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新婚生活
青晶石と、もうひとつ
しおりを挟むそれから数日間、私は部屋から出ることができなかった。
前世の記憶や魔法だけでなく、声にまで特殊な何かがあると分かって、完全に怖気づいたのだ(ほんとに知らなかった)。
閉じこもっているうちに気分が鬱々としてきて、涙が止まらなくなる。ぶっちゃけ、今持っているものだけでお腹一杯、これ以上いらない! なのだ。
そんな私の様子が耳に入ったのだろう。
朝、お茶を下げに来たミンケの背後から、ユリシーズが現れた――私の部屋に入るのは、初めてのことだ。
「おいこら、いつまでメソメソしてんだ!」
「うううう」
自室のベッドでシーツにくるまって寝転がる私に、上から容赦ない言葉を浴びせる蛇侯爵。
天蓋付きベッドの脇に立つ、その気配だけで恐ろしい。
「出て来い、時間の無駄だ」
その通りなのは分かっているけれど、口調がキツくて辛い。今の心理状況では、とても応じられない。
「ったくめんどくせぇな」
「申し訳、ございませんが……もうしばらく放っておいていただけませんか……」
「そういうわけにもいかねんだよ。お前の泣き声でやべえことになってるぞ」
「!?」
思わずバッとシーツから顔だけを出す私の目の前に、すっと差し出されたのは、花瓶。
部屋が殺風景だからと、中庭に咲いていた野ばらを手なぐさめに数本差していたのだけれど――なぜか赤かった花弁が青く染まり、数も増えている。
「え」
「なんだよ青い薔薇って。初めて見たぞ」
「ええ!?」
「これも無自覚か……お前、まだ俺に隠してることあるだろ」
びくっ!
動揺して、顔半分をシーツで隠す。
ユリシーズは花瓶をサイドボードの上に雑にゴンと置くと、どかりとベッドへ直接腰かけ、私の目をまっすぐに見た。強い緑色の瞳が煌めいている。
「いいか。この俺様は、大魔法使いユリシーズ様だ」
傲岸不遜な態度がばっちりハマって、むしろ不思議と魅力があるように映るのは何故だろう。
「転生者で魔法使いのお前に、さらに何があろうと、なんでもねえ」
じ、と力のある目線が、今度は私のデコルテのあたりを刺す。
それから彼はおもむろに袖をまくって、黒く蛇のように走る刺青を見せる。
「そこに何がある? コレよりやべえやつか?」
「っ!」
首からデコルテにかけて、私の服はぴったりとしたタートルネックのように、布で覆われるデザインになっている。
デイドレスやアフタヌーンドレス、ナイトドレスなど、持っている服のすべてが、だ。
ミンケにも「自分で着替える」と言ってまだ見られていないが、さすがにこのようなデザインは明らかに『異質』なので、何かを隠していることは明らかだろう。
彼の刺青は隠さず、むしろ見せびらかすことで他人を寄せ付けない。
が、私のコレは――父が白い結婚を申し込んでまで守ろうとした、コレは――
「お時間を、ください」
絞り出すように言って再びシーツを被ると
「分かった。暴きたいわけじゃない。ただ、知って対処したいだけだ」
ユリシーズはベッドから腰を上げた。スプリングがぎしりときしんで、元に戻る。
それからなぜか彼は立ち去るのを躊躇し、ふうと息を吐いてから、
「セラ。俺の研究室、見てみないか」
と静かに誘う。
「けんきゅう……?」
「ああ。青晶石、見たいだろ?」
――見たい。
前世の有名なアニメ映画に出てきた、暗い洞窟の中を幻想的な光で埋め尽くす、不思議な石を思い出す。こちらの世界で、本当にその石の力で空を飛べたなら、などと妄想してしまう。
「青晶石だけじゃなく、別のものも採れたぞ。セラはそっちの方が喜びそうだ」
「え!」
驚いて再び目だけ出してみると、意地悪な緑色の瞳が思ったよりも近くにあって、ひゅっと息が止まった。
屈んで私の顔を覗きこんでいたユリシーズが、ニヤリと笑う。
「泣き止んだな」
心臓がうるさいぐらいにドキドキバクバクしてしまい――驚かすのはやめてください! と文句を言ったら
「ははは! 泣いたり真っ赤になったり、忙しいやつだな。ミンケに案内させる。……あとでな」
優しく笑って、糸目になっている。
――きっと本当に、この人は拒絶しないだろう。
頭では分かっているけれど、もう少しだけ、私の心の準備をさせてください。
私は立ち去るユリシーズの大きな背中に向けて、そう心の中で言った。
◇ ◇ ◇
ユリシーズの研究室は、屋敷の地下にあった。
「うわぁ……」
ミンケの案内で長い石階段を蝋燭片手に降りてきた私は、いざ中に招かれると思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
「すごい……!」
壁一面の本棚に大量の書物があり、机の上にも乱雑に積み上げられている。
金属の管でつながった大小様々なガラスの器具が、そこかしこに設置されていて、中には何かの溶液や薬草と思われる植物、鉱物が入っている。
「人間でここに入るのは、お前が初めてだ」
ユリシーズが、カップに入った紅茶を飲みながら笑う。
「……良かったんですか? 入っても」
「ああ。その辺に座っとけ。なにも触んなよ」
「わかりました」
「お前、やっぱり変わってんな」
「どういう意味です?」
「あー……昔いた魔法学校の寮でも、俺の部屋はこんな感じだったんだが」
かちゃ、とカップをソーサーに置いたユリシーズが、顔をそらして机に向かう。
なぜかその背中が寂しそうに見えた。
「気味悪いとか無駄とか言われた」
「ええ!? ……なぜそんなことを」
「魔法ってのは、生まれ持った魔力で起こすものって言われてる」
「はい」
それは、感覚で分かる。
体の芯に核のようなものがあって、そこから満ち溢れる力を外に出す感じなのだ。
「それを外的な何かで補助しようってやつは、いねえのさ」
「ええー? 便利そうなのに」
「ああ。才能だけでやっていくのが常識。けど、魔力が枯れねえって誰が保証する?」
「リス様は、皆の魔力が枯れた時のために、結界を研究されたんですね」
それが本当なら、この人の本質は、やはりとてつもなく優しい。
言葉の悪さは、他人から自分を守るための、彼なりの防衛術なのだろうかと想像して――胸がしめつけられる。
当の本人は、皮肉な笑みを浮かべながら
「お前、魔法学校のやつらより何倍も賢いな」
などと嫌味を言うが。
「勉強苦手ですけどね!」
「そういうことじゃねえよ……あーほら、見てみろ、これ」
ガラスのフラスコの中には、青く冷え冷えとした光を放つ、一センチほどの小さな石があった。
「はあ……綺麗……!」
「原石削るより、この薬液に浸しておく方が丈夫で、輝きも違うものが精製される。が、ものすごく小さくなる」
凝縮されて、ダイヤモンドのようにきらめいている。
「なるほど。大きさを取るか質を取るかですね」
「だな。で、お前が喜びそうなのは、こっち」
差し出された大きな手に乗っていたのは――
「パール!?」
「そ」
白く輝く真珠が、一粒。
「え、どういうことです?」
「青晶石割ったら、出てきた」
「ええぇ……石の中で淡水パールができるなんて聞いたことがないですよ」
「俺もだ。けどまあ、嬉しそうだな?」
「嬉しいです!」
だよな、とユリシーズが笑って開けて見せる蓋つきの宝石箱の中には、大小さまざまの白い玉がぎっしりと詰まっていた。多少楕円のものもあるが、まさしくパールだ。
「ミンケが、落ち込んでるお前のために採って来たやつだから。自由に使え」
「!!」
ばっと振り返る先で、メイドが頬を真っ赤にしてぷいっと顔をそらす。
――その尻尾がゆらゆら揺れていて、嬉しくて、抱き着いた。
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