余裕で冷静なフリして雑魚を見るよな目で見下してくるな……見下していいのは僕だけだッ!!」

 それは違う。

 あの悪魔は恐ろしい程に冷静で、お前を見下すどころか対等……いや強者として尊敬の意すら込めて戦っている。

 今のレイボルトにはそれすらもわかっていない。
 アイツに関わってからまだ日は浅いがそれでも分かるぐらいレイボルトにいつものような冷静さは無い。

「僕は強い! 僕は強い!  僕は強い! 強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強いッ!!!!!」

 何かに怯えるように剣聖は取り乱し、我武者羅に身体に魔力を纏い始める。

「強さに固執することは悪いことじゃあないが……お前のソレは異質だな──」

 全てを測り終わったと言うのか悪魔は憐れむように見つめる。

「──まあ、それまでの奴だって事か……残念だ、もう少し熱い剣が打ち合えると思っていた──」

 その言葉で初めて悪魔の中に余裕という不確かなモノが見えた気がした。

「──もう終わろう。お前のその魔装機お宝、俺が頂くぞ」

 悪魔は依然としてレイボルトが魔力を纏い終わるのを無防備に手に持った武器すら構えず待っている。

「巫山戯るなぁああああ! 僕は剣聖の一族、ギルギオン家の次期当主!僕が世界で一番最強なんだっ!!!」

 もう殆ど彼に自我というものが消えかけている。恐らくレイボルトは無意識のうちに自身の全魔力を使って大技を放つつもりだろう。しかし、どういう訳か奴はその自分の全魔力量に体が耐えきれていないように見える。

 その証拠にレイボルトの目や口、更には身体の血管も損傷して身体中から大量の血を流している。
 人間には自分の体内に流すことの出来る魔力量の限界、耐久力が大体決まっている。あのレイボルトの様子は身体の魔力耐久と行使する魔力量の容量が釣り合っていない時に起きる現象、超過限界だ。

 普通この超過限界とはまだ身体が成熟しておらず、魔力耐久も未発達な子供などが高位の魔法使った時に起きる現象で、体が充分に成熟して成人として天職を授かった人にはあまり起ることのないことなのだ。

 しかしどういう訳かその現象が今レイボルトに起きている。これ以上見に徹するのは不味い。

「我が氷結は全てを凍てつかせ全ての時を終わらせる──」

 詠唱も唱え始めどんどん出血の量が増えていく。

「いくぞ、二人とも……」

 静かに銃剣を鞘から引き抜き、二人の少女に声をかける。

 ″はい!″

 ″やっと出番か!″

 待ってましたと言わんばかり少女達は身体に魔力を回してくれる。

「──永劫──」

 俺は剣聖が魔法の最後の一説を唱え終えるギリギリの瞬間に気配遮断を解除して飛び出す。
 瞬き一つの合間にレイボルトの背後に接近し、骨が折れるかどうかの限界の強さで奴の横腹に峰打ちを入れて意識を掠め取る。
「おおっ……! 気づかなかった──」

 悪魔は突然姿を現した俺に驚き目を見開く。

「──そんな近くにいて気づかないなんて、かなりの隠密力だな?」

「どうもっ……と」

 俺は続いた悪魔の言葉を適当に返し、気を失ったレイボルトを抱える。

「マスター!!」

 剣聖の武器である黒い剣は奴が気を失うと直ぐに悪魔の姿に戻り、主人の元へと心配そうに駆け寄る。

「どうして私の魔力支援お切りになったのですか……?」

 そのまま彼女に剣聖の体を預ける。

「リュミールに治療させてやりたいが少し待ってくれ。今は目の前の敵が優先だ」

「……分かりました。あなた方の力を借りるのは癪ですがマスターの命には代えられません。よろしくお願いします」

 俺の言葉に黒髪の少女は一言余計なことを付け足して頷くと、主人の体を抱えて後ろに下がる。

 ……魔装機の性格というのは持ち主に似るのだろうか?

 ″おい、今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ……″

 奴の魔装機──エリスの物言いにそんな考えをしていると精霊からツッコミが入る。

「それもそうだな──」

 ごもっとすぎるツッコミに思わず声が出る。

「──どうもお楽しみのところ申し訳ない、途中退場の剣聖に代わってただの魔法騎士学園の生徒がお前の御相手させてもらおうか?」

 銃剣を構え直して、目の前の悪魔に集中する。

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