タグ・アンソロジー ~異世界恋愛の人気タグを元にした、ひとひねり短編集~

卯崎瑛珠

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タグ6 ヤンキー娘の、逆ハー事情 <前編>

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 逆ハーレム……一人の女性を多数の男性が愛すること。

 

 ◇

 
 
 真夜中フラフラ歩いていた住宅街は静かで、周りには誰も見当たらない。 
 そんな時、突然アタシは、路上で妙な穴に引きずり込まれた。変な文字みたいなのが光っていて、その真ん中の丸の部分に突然下半身がはまったのだ。

「えっ! うっそ、なにこれ……やば」
 
 すーっと意識まで遠くなってきて、クスリでも盛られた!? と焦るうちに気が遠くなり――
 
 気づけば、知らない建物の中で変な衣装を着た奴らに囲まれていた。

「え! ええっ!?」

 キョロキョロと見回すと、ものすごく広い部屋の床にお尻をペタリとつけて、座っていた。周りにはたくさんの人がいる。
 映画に出てくる魔法使いや騎士、貴族みたいな服の人間たちが、色とりどりの服装でアタシを見つめている。まるで撮影の最中に迷い込んだみたいだ。

「なに……なんだよ……なんなんだよっ!?」
 
 どうせ家からは飛び出してきたし、帰りたくもないけど、見知らぬ場所は勘弁して欲しい。
 夢なら今すぐ覚めて! と思いながら膝を叩いてみると、しっかり痛い。てことは、夢じゃない!?

「守護者が女性とは!」
「しかもまだ子供じゃないかっ」
「なんということだ」
「このままでは、王国が滅亡してしまうっ」

 一方的に色々言われて、腹が立ってくる。

「うるせんだよ! アタシは、子どもじゃねえ! 十六だっ!」

 怒りで顔を真っ赤にしたアタシに、誰かが近づいてくるので身構える。
 目の前で片膝を突いて覗きこんで来たのは、銀色に輝く髪とグレーがかった青い瞳の男だった。

「私は、ここシュタイン王国の騎士団長、フランツという。貴女は、我が王国の『守護者ガーディアン』として召喚された」
「ガーディ……?」
「ああ。三百年に一度襲ってくるという、スタンピードに備えるためだ」
「スタン……?」

 フランツと名乗った騎士は、アタシの両手をそっと握ると、引っ張るようにして立たせた。かなり背が高いし体も分厚い。腰には剣を下げているし、喧嘩したら絶対勝てないだろうからとりあえず大人しく従う。
 
「王国東にあるモーントの森に瘴気しょうきが溜まり、大量の魔獣が発生する周期なのだ」
「しょうき……まじゅう……?」
「王国の危機を守る守護者ガーディアンは、儀式によって異世界から呼ぶことになっている。そうしてやってきたのが、貴女だ」
「いやもう、ぜんっぜん、わかんない!!」
「はは」
 
 くしゃりと笑うフランツの顔を、ようやく冷静になって見る気になった。
 銀色の短い髪でツーブロックっぽく脇を刈り上げている。金属の重くて硬そうなよろいの上からマントを着けていて、真面目で強そうだなと思った。

「そうだよフランツ、いきなりたくさんのことを言っても混乱するよ」
「殿下」

 フランツが、バッと離れて礼をする。
 長めの金髪で青い目をした男が近寄って来ていた。フランツと比べるとだいぶ若くて、ハタチくらいに見える。金ボタンが縦二列に並ぶ、複雑な刺繍ししゅうがたくさん入った白いジャケットに、マント。つやつやの肌で、ニコニコしている。
 
 フランツが騎士ならこっちは王子だな、とぼんやり見ていたら、手を差し出された。
 
「私はこの国の第二王子、リーヌス・シュタイン。シュタイン王国へようこそ、ガーディアン」
「はあ」
 
 吸い寄せられるように手のひらに自分の右手を乗せると、甲にキスのふりをされた。

「名前を教えてくれないだろうか?」
「え……? と、あの……沙彩、です。サアヤ・ムラカミ」

 海外っぽく名乗ってしまったのは、青い瞳の圧に押されたからだ。

「サアヤ。なんて素敵な名前なんだ。さあ、こちらへ。とりあえず休めるように部屋を手配したよ」

 手をぎゅっと掴むようにして、強引に引っ張られた。
 
「ちょちょちょ」
「なんだい?」
「部屋ってなに!? 元の場所に帰してよ!!」

 リーヌスは、眉根を寄せた。

「それはできない。ごめんね」
「……」

 お腹の底にずしん、と重い石が降って来たみたいだ。背後のフランツから申し訳なさそうな空気が漂ってきたけど、それどころじゃない。

「ウソ、だあ」
「嘘じゃない」

 確かに、家に帰りたくないと思っていた。
 けど、別世界? に行きたいだなんて、言ってない。
 
「フランツたちが護衛に就くから、安心して」
「……ごえい」

 普段全く使わない言葉だけれど、意味は分かる。さっきからそんなのばっかりだ。
 広間の戸口から出るまでに、周りを囲んでいる人々からは様々な声が聞こえてきた。希望と言うよりは、諦めや不安だ。

「……なんということだ」
「ガーディアンが女性だなんて! 聞いたことがない」
「もし別人だとしたら……」

 勝手に呼んで、人の人生をめちゃくちゃくにしといて! と訴えたかったけれど、そこまでの元気はなかった。
 体が、だるい。熱い。重い。視界が歪む。

「!? サアヤ!?」
「殿下! 失礼をっ」

 背後から駆け寄ったフランツが、鮮やかな手付きでアタシを横抱きにした。勝手に触んな! って怒りたかったけど気を失ってしまったみたいで――気づいたらもうベッドの上だった。次会ったら、絶対文句言ってやる。
 
 

 ◇


 
 それからのアタシは、とりあえず王子のお客ってことになったらしい。あの後、何度か儀式? したらしいけど、誰も来なかったんだって。
 
 熱や怠さは引いて元気になったけど、とにかく暇過ぎて死にそうになったアタシは、暇暇暇!! って駄々だだねてみた。そしたら、王国の歴史と、守護者ガーディアンの役割を学べ、だって。

 アタシ、勉強って大嫌い。
 文字書こうとするだけで、じんましん出そうになる。
 
 でも、家庭教師としてやってきた魔法使いのミカルと、偉い人の息子っていうヴァルターは、いい人だった。
 ミカルは小柄なメガネくんで、いつも青色の髪に派手な寝癖がついている、十九歳。ヴァルターは赤い長髪を後ろで結んでいて、目は細い一重で、二十一歳。リーヌスがなるべく年の近い人を、って調整してくれたって聞いて、嬉しかった。
 
「ううーーーん!」

 与えられた部屋の中央にある大きなテーブルの上には、たくさんの本とメモが乱雑に広げられている。さっきまで一生懸命勉強していたからだ。
 アタシは、大きく伸びをしながら、天井を見上げる。肩凝った。凝るまで机に向かったのは、人生で初めて。

「つーかーれーたー」
「ははは。休憩しよっか」
 
 横で王国の地理を説明してくれていたヴァルターが、ニヤつく。
 後ろで別の本のページを熱心にめくっていたミカルは、溜息を吐く。

「このぐらいで疲れるとか……やれやれ」
 
 呆れながらも、メイドへお茶を淹れる指示を出してくれる、いい奴なんだ。
 
 ふたりの教え方は優しくて、分かりやすくて、面白い。何を何度質問しても、小馬鹿にせず何度でも教えてくれる。学校の先生がみんなこんなだったら良かったのにと思うくらい、夢中で聞いていた。

「だって、覚えることが多すぎるんだもん」
「まあねえ。見知らぬ世界に来て、いきなりスタンピードをなんとかしろって、無茶なこと言うよね」
「ほんとだよ」

 ヴァルターが「あーあ。俺も疲れたな」と言いながら机に突っ伏した。
 
「ねえミカル。アタシのこと、守ってよね」
「そりゃ、守るよ」
「任務だから?」
「任務だから」
「ミカルって、塩対応だよね」
「塩?」
「あっさりしてて冷たいってこと」
「なんで塩が冷たい意味になる?」

 言われてみれば。そんなの、考えたこともなかった。
 
「わかんないよ。塩舐めたら、眉毛ギュッてなるから? そんな顔してるし」
「ふ。サアヤの国って、面白い」

 ミカルとアタシの話を聞いていたヴァルターは、机に突っ伏したまま顔だけこちらへ向けて、ニヤニヤ笑う。

「俺は、任務じゃなくても助けるぜ~。サアヤは貴族の女どもと違って、素直で真面目だもん。気に入った」
「うーわ。無理。ちゃらい」
「ちゃらいってなに?」
「軽くて女慣れしてて胡散臭くて近寄りたくないって意味」
「ひっどい! 俺ってばこんなにサアヤに尽くしてるのに」
「はあ? どこが!?」
「知識と~時間と~誠意と~愛を捧げてるじゃんかー」
「いやすぎ」
「やーっはっはっは! 俺にそんなこと言うの、サアヤだけ~! 不敬だぞお~」

 ヴァルターは公爵家っていうめちゃくちゃ偉い家の三男で、権力を恐れて誰も何も言えないのだそうだ。
 ミカルも、ものすごい魔法使いらしく、恐れられているのか誰も近寄らない。
 
 でもアタシからすると、ふたりとも話しやすい教育係だ。

「不敬……もしかしてアタシ、捕まっちゃう?」

 ぱらぱらと指先だけで、王国法について書かれた本をめくる。この国では『貴族』に悪口を言ったり暴力を奮ったりしたら、捕まって罰を受けるとさっき習ったばかりだ。

「やはは。『シュッテ公爵家三男ヴァルターに対する不敬である! 即刻収監せよ!』てか~。いいね、そしたら連れ帰って監禁しよ」
「きっも! きもい!」
「きもいって何?」
「ものすごく気持ち悪くて絶対近寄りたくないって意味」
「ひどい! ちゃらくてきもい! 最悪じゃん俺! 助けてミカル!」
「え? 自業自得だし、前からみんなそう思ってるし今更だし」

 がばりと起き上がったヴァルターが、信じられない、と呟きながら目を見開いている。
 
「うっそっ!? サアヤ聞いた今の!?」
「聞いた」
「言った」
「裏切りじゃね!?」
「ミカルは、私の味方だもーん! ね?」

 王国最強の魔法使いが、ぼん! と赤くなった後、照れ隠しで眼鏡を押し上げる仕草が、可愛い。
 
「ふん」
「ちょー、俺も味方だってば~~~~~」
 
 このふたりのお陰でアタシは退屈しないし、楽しく過ごせている。
 
「あーあ。ずっとこうだったらいーのに。明日、どうしても行かなくちゃダメ?」

 ヴァルターとミカルが顔を見合わせると、眉根を寄せてそれぞれ頷く。
 
「殿下のお招きだからなあ」
「王族のお茶会は、絶対だよ」
「いやすぎる」

 身を起こしたヴァルターが、後頭部で手を組みながら飄々ひょうひょうと言う。
 
「それ、絶対外で言ったらダメだぞ、サアヤ。リーヌス殿下の婚約者の座を狙った年頃の女たち、熾烈しれつな争いの真っ最中よ。血みどろよ」
「うげー!」
「ヴァルターの言う通り。嫌がらせに備えて僕も護衛に行こうか」
「嫌がらせされんの!?」

 自慢じゃないが、アタシはただの日本人だ。
 
 キラキラ王子の前でお茶を飲むだなんて、緊張しすぎてゲロ吐くに決まっている。せめて、そういう『特別なお姫様』的なのを楽しめるような性格ならよかったのに。乙女心とかおしとやかさはどっかに置いてきた、って言われて育ったアタシには、無理な話だ。
 


 ◇



 ある日廊下を歩いていたら、見知らぬ女性に肩からぶつかられて転んだ。

「いった!」
 
 ピンクがかった金髪に緑色の目のその女性は、扇で顔の半分を隠しながらアタシを見下ろす。

「ちょっと! 謝るぐらいしたらどう!?」
「下品。野蛮。ガーディアンでないくせに王宮にとどまるなんて。恥を知りなさい」
「はあ!? あんたらが勝手に呼んだんでしょうが!」
「勝手に来たのはそちらでしょう。我が王国を救う守護者様を差し置いて。ああ恥ずかしい」

 顔も名前も知らない奴に、いきなり悪口を言われるのは、悲しいけど慣れている。

「うっざ。えーなに? もしかして王子に相手されないから、アタシに八つ当たりしてんの? ぷぷぷ~おっかし~」

 煽りながら立ち上がる視線の向こうには、同じようにアタシをさげすんでいる騎士たちの視線があった。多分この貴族女性を守っている人たちだろう。
 騎士団長のフランツ以外は、大体こういう態度だから、もう別にどうしろとも思っていない。ただ、売られた喧嘩は買う。
 
「はあ!?」

 まだ突っかかってきそうだったので、パン、パンとこれ見よがしに手を叩いてホコリを払う。
 その音で、相手はびくんと肩を揺らした。こういう高慢な人って、何言っても無駄。だからせめてこちらのペースに引きずり込む。
 
「あんた身分高いんならさ~、アタシみたいな一般庶民にぶつかってないで、金と権力つかってすり寄ったらいいじゃん。女も使ってさ。……って無理か、ペチャパイで性格悪そうだもんね。そりゃ見向きもされないわ~残念!」

 扇を持った手がワナワナ震えてきたかと思うと、つかつか近寄って来てバチン! と頬を手のひらで叩かれた。

「いった……気が済んだ?」
「っ、ふん」
 
 スタンピードが来るという不安で、みんなの気がおかしくなってきているのも、ミカルに聞いている。
 だから、大丈夫。
 アタシがガーディアンじゃないならせめて、不満とか八つ当たりぐらい、こうやって受け止めないとね。

 去っていくドレスの後姿を眺めながら、一生懸命、心を落ち着かせる。騎士たちの視線が刺さるけど、気にしない、気にしない。
 

 後日この女性は、アタシが来る前まではリーヌスの婚約者第一候補だった、カロリーネという侯爵令嬢だと分かった。
 アタシが王子のお茶会に招かれたことが気に食わなかったらしく、方々で悪口を言い触らしているのが耳に入ったのだ。


「女って、どの世界でもやること一緒だね。アタシ、婚約者でもなんでもないんだけどなあ」
 
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