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獣人王国
陰謀と陰謀
しおりを挟む目が覚めると、見知らぬ天蓋が目に入った。
腕を動かすと、しゅさ、とシーツの音が鳴った。
怠い。体が重い。まぶたも重いし――
「セラ」
おでこを、温かい手が撫でる。
眼球を動かすと視界がぼやけている。
ぱちぱちと何度か瞬きをすると、エメラルドのような目がこちらを見ているのが分かった。
「リ……ス」
「ああ」
「こ、こ」
「宮殿だ。安心しろ」
「そ……う」
ぐ、とお腹に力を入れてみたが、起き上がれない。
「かなり消耗している。まだ寝ていろ」
「リス……リス……」
それでも私は肘を突きながら無理やり起き上がり、ベッドに直接腰かけているユリシーズの手を手繰り寄せる。
怖い。不安だ。心細い。
痛みはないけれど、あの封印には、ものすごい孤独を感じた。
「……セラ、大丈夫だ。もう大丈夫だ」
ぐ、と上体ごと持ち上げるようにして、抱きしめてくれた。私は無防備に体を預け、両腕を彼の首に回す。
分厚い胸筋とがっしりした肩を感じてようやく安心し、大好きな匂いを思い切り吸い込んだ。
「リス」
「セラ、大丈夫だぞ」
「うん。うん」
ああ、こうして触れるのはいったい何日ぶりなのだろう。
私の頬を、リスが頬で撫でるようにする。
温かい。愛しい。
涙が、溢れてきた。
「リス、大好き。離れないで」
「ああ、俺もだ。ずっと側にいる」
「うん」
私はユリシーズしか目に入っていなかったので、周囲に誰がいるかなどと考えてもいなかった。
「あーあ。答えなんて、聞くまでもなかったのは分かってたんだけどね」
――!?
さっとミンケが背後からカーディガンを羽織らせてくれたのがありがたかった。寝間着姿だったから。
「でもせめて、ぼくの育った場所を見てから、判断してもらいたかったんだ」
「ディー……」
「セラに危害を加えたような獣人の代表たるぼくが、きみになにかをお願いする資格はないだろうけど」
「そんなこと。関係ないわ」
ユリシーズに上体を預けたまま首だけを反対に向けると、とても落ち込んだ様子のディーデが、少し離れた場所にある椅子に腰かけ、前かがみになり両膝に両肘を乗せた姿勢でこちらを見ていた。きっとディーデも付き添ってくれていたのだろう。
「うん。セラならそう言ってくれるよね。だから好きになったんだ」
大きく下げられた眉尻を、やがてキリリと持ち上げる。
「我が友人であるエーデルブラート侯爵ユリシーズの妻、セレーナへ五重の枷を施そうとしたのは、ナートゥラのゼンデン公爵家と、ラーゲル王国モント伯爵家だ」
モント伯爵家って――
「まさか……ヒルダ・モント……!」
見上げると、ユリシーズが頷いた。
「ああ。セレーナ。エイナル王子に婚約破棄をされ、一家ごと僻地へ移動させられたあのモント、だ」
「っ、ちょっと待ってください……あ! あの女の子は!? 子猫の!」
「無事だ。休んでもらっている。重要参考人であるから、部屋の中に監禁はしているが、拘束はしていない」
「そ、う……あの子、ミンケになんか似てて、気になったの」
びく、とメイドの肩が波打った気配がした。
ミンケを『拾った』と言っていたユリシーズは、詳しい経緯を教えてくれなかった。
さっきの子猫は、父も母も人間が連れて行ったと――
「病み上がりに話すようなことではない。もう少し休んでから」
「そうだよセラ。全部ちゃんと話すから、まずは」
と言われて大人しくする私じゃない。でもどう言おうかと考えていると――
「あらあら。殿方は女性の強さをお分かりでないのね?」
マージェリーお姉様が、大きなクッションをいくつか持って歩いてきて、私の背のあたりに差し込んでくれた。
「さ、これなら寄りかかれるでしょ」
「お姉様!」
ぱちん、とウィンクされた。正直、かっこよすぎて惚れそうである。
「あはは。まいった。あの堅物レイヨが惚れるわけだよね」
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「そう? 良かったわ。リニ、温かいハーブティーでも淹れてあげてね」
「! はい、すぐにお持ちいたします」
じっとりとした目で見てくる蛇侯爵は「お前いつの間にそんな魔法をマスターしていたんだ」と言っているけれど、とりあえずスルーする。
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「うわー! セラ、すごい!」
「しっ!」
バッと自分で自分の口を慌てて塞ぐ白虎。この人は、結婚するにはまだ早すぎる! 絶対に周りが過保護すぎたせいだ。
これは国王陛下にぎっちりみっちり上奏せねばなるまい、と固く心に誓った。
「あー、とな……どこまで話したか」
「ナートゥラのゼンデン公爵家と、ラーゲル王国モント伯爵家が共謀して今回の件を企てたと」
「ああ。そうだ。あの子猫の獣人の証言が元だが、信ぴょう性は高いと思っている。まあ、ゼンデンは証拠に値しないと一蹴するだろうがな」
「ぼくがそれを許さないよ。目撃者だからね。まさか王子自身が証言するとは思っていないはずだよ」
「ディー……お誕生日パーティは……」
「こうなったら、延期かなぁ」
「……そう。なんかこう、お誕生日パーティでゼンデンが言い逃れできないなにかが起こったら、一網打尽だったのにな~、なんて」
「「「!!」」」
ユリシーズ、ディーデ、マージェリーお姉様が眼球の飛び出るぐらいに目を見開いた。
「あれ? わたくし、なにかおかしなことを? オホホホホ」
だが途端にユリシーズがしかめっ面で「記憶を消せるなら、自白を促すのはもっと簡単だろう」とぶつぶつ言い始めたし、ディーデは「むしろサユキ嬢を利用する好機かもしれないよね」と腕を組みながら天井を見上げるし、マージェリーお姉様に至っては「レイヨ様の名誉回復をしてあげたいわ」と両拳を握った。
――えーっと。
「さ、奥様。まずはハーブティーを飲んで心を落ち着かせましょう」
物腰柔らかな執事が、にっこりと微笑んでとっておきのお茶を持ってきてくれた――おいしかった。
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