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2部
2-14 鬼の本能
「高橋蘭の腹の中の子が、濡女を取り込んだ。そういうことか!」
蓮花が呟くと、光晴が眉根を寄せた。
「おそらく。牛鬼が『縁が切れた』と言っていることとの辻褄も合う」
「だとすると、七、八年は胎の中にいたことになる」
光晴の言葉に同調した蓮花の顔色は、蒼白だ。想像しただけでゾッとしながら、奏斗は口に出す。
「っ、母体、死んだから……寄生先を探して……俺に……。いててて」
天が面倒そうに後頭部で腕を組み、天井を見上げる。
「ランがトワとかいうホストに手渡したのは、本体ってわけか。酒呑の野郎、全部見越してホストクラブに居やがったに違いねえ」
腹に子を宿し行き場のない女子高生が選んだのは、あやかしになった赤子を育てることだった。
記憶を貰い受けた奏斗は分かる。人間に絶望し、恨んだ。腹の子は、どうやら人間ではない。けれども母として、赤子は殺せない。
「蘭さんは、普通に生きたかっただけ。でもお腹の子は、あやかしだ。育てるために、男の精を食わせて……」
あまりにも残酷な一人の女性の人生に、全員が押し黙る中で、蓮花の歯軋りだけが鳴っている。
「あたしは、なにも知らなかった……」
「蓮花さん。蓮華さんは、だから蓮花さんを守りたかったんです」
「っおたまさんから、聞いた。蓮華が退魔刀になったのは、あたしを守るためだったと」
「ええ。退魔の一族としての能力は、蓮華さんにあった。だから家族で死ねば、蓮花さんは自由になれるはずだった。けれど、牛鬼が来てしまった」
「あたしも! 死ねばよかった!」
蓮花は両手で頭を抱えると、その場で叫び始めた。
「なんで! あたしだけ!」
「蓮花さんが、蓮華さんの希望だったんです」
「そんな勝手な!」
「そうですよね。俺も、そう思います」
「奏斗……」
蓮花は、ハッとして顔を上げ奏斗と目を合わせる。
ソファに横になっている奏斗は、腹を手で押さえたまま、苦笑している。
「ほんと身勝手。産んで欲しくないのに産んで。育てもせずに搾取して殴って。かと思ったら、勝手に全員殺して自分も死ぬとか。どいつもこいつもっすよ」
実の母親のせいで暴力を受け、挙げ句の果てに捨てられた奏斗。
実の妹に、家族を殺され自死された、蓮花。
「でも俺、生きてる。仕方ねえなって思います。とりあえず、ちゃんと生きるしかねえなって」
「っ!」
「蓮花さんもでしょ? あやかしを退治しまくってたのは。蓮華さんの想い、背負ってるからでしょ」
「ああ、ああ、そうだ……!」
蓮華の心労は、察するに余りあった。退魔の家を襲いに来るあやかしどもが目に見えていたとしたら、毎日百鬼夜行を見ていたようなものだろう。
「だよなあ。人間ひとり、ましてや子どもじゃあなあ。どうにもなんねえよなあ」
「天さん」
ねこしょカフェを覆い尽くす暗い空気を元に戻せるのは、やはり天ののんびりした声だけだなと奏斗は思う。
「やれやれ。部屋の掃除に行ったつもりが、ややこしいことだ。ってわけで、掃除。行こうぜ?」
にやりと笑う口角から覗く八重歯が、光る。
「天さん?」
「便利屋の給料、まだ蓮花からもらってねえしよ。光晴、奏斗に封じの札。貼ってやってくれ」
「……はい、はい」
「げげ。みっちーさん、それ、一万円のやつっすよね!?」
奏斗が焦っているのは、光晴が使う紙札の値段が高額だと知っているからだ。
「値段覚えてたの? ふふ、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃねーっすよ」
慌てる奏斗を押さえつけるようにして、光晴が強引にTシャツをめくる。
「わあすごい。腹筋割れてるー、かっこいー」
「ちょちょ」
「えいっ」
べち! と大きな音がして、奏斗の腹にお札が貼られた。
「これでよし!」
「ええ……」
「だっはっは!」
大笑いする天の脇で、二神がいそいそと財布から一万円札を取り出すのを、蓮花が大きな息を吐いて止めていた。
◇
ねこしょカフェで軽食を取った後、天と奏斗は蓮花とともに高橋蘭のアパートを訪れていた。
光晴はシオンに止められて、留守番。二神も「何かあれば庇えない」と蓮花に言い含められ、しぶしぶ待機することになった。
「ほんの数日なのに、ずいぶん久しぶりな気がしますね」
腹に札を貼られている違和感はあるものの、奏斗はすっかり調子を取り戻していた。
あれほど激痛に襲われていたのに、さすが陰陽師、と感心する。
見上げる目線の先には、住民の住んでいる気配が全くない、古いアパート。
砂利敷きの駐車場に停めた『便利屋ブルーヘブン』の軽バンから、蓮花が降りたところで――
「やあ」
背後から声を掛けられた。
「あ」
「貴様ら」
身構える奏斗と蓮花を背に庇うようにして、天が対峙する。
「昼間っから堂々現れやがったな、酒呑」
「ええ? 呼んだでしょ?」
「呼んでねえ」
アオイというホストの殻をかぶった酒呑童子が、悠然と立っていた。
脇には、牛鬼であるイブキとナンバーツーのトワがいる。
「せっかく連れてきてあげたのに」
「頼んでねえ」
天と酒呑童子の問答に痺れを切らしたのか、トワが食ってかかった。
「なんなんだよ、わけわかんねえ! 離せ、イブキ!」
よく見ると、イブキがトワを後ろ手に拘束している。
必死で身をよじっているトワだが、力では敵わないようだ。
一方で涼しい顔をしたままのイブキは、淡々と告げる。
「……せめて、ランさんの心残りを無くしたいと思ってね。そうだろう? カナトくん」
「イブキさん」
高橋蘭の記憶を全て持っている奏斗には、イブキの言いたいことが分かる。
あやかしを胎の中で育て続けたのは、母としての役目があることで、生きる理由ができたからだった。
そうして肉体の限界が来て、赤子をトワに手渡すことを選んだのは。
「ええ、そうですね。憎くて、愛しくて、たまらなかったんです。こんなやつ……嘘の愛を呟いて。優しくして。金がなければ、ゴミ扱いしてきて。のうのうと生きているのが嫌でたまらないのに。幸せでいて欲しいとも思う」
「ふふ。欲深い鬼に寄り添えるのは、そういう矛盾した生き物だけだよ」
イブキは愛おしそうな顔で奏斗の腹を見てから、蓮花に目を向ける。
「全部、思い出しちゃったみたいだね」
「ああ。貴様の番はもういない。別のものに成った」
「うん」
「また新しい番を得に来たのか?」
「いいや」
イブキは、笑顔で蓮花を否定した。
「意外だと思うかい?」
「……」
「そこにいるのは、私の愛する番ではない。だから、君の手で終わらせてくれないかな。退魔師」
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