16 / 54
エルフの里
第16話 それは誤訳というものだ
しおりを挟む半郷を出発した後は、警戒しつつ慎重に進んだ。
エルフの里まであとは道なりに行き、森の入り口で門番と話をするだけ、というところまでやってきた、杏葉たち一行。
残念ながらダンの娘であるエリンは見かけず、その代わり? 小さな魔獣は何匹か退治したぐらいで、大きなトラブルにも遭わなかった。
【アズハ、どうした? さっきからソワソワしているな】
馬を操るガウルが尋ねると、前に乗っている杏葉は振り向きながら
「だって、エルフですよ!」
と屈託なく答える。
【エルフがどうした?】
「私、物語の中でしか知らないんです。どんな感じが楽しみで」
【そうか……】
ガウルが神妙な面持ちなのを不思議に思い、理由を聞こうとしたが――
【ならば、もう見えてきたぞ。あれが門番小屋だ】
「へ!?」
門番小屋、というからには地上に建てられた小さな小屋を想像していた杏葉だったが、実際は巨木の上に建てられた立派なツリーハウスだった。
「うわあぁ」
見上げると、思わず感嘆の息が漏れる。
梯子もなく、どうやって上がっているのか不思議だが、確かに中に人の気配がある。
【頼みたい!】
ガウルが、颯爽と馬から飛び降り、叫んだ。
『んん~? だーれだー?』
上からヒョコン、と顔を出した誰かが、間延びした声で応えたかと思うと
『わあ! また人間だあ~?』
言いながら――無防備にフワリと空中に飛び出したので、杏葉は思わず「ひっ!」と声を上げた。
ひゅん、たんっ。
そうして目の前に降ってきたのは、
『やあやあ。三人もいる! こりゃ珍しいことがあるもんだ~』
腰まであるプラチナブロンドを後ろで三つ編みにした、翠の瞳で、耳が細く長い、まさに物語の中でしか見たことがない存在だ。
本の中のような、綺麗で整った顔立ちは迫力があり、怯んでしまう。
「エルフ……!」
『そりゃ~エルフの里の入り口だもんね。おやあ? 君は……』
ふわっとまた浮き上がったエルフは、馬上で呆気に取られている杏葉の至近距離で、その涼やかな目を瞬かせた。
『は~珍しい存在だなあ! しかも、かーわいー!』
「ひええ!」
仰け反る杏葉が馬から落ちそうになり、ガウルはさっと両手を掴んで、そのまま降ろしてやる。
【すまんが、分かる言葉で話して頂きたい】
ガウルの言葉にエルフは
【あ、ごめんごめん。嬉しくてサー】
と眉尻を下げた。
「え? もしかして……」
杏葉が皆の様子を見ると、全員が頷いている。
【エルフ語にゃよー。それもアズハ、分かるにゃね】
リリが言い、杏葉は「ぎょえ」と声にならない声を出した。
「すごいなアズハ」
ダンが唸り、ジャスパーも
「頼りになる!」
と目を輝かせる。
ガウルが続けて
【里に入りたいのだが、良いだろうか】
と申し出ると、エルフは屈託のない笑みで
【やぁガウル、おひさーし】
とガウルの名を呼んだ。
【ランヴァイリー】
二人が顔見知りなことに、安心する杏葉たち。だが、物事はスムーズに進まなかった。
【あのねー、厄介なことに今、不法侵入の人間がいてね。里には入れられないン】
【なんだと!】
「不法侵入の人間!? まさかっ」
杏葉の言葉にダンが緊張感を高め、ジャスパーも生唾を飲む。
「赤ちゃん連れの女性ではないですか!?」
と続けざまに聞くと、
【おや、知り合い?】
ランヴァイリーは目を細めた。
「多分、知り合いです!」
うーん、とエルフの青年は考え込む。
「無事なのか!?」
「何があったんすか!?」
「……あの、その方は無事なのでしょうか? 何があったのか、教えてもらえませんか?」
【モチロン無事よー、扱いに困ってるサ】
「無事なんですね! 扱いに困ってる? って?」
【勝手に魔法唱えたから、精霊が怒っちゃったンサ】
「勝手に魔法唱えて、精霊が怒っちゃった……だと、どうなるのです?」
【里から出られないヨン】
「里から出られない……え!?」
「うーわあ」
頭を抱えるジャスパーと、
「あんの馬鹿が」
歯を食いしばるダン。
【はにゃー】
リリがダンの肩を叩いて慰めているが、ダンからは申し訳なさと怒りが混じった複雑の感情が見てとれた。――どうやら、かなり暴走気味の女性のようだ。
【どうすれば良い?】
ガウルの質問に、ランヴァイリーは
【んとさ、その様子だと……人間助けに来ただけってわけでもなさそネ? そこでお茶しながら話聞かせるので、ドウ?】
にこにこと門番小屋を指さしつつ招待してくれたので、素直に従った。
◇ ◇ ◇
ツリーハウスから降ろされた梯子を登ることになった時、杏葉が怖くて無理だと申し出ると
【オイラが、精霊魔法で連れてくカイ?】
【俺が抱えて行こう】
ランヴァイリーとガウルが同時に手を差し出した。
【抱えるて……大変ダーヨ】
【問題ない】
「あ、あ、あの! また精霊さん怒らせたらあれなので、ガウルさんお願いして良いですか?」
杏葉の言葉に、リリが心底ホッとしたのは言うまでもない。
【好意の匂いにゃね……ライバル出現にゃよ団長! ワクワクにゃっ】
「リリ、何ワクワクしてんだ?」
「わからん……くそ、エリンのヤツめ……」
「相変わらず猪突猛進すねー」
「ああ。まあ、生きてて良かった」
「っすね」
ツリーハウスは、下から見たよりもさらに大きく立派だった。精霊の力を借りて快適に過ごせる上に、寝泊まりもできるのだとか。
ランヴァイリーの出してくれたハーブティーは、爽やかな香りがし、ひと息つくことができたが、ダンの気持ちを思うと焦りは消えない。
そんな全員の態度を分かってか、ランヴァイリーは真剣な眼差しで話を切り出す。
【さてガウル、目的教えてくれるン? 全部話さないと里には入れられないン、知ってるネ?】
ガウルは頷いてから、淡々と今までのことを説明し、人間たちが『魔王』について聞きたがっていると告げた。
【……我々は魔王の復活に備えて用意をしたが、人間達はそれを知らず、緊張感が高まり、国家間で戦争になろうとしている】
【へえ~そりゃ大変ダネー】
他人事!? と杏葉はランヴァイリーの態度に苛立ちを覚えた。
「きちんと教えてくださいませんか! なぜ人間から、魔王が生まれるのですか!」
【人間から魔王になるノン?】
「人間から魔王になるって言ったのは、貴方でしょう?」
【言ってないヨン?】
「言ってない!?」
「は!?」
「なんだと!」
【ちょっと待て、そろそろ魔王がソピアで復活すると、言っただろう!】
ガウルがぐるるる、と立ち上がる。
【うん、言ったネー】
「……ガウルさん、私すごく嫌な予感がしました」
【アズハ……俺もだ】
ごきゅん、と杏葉は喉を鳴らす。
「あの、以前ガウルさんに言ったのと同じことを、エルフ語で話してもらっても?」
全員の顔を見ると、賛成のようなので、改めてランヴァイリーに向き直る。
『? いーけどさ。えーっと……ソピアに魔素が溜まったから、近いうちに魔王が復活するかもね』
「ソピアに魔素が溜まったから、近いうちに魔王が復活するかもね――て! ソピアで、とは言ってない! しかも、近いうちってどのぐらいですか!」
ぐるるる、とガウルの喉が鳴った。
ランヴァイリーはキョトンとして
『えーと、まあ二十年以内には』
のたまった。
「二十年!」
杏葉は、叫んだ。
「かんっぜんに、誤訳です!!」
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~
鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。
そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。
母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。
双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた──
前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』
公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル!
書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる