彼岸花

司悠

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1968年晩秋、その1

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 1968年10月21日、新宿駅を学生たちが占拠した。
10・21は国際反戦デーだ。騒乱罪で多くの若者が検挙された。その時、神尾は新宿騒乱の新聞を広げ、
「ヤーレン、ソーラン、ソーラン」と歌いながら、
「騒乱罪か! 」と叫んだ。
「何んやねん」僕はかぶせた。
神尾は僕の相方だ。僕らは京都の大学の二回生、喜劇同好会というサークルで漫才をやっていた。
芸名は『ナンセンス』。神尾の口癖を、僕らの芸名にしたのだ。
 昼下がり、僕と神尾はサークルの部室にいた。神尾は、
「権力ん前ではなんもかも無力だ」と故郷の博多訛りで呟いた。彼は、長身で細身、長髪に口髭、黄ばんだ白いTシャツ、フレアジーンズとヒッピースタイルそのものだった。そして、その風貌と訛りは彼の言葉に奇妙な説得力をもたらしていた。
僕は彼と比べるとハーフウェイなヒッピーだった。背は低く、長髪はボサボサ、着の身着のままのフーテン姿で、黒ぶちの眼鏡だけ目立った。ナマケモノ、人は僕をそう形容した。
「ゾウさん、ゾウさん、虚像だったのネ」
僕は歌いながら、窓から大学の構内を見下ろした。
 大学はバリケードストライキに突入、キャンパスでアジビラが風に舞い、セクトの旗が翻り、ヘルメットにゲバ棒の学生がアジ演説をしていく。
「ナンセンス! 帰れ、帰れ」、「帰れ、帰れ」、「帰れ、帰れ」怒涛の声が飛ぶ。
「異議なし! 」、「異議なし! 」、「異議なし! 」
天空へ突き抜けるような声、声、声だ。
幾つもの色とりどりの旗がなびいていく、なびいていく。旗竿の森のなか、まるで木霊のようなシュプレヒコールがヘルメットの赤色を映す。いつもの風景だ。
 その時、部室のドアが開いた。美沙だった。
彼女は痩せぎす、薄い顔に涼やかな眼、白いTシャツ、それらに対峙するかのようロングの黒髪に、真っ赤なミニスカートを穿いていた。いつものエキセントリックな恰好だった。
「こぎゃんこつばしていてよかと」
美沙が神尾の訛りを真似て自嘲気味に言った。
「ええことおまへん」
僕は漫才のように彼女の言葉を受けとめた。
 授業料値上げ反対やカリキュラムの学生参加をめぐりバリケード封鎖だ。このまま長期になればイブ(文化祭)が出来ない。大学が機能していない。イブなんて、とんでもない。ゲバ学生が大学のE光館とS学館を占拠した。チャペルが鳴らなくなった。
時代が崩れていく、崩れていく。破壊創造と書いたビラが風に舞う。破壊の果てに創造が始まる。セクトも多様に渦巻いて、革マル、中核、歌で革命をと民青、遅れてきた社学同。そして赤軍が世界同時革命をアジった。                  
学生が頭を出す。機動隊が頭を叩く。頭を出す、頭を叩く、出す、叩く。各大学でそんな「もぐらゲーム」が繰り返されていた。
そしてセクト間の争い、内ゲバだ。リンチ殺人が行われた。
「なんか面白かこつばやらなければいかん」
神尾が長い脚を組替えながら言った。
 僕はある計画を二人に話した。以前から考えていた計画だ。
「やるか? 」
「やる、やる」
「えっ! 」
僕が言って、神尾が答え、美沙が驚いた。
そして、美沙が、
「ジコマン(自己満足)でしょ」と言った。
「そーだ、命ばかけたオナニーだ」
神尾が呟いた。
僕はもう一度確かめるように言った。
「やるか? 」
「やる、やる」
「えっ! 」
僕らは合言葉を言うようにーー 、そして、そのあと笑った。
 その計画を実行するためにはナベの協力がいる。ナベは渡辺、滋賀の高校の同級生で、中核派だ。大学の建物を占拠している全共闘のメンバー、火炎瓶作りの名人だ。僕はナベを探した。
「どこやどこにいる? 」
「ナベ、ナベよ」
僕は思いつくところをあたった。
「何処や? ナベ、ナベ」
「ナベ(鍋)は台所」神尾が言う。
「意味ちゃいまっせ」僕が被せる。
「そういや、最近、見ていない」、「新宿騒乱で検挙されたかな? 」、「いつものように放浪してるんとちゃう? 」ナベの知り合いが口々に言った。
「ナベは放浪か! 」
「そうだ、ナベは琺瑯がよか」と神尾。
「ナベ違いでっせ」と僕。
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