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4,怪異其の弐「地図に無い街」

4-12「イミテーション・マザー」

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 二体の蟲夜叉から放たれた斬撃は、慎之介と漣季を中心に展開されたドーム型の結界に弾かれた。
 赤い火花が散った……。
 顔を伏せていた二人が状況を掴めず辺りに視線を向ける。

「よく持ち堪えたな。二人共」

 その声を聞いた漣季の表情に活力が戻った。

「兄さんッ!!」

 白と黒の生地で構成された、狩衣型の隊服に身を包む蒼季そうきが手の平を突き出していた。
 蒼季は、睨み付けてくる蟲夜叉を睨み返す。
 そして視線を下ろすと、胸に穴が空き横たわる春平を見るや怒りの表情を浮かべた。

「俺の部下に何しやがった」と、込上がる怒りを冷静さで押さえつけながら言う。

 一体の蟲夜叉が「陰陽師……マタ新シイ……陰陽師」と体をブルブルと震わせる。

 蒼季は蟲夜叉から視線を逸らさずに、二人に問いかけた。

「他の隊員は?」

 慎之介が答える。

「要救助者一名と一般人二名は、四課の雉宮隊員と共にあのショッピングモールの中に。四課の鬼束隊員は、この蟲夜叉と戦闘中です」
「蟲夜叉?」
「恐らく、元はかと」

 それを聞いた蒼季が小さく舌打ちをする。

「奇変型怪異か」と蒼季が言った時、二体の蟲夜叉が飛びかかった。


 それは一瞬だった……。
 慎之介と漣季の目には、青白い光の筋が視界を横切っただけだったが……。
 次の瞬間には、蟲夜叉は結界に巻き付かれ身動きを封じられていた。

 何が起きたのか理解しているのは蒼季=本人だけである。

 向かい来る蟲夜叉。
 蒼季はその間に向かって歩みだす。
 だがその動きは静かで乱れがなく、蟲夜叉達には蒼季が動いたと言う実感すら感じる事はなかった。

 肩口から腰までをたすき掛けのように装着した黒いハーネス。
 筆ホルダーから取り出した筆で、空中へ結界を二つ描き蟲夜叉の間を通り過ぎる。
 あとは、虫が網に掛かるかの如く結界に突進。
 それらの出来事が一瞬であり、慎之介と漣季の目には一筋の光にしか見えなかったである。

 唖然とする二人の視線の先では、蟲夜叉達も同様に何が起きたのか理解に苦しんでいた。
 鞘から刀を抜く時間すらも得られなかったのだ。

 指で手刀を作った蒼季は唇にあてがい術を口ずさむ。
 すると、結界に絡め取られた蟲夜叉が青白い炎を全身から噴出した。
 甲高い金切り声を上げ、灰となりアスファルトに積もる。

 慎之介達が束になっても致命傷を与える事ができなかった蟲夜叉を、あっと言う間に退治した事に驚きを隠せない二人。
 六壬神課 怪伐隊 二課ともなると、別格の強さである。

 蒼季は青白い光を纏う筆先を一振し、光を消し去るとホルダーに戻す。

「話している途中に襲うなよ」と灰を見下ろして言った。




「お前達は先に帰れ。一人ずつになるが外から二課が空間に穴を開けている」と言い、漣季の手をみやる。

「漣季。お前が何故ここに居るのかは、帰ってから聞かせてもらおう。それと飛んだ指はちゃんと持ち帰れ。保健室で治療を受ければ元に戻る」
「……はい。でも兄さんは?」
「心配するな。残りの生存者を連れて帰るさ」
「なるほど。でも母体は兄さんが退治してくれたし、これで一件落着ってヤツだな」
「は?」

 蒼季の小馬鹿にした態度に、漣季と慎之介が首を傾げた。

「お前ら今のがイミテーションって気づかなかったのか?」

「イミテーション?」と言って、漣季の言葉が詰まる。

「これだけの空間を創りだす妖怪があんなに弱いワケ無いだろ」
「ちょ、ちょっと待ってよ兄さん。アレが……小物だって言いたいんですか?」
「そうだ。だからお前達でかなう相手じゃない」

 蒼季は辺りに視線を巡らせながら「それに本体ならこの空間も既に消滅しているはずだ」と言った。

「確かに……」と慎之介は眼鏡の中央を指で押し上げる。


 蒼季は春平の元に歩み寄ると片膝を地面に付き、全身を見る。
 慎之介が口を開いた。

「背中から刀で一突きに……」
「そのようだな……」

 そして蒼季は手の平を春平の胸の上に置くと……。

「フンッ!!」と掌底しょうていを胸に突き込んだ。

 衝撃が春平の心臓を刺激する。
 そして暫く沈黙が辺りを包込む。

「がふぁッ!!」

 春平が息を吹き返した。

「えーーッ!?」と慎之介と漣季が驚きを見せる。

「ワ、ワシは? ここは天国かいな……? にしては地獄みたいなとこやのぉ。それに知っとる顔まで」

 蒼季が口を開く。

「臓器や血管が損傷を受けていない。情を掛けるような鬼じゃないから、ただ運が良かっただけだろうな」
「ワシ……運が良いんでっか? やったら櫻子ちゃんとの関係に運を使いたいもんやで」

「それだけ喋れるなら大丈夫だな。さ、立てるか?」と慎之介が手を差し伸べる。

「いぃー痛ぃ痛い。傷口は普通に痛いわい」

 春平は顔をしかめながら立ち上がると、そこへ桃眞が帰って来た。
 春平の立っている姿を見て、驚き駆け寄る。

「お、おい。何で生きてんの?」
「生きてたらアカンのかい?」
「いや。良いけどさぁ」

 慎之介が空かさず桃眞に訊ねる。

「おい鬼束。お前、あの蟲夜叉は?」
「あぁ。なんとか倒したぜ」
「倒せたのか!?」
「倒せたから帰って来られたんだろ」



 一同の会話の末に状況の整理がおわった。
 蒼季の意に反して、桃眞達もショッピングルームに足を向ける。

「おい、聞いてなかったのか? コレは上官命令だ。直ちにゲートが開くのを待って帰れ」

「ここで帰れないっすよ。早くしないと櫻子達が危ないんだ。俺達も手伝わせて下さい」と桃眞が勇ましい顔を蒼季に向ける。

「だが、お前ら。法力の残量は無いんだろ? 動けるのか? 今、立っているのもやっとなはずだ」
「体はまだ動くっちゅーねん。こないな所で尻尾巻いて帰れるかいな」

 桃眞達の覚悟を感じ取るかのように、真剣な眼差しを見つめる蒼季は、根負けし大きく溜息を吐いた。

「お前達は要救助者と一般人、そして雉宮の捜索とポータルからの脱出を最優先事項とすること。余計な気は起こすんじゃないぞ。足で纏いになる」

「いいなッ」と強く念を押した蒼季の言葉に桃眞達は頷いた。




 ショッピングモールの三階を歩く櫻子とルミたん。そしてエリ。
 だが、マナミの姿がない。
 エリとルミたんを救出した直後、マナミの悲鳴がモールにこだました。
 すぐに声のした場所に駆けつけるもそこにはマナミの姿はなかったのだ。
 捉えられてしまったのかも知れない。

 虫型妖怪の亡骸の間を縫うように歩きながら、天窓から差し込む月の光を頼りにマナミを探す。

「マナちゃんー。何処なんよぉー」とエリの弱々しい声が聞こえる。

 ルミたんは、怯えながら「もしかして、もう家族に変えられたんじゃ……」と言葉を漏らす。

「縁起でもない事言わんといてよっ。マナちゃんは簡単に死んだりせえへんよ」

 櫻子が先頭を歩きながら頷いた。

「そうね。福寺さんは私が絶対に助ける。だから諦めちゃダメ。まだ生きてるって信じないと」


 停止しているエスカレーターを下り、カフェの前を横切った時、櫻子は床に落ちていたラムネ菓子を見つけて手に取る。

「これって……言霊砲ラムネ?」

 櫻子はそれが本物か確かめる為に、口に入れて「わっ」と声を出すと、文字が具現化してモールの先へと飛んでいった。

「あっちにもある」

 ルミたんが指差す先の床にもラムネが落ちている。
 それをみたエリが声を挙げた。

「これって、マナちゃんがワザと落としたんちゃうかな? ラムネを辿って行けば見つかるかも」

 ラムネはバックルームへと繋がる両開きのスイングドアに向かっていた。
 中に入り、従業員用の通路を歩く。
 非常階段を降り、地下一階に到着……。

 そこは薄暗い地下駐車場だった。
 駐車場と言っても車は一台も無い。
 誘導灯の緑色の淡い光が微かに辺りを照らしていた。

 櫻子は、スマートフォンのライトアプリを起動し辺りを照らした。
 ルミたんとエリのデバイスはヨッキーの防御システムが起動し、既にバッテリーが切れている。

 まだ言霊砲ラムネは床に落ちていた。
 それを目印に駐車場の奥へと進む。
 三人の足音が残響となってこだまする。

「受水槽室……」と櫻子は大きな鉄扉に書かれている文字を口にした。

 スチールレバーのノブを握り、恐る恐る扉を開ける。

 そこにはなんと、マナミの姿があった。
 だが、コンクリート壁に粘性の高い液体で四肢を固定され、今まさに寄生をされようとしているところだった。
 虫型妖怪の顔が開き、白く細い触手が頭部を鷲掴む。
 中央の赤黒い触手がマナミの腔内に狙いを定めてうねり上げていた。

「マナちゃん!!」
「福寺さんッ!!」

キショいきもちわるいんじゃぁぁぁぁああああッ!!」と叫ぶマナミから文字が飛び出し、妖怪の頭部を粉砕した。

 文字は巨大なクリーム色の水槽に穴を開けたが、水は入ってなく空洞だ。

 櫻子とエリ、そしてルミたんは、マナミの手足にへばりつく液体を取り除こうとするが、とり餅のようで中々取れない。
 悪戦苦闘する中、マナミは三人に対して逃げるよう伝える。

「アカン。みんな早よ逃げて!! 後ろにおるんや。ボスみたいなんがおるんや!!」

 その言葉に振り返った櫻子の前には、血に染まった白装束を来た女が刀を持って身構えていた。
 白く長い髪の隙間から睨み付ける真っ赤に光る眼。
 だがそれは虫には見えない。
 人の様にも見える。

「あんた……何者?」

「人間は私を蟲夜叉と呼ぶ。そしてここでは母と呼ばれている」

 すると今度は、蟲夜叉の後ろから数倍大きな黒い影が現れた。
 その姿をみた櫻子達は、あまりのおぞましさに腰を抜かしそうになる。
 あらゆる虫が巨大な人間と結合したかのような、膂力りょりょくに満ちた存在なのだ。

 線虫、ゴキブリ、蜘蛛、ハエ、サソリ、セミ……。
 なんとか判別できるだけでもそれらの特徴が垣間見える。
 ソレが声を発した。
 低い声が多重に聞こえる。

「我には名は無い。だがかつて応声虫と呼ばれていた……」
「応声虫……まさか本当に……」

 蟲夜叉から放たれる妖気だけでも、太刀打ち出来ないレベルだと言う事が櫻子でも分かる。
 だが恐るべきは、応声虫は蟲夜叉よりも桁外れの力を発していたのだ。
 櫻子一人では成すすべがない。

 絶体絶命の文字が脳裏を駆け巡った。
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