毒吐き蛇侯爵の、甘い呪縛

卯崎瑛珠

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夫婦生活

白蛇とカエル

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「セラちゃん。勝手を言って申し訳ないのだけれど、しばらくこのお屋敷に滞在するわね」
「え」
「わたくしも獣人王国に帯同することになったの」
「そう、だったのですか」

 パワフルな白蛇様が、私の部屋でキビキビと動き出した。
 
「さ、ドレスが届いているでしょう? 小物とか、一緒に確認しましょ」

 泣き腫らした目をした私の背を、そう言いながらそっと押してくれる。
 ユリシーズと同じ、涼やかな翠の目が、優しい。

「不器用な兄を許してね」
「いえ! 私が、酷いことを」
「あら。あれは怖いわよー。ガツンと叱っておいたから、安心して!」

 明るくふふん、と笑ってくれるのが、とてもありがたかった。
 
「マージェリー様……お気遣いありがたく存じますわ」
「妹なのだから、堅苦しいの止めましょ。あれ? あらやだわたくしったら。兄のお嫁さんなら、義姉ですわね!?」
「ふふ。妹の方が嬉しいです」
「あーよかった! 気軽にマージって呼んでね」
「はい、マージさん」
「かんわいい~~~ギューってしちゃう!」
「あはは」

 そのやり取りを見守っていたミンケが気を利かせて、オートクチュールから届いた箱を開けてみせると、たっぷりパニエのエメラルドグリーン色のドレスが出てきた。王都で最終調整も済ませた、完成品だ。同じ布地のパンプスも作ってあり、ドレスの上からは黒いオーガンジーのチュールストールを羽織る。
 同色のヘッドドレスには、ところどころにエメラルドが縫い付けられていて、お値段はちょっと想像したくない一品だ。

 これとはまた別で、ウェディングドレスも――

 憂鬱な私に、マージさんはドレスを持ち上げて当ててみる。
 
「うん、とっても似合うわ! それにしても、お兄様の独占欲ったらすっごいわね」
「あーその、前に作ってもらったエメラルドのチョーカーを使いたいって言ったから」
「ふふ。それでもよ。だってこれ、完全にユリシーズ・カラーじゃない!」

 ずしん、とドレスの重みが増した気がした。
 今の私に、これを着る資格はあるのだろうか、と珍しくグズグズ考えてしまう。

「セラちゃん。急にやってきた旦那の妹なんて、信じろって言っても無理だろうし厄介でしかないかもだけど。愚痴とか何でも聞くからね」
「……はい」

 こんなに明るくて良い人が、なんでまだ独身なのだろう?
 と思ったのが、そのまんま顔に出てしまったようだ。失態すぎる、と私が頭を抱えそうになっていると、マージさんはあっけらかんと話し始めた。

「わたくしなんてね。毒を吐きまくる大魔法使いが兄で、変な薬草を育てる役人をクビになった父がいて、縁談全部ぜーんぶ断られたけど、元気よ!」

 それからマージさんは、ふん、と力こぶを作ってみせる。

「今はね、王都の孤児院で教師をしているのよ。子どもたちに読み書きやマナーを教えているの」
「え!」
「それはね、兄からセラちゃんのお話を聞いたからなのよ」
「ええ!?」
「わたくし、あちらこちらから『行き遅れのどうしようもない女』って扱いをされててね。これでも暴れまくって……じゃなかった、言い返しまくってたんだけど、めんどくさくなって。じゃあ自分に何ができるかな? て考えた時にちょうど、ね」

 ふふふ、と照れたように笑うマージさんは、とても可憐だ。

「そっか、読み書きできるなら、教えれば良いんだって気づいたのよ。それからは毎日楽しいし、子どもたちは可愛いしで、とっても充実しているわ! だから直接会って、お礼を言いたかったの」
「私に、お礼?」
「うん。あの常にしかめっ面の兄に幸せをくれて、さらに行き場のなかったその妹にもやりたいことを教えてくれて。ありがとう!」
「そ、んな……私は、ただ、必死で」

 マージさんは、確認し終わった小物を慣れた手つきで箱に戻しながら笑う。

「だから良いんじゃない! 打算とか財産とか、爵位とか、そんなの関係なしに頑張るから、兄はあなたが大好きなのよ」
「……まだ、好きでいてくれてるでしょうか」
「ふふふ、当然じゃない! 今回の件は、絶対に奴が悪いんだからね。気にしなくて良いわよ」
「ええ!?」

 どう考えても、勝手に拗ねて勝手にキレた私が悪いですけど!?

「何言ってるの~。あの甲斐性のなさ、妹のわたくしでもドン引きよ? ちょっと反省してもらいましょ!」

 うひひ、とイタズラっぽく笑うマージさんが楽しそうでホッとした私は、ようやく「あのでも、早く仲直りしたいんです。助けてもらえますか?」と本音を言えた。

「いやーん、かんわいいんだからもー。もちろんよ!」

 本物の夫婦なら、仲直りの仕方もあるんだろうけれど――怒らせたユリシーズに、どう接したら良いのか全然分からないのだ。

 だから、マージさんの存在は本当にありがたかった。

 まさか、ユリシーズが別の事情で呼んでいただなんて、この時の私には知りようもなかったけれど。
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