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5、第一章最終怪異 平安京呪詛編

5-4「シラセのワンダーランド」①

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 地上を殴りつけた衝撃で落下速度が相殺され、なんとか地面に着地をした。
 目の前にはアスファルトが粉々になり、地中の配管が剥き出しのクレーターが広がっている。
 周囲のオフィスビルも粉々に崩壊しているが、やはりシラセの精神世界内だからか異様に脆い。
 桃眞はシラセの反撃に備えて身構えた。

 ここはあくまでシラセの精神世界であり、この中にいる限り、シラセが絶対的に有利な立場なのだ。
 地面や壁、目に見えるあらゆるモノがシラセの一部であり、現実世界での物理法則などここでは皆無である。

 すると、あちこちに散らばっているアスファルトや瓦礫が騒がしくなり始めた。
 全方位に意識を集中する桃眞の目が忙しなく動き回る。
 小さな変化を見逃す事が命取りに成りかねない。
 そして、ここでは想像力、すなわちイマジネーションが重要なのだと桃眞は気づき始めていた。
 今立っている地面が大きな口となり桃眞を飲み込んでも不思議ではない。
 空が落ちてくるなんて事も十分考えられるのだ。

 何故なら、さっき放ったアスファルトの拳は桃眞の想像の産物だったからだ。
 つまり、精神世界なら先の同様に、怪斬天鱗刀かいざんてんりんとうすら出現させられよう。
 ただし、精神世界で動き回ったり想像を具現化するには、膨大な精神力と気を消耗する。
 幾度か精神世界での戦いを経験していると言っても、まだ思う様にはいかないのだ。



 シラセの目はどこにでもあった。
 この世界そのものが自分自身だからだ。
 今もどこから出現し、どうやって殺そうかとワクワクを抑え息を潜めながら思案している。
 それと同時に違う思いもあった。
 もっと簡単に少年を殺せると思っていたのだが、勘が外れたのだ。
 感じる気も微量で、人並み以下とも言える。
 だが、この精神世界に馴染み、反撃まで行った。

「むかつくなぁー」

 この呪術には実は弱点がある。
 それは何か……。
 そう、自分の精神世界を主戦場にしていると言う事が諸刃の剣なのだ。
 ただの一般人相手ならリスクは皆無だ。むしろメリットしかない。
 だが、相手が相応の力を持っていた場合に限り、致命的な状況へと転換してしまう。
 言わば、城門を開けて本丸で戦っているようなモノだ。

「まぁ、俺が負けるはずねぇけどな」



 桃眞は地面を揺るがす存在を確かに感じながら、車道の先を見つめていた。
 何やら黒い波が向かってきている。

「何だアレ?」と言い、後ろを振り返るとその先にも黒い波が見えた。

 十字路の中心に立ち残り二本の道も確かめると、同様に波が向かってきている。
 絶え間無い地響きと圧力。
 嫌な予感しかしない。
 一体、シラセは何を仕掛けてきたのだろうか?

 目を細め、黒い波を凝視していると……シラセの顔が見えた。

「顔? ……顔だ。え? か、顔だッ!!」

 黒い波は無数のシラセだった。
 無数のシラセが猛ダッシュでこちらに向かって来ているのだ。
 しかも皆笑っている。
 十字路まで到達されたらもう逃げようが無い。

「ふざっけんなよ」

 桃眞は無限連弾の所作を始めた。
 想像力を練り上げ強力な拳圧を放つ。

「陰陽流 術式白虎 無限連弾ッ!!」

 桃眞の突き出した拳から発射したのはシラセの頭部だった。

「うわぁッ!? キモっ」

 仰天して無限連弾を解除した桃眞は成す術なく固まる。
 さっきの反撃はシラセの隙を突いただけの事。
 もう隙を見せないシラセの精神世界では、桃眞の想像力が付け入る瞬間は無い。


 空中に飛び出したシラセの頭部はくるりと翻ると人型になり、ひらひらと舞い降りる。
 と同時にオフィスビルの残骸を突き破りロケットの様に飛び出したシラセ達が、放物線を描いた。

「シラセのテーマパークかよって、冗談言ってる場合じゃねぇ。このままじゃ確実に殺られる」

 黒い波の一人一人の右腕が鋭利に尖る。
 桃眞との距離十メートル。

「どうするッ。どうするッ!!」

 五メートル。

 三……二……一……。

 視界が暗転。
 首根っこを掴まれた。
 そして後ろに一気に引っ張られる……。

 ………………………………。

 ………………………………。

 雨の音が聞こえた。
 頬を弾く雨粒を感じる。
 死んだと言う感覚がない……これは、生きているのか?
 視界がボヤける中、背後から聞き慣れた声が聞こえた。

「間一髪でしたか? 桃眞さん」

 見上げると、そこには傘を差す皇の笑顔があった。
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