HOLE

にび

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HOLE

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穴に落ちた。


何の変哲もない道を歩いていたのに…。


歩きスマホをしていた訳でも、余所見をしていた訳でもない。

確かにそこにはアスファルトの舗装された道があった。


しかし、突然地面は無くなり僕は人が一人通るくらいの穴に落ちたのだ。


穴はとても長かった。


初めは落ちている事そのものに、地面に着いた時に訪れるであろう死に恐怖を感じていた。


しかし、時間は恐怖を忘れさせる。


落ちていく、なんとも言えないキュッとなる感覚にも慣れた頃には一体いつまで落ちるのか、そもそもこれは現実なのかと冷静に考えるようになった。


かなりの速度で真っ直ぐに落ちている為、下を覗く事は出来ない。

見えるのは凄い勢いで通り過ぎていく土剥き出しの穴の壁だけだ。

しかも距離が近い上にスピードがスピードなので視界がチカチカし、何度も目を瞑っては開く事を繰り返さなくてはならなかった。


それなら目を瞑っていればいいじゃないか?


いや、自分の置かれた立場がよく分からない上にひたすら落下しているのだ。

穴の壁に何かしらの変化があっても、目を瞑っていたら気づけないではないか。

僕はどうなってしまうのか、最期は予想出来ているもののしっかりと見ていたいのだ。


しかし、人は慣れる。


ずっと同じ景色、ずっと落下し続ける事に飽きてちょっと眠ろうかななんて考えが頭をよぎり始めた頃、茶色だった景色が緑色に変わり始めた。


緑はどんどん濃くなっていった。

むせ返るような、生命力に溢れんばかりの緑。


ツタのように穴の壁全体を覆っているであろうそれに手を伸ばす。

手に当たった葉を無意識に掴んで千切った僕は、握った手のひらを開いた。


落下の勢いに何処かに行ってしまいそうになった葉を摘みまじまじと観察する。


それは僕もよく知るごく普通の何ら変哲もない葉だった。

まぁ、そもそもこの穴が何なのかを葉が教えてくれるなんて事は期待していない。


何となく捨てられなくて、僕は葉を摘んだまま落下を続けた。



それは突然だった。


フワッと身体が浮いた感覚があり、気づけばそこに地面があった。

穴の存在は消えている。


尻もちをついた座っている状態の僕の手に土がついた。

周りを見渡せば森のような場所だ。

日の光が木々の隙間からキラキラと輝いて見える。


地面についた拍子に手から離れた葉が目に入った。

何気なく目にしたそれは、僕の視線を受けた途端、ツルを伸ばし始めた。


シュルシュルと伸びていくツルは近くにあった背の高い木に絡まり、隣の木にも侵食していく。


その摩訶不思議な光景を、僕はただポカンと見上げていた。


葉は活動を辞めることなくツルを広げ続け、気づけばかなりの木々を呑み込み、一本の太い太い筒状の物になった。


太いツルの筒は侵食を止めた。

しかし活動は止まらない。


木に巻きついたツルは太くまとまりながら幹のように茶色く変色し始めた。

次第にそれは木の幹そのものになり、それが全体に及ぶと上にぐんぐん伸びていく…


ありふれた木と葉だったものは、見たこともない近くから見れば木とはとても思えない巨大な巨大な木になった。

100人が手を繋ぎ木の周りに立っても半周も囲めないのではないだろうか…。


あまりの大きさに、頂上は見ることさえ出来ない。



僕はふと思った。

この木を登れば帰れるんじゃないかと。


立ち上がり、木に近づく。

足場もあるし、木登りなどした事のない僕でも何とか登れそうだ。


僕は足を踏み出した。


木登りというよりもクライミングのようなそれは途中で終わった。


5メートルは登っただろうタイミングで、シュルシュルとツルが伸びて来て僕を包んだのだ。

僕は抵抗する事も出来ずに身を任せるより他ない。

暴れれば落ちてしまうから…


僕を包んだツルは静かに上昇した。

どのくらい上がったのか、上昇が終わるとストンと地面に降ろされる。


地面だと思ったそれは木の枝だった。

しかし、大木だ。

枝も普通の木の幹よりずっとずっと太い。


目線は森の木々の遥か上で遮るものは何もなく、何処までも見渡せた。


これからどうしたものかと考えていると、幹に扉が現れた。

中にはいると、人が暮らせる設備が整った空間がそこにあった。

人の気配はなく、僕は木の中の空間を見て回った。


ふと、一冊の本がある事に気づく。

テーブルの上にあったその本を手に取り、僕はページをめくった。


その本を読み終え、僕はようやくこの現実を理解した。

バスルームにあった鏡をのぞく。

そこに写るのは当然僕である筈なのに、見たこともない姿をした少年が驚いた表情で居た。


本を読み知ったのは、あの穴は別の世界な繋がる穴だった事だ。

穴を落ちる間に僕は作り変えられていたらしい。

ごく普通の17歳だった僕は鏡を見た限り小学生くらいの年齢の、銀髪に琥珀色の目をした少年になっていたのだ。


穴を落下中に落ち着いていたのも、今現在平然としていられるのも、外見から何から変化し僕が僕でなくなっているからなのかもしれない。


僕が穴で千切った葉は世界樹となった。

僕はこの先の長い長い年月を世界樹と共に生きるのだという。


人の姿をしつつも人ならざる者となった僕の寿命は世界樹と同じなのだそうだ。

ただ世界樹と在る、それが僕なのだ。


僕はただその事実を静かに受け止めた。



どれくらい経ったのか、静かな世界樹での暮らしが少し賑やかになった。


世界樹の出現はこの世界の人達にとってとても喜ぶべき事らしい。

たくさんのお供えが運ばれてきた。

僕は姿を見せることなく部屋の中からその様子を見る。

世界樹は全てを見通すのだ。


お供えは、僕のお腹に納まっていく。

食事は特に必要ないが、しても問題はない。


元人間として、食べる行為は欲求だ。

美味しいものは幸せを運ぶ。

僕が喜ぶと、世界樹はハラハラとその葉を落とす。

人々は、その葉をありがたがって持ち帰る。


世界樹の葉は万病薬だ。

僕の幸せはしいてはこの世界の幸せに繋がる。


僕はこれから何百年、何千年、何万年と生きていくのだろう。

ならば静かにこの世界が幸せで溢れるよう見守り、祈ろう。


世界樹と共に…


穴に落ちた僕は世界樹の化身となった。


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