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新婚生活
密輸疑惑
しおりを挟むアロマキャンドル作りには、アロマオイルが必要だ。
前世なら、オシャレショップにいくらでも売っているけど、ここでは自分で抽出するしかない。
私はどうしたかと言うと……作ってもらいました、水蒸気蒸留装置! 行ってて良かった、アロマセラピストスクール!
というのも、モラハラ旦那から逃げる術を模索していましてね……結局お金の無駄だってグシャッと握り潰されましたけどね。
で。ユリシーズの執務室で、ガラスのフラスコとかグルグルの管とか紙に書いてプレゼンしたら――
「ふむ……なるほどな。ハーブに水蒸気を当てて香り成分を湯気で取り出し、冷やして抽出するわけか。良くできている」
「ふおおお」
「おま、どっから声……新しいなそれ。くっく」
私の簡単なスケッチで全部理解する旦那様、すごくない!? やっば、かっけぇ!!
「だがこの装置の大きさだと、量産はできないだろ」
「良いんです。高価な贈り物にしてもらえればと」
「なるほどな。ロウソクなら消耗品だし、後腐れなくて良いな」
「言い方! でも事実!」
「はっは! 貴族向きだ。よく考えたな」
「えへへ」
「となると、セラの作業部屋がいるか。中庭に近いところがいいな。リニ」
「は」
「金に糸目はつけん。自由に整えてやってくれ」
「仰せのままに」
「ぎょわ!?」
「お。その声はいつものやつだな」
クックック、とまた目がなくなるユリシーズは、愉快そうだ。
「お金の無駄とか、意味がないって、言わないんですか」
前世で、散々言われてきたことだ。
「あ? やりたいんだろ?」
「はい」
「なら、やれば良い。やりたいって気持ちには、それだけで価値がある」
「っ!」
「それにな。この俺様を誰だと思ってる? 大魔法使いユリシーズ様だぞ。嫁一人ぐらい、何不自由なく養う甲斐性はある」
この人、一体何回私の心臓鷲掴みにする気なのかな。
「嬉しいです!」
「あーでも二つ、約束しろ」
「二つ?」
「ちゃんと寝ろ。朝食は、いつも通りに」
じゃないと際限なくなるだろ、とちょっと頬を赤らめるユリシーズに、また抱き着きたくなったけれど……執務机越しのここからじゃ、遠かった。
「分かりました!」
うん、遠くて良いんだ。だってこれは、白い結婚だから。
◇ ◇ ◇
「奥様ー! オラのご飯、不味かっただか!?」
「あーごめんノエル! 違うの、食べるの忘れてただけ……」
「作るの夢中になりすぎですだ! ごはん忘れたら、ダメですだ! 倒れるだよ!」
「あとで食べるよ~」
「だめだ。今すぐ食べるだ! 食べ終わるまで、見張るだよ!」
「はいっ!」
ぷんすこして腕を組んで立っているノエルは、私の作業部屋まで食事を運んでくれている。
彼は遠い田舎の孤児院を出された後(十六で出ないといけないそう)、行くあてもなく彷徨っていたところをユリシーズが拾ったらしい。
ちなみに、髪の毛はふわふわの猫っ毛だ。ここでも猫。猫……
「わたくし、カエルですもんね……」
パンをかじりながら、思わず呟く。
目の前には、型に流し込み冷えて固まるのを待っている、たくさんのロウソク。割りばしのような棒を型枠の上に渡して、芯を差して……と全てが細かい手作業。
ノエルはさすが、片手でも食べられるようにとサンドイッチを作ってくれていた。
「何か言っただか?」
「ううん。ノエルはここに来た時、獣人とか平気だったの?」
「それどころじゃなかったですだ。オラすんげえきったねえ恰好で死にそうだっただよ。リニさんにゴシゴシ洗われて助かっただ。あ、ミンケさんは怖いですだな」
「ぶっふ!」
「内緒ですだよ!」
「わかったわ」
たぶん心音でバレてると思うよ、とは言えないなぁ~。
「それ、キレイですだね~」
「あ、ひとつあげるわ。寝るときに灯してみてね」
「え! でででもこんな高価な!」
「ううん。いつもありがとうの気持ちだから。これね、ラベンダー。よく眠れるのよ」
ロウソクの側面には、ドライフラワーにしたラベンダーの花をつけて成型してある。
つまりは、ボタニカルアロマキャンドル。目にも楽しくした自慢の品だ(高級感大事!)。
それを受け取ったノエルは、目に涙を浮かべている。
「オラ、オラ……大事にするだ……」
「ううん、使って! 気に入ってくれたらまた何個でもプレゼントするから。ね?」
「はい……奥様……お優しくてオラ……うう」
「奥様っ」
すると、ミンケが珍しく焦って走り込んできた。
「ノエル、何泣いて……いやそれより、大変です」
「え? どうしたの?」
「旦那様が、拘束されるかもしれません」
――は?
「拘束、て何!」
私は勢いよく立ち上がった。
作業机に置いていたトレーの茶器がガチャンと派手な音を立てる。ノエルも動揺して顔が青ざめている。
「獣人王国への密輸疑惑だそうです。王国資源である青晶石を流した疑いで、騎士団長が直々に来ました」
耳が良いミンケは、部屋の外からその会話を聞いて走って来てくれたのだろう。
「なんですって……!」
隣国である獣人王国ナートゥラとは、正式に国交を結んでいるわけではない。
ユリシーズはあくまで『個人』の範囲で交流しているにすぎず、それは何ら咎められるものではなかったはずだ。
確かに青晶石のいくつかは、日ごろの感謝としてディーデにプレゼントしたが、ユリシーズもそれは問題ないだろうと了解していた。それを、誰かが捻じ曲げて……
「リス様は今どちらに」
「執務室においでです」
背筋に悪寒がぞわりと走る。
疑惑だけで、騎士団が動く訳がない。
――私は、考える前に走り出していた。
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