反射鏡

司悠

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ロシアンルーレット

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 先日、秋を散策した。昔この辺は松茸山だった。松茸なんて取り放題だった。あぁ、それなのに、それなのに、今は家が建つ。様変わり、家が建つ。空が高く、ちっちゃい頃の宇宙につながっていくよ。もっともっと前、前世みたいな、その頃の話だ。

 小学校の集団登校、氏神さんに集まって七、八人だっただろう。ボクは一番下、ボクは一番背が低い、ボクは一番前、班長さんを先頭に並んで歩く。空が高い、野鳩がみんなの影を落として飛んでいった。それとともに空から何かが降ってきた。
ボクの頭を指さしたみんな、
「えっ、えっ、えっ! 」 
「糞、糞、糞や…… 」
「白い糞やーー 」
「鳩の糞や」
「ふぅ~ん…… 」ボクはキョトン。みんな、ハとヒとフとへで、笑った。
「ワっハっハ」
「ヒっヒっヒ」
「フっフっフ」
「ホっホっホ」
「えっ? へっへっへ」ボクも笑うしかなかったよ。

 松茸山から小川を隔てた隣に雑木林があった。う~ん、かすかに覚えている。そこは鳥獣たちの巣窟、落とし穴のようなすり鉢状の雑木林、底は池になっていた。陥没、ちょっとしたカルデラだ。今はフェンスで囲まれ立ち入り禁止、底はひび割れ、水さえも干からびているかのようだ。異様な空間、現実離れしているのにーー 今もリアルに感じるのは不思議だ。

「子供は近寄ったらアカンや」祖母ちゃんがボクに言った。
でも松茸山へ行く途中、ボクは見た、見てしまったのだ。青と赤と緑の縞模様が織りなすワンピースを着て、雑木林の方へ歩いて行く少女を……見てしまったのだ。
その時、ふと少女は振り返った。墓寺でみた白い菩薩のような顔だった。そして、その姿は光に映えた。青と赤と緑が反応して白光のなかに紛れていくかのようだ。ボクは操られるように少女の後を行った。急ぎ足で追いつく。そして雑木林のなかへ引き込まれていった。
「何しとんねん。この先は危ないよ」
「白い虹を探しとるの」
「白い虹? 」
 ボクはお祖母ちゃんから聞いた白い虹の話を思い出した。白い虹を見ると病気が治るってーー「海の青と太陽の赤と山の緑を掛け合わせると白い虹ができる」お祖母ちゃんは言った。
「白い虹は命の源や」。
「病気なん? 」少女はそれに答えずに、
「白い虹は命の源やねん」とお祖母ちゃんと同じように言った。
 それから少女は潔くワンピースを脱いだ。
「あっ、」下着は何も着けていなかった。白い肌に、昨夜出来たようなつつましい陰りがあった。そして少女は池に向かって勢いよくワンピースを放り投げた。
「あっ、あっ、あっ! 」池の上に白い虹がかかったのだ。ボクは少女を見た。
「えっ、えっ、えっ! 」少女はいつの間にかいなくなっていた。ボクは鳩に糞をかけられたときのようにキョトンとしていた。
 家へ帰って、その話を父さんにした。でも少女の裸を見たことは言えなかった。
「あそこには白いキツネがおるねん。何人も見とる、見とる」、「シロキツネに騙された、騙されたんや」父さんは続けて言った。


 雑木林から松茸山を越えて少し歩いた林野へ、よく父さん、忠(チュウ)さんに連れられて野鳩撃ちにいった。あっ、チュウさんって、父さんの友達で警察官。村の駐在所のチュウさん。みんながチュウさんて呼んでいた。ネズミみたいな顔やからチュウさん、駐在のチュウさん、合わせてチュウチュウやね。ちゅうちゅうたこかいな、数え歌みたい。
今は昔、この辺で野鳩撃ちをしたのかな? 今は跡形もない、零の痕跡。
 
 父さんの自慢の散弾銃が狙いをさだめる。ボクはちょっと離れて身をひそめている。
「どど、どぉ~ん」山を突き破る銃声。ボクはいつもその音にのけ反ってしまう。だから、小学校の運動会の徒競走、いつも鉄砲の音にのけ反って、半歩出遅れる。
「なんで出遅れるんや、約束したのに」、「今年は1等とると、約束したのに」、「また2等か」と、父さんは約束、約束と立て続けにいった。思えば「約束」その言葉は父さんの口癖だったのかな。
でも言えなかった。
「どど、どぉ~ん」静寂(しじま)を置いてけぼりにして、「バタバタ」と何かが落下していく。「ガサガサ」ボクは藪をいく。あっ、鳩だ、鳩だ、息絶えた鳩だ。
しばらくミュート、ボクは高揚のサイレントだ。
「どど、どぉ~ん」次はチュウさんが撃つ。「バタバタ」鳩が落ちる。
「ガサガサ」、「ガサガサ」と、ボクは強者(つわもの)ようにいく。
 父さんと忠(チュウ)さんとボクが鳩撃ちから帰ってくると、家はにわかに遽しくなる。母さんは酒やら鳩を焼く用意やらで忙し、忙し、あぁ忙しだ。
「なん匹とったん」ボクよりひとつ上の姉ちゃんが父さんの膝に乗って言う。
「なん匹ちゃう、ちゃう、なん羽や」九つ上の姉ちゃんが言う。
「一緒に風呂入ろか」チュウさんが九つ上の姉ちゃんに言う。
「いやや」
「そらそうや、もうチュウさん(中三)やもん」、「チュウさんや、チュウさんや」フラフープしながら、ボクより七つ上の姉ちゃんが言う。
 チュウさんはまだ独身、しょっちゅう我が家へ遊びに来ていた。チュウさんが風呂からあがる。続いて、父さんとボクが一緒に風呂へ入る。
「約束や、背中流してくれるか」ボクは父さんの背中をごしごし洗う。父さんのハゲ頭から湯気、太鼓腹からも湯気だ。父さんは頭も体もいっぺんに洗う。そして、いっぺんに流す。風呂からあがった頃、焼肉の用意が出来ている。
 母ちゃんが軍手をして七輪に炭をいれていく。鳩の炭火焼きだ。醤油タレでこんがり焼く。炭の上に網、その上に先程、父さんとチュウさんが羽をむしり、細かく裁いた鳩の肉、炭火がポッポッポ燃える。「鳩ポッポや」父さんがよく言っていた。こんがり香ばしく、これが美味かったのだ。
「皆んな、気ぃ付けて、よう噛んで食べやぁ。肉の中に鉄砲の玉が入っているかわからへんから、当たったら歌、約束や」父さんが言う。誰に当たるかな。
ロシアンルーレットの始まり、始まりだ。
「あっ!、あった、あった」七つ上の姉ちゃんが口から鉄砲の玉を出し、笑っていた。
「約束、約束」父さんが言う。
ボクの口にも?? でも言わなかった。  
姉ちゃんが、♪朝も早よから 弁当箱提げて 家を出て行く 親父の姿 靴はぼろぼろ 地下足袋はいて 帽子は底抜け~ ♪ 
当時の子供らがよく歌っていた「スキー」の替歌だ。最後は子供らが全員で声を揃え、
♪頭は100ワット♪ と歌った。父さんはハゲ頭を撫ぜながら笑っていた。
そんな父さんも今はいない。昔は贅沢な秋だったんだ、僕は、そんなことを思いながら、なおも歩いていく。
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