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106話 殴り込み
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「こいつは驚いたな……」
一匹の馬とそれに引かれた馬車が凄まじい速さで草原を駆け抜けていく。
それは到底一匹の馬が、ましてや馬車を引いている状態で出すのは不可能なほどの速度。
だと言うのに馬は息切れや汗が吹き出るなどの全く疲れた様子はなく意気揚々と草原を駆ける。
「まだまだこんなの序の口よ?」
翡翠色の綺麗な長髪を揺らしながら優雅に笛を吹く女性は一瞬演奏を止めて自信気にその豊満な胸を張る。
『奏者』の演奏スキルによる能力強化がここまでのものとは思わなかった。
まさか強化を受けているかいないかでこんなにも差がつくなんて……いや、こんな芸当はただの『奏者』では不可能。やはり魔装機使いだからできることか。
アラクネの素晴らしい演奏を聴いて思う。
アラナドさん達との話し合いから一日が経って、俺たちは現在ヘンデルの森を目指して猛進していた。
アラドラにそれぞれ用事がある俺たちは直ぐにはヘンデルの森に向かうことはせず、最低限の装備やその他の準備を整えてから出発することにした。
大急ぎで準備を整えて、今日の陽が昇る少し前にオーデーを出発した。
オーデーを出て二時間、ちょうど陽が登り始めた頃に遠目で深々と木々が生い茂るヘンデルの森が見えてきたことに俺達は驚いていた。
普通、オーデーからヘンデルの森に行くのに馬の足を持ってしても半日以上の時間がかかる。だから今、二時間やそこらでヘンデルの森が見えきているのは本来なら不可能なことなのだ。
しかし、そんな不可能も魔装機使いの強力な強化スキルがあれば可能となってしまう。
今、アラクネは魔笛の姿になったフルーエルを吹いて凄まじい速さで走る馬にスキルによる強化を付与していた。
『奏者』はその名の通り楽器を奏でる者の事。彼らが奏でるその音色は聴いた者に様々な効果を付与することができる。
それが「強化」なのか「弱体化」なのかは『奏者』の熟練度に左右される。
アラクネとフルーエルの演奏スキルによって馬には『体力上昇』『筋力強化』『瞬足』の三つの強化が付与されている。
たった三つの強化だけでこれだけ移動速度に影響を及ぼすとは思わなかった。というか普通はこんなに影響が出ることは無い。
一般的な認識として『奏者』のスキルによる強化は「あれば便利ではあるが無くても大して問題は無い」ぐらいのものだ。
この理由としては幾つかあるのだが一番は激的な効果を発揮するまで熟練度の高い強化スキルを使える奏者がいないからだと言われている。
つまりどの『奏者』の天職を持った人間の使うスキルは質が悪いということ。質が悪いということは効果があまり無いということでそれならばあっても無くても大して変わりが無いということになる。
しかし、その認識を今目の前にいる魔笛の奏者が全て覆した。魔装機による力の恩恵が強いことは分かっているが強化を受けている馬は通常の時よりも何倍も運動性能が跳ね上がっている。
この強力な演奏スキルに加え、アラクネ自身もそれなりの戦闘力があり、まだまだ豊富な『強化』と『弱体化』の演奏スキルがあるというのだから非の打ち所が無い。普通、奏者自身に戦闘能力は皆無でそういった意味でも奏者は無能と呼ばれるのだが、さすが魔装機使いと言ったところか。そこら辺の埋め合わせも抜かりない。
一家に一台は欲しい。
なんて事を考えながら、アラクネが先程説明してくれた情報を思い返す。
魔法は使えないが、魔法と同等……いやそれ以上に強力な力だ。
「よし、あともう少しで森の中に突入する。その前にもう一度森に入ってからの確認をしよう。アラクネも一度演奏を止めてくれ」
「……わかったわ」
御者台で馬の手網を握っているレイボルトが森が見えてきたを確認してこちらに振り付きそう言ってくる。
「それじゃあ確認だ」
演奏が止まったことでレイボルトが話の口火を切る。
「まず森の中に入ってすぐだが盗賊団『落ちこぼれども』が何処に潜んでいるか探す必要があるわけだけど、これはアラクネに頼んでもいいんだね?」
「ええ、任せてレイボルト。私の演奏スキルは音を使って正確な探知もできるから上手く行けば森に入る前にはアラドラ達の位置を把握することが出来るわ」
剣聖の疑問にアラクネは確信を持ったように頷く。
「『強化』に『弱体化』の支援、それにモノ探しもできるって……改めて思うけど万能過ぎないか?」
「あはは、そうでも無いわよ。戦闘の面では私は本当に役に立てないから、レイル達に守ってもらうことになるもの」
「ある程度の戦闘力はあるんだろ?」
「あるにはあるけどそれも根本的な戦闘力は普通の『奏者』よりも少し優れているだけでそう考えると戦闘の面では私はレイル達の支援しか出来ないわ。適材適所、持ちつ持たれつよ」
俺の質問にアラクネはそう笑って返す。
適材適所と言われてしまえばそうなのだが、今までいなかった戦型の魔装機使いなだけにやはり万能と思ってしまう。みんなゴリゴリの戦闘特化だしな、強いていえばマキアが支援系だったがアラクネの万能さを見ればマキアもゴリゴリの戦闘系だ。
「敵地に乗り込んでからはどうするの? この前襲われた時は20人だったけど、敵の本拠地ならそれ以上の数がいるんじゃない?」
ローグがいつにも増して真剣な表情で聞いてくる。
「そうだね。敵の拠点がどういう構造なのかは分からないけど僕とローエングリンが雑魚の相手を基本的にしよう。敵の大将に用事があるレイルとアラクネの力をできるだけ温存させであげよう。アラクネの演奏スキルがあれば、あの時の倍以上の敵がいようと遅れをとることはないだろう」
「そうだね……うんわかった!」
レイボルトの作戦内容を聞いてローグは力強く頷く。
「すまないな二人とも、無理やり付き合わせた挙句に面倒な仕事を押し付けて」
二人の会話を聞いて俺は付き合わせてしまっている二人に申し訳なくなってきた。
「何を言ってるんだいレイル、僕達は付き合わされているつもりは無いよ? 僕達は僕達であいつらに色々とあの時の仮を返さないといけないんだ。だから全く気にする必要は無い」
「そうだよ相棒! 仲間なんだからそんなこと気にする必要はないよ!!」
二人のイケメンは全く気にした様子もなくそう答えると快活に笑う。
「……」
クソっ……不覚にも今二人の事を「かっこいい」と思ってしまった。常時変人なこの二人だがこういった場面ではとても頼りになる力強い仲間だ。普段からこんな感じでまともにしてくれれば周りから変な視線を向けられることもないのにな……。
二人の言葉に嬉しくなりながら、そんなことを考えてしまう。
「うふふっ、男の友情ってやつね? いいわよねそう言うの、レイル達が私より年上のダンディなおじ様達ならなお良かったわ」
それを微笑ましそうに眺めていたアラクネが訳の分からないことを言う。
「……」
アラナドさん達との話し合いの後、さらに交流を深めるために色々と魔装機使いだけで話をしたのだが、そこで分かったことはまともだと思っていたアラクネも実はかなり特殊な性癖の持ち主だったということ。所謂『枯れ専』だったのだ。
同年代の人間にあまりいい思い出がないアラクネはいつの間にか年上……それも自分よりも何十歳も歳の離れた人を恋愛対象として見るようになったらしい。
死ぬまでに一度は会ってみたい憧れの人物が『剣戟のタイラス』たど聞かされた時はなんとも複雑な気持ちだった。この人もこの人で色々と拗らせているらしい。
そんなこんなで打ち解けた俺たちは互いに仲間だと言うことで敬語や敬称をやめて、接することにした。
「と、とにかく大まかだけど確認はそんな感じでいいかな? レイルとアラクネは僕たちのことは気にせず、思う存分アラドラとやらに殴り込みをしてくるといいよ」
話を戻すように大きな咳払いをしたレイボルトはそうまとめると俺とアラクネを激励してくれる。
「ええ! やってやるわ!!」
気力に満ちた声でアラクネは握り拳を作って奮起する。
「……そう言えばアラクネは具体的にアラドラをどうしたいんだ?」
そんな彼女の姿を見て俺はそんな疑問を抱く。
アラナドさんからアラドラの話を聞いて、アラクネがどうしてアラドラに会って言いたいことがあるのか、「見逃せない」と言ったのか理由はわかった。しかし具体的にどうしたいのかという話はアラクネからは聞いていなかった。
だから気になって聞いてみてしまった。
「「どう」って決まってるじゃない! まず何も言わず家を出てった事を叱って、どうしてそんなことをしたのか理由を聞く! ……その後はアラドラを家に連れて帰るわ!」
俺の質問にアラクネはなんの迷いも無くそう答える。とうの昔に彼女はそう決めていたように。
「そうか……」
明るく振舞っているように見えるがその実、アラクネの表情は何処かぎこちない。
いったいどんな思いで今彼女はこの馬車に乗っているのか?
そんな興味が沸き起こるがそれを確かめることはしない。それは不躾だ。
「……ウチの弟が本当にごめんなさい。いくら手癖が悪いって言ってもレイルの大切な人を攫ってしまって……」
そんな事を考えているとアラクネが申し訳なさそうに謝ってくる。それは悪戯をした弟の代わりに謝る姉のそのだ。
実際そうなのだが、これに関してはアラクネが気を悪くする必要は全くない。俺の未熟さ故の結果に起こったことなのだ、この借りはしっかりと自分で返す。
「いや、アラクネが謝る必要はことはないよ、俺が未熟だっただけだ。……まあでも俺がアラドラをボコボコに伸しても怒らないでくれると助かるな」
「怒るわけないじゃない! 悪いことをしたのはアラドラなんだかその罰をちゃんと受ける義務があの子にはあるもの!」
冗談交じりに言った俺の言葉をアラクネは大真面目に返す。
一瞬「いいのかよ」と思ってしまったがお姉様がいいと言うのならば思う存分雪辱を晴らさせてもらおう。
「入口が見えてきたぞ! 準備をしといてくれ」
そんな会話をしていると御者代のレイボルトから緊迫感の篭った声がする。
剣聖の声で臨戦態勢に入る。
アラクネは敵の拠点を探知するために笛を再び吹き、俺も結界を展開して魔物や盗賊団の索敵をする。ローグも魔装機を構える。
「……あった! レイボルト、進行を方向を左に変えて!かなり奥の入り組んだ道の先に洞窟があるわ、そこにアラドラ達がいる!」
森に入って数分、アラクネは演奏を止めると手網を持ったレイボルトに指示を出す。
「見つかったのか?」
「ええ」
俺の質問にアラクネは短く答える。
「距離はどれくらいだ?」
「あと十分ほど走った先かしら、洞窟の前に五人の見張りがいるけれど──」
「よし分かった。アラクネ、俺に強化スキルを付与してくれ」
アラクネの答えを聞いて俺は一つ頷き立ち上がる。
「え?どうする気なのレイル?」
突然立ち上がった俺をアラクネは困惑した瞳で見つめてくる。
「俺が先行してアイツらの拠点を叩く」
彼女の疑問に俺は短く答える。
「ん?それじゃあさっきの話と違うよ相棒?なるべく相棒たちの力を温存するって話で……」
予定とは全く異なる俺の言葉に次はローグが困ったように首を傾げる。
「そうだな、そういう話だったのは分かってる。けどもう我慢できん……」
この森に入ってからあの時の事がずっと脳裏を過ってくる。俺もアラクネのお陰でアラドラの気配を見つけた。そしてそのすぐそばにもう一つ感じるのだ、悲しそうなリュミールの気配を。
先程まで冷静だったはずなのにそれを感じっとた瞬間、何かが弾けたようにふつふつと腹の底から怒りが込み上げてくるのだ。
アラドラ、俺の精霊に何をした?
「……分かった、思う存分に暴れてくるといいレイル。もうさっきの予定なんて忘れよう」
俺のその滅茶苦茶な行動にレイボルトはため息を一つつき、諦めたように笑う。
「え! いいの!?」
「言いも何も僕達のリーダーが行くと言っているんだ、それなら僕達はそれに従うだけさ……違うかい?」
ローグの驚いた声にレイボルトはそう答える。
「そ、それじゃあ一通りの強化を付与するわね?」
依然として困惑しているアラクネもレイボルトとの言葉で魔笛を鳴らし、俺に強化を付与してくれる。
「……勝手なこと言ってごめん、そんでもってありがとうなみんな」
流麗な音色が全身の細胞を活性化させる。段違いに体の調子が良くなったことが分かる。その事に驚きつつも俺は自分勝手な我儘を許してくれた仲間にお礼を言う。
「気にする事はない。君のやりたいようにやるといい」
「よくわかんないけど相棒がそれでいいならいいや!行ってこい!!」
「私達も直ぐに追いつくわね!」
それに三人は笑顔で答えてくれると背中を押してくれる。
……本当にありがとう。
最後に言葉にはせず心の中でもう一度感謝する。
全身に魔力を巡らせ、森の中を駆け抜ける馬車から飛び出す。
「いくぞアニスッ!」
"はい!"
魔銃剣の名前を叫び、一直線に道化師の気配がする方向へ馬車を追い越し向かう。
一匹の馬とそれに引かれた馬車が凄まじい速さで草原を駆け抜けていく。
それは到底一匹の馬が、ましてや馬車を引いている状態で出すのは不可能なほどの速度。
だと言うのに馬は息切れや汗が吹き出るなどの全く疲れた様子はなく意気揚々と草原を駆ける。
「まだまだこんなの序の口よ?」
翡翠色の綺麗な長髪を揺らしながら優雅に笛を吹く女性は一瞬演奏を止めて自信気にその豊満な胸を張る。
『奏者』の演奏スキルによる能力強化がここまでのものとは思わなかった。
まさか強化を受けているかいないかでこんなにも差がつくなんて……いや、こんな芸当はただの『奏者』では不可能。やはり魔装機使いだからできることか。
アラクネの素晴らしい演奏を聴いて思う。
アラナドさん達との話し合いから一日が経って、俺たちは現在ヘンデルの森を目指して猛進していた。
アラドラにそれぞれ用事がある俺たちは直ぐにはヘンデルの森に向かうことはせず、最低限の装備やその他の準備を整えてから出発することにした。
大急ぎで準備を整えて、今日の陽が昇る少し前にオーデーを出発した。
オーデーを出て二時間、ちょうど陽が登り始めた頃に遠目で深々と木々が生い茂るヘンデルの森が見えてきたことに俺達は驚いていた。
普通、オーデーからヘンデルの森に行くのに馬の足を持ってしても半日以上の時間がかかる。だから今、二時間やそこらでヘンデルの森が見えきているのは本来なら不可能なことなのだ。
しかし、そんな不可能も魔装機使いの強力な強化スキルがあれば可能となってしまう。
今、アラクネは魔笛の姿になったフルーエルを吹いて凄まじい速さで走る馬にスキルによる強化を付与していた。
『奏者』はその名の通り楽器を奏でる者の事。彼らが奏でるその音色は聴いた者に様々な効果を付与することができる。
それが「強化」なのか「弱体化」なのかは『奏者』の熟練度に左右される。
アラクネとフルーエルの演奏スキルによって馬には『体力上昇』『筋力強化』『瞬足』の三つの強化が付与されている。
たった三つの強化だけでこれだけ移動速度に影響を及ぼすとは思わなかった。というか普通はこんなに影響が出ることは無い。
一般的な認識として『奏者』のスキルによる強化は「あれば便利ではあるが無くても大して問題は無い」ぐらいのものだ。
この理由としては幾つかあるのだが一番は激的な効果を発揮するまで熟練度の高い強化スキルを使える奏者がいないからだと言われている。
つまりどの『奏者』の天職を持った人間の使うスキルは質が悪いということ。質が悪いということは効果があまり無いということでそれならばあっても無くても大して変わりが無いということになる。
しかし、その認識を今目の前にいる魔笛の奏者が全て覆した。魔装機による力の恩恵が強いことは分かっているが強化を受けている馬は通常の時よりも何倍も運動性能が跳ね上がっている。
この強力な演奏スキルに加え、アラクネ自身もそれなりの戦闘力があり、まだまだ豊富な『強化』と『弱体化』の演奏スキルがあるというのだから非の打ち所が無い。普通、奏者自身に戦闘能力は皆無でそういった意味でも奏者は無能と呼ばれるのだが、さすが魔装機使いと言ったところか。そこら辺の埋め合わせも抜かりない。
一家に一台は欲しい。
なんて事を考えながら、アラクネが先程説明してくれた情報を思い返す。
魔法は使えないが、魔法と同等……いやそれ以上に強力な力だ。
「よし、あともう少しで森の中に突入する。その前にもう一度森に入ってからの確認をしよう。アラクネも一度演奏を止めてくれ」
「……わかったわ」
御者台で馬の手網を握っているレイボルトが森が見えてきたを確認してこちらに振り付きそう言ってくる。
「それじゃあ確認だ」
演奏が止まったことでレイボルトが話の口火を切る。
「まず森の中に入ってすぐだが盗賊団『落ちこぼれども』が何処に潜んでいるか探す必要があるわけだけど、これはアラクネに頼んでもいいんだね?」
「ええ、任せてレイボルト。私の演奏スキルは音を使って正確な探知もできるから上手く行けば森に入る前にはアラドラ達の位置を把握することが出来るわ」
剣聖の疑問にアラクネは確信を持ったように頷く。
「『強化』に『弱体化』の支援、それにモノ探しもできるって……改めて思うけど万能過ぎないか?」
「あはは、そうでも無いわよ。戦闘の面では私は本当に役に立てないから、レイル達に守ってもらうことになるもの」
「ある程度の戦闘力はあるんだろ?」
「あるにはあるけどそれも根本的な戦闘力は普通の『奏者』よりも少し優れているだけでそう考えると戦闘の面では私はレイル達の支援しか出来ないわ。適材適所、持ちつ持たれつよ」
俺の質問にアラクネはそう笑って返す。
適材適所と言われてしまえばそうなのだが、今までいなかった戦型の魔装機使いなだけにやはり万能と思ってしまう。みんなゴリゴリの戦闘特化だしな、強いていえばマキアが支援系だったがアラクネの万能さを見ればマキアもゴリゴリの戦闘系だ。
「敵地に乗り込んでからはどうするの? この前襲われた時は20人だったけど、敵の本拠地ならそれ以上の数がいるんじゃない?」
ローグがいつにも増して真剣な表情で聞いてくる。
「そうだね。敵の拠点がどういう構造なのかは分からないけど僕とローエングリンが雑魚の相手を基本的にしよう。敵の大将に用事があるレイルとアラクネの力をできるだけ温存させであげよう。アラクネの演奏スキルがあれば、あの時の倍以上の敵がいようと遅れをとることはないだろう」
「そうだね……うんわかった!」
レイボルトの作戦内容を聞いてローグは力強く頷く。
「すまないな二人とも、無理やり付き合わせた挙句に面倒な仕事を押し付けて」
二人の会話を聞いて俺は付き合わせてしまっている二人に申し訳なくなってきた。
「何を言ってるんだいレイル、僕達は付き合わされているつもりは無いよ? 僕達は僕達であいつらに色々とあの時の仮を返さないといけないんだ。だから全く気にする必要は無い」
「そうだよ相棒! 仲間なんだからそんなこと気にする必要はないよ!!」
二人のイケメンは全く気にした様子もなくそう答えると快活に笑う。
「……」
クソっ……不覚にも今二人の事を「かっこいい」と思ってしまった。常時変人なこの二人だがこういった場面ではとても頼りになる力強い仲間だ。普段からこんな感じでまともにしてくれれば周りから変な視線を向けられることもないのにな……。
二人の言葉に嬉しくなりながら、そんなことを考えてしまう。
「うふふっ、男の友情ってやつね? いいわよねそう言うの、レイル達が私より年上のダンディなおじ様達ならなお良かったわ」
それを微笑ましそうに眺めていたアラクネが訳の分からないことを言う。
「……」
アラナドさん達との話し合いの後、さらに交流を深めるために色々と魔装機使いだけで話をしたのだが、そこで分かったことはまともだと思っていたアラクネも実はかなり特殊な性癖の持ち主だったということ。所謂『枯れ専』だったのだ。
同年代の人間にあまりいい思い出がないアラクネはいつの間にか年上……それも自分よりも何十歳も歳の離れた人を恋愛対象として見るようになったらしい。
死ぬまでに一度は会ってみたい憧れの人物が『剣戟のタイラス』たど聞かされた時はなんとも複雑な気持ちだった。この人もこの人で色々と拗らせているらしい。
そんなこんなで打ち解けた俺たちは互いに仲間だと言うことで敬語や敬称をやめて、接することにした。
「と、とにかく大まかだけど確認はそんな感じでいいかな? レイルとアラクネは僕たちのことは気にせず、思う存分アラドラとやらに殴り込みをしてくるといいよ」
話を戻すように大きな咳払いをしたレイボルトはそうまとめると俺とアラクネを激励してくれる。
「ええ! やってやるわ!!」
気力に満ちた声でアラクネは握り拳を作って奮起する。
「……そう言えばアラクネは具体的にアラドラをどうしたいんだ?」
そんな彼女の姿を見て俺はそんな疑問を抱く。
アラナドさんからアラドラの話を聞いて、アラクネがどうしてアラドラに会って言いたいことがあるのか、「見逃せない」と言ったのか理由はわかった。しかし具体的にどうしたいのかという話はアラクネからは聞いていなかった。
だから気になって聞いてみてしまった。
「「どう」って決まってるじゃない! まず何も言わず家を出てった事を叱って、どうしてそんなことをしたのか理由を聞く! ……その後はアラドラを家に連れて帰るわ!」
俺の質問にアラクネはなんの迷いも無くそう答える。とうの昔に彼女はそう決めていたように。
「そうか……」
明るく振舞っているように見えるがその実、アラクネの表情は何処かぎこちない。
いったいどんな思いで今彼女はこの馬車に乗っているのか?
そんな興味が沸き起こるがそれを確かめることはしない。それは不躾だ。
「……ウチの弟が本当にごめんなさい。いくら手癖が悪いって言ってもレイルの大切な人を攫ってしまって……」
そんな事を考えているとアラクネが申し訳なさそうに謝ってくる。それは悪戯をした弟の代わりに謝る姉のそのだ。
実際そうなのだが、これに関してはアラクネが気を悪くする必要は全くない。俺の未熟さ故の結果に起こったことなのだ、この借りはしっかりと自分で返す。
「いや、アラクネが謝る必要はことはないよ、俺が未熟だっただけだ。……まあでも俺がアラドラをボコボコに伸しても怒らないでくれると助かるな」
「怒るわけないじゃない! 悪いことをしたのはアラドラなんだかその罰をちゃんと受ける義務があの子にはあるもの!」
冗談交じりに言った俺の言葉をアラクネは大真面目に返す。
一瞬「いいのかよ」と思ってしまったがお姉様がいいと言うのならば思う存分雪辱を晴らさせてもらおう。
「入口が見えてきたぞ! 準備をしといてくれ」
そんな会話をしていると御者代のレイボルトから緊迫感の篭った声がする。
剣聖の声で臨戦態勢に入る。
アラクネは敵の拠点を探知するために笛を再び吹き、俺も結界を展開して魔物や盗賊団の索敵をする。ローグも魔装機を構える。
「……あった! レイボルト、進行を方向を左に変えて!かなり奥の入り組んだ道の先に洞窟があるわ、そこにアラドラ達がいる!」
森に入って数分、アラクネは演奏を止めると手網を持ったレイボルトに指示を出す。
「見つかったのか?」
「ええ」
俺の質問にアラクネは短く答える。
「距離はどれくらいだ?」
「あと十分ほど走った先かしら、洞窟の前に五人の見張りがいるけれど──」
「よし分かった。アラクネ、俺に強化スキルを付与してくれ」
アラクネの答えを聞いて俺は一つ頷き立ち上がる。
「え?どうする気なのレイル?」
突然立ち上がった俺をアラクネは困惑した瞳で見つめてくる。
「俺が先行してアイツらの拠点を叩く」
彼女の疑問に俺は短く答える。
「ん?それじゃあさっきの話と違うよ相棒?なるべく相棒たちの力を温存するって話で……」
予定とは全く異なる俺の言葉に次はローグが困ったように首を傾げる。
「そうだな、そういう話だったのは分かってる。けどもう我慢できん……」
この森に入ってからあの時の事がずっと脳裏を過ってくる。俺もアラクネのお陰でアラドラの気配を見つけた。そしてそのすぐそばにもう一つ感じるのだ、悲しそうなリュミールの気配を。
先程まで冷静だったはずなのにそれを感じっとた瞬間、何かが弾けたようにふつふつと腹の底から怒りが込み上げてくるのだ。
アラドラ、俺の精霊に何をした?
「……分かった、思う存分に暴れてくるといいレイル。もうさっきの予定なんて忘れよう」
俺のその滅茶苦茶な行動にレイボルトはため息を一つつき、諦めたように笑う。
「え! いいの!?」
「言いも何も僕達のリーダーが行くと言っているんだ、それなら僕達はそれに従うだけさ……違うかい?」
ローグの驚いた声にレイボルトはそう答える。
「そ、それじゃあ一通りの強化を付与するわね?」
依然として困惑しているアラクネもレイボルトとの言葉で魔笛を鳴らし、俺に強化を付与してくれる。
「……勝手なこと言ってごめん、そんでもってありがとうなみんな」
流麗な音色が全身の細胞を活性化させる。段違いに体の調子が良くなったことが分かる。その事に驚きつつも俺は自分勝手な我儘を許してくれた仲間にお礼を言う。
「気にする事はない。君のやりたいようにやるといい」
「よくわかんないけど相棒がそれでいいならいいや!行ってこい!!」
「私達も直ぐに追いつくわね!」
それに三人は笑顔で答えてくれると背中を押してくれる。
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しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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