1 / 54
はじまり
第1話 お約束の、異世界転移
しおりを挟むなんでもない日の、いつもの夕方。
杏葉は、大学から自宅アパートまでの帰り道を、文字通りトボトボと歩いていた。大学二年生。去年、夫婦で楽しんで来てね! と送り出した両親を、旅行先の不幸な交通事故で亡くし、天涯孤独となった。奨学金と両親の生命保険と、バイトでなんとかやり繰りして生活している。
そんな杏葉の夢は、通訳になること。
ハリウッドスターに同伴して、瞬時に英語と日本語を操る人達に憧れ、英文学部に進学。大学の交換留学生制度の試験結果を今日、事務局に聞きに行って――撃沈した。
杏葉は、教授推薦をもらえなかった。
教授の講義での誤訳を指摘したこともそうだが、大学のミスコン準優勝者の女子学生が、後から名乗りを上げて、教授の腕にしなだれかかり推薦ゲット。アナウンサーを目指していると噂で聞いた。
――はぁ……アナウンサー、ねえ。
美人で胸が大きいだけでなく、職業まで華やかなモノがいいんだな、と杏葉はどこか冷めた目で、夕空を見上げた。
黒髪ストレートのボブで、黒目。
メイクも滅多にしないし、Tシャツの上にはくたびれたパーカー、デニム、リュックサックの地味子。バイト先のペットショップで、日々力仕事と引っかき傷を楽しんで生きてはいるが、彼氏は高校生の時にできたっきり。
お前、ほんと色気ゼロだな。
とあっという間に振られて、おしまい。
好きだったかどうかと聞かれると、友達としては確かに好きだったが、キスしようとすると……吹き出してしまってダメだった。悪いことしたなあ、と思っている。
――はあ、どうしよ。
お金なら保険金があるが、数百万を今留学資金として使う決断は、出来なかった。踏み出せない。怖い。自分には、いざという時に頼れる人がいない。この判断が、正しいか間違っているのかを聞く人も。
――はああああ……
交換留学制度なら、学費はかからず、大学と提携しているホームステイ先も紹介してもらえた。
――夢が、消えちゃった……
儚い。
なにもかもが、杏葉の手の中から、消えていってしまう。
両親の命も。自分の身体さえも……
「えっ!?」
気づくと、手が透けていく。
「え、え、な、な、な!」
思わず声が出るが、たまたまか、誰も通らない。人も車も自転車も。
「あー、もしかして、迎えに来てくれたのかな?」
両親が、天国から。
「私、このまま消えちゃう? ま、いっかあ」
杏葉は、意識を手放した。
◇ ◇ ◇
【食っちまう?】
【ナマでか?】
【げはは、まずそ】
何人かの声がする。
「……?」
杏葉は、やがて意識を取り戻し……
【起きたぜ】
【へえ、こんな顔してんのかー】
【バカ、寄るなよ。狩られるぞ】
【こんな細っこくてちっちゃいのにか?】
背中がチクチクする。
何度か瞬きをすると、ぼやけた視界が少しずつ鮮明になり、青い空が目に入った。
「?」
生きてる?
最初に思ったのは、それだった。
杏葉は、両手を目の前に持ってきてみる。
いつも見ている、自分の手。
指輪どころか、マニキュアすらしていない、ただの肌色。
「んー?」
透けてないな、が二番目に思ったこと。
表、裏、と何度かひっくり返してみるが、普通の手だ。
……と、いうことは。
杏葉は、自分の身体の所在を確かめた。
背中のチクチクはなんだろう? と思いながら、上体を起こす――いつのまにか寝ていたようだ。手にも、ちくりと感じたのは、青い芝生だった。
「草原? あ、土手……かな?」
ぽかん、である。
もちろん、大学とアパートとの間に、そのような場所はない。
知らない間に、こんなところに? と働かない頭に次々と疑問が浮かんで、はた、とさっきまで声がしていたな、と振り返るとそこには……
「えっ、え! え、ええ!?」
三人の、タヌキ。
三人だ。三匹ではなく。
【おー起きたな、ニンゲン】
【見つかったのが、俺らで良かったなー】
【おう、クマかトラならとっくに食われてるぞ】
【ま、俺らが何言ってるか、分からねえだろーけどな】
【だなあ。お、魚焼けた】
【うまそ。くおくお】
【おじょーちゃんも、食う?】
【やめとけ、ニンゲン襲ったとか言われたくねーよ、こんな国境で】
【んだなー】
タヌキ1が、焚き火にかざしてあった木の棒に刺さった魚を頬張り始め、タヌキ2が水筒をあおり、タヌキ3がこちらに向かって、手をしっ、しっ、とした。
【あっちへ行けよニンゲン。こっちは俺らの国だ】
杏葉が呆然としながら辺りを見回すと、目の前に大きな川が流れている。川、といっても対岸までだいぶある。泳いでは絶対に渡れないくらいの、流れの速さと幅。しかも、橋などないのだ。
その土手を上がりきったところで焚き火を囲んでいるのが、三タヌキ。
【でもどうやって川渡ったんだろな? ここにゃ橋も船もねーぜ】
【服濡れてねーしな
【知らね。関わりたくねー】
「あ、あの!」
【【【!】】】
三タヌキの耳が、ビクッと反応した。
「ここ、どこですか!?」
【おい……】
【聞こえたか?】
【え、うそだろ】
「あの、タヌキさん達!? えっと、言葉分かります! ここ、どこでしょうか?」
【いやいや】
【ニンゲン?】
【しゃ、しゃべ、え? え?】
三タヌキが、動揺している。
が、杏葉も必死だ。
「川を渡れって、どういう意味なのでしょうか! あの、私っ」
【なんだあ!?】
【おい、やべえ、魔物か!?】
【……】
三タヌキのうち、一人が意を決した顔で、近寄ってくる。
【おい、やめろって!】
【やべえよ!】
【……ここは、獣人の国。ニンゲンの国は、あの川の向こうだ。俺らは、たまたま通りかかって、魚を釣って食事をしていただけだ】
「そう、ですか……」
【言葉、分かるのか?】
「は、はい」
そのタヌキは、目を細めた。
【それは、すごいな……なあ、俺らと来るか?】
「え?」
【ここがどこか、知らねえんだろ?】
「あ、えっと」
どうしよう、と杏葉は迷う。
だがニンゲンの国があるというのなら、そちらに行った方が良いのでは、とあまり働かない頭で、思った。
「いえ、その」
【遠慮すんなよ、街まで連れてってやらあ】
ずい、とそのタヌキが近寄ってきて、手首を掴んだ。
【ほら、立て】
「いっ!」
タヌキの爪が、手首にくい込んで――血が垂れた。
【うわー、華奢だな】
タヌキが、舌なめずりした。
ぞわ!
「は、離して!」
【あ?】
「離してください! 痛い!」
【あーこんなの舐めときゃ治るだろ】
べろりと、舐められた。
「……っっ」
【あ?】
「っぎゃあああああああっ!!!!!!」
杏葉の渾身の悲鳴が、土手に響き渡り。
【あっ】
【やべ!】
【まずいまずいまずい、逃げろっ!】
どこからか、ばらばらと人影が躍り出たのを視界の端にとらえ、杏葉は再び気を失った。
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~
鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。
そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。
母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。
双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた──
前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』
公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル!
書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる