70 / 93
5、第一章最終怪異 平安京呪詛編
5-4「シラセのワンダーランド」②
しおりを挟む
「皇さん?」と状況が飲み込めず抑揚のない声が出た。
もしかして助かったのか? いや、助けられたのだ。
皇がギリギリで外の世界に引っ張り出してくれたに違いない。
見慣れていないからか、久々に見る皇の私服に違和感を覚える。
黒いプルオーバーの長袖スウェットにロング丈のカジュアルパンツを着こなす皇は、桃眞に持っていた傘を手渡すと、雨の中、直立不動のシラセの下へと歩み寄った。
シラセの瞳が白濁から漆黒に戻ると同時に意識も戻る。
どうやら精神世界に入っている間は瞳の色が白濁になるようだ。
自分もそうだったのかと思うと、心なしか桃眞はゾッとした。
歩み寄る皇を見てから歩道に座り込む桃眞へ目をやり、状況を飲み込むとまた皇を見る。
「なんだ皇ちゃんじゃーん。邪魔しないでくれるかなぁ」とさっきまでの大仰な仕草に戻った。
「彼はウチの寮の生徒ですので。守るのは当然です」
ニコリと笑う皇にシラセはケタケタと卑しい笑みを見せる。
「守るか……ケッケッケ。友達を殺しておいてよく言うぜ皇ちゃんよ」
桃眞の目には雨で濡れる皇の背中しか見えないが、シラセの言葉を聞いてその背中に僅かに力が入ったのを見逃さなかった。
それよりもシラセの言葉が気になる。
皇が友達を殺した? それは一体どう言う事なのだろうか? いつも笑顔で面倒見の良い皇がそんな事をするとは到底思えない。
「貴方に言われたくありませんね」
皇の声音は実に爽やかで落ち着いてはいるが、桃眞はその背中から今まで感じた事のない程に暗く深い闇を感じ寒気がした。
一体、皇はどんな暗い過去を背負っているのだろうか?
そんな事を考えているとシラセがまたヘラヘラと笑いだした。
「顔に似合わず物騒な男だねぇ」
「余計なお世話です。ところで貴方も……お兄さんは元気にしていますか?」
その言葉を聞いた途端、シラセの表情から笑みが消え、入れ替わるように憎悪に似た渋さが滲み出た。
「あぁ。今も水槽の中で浮かんでるよ。ぷかぷかとな」
「それは良かったです」
「良かっただと?」
「はい。彼らしい姿です」
皇の挑発返しを受け、シラセの顔が更に険しくなった。
「兄さん言ってたよ。皇 浩美に復讐がしたいって。手足を奪われて魚同然の様に水槽に浮かんで、一生を終える無様な兄を蔑み、俺に同じ様にはなるなと」
「弟思いじゃないですか」
「俺の代わりに復讐しろとなッ」
そう言ってシラセが力んだ途端に、桃眞の横に設置されている信号機のランプが破裂した。
「どもぉシラセ君。お兄ちゃん元気ぃ?」とまたも聞き覚えのある声を耳にし、桃眞が振り返ると黒塗りのワンボックスカーの運転席から顔を出す吉樹がいた。丸い銀縁眼鏡がキラリと光る。
「吉樹 秀儀……。貴様もいたのか」
「僕を浩美ッチのハッピーセットみたいな風に言わないでよ。強いて言うならチャーハンと餃子かな」
「王道のセットメニューじゃねぇか」と桃眞が呟く。
吉樹は運転席のサイドガラスを小刻みに上げ下げしながら「シラセ君、悪いんだけどさ。僕達行く所があるからさ。浩美ッチと彼を載せてもう行くね」と伝える。
シラセは唇を噛み締め「流石に俺一人でお前らを相手するのは分が悪いか」と悔しさを滲ませた。
皇に肩を担がれ、桃眞は車の後部座席、三列シートの二列目に乗り込んだ。
これで助かったのだと胸を撫で下ろす。
そして、あのシラセが迂闊に手を出そうとしない皇と吉樹と言う存在に、絶大な安心感と心強さを抱いた。いや、憧れすら抱いた。
「あ、シラセ君」と吉樹が何かを投げ渡した。
シラセが受け取るとそれはヨッキーのぬいぐるみだった。
虚を突かれ、呆然と立ち尽くすシラセ。
「それ、ヨッキー人形だよ。僕がモデルなんだ。良かったら可愛がってやってね。んじゃ」と良い、吉樹はサイドガラスを閉めるとアクセルを踏んだ。
暫く傘を差したままじっとしていたシラセは我を取り戻すと、手の中のヨッキー人形を力の限り握り潰した。
ヨッキーの顔が潰れた肉まんの如く変形する。
「シラセ君だと……お前ら勘違いするんじゃねぇぞ。俺はお前らよりも遥かに歳上だッ」
そう言うと、シラセは更に強くなる雨の中歩き出す。
そして少し離れたビルの影から一連の出来事を見ていた存在もまた闇に向かって歩き出した。
もしかして助かったのか? いや、助けられたのだ。
皇がギリギリで外の世界に引っ張り出してくれたに違いない。
見慣れていないからか、久々に見る皇の私服に違和感を覚える。
黒いプルオーバーの長袖スウェットにロング丈のカジュアルパンツを着こなす皇は、桃眞に持っていた傘を手渡すと、雨の中、直立不動のシラセの下へと歩み寄った。
シラセの瞳が白濁から漆黒に戻ると同時に意識も戻る。
どうやら精神世界に入っている間は瞳の色が白濁になるようだ。
自分もそうだったのかと思うと、心なしか桃眞はゾッとした。
歩み寄る皇を見てから歩道に座り込む桃眞へ目をやり、状況を飲み込むとまた皇を見る。
「なんだ皇ちゃんじゃーん。邪魔しないでくれるかなぁ」とさっきまでの大仰な仕草に戻った。
「彼はウチの寮の生徒ですので。守るのは当然です」
ニコリと笑う皇にシラセはケタケタと卑しい笑みを見せる。
「守るか……ケッケッケ。友達を殺しておいてよく言うぜ皇ちゃんよ」
桃眞の目には雨で濡れる皇の背中しか見えないが、シラセの言葉を聞いてその背中に僅かに力が入ったのを見逃さなかった。
それよりもシラセの言葉が気になる。
皇が友達を殺した? それは一体どう言う事なのだろうか? いつも笑顔で面倒見の良い皇がそんな事をするとは到底思えない。
「貴方に言われたくありませんね」
皇の声音は実に爽やかで落ち着いてはいるが、桃眞はその背中から今まで感じた事のない程に暗く深い闇を感じ寒気がした。
一体、皇はどんな暗い過去を背負っているのだろうか?
そんな事を考えているとシラセがまたヘラヘラと笑いだした。
「顔に似合わず物騒な男だねぇ」
「余計なお世話です。ところで貴方も……お兄さんは元気にしていますか?」
その言葉を聞いた途端、シラセの表情から笑みが消え、入れ替わるように憎悪に似た渋さが滲み出た。
「あぁ。今も水槽の中で浮かんでるよ。ぷかぷかとな」
「それは良かったです」
「良かっただと?」
「はい。彼らしい姿です」
皇の挑発返しを受け、シラセの顔が更に険しくなった。
「兄さん言ってたよ。皇 浩美に復讐がしたいって。手足を奪われて魚同然の様に水槽に浮かんで、一生を終える無様な兄を蔑み、俺に同じ様にはなるなと」
「弟思いじゃないですか」
「俺の代わりに復讐しろとなッ」
そう言ってシラセが力んだ途端に、桃眞の横に設置されている信号機のランプが破裂した。
「どもぉシラセ君。お兄ちゃん元気ぃ?」とまたも聞き覚えのある声を耳にし、桃眞が振り返ると黒塗りのワンボックスカーの運転席から顔を出す吉樹がいた。丸い銀縁眼鏡がキラリと光る。
「吉樹 秀儀……。貴様もいたのか」
「僕を浩美ッチのハッピーセットみたいな風に言わないでよ。強いて言うならチャーハンと餃子かな」
「王道のセットメニューじゃねぇか」と桃眞が呟く。
吉樹は運転席のサイドガラスを小刻みに上げ下げしながら「シラセ君、悪いんだけどさ。僕達行く所があるからさ。浩美ッチと彼を載せてもう行くね」と伝える。
シラセは唇を噛み締め「流石に俺一人でお前らを相手するのは分が悪いか」と悔しさを滲ませた。
皇に肩を担がれ、桃眞は車の後部座席、三列シートの二列目に乗り込んだ。
これで助かったのだと胸を撫で下ろす。
そして、あのシラセが迂闊に手を出そうとしない皇と吉樹と言う存在に、絶大な安心感と心強さを抱いた。いや、憧れすら抱いた。
「あ、シラセ君」と吉樹が何かを投げ渡した。
シラセが受け取るとそれはヨッキーのぬいぐるみだった。
虚を突かれ、呆然と立ち尽くすシラセ。
「それ、ヨッキー人形だよ。僕がモデルなんだ。良かったら可愛がってやってね。んじゃ」と良い、吉樹はサイドガラスを閉めるとアクセルを踏んだ。
暫く傘を差したままじっとしていたシラセは我を取り戻すと、手の中のヨッキー人形を力の限り握り潰した。
ヨッキーの顔が潰れた肉まんの如く変形する。
「シラセ君だと……お前ら勘違いするんじゃねぇぞ。俺はお前らよりも遥かに歳上だッ」
そう言うと、シラセは更に強くなる雨の中歩き出す。
そして少し離れたビルの影から一連の出来事を見ていた存在もまた闇に向かって歩き出した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
26
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる