アヒル

司悠

文字の大きさ
上 下
13 / 15

ふたご座流星群

しおりを挟む
 気がつけば彼岸花、いつのまにか咲き誇っているし。彼岸花ってまるで春の桜のようにどこにでもあるし。 春は桜、秋は彼岸花かな。堤防に群生してるし、野辺を真っ赤に染めるし、氏神さんの神社にも、町の隅っこにも共生しながら息づいているし。どこにでもある、あっちにも、こっちにも、見つけると何か嬉しくなるし。
 彼岸(あの世)で咲くから彼岸花。じゃ此岸(この世)で咲いたら此岸花かな。曼珠沙華ともいうらしい。葉は花思い、花は葉思う。相思華ともいうらしい。ユウのうん蓄バナシ第一弾。
ワタシは氏神さんのまつ・ぼっくりを蹴る。ふぁ~ とあがって、ころころころと、彼岸花まで届いた。人が人なら想いまで変わるし。やっぱり相思華やし。 
 でも、ワタシは何にも変わらないよ。ユウに会ってもええんかな、ええことないんかな。むかしむかしは秋の紅葉みたいに変わったのに、分別だらけの大人になっていくし。
しがらみだらけの大人になっていくし。だからか? ちょっと悔しいし。涙が出てくるし。ユウにどんな顔をして会えばいいのかしら。
 ユウのミッション果たせなかったし、ハクチョウになれなかったし、アヒルはアヒル、三ヶ月で新しい細胞出来なかったし。
それでも抱いてくれますか…… 

 十一月十五日、一時間も前に着いちゃった。会いたい気持ちが一時間前に凝縮されているし。笑ってしまうし。
「十一月十五日は坂本龍馬の生まれた日」ユウは言った。また、
「十一月十五日は龍馬が暗殺された日」こうも言った。
 ユウのうん蓄バナシ第二弾。
「寒ぅなりました、寒ぅなりました、半分黒くなりました」老婆が腰を曲げ、俯き、後手、意味不明のコトバをつぶやきながら歩いて行く。人生俯きやね、前見えるのかしら。
 霞ちゃんの書棚に『魔法の翼』って本がある。人生の羅針盤みたいな本、豆単みたいな小ちゃな本。目を閉じてランダムに開けたところに人生の指針がある。今日、出掛けに何気なく開いてみた。
『ふたご座流星群が流れて、忘れなさいと命じています』そんな言葉が出たし。なんか思わせ振りやし。
 氏神さんの水路の鯉がびしゃと跳ねた。彼岸花まで届いた。人が人なら心まで跳んだ。さぁ大変、鯉が土にまみれてユウの裸みたいに間抜けな恰好やし。大変だ。ワタシはそっとそっと、水路に戻してやった。
いつのまにか、日がすっかり暮れている。古井戸へつるべが音もたてずに勢いよく落ちていく。すーっと心の中まで通りぬけて遇われな感覚、秋の日はつるべ落としやし。ユウのうん蓄バナシ第三弾。
 東の空にぽっかりと大きく橙色に浮かんでいるもの、満ちていくもの、人は守られているし。今月は一七日が満月って、だから今日は月齢十三、テレビの天気予報が言っていたし。
風が出てきたよ、ユウ。星が三つも流れたよ、ユウ。ワタシは暗闇に閉じ込められていくよ、ユウ。その分だけユウは来ないし。待ち合わせの時間から三時間も過ぎたし。
ハクチョウになれなかった罰? 
 眩しい光が走ったあと、どんどん、どんどん暗闇にえぐられ、捏ねまわされ、果ては閉じ込められていく。どんどん、どんどん、次から次へと涙が出るし。あぁ、ユウ、ユウ、抜けられないよ。失くしていく、失くしていく、ユウを失くしていく。そっと覗いたけれど、ユウはいない、いない、いなくなったし。ワタシの頭の中から消えていくし。

「ユウに会えたの」霞ちゃんが言った。
「えっ! ユウ? 」ワタシは何故氏神神社へ行ったのさえ思い出せないし。
「なんにも憶えていない」
「なにがどうなったの」
「何かを失くしたみたい。宇宙のブラックホールへ閉じ込められたみたい」
「解った、解ったよ、ユウのことなんか忘れて前へ進もう」
霞ちゃんは姉の分別でワタシの曖昧な言葉を処理していこうとするが、何か、何か、ちぐはぐやし。 

「特定の人だけの記憶を忘れてしまっている障害ですネ。ショックな出来事があれば人はそれを忘れようとする」。医者は言った。
「脳の損傷によって脳の一部のデーターが失われればもう思い出すことも出来ません。でも、検査の結果、脳の損傷はないようです。心の傷が癒えれば思い出すでしょう」医者はそのようなことも言った。
しおりを挟む

処理中です...