タグ・アンソロジー ~異世界恋愛の人気タグを元にした、ひとひねり短編集~

卯崎瑛珠

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タグ6 ヤンキー娘の、逆ハー事情 <後編>

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 王宮にある、中庭。
 芝生の間にある石畳の道を、騎士団長フランツの先導で歩いていくと、屋根付きの休憩スペースのような場所が見えてきた。中に置かれたテーブルには、第二王子のリーヌスが座っている。
 
 目が合うと、立ち上がって出迎えてくれた。
 
「久しぶりだね。元気そうで安心したよ、サアヤ」
「ごきげん、うるわしゅうぞんじます、殿下」

 覚えたばかりの挨拶言葉を、なんとか言い切った。
 これで任務終了、で良くない? ダメか。

 淡いグリーンのドレスを着させられたアタシは、コルセットのキツさに吐きそうになりながら、礼をする。
 ドレスの脇の部分を持って膝を曲げて、片足を下げて、というお辞儀の仕方は習ったけど、無理だった。
 転びそうになって、咄嗟に両手を軽く体の前に組んで直角に腰を折る。こうなりゃ日本式、だ。

「変わった挨拶だね」
「えーっとアタシの世界の……知ってる中で一番丁寧な挨拶です」
「へえ! 嬉しいな」

 椅子に座るようエスコートをされるのは、恥ずかしくてたまらない。
 向かいの席に座った王子が、こちらをじっと見て微笑んでいるのもまた、落ち着かない。しかもその背後には、ごつい騎士団長が立っている。なにこれ、やばい。じわじわと喉に緊張がせりあがってくるのを、何度も唾を飲み込んで耐える。

「さて……早速だけど、なにか欲しいものはある?」
「え?」
「不自由はしていない?」 
「いや別に。ミカルとヴァルター、優しいです」

 リーヌスは、ぱちぱちと目を瞬いた。
 
「優しい?」
「はい。アタシのこと、バカにしないし」
「バカにする、とは」
「うーんと……悪く言われる、かな。勉強できない。親がお母さんだけ。喧嘩っぱやい。貧乏。言葉遣いも、ごはんの食べ方も下品。あとは」
「待って。そんなことを言う人がいたのかい?」
「うん」

 王子が、絶句している。
 そよそよと涼しい風が前髪を巻き上げると、つるりと綺麗な白いおでこが見えた。にきびが出るどころか、日焼けもしたことがないような別世界の貴族が目の前にいる。不思議だ。

「サアヤ……辛かったね」
「え?」
「私なら、そんなことを言われたら耐えられない。君は強いね。すごいな」

 王子に、褒められた。
 アタシが? 問題児で不登校で、不良だのヤンキーだの言われてたアタシが、王子に?
 
「ちょ、急に褒めるの、やめて」
「赤くなると可愛いね」
「はあ!? アタシが!?」
「うん」
「いやいや、ないから。可愛くないって言われるし」
「他人はどうでもいいよ。私の心からの言葉だ」

 リーヌスが、真剣な顔をしている。

「サアヤは、かわいい」
「うぐ」
「ふふ。君のことを知れてうれしいな。さ、お茶をしよう」

 ティーカップを持ち上げるリーヌスの仕草は、とても優雅で綺麗だ。
 ずっと見ていたくなる。

「アタシのこと、知りたいの?」
「うん」
「ガーディアンじゃ、なくても?」
「なくても」
「……いい、ですよ。そんな。無理しないで」
 
 王宮の中を歩いていると、わざと聞こえるように悪口を言う人たちがたくさんいる。
 ニセモノ。役立たず。下品。
 知らない奴らの言うことなんて、と思っていたけど、実は結構悲しかった。
 肩をぶつけてくる方がマシ。多少はやり返せるから。一方的なのは、ほんとに辛い。
 
「無理なんかしてないよ、サアヤ」
 
 目の前で優しく微笑んでいるリーヌスは、青い目がキラキラ輝いている。高貴で尊い、という言葉の意味が分かった気がした。

「うわ~。ガチ王子じゃん」
「ん? ガチってなに?」
「えっと本当に本気で本物ってこと」
「あはは! うん、私はガチで王子だよ」
「ぶふふふ!」
「え? 違った!?」
「にあ、わない……あははははは」
「ええ~? ガチには似合うと似合わないがあるの? サアヤの世界の言葉は、難しいね」
「あっはっはっは! ひー!」

 大声で笑った。アタシ、この世界に来てからの方が、笑ってる。
 
「サアヤ。前の世界で、頭が悪いと言われたと言っていたね」
「あはは……え? うん」

 急に真顔になったリーヌスが、優雅にティーカップを置いてから言った。

「サアヤは賢いよ。知らない言葉を、別の言い方で分かるように伝えてくれる。なかなかできることじゃない。ミカルやヴァルターからも、話をちゃんと聞いて覚えている、すごいって聞いてるよ」
「っ、急に褒められても」

 ミカルやヴァルターは、わかりやすく説明するのが上手だからだ。アタシがすごいわけじゃない。
 
「ただ、言葉遣いとか所作は苦手みたいだね? 可愛いけど、私の前でだけにしようか。口うるさい人がここには多いからさ」

 王子に、ぱちん、と盛大なウインクをされた。これは、心臓に良くない。今絶対寿命縮んだ。
 
「いきなり王子ムーブぶちかますの、やめてもらっていいですか」
「んん? ごめん、それはなんていう意味かな?」
「わからなくていいです!」

 真っ赤になったアタシを、また可愛い可愛いと褒めるから思わず「だまれ」と言ったら――さすがにリーヌスの背後で護衛をしていたフランツが出て来た。

「サアヤ殿。今のはさすがに、不敬罪にあたる発言と受け取られてもおかしくない」
「ぐげ! ごめんなさい! もんのすごく恥ずかしかったの!」
「ああなるほど……可愛らしい理由ならば、仕方ないか」
「ちょっと!?」
「くくく」
「フランツさん! あとでまた、勝負ねっ」
「歓迎する」

 アタシが木刀を振り回してストレス発散するのに、わざわざ付き合ってくれる騎士団長も、優しい。
 
「勝てたら、ご褒美もらう約束、忘れてないよね?」
「ああ。もちろん覚えているぞ」
「どうせ負けないって思ってるんでしょ」
「そんなことはない。サアヤには剣の才能がある」
「っほんと!?」
だ。ガーディアンでなくともと言っただろう? 王妃殿下や高位貴族女性の護衛につく、女騎士になるという道もある」

 ニヤッと悪い笑みを浮かべるフランツに、一度も勝ったことはない。
 けれどこうして、違う将来を示してくれることにいつも救われている。

「……ねえなんか、けるんだけど? いつの間に仲良くなってるの、フランツ」
「殿下はお忙しいですからね」
「答えになってないよ。騎士団長も忙しいはずだよ?」
「鍛錬は欠かしていませんから」
「ふうん」

 バチバチ火花が散っているみたいなふたりの様子に、アタシは慌てる。
 
「ちょっと! 待って待って! なんで言い合ってるの!?」
「サアヤのせい」
「サアヤ殿のせいだな」
「ええ……?」

 
 ――はじめてのお茶会は、そうやってせっかく楽しく終わったのに。

 
 帰り道で、リーヌスの護衛に就くというフランツの替わりにやってきた騎士たちに、誘拐されてしまった。

「貴様のような下品なやからがガーディアンのわけがない。しかもカロリーネ様を差し置いて王子殿下の婚約者になろうなどと」
「は? 全然意味わかんない」
「いいから、来い!」
「いったい! っ、んー! んー!」

 口に布を巻かれて、体も縄でぐるぐる巻き。これじゃ逃げられない。

 あーあ、男っていっつもそう。
 さっきまでニコニコしてたと思ったらいきなり暴力振るう。汚い言葉でののしってくる。挙句の果てに、のしかかってくる。
 
 それで逃げたり反抗したり殴り返したりすると「お前が誘ったくせに」って絶対言うんだ。だから、強くなった。言葉も態度も。
 喧嘩の仕方も教わったし、逃げ足も速くなった。その代わり、居場所がなくなったけど。

沙彩さあやさあ。もう十六になったんなら、ひとりで生きていけるだろ』
『はあ? それが、母親のセリフなわけ?』
『あんた、ずっと邪魔だったし』
『っ……』
『あたしはさあ。十六であんた産んで育てたんだよ。もう十分だろ? 母親は、閉店でーす。どっかいけよ。うっざ』

 
 血が繋がってるとか。親だとか。家族だとか。
 ただそこにあっただけで、何も持ってなかった。だからアタシを本当に必要としてくれる世界へ行きたい、って全力で願ったんだ。


「あーそっか。アタシが、望んだんだ」


 手首を後ろ手に縛られ、馬車へ押し込められた後で、ようやく気付いた。

 
 行き先は、当然知らない。
 ガタガタと揺られて、舌を噛みそうになる。ぎゅっと奥歯を噛みしめて、耐える。涙なんか、流さない。流してやらない。


 愛されたい。愛してみたい。必要と言われたい――誰かの役に立ちたい。


「うん。アタシは、リーヌスとフランツと、ミカルとヴァルターの役に立ちたいんだ」
 
 
 ガーディアンなんて大層な身分、いらない。
 サアヤ、と目を見て呼んでくれた四人に、応えたいだけ。


 ガタガタと派手に揺れる馬車の床の上にごろりと転がっていると、突然キーンと強い耳鳴りが駆け抜けた。

「イッ」

 同時にぞわりと嫌な予感がして、背筋を冷たいものが走っていく。
 
 ヒーーーーイイイン!
 ぎゃあ!
 うわあああああ!
 うそだあああ!

 怒号と悲鳴が、外から聞こえてくる。
 馬車が止まっているのに、車体がぶるぶると小刻みに揺れている。地震かと思っていたら、徐々にドドドドと足音のようなものを踏み鳴らした、何かの大群が走ってくるような気配がした。

 
「あ。もしかして……スタンピード……」


 めきゃめきゃと天井のきしむ音がする。何かが乗っかっている。変な匂いがする。悲鳴、叫び声、馬の鳴き声。それから、ぐちゃぐちゃと何かを喰うような音。
 
 魔獣の姿かたちは、大きな犬や狼のようだったり、虎のようだったり、大猿のようだったりと本に書いてあった。
 スタンピードは、そんな魔獣が大量に発生する。速く、群れで襲って来て、人では到底敵わない。三百年前の記録では『森近くの村がふたつ全滅、死体は細切れで騎士団にも大多数の犠牲者が出たが、ガーディアンによって魔獣の群れは退しりぞけられた』とあった。でも、ガーディアンが何をどうやったのかまでは、書いてない。
 
「あーあ。ついに起きちゃったのか……もう王都まで来てるってことは、連絡も間に合わないぐらいの速さで……」

 怖い。とてつもなく、怖い。
 けど、このまま死ぬなんて、嫌だ。
 アタシは、アタシを受け入れてくれた四人を、守りたい。
 やれることはないかもしれないけど、なにかしたい。

「……みんなを、守りたいっ……!」

 
 ――縛られたままなんとか馬車から出ると、騎士たちは全員食いちぎられた後だった。

 
 地面に横たわった姿に吐きそうになりながら、剣の刃に後ろ手を近づけてなんとか縄を切る。
 ついでにドレスの裾をびりびり引き裂いて、動きやすいように短くする。
 
 落ちていた剣を拾って、王宮の方向へ向かって走り出した。
 


 ◇



「馬になんか、乗ったことない! けど、お願いっ!」
 
 幸運にも一頭だけ生きていた馬に無理やりまたがって、見よう見まねで手綱でバチンと背を叩いてみる。

「わわわ!」

 ヒヒーーーーーンッ!

 派手に前脚を空中に持ち上げてバタバタとしたあとで、走り出してくれた。
 とにかく魔獣が過ぎ去った後を追って。
 遠目に見えている建物に向かって。
 
 振り落とされないように、アタシは必死に馬の背中にしがみつく。
 

「いけ、いけ、間に合えっ」
 

 願う。守りたい。
 祈る。どうか無事でいて。

 
「みんなっ!」

 
 強く強く願ううちに、見覚えのある王宮の外壁が見えてきた。
 道の上には、倒れた人々がいる。動かない人、動く人、少しだけ動いている人。

「ひどい、ひどいよ……」
 
 暴力は、見慣れていると思っていた。
 真夜中の街で、色々なことを見たつもりだった。
 トリップしたくて大量の市販薬を飲む子。いろんな男に踏みにじられても、居場所がなくてすがる子。憂さ晴らしに殴られる子。面白半分に見物する人。

 でもそんなの。比じゃない。

 望んでいないのに。まじめに生きてきて、誰かと家族で。ここで暮らしていただけなのに。

「あああ……フランツ……ミカル……」
 
 知った顔を見つけて、馬から飛び降りた。

「うぐ、サア、ヤ」
 
 フランツは額から血を流して、右腕は肘から先がなかった。
 
「がは、がはっ」

 ミカルの鮮やかな青いローブの、肩から下が、なぜか真っ黒に染まっている。
 
「ああ、ああ」
「にげ、ろ……」
「かく、れて。ガハッ」

 壁の中からは、誰かが必死で戦う音がする。

「そんなこと。できないよ」

 ――アタシが望んだんだから。


 ガララララ、と剣先を地面にこすりつけながら、ふたりのそばに両膝を突いた。
 心の底から、強く願う。大きく息を吸って、吐く。

「やだ! 助けたい……助けたいよ! アタシの、大好きな人たちを! アタシがガーディアンだって言うなら! お願い!」

 そんなことをしても無駄ってわかっていても。
 ふたりに、気持ちを伝えたかった。他に何もいらないから。お願いだから、殺さないで――

 身体の前で両手を組んで、強く強く願う。フランツもミカルも、それを見て嬉しそうに微笑んでいる。

「にげ、ろ」
「もう、いい、から」

 力が欲しい。守る力。治す力。助ける力。どうかお願いします。
 アタシは何もいらないから。アタシの命でもなんでもあげるから。ふたりを助けて。

「やだ。絶対いや……助けたいよおおおおお」

 力の限り、泣く。叫ぶ。
 アタシがここに来た意味があるなら、だれか。力をください。
 
「っ!」
「サア、ヤ」
「あ? アタシ……」
 
 気づくと、組んだ両手の中に、白い光が生まれていた。手ごと光っている。自分のすり傷に触れてみると、みるみる治っていく。

「ああ。もうだいじょうぶ。治るよ」

 アタシは、なぜか確信していた。
 強い願いを込めて、フランツの体にそっと触れる。
 ぴかっと光った後で、腕も傷も元に戻っていったのをみて、ほらね? と言った。

「サア、ヤ……」
「ミカルも。元気になって。守ってくれるんでしょ?」

 白い光が伝わって、体の隅々まで行き渡ると――ふたりとも立ち上がった。
 
「なお、った、だと!?」
「え……え……?」
「うん。行くよ」

 前から知っていたかのように、自然と体が動く。

「リーヌスのところへ!」

 振り返ると、目の前に恐ろしい魔獣が迫ろうとしていた。咄嗟に刺すように剣を掲げてみると、剣先からあふれ出した白い光が、口の端からだらだらとヨダレを垂らす先頭の魔獣へ、深く突き刺さる。

 ギャッと声をあげて倒れたのをきっかけに、アタシはためらいなく剣を振り続けた。
 手に伝わる肉の感触も、飛び散る血の匂いも、グロテスクで気持ちが悪い。寒気も吐き気もするけれど、それよりも『助ける』が勝った。

「サアヤッ! 後ろは、まかせろっ!」
「援護する! 助けるからっ!」

 背後にフランツ、横に魔法の杖を掲げたミカル。
 頷いて、剣を両手で持って。振り返ることなく、信じて走る。

 次から次へと襲ってくる魔獣を相手にしながら、全力で走る。
 
 剣を振りかぶってから斜めに振り下ろす。片手持ちに変えて水平に払う。剣先に体重を乗せるようにして、突く。
 フランツとの勝負の成果。ミカルが教えてくれた、それぞれの魔獣の弱点。
 仕損じても、フランツとミカルが必ず留めを刺してくれる。信じて、突き進む。
 
「やっはっはー! サアヤだあ~!」

 王宮手前の大きな噴水がある広場で、ヴァルターが手を振るのが見えた。背後にはリーヌスを庇っていて、ふたりとも剣を持って立っているものの、ケガをしているのが分かる。

「サアヤ!?」
「ふたりとも無事!? よかったっ!」

 合流したところで、ヴァルターの胸ポケットが光っていることに気づく。

「ヴァルター! そこに、何があるの!?」
「んお? いや~実は俺の家、ガーディアンの子孫って言われててね。家宝のブローチ持って……ってもしかして?」
「貸して!」
 
 大きくて真っ青な宝石がはまっている、金細工のブローチを手に取ると、頭の中に不思議な言葉がこだました。

「ぷふぇるとなぁ……?」

 言葉に反応したのか、宝石がキラリと光ったかと思うと、やがて目を開けられないほど強い光が生まれて、周りを覆っていく。
 
 いつの間にかアタシは、真っ白な空間に浮いていた。

『守りたい、か?』
「だれ?」
『守りたい、か?』
「守りたいよ!」

 途端に、前住んでいた場所の映像が映画みたいに流れだす。
 ひとりで酒浸りになっている母親の姿は、見るだけで辛い。けどどこか、他人事だ。
 あれはアタシを心配してるんじゃない。娘がいなくなった自分の不幸に酔ってる。いつものことだ。

『あそこへは戻れぬが、よいか』
「いいよ」
 
 血が繋がっていても、愛されなかった。
 それでも、もういい。アタシは、自分で自分の居場所を選べるから。
 
 ここで出会った人々との日々が、今までの人生を塗り替えてしまった。
 守護者じゃなくてもいい、とアタシ自身を見てくれた人たちのお陰で、思いっきり笑えた。息が、できた。

 
 アタシはここで、生きていきたい。
 
 
『そなたの願いは、透明で欲がない。だから、選んだのだ』
「えっ!?」
『今後の人生に、幸多かれ――まあ少し、与えすぎてしまったかもしれんがな。はっはっは』
「え、ちょ、どういう意味!?」

 
 気づけば、王宮前の広場に戻っていて、魔獣の姿は跡形もなく消えていた。
 倒れていた人々も、起き上がって首をひねっていたり、お互いの無事を確かめ、喜んだり泣いたりしている。

「サアヤ!」
「サアヤッ」
「サアヤ殿!」
「サアヤ」

 リーヌスとヴァルター、フランツとミカル。
 両脇から前後からぎゅううううと抱きしめられて、潰れて死ぬかと思った。

「えっぐ!」
「えぐ? ってどういう意味?」
「やはは、またサアヤ語だあ」
「あまり良くない意味な気がするぞ」
「僕もそう思うよ、フランツさん」
 
 正解! と叫びたかったけど、気を失っちゃったからできなかった。

 後から、誰がアタシを抱えていくかで四人がものすごい喧嘩をしたって聞いた――見たかったなあ。

 
 
 ◇



 平和を取り戻したシュタイン王国。
 私は、正式な守護者ガーディアンとしての地位を得て、このまま暮らすことになった。
 地位なんていらないって言ったけど、王国として必要な儀式だからと言われたら、断れない。

 今まで散々バカにしたり悪口を言ったりしていた人々の手のひら返しには、心底うんざりしている。
 ヴァルターが「その顔、覚えてるけど?」て言えばいいっていう高等技術を教えてくれて、平和になったのはありがたかった。
 
 ちなみに、アタシを叩いたカロリーネっていう侯爵令嬢は、残念だけど謝りに来なかったどころか、未だに『ニセモノ』『卑怯な手を使ったに違いない』って騒いでいる。
 話を聞いた王子のリーヌスがびっくりするほど怒って(あの顔で怒るとすんごい怖い)、家ごと潰そうとしたけど、止めた。

「アタシのおかげで貴族に留まっていられてる、って恩を着せてくれたらそれでいいよ。多分それが一番の罰だし」
「なんと慈悲深いことだ、サアヤ!」

 性格が悪いだけなのに(だってカロリーネに会うたび、ニチャニチャ笑ってあげてるし)、リーヌスが感激して手の甲に何回もキスしてきたのは、恥ずかしくて大変だった。
 
「んじゃあせめて、慰謝料的なのもらったらどう?」

 しれっとミカルに言われたので、ありがたくもらうことにした。ミカルいわく慰謝料を払う=家として公式に非を認めた記録、になるらしい。さすが、腹黒い。
 結構な金額になったから、動きやすい服とか持ちやすい剣とかを買うことにした。ついでにミカルのローブとかも新調したかったし(あの黒いシミは、血だったんだって。お腹を噛みちぎられていたらしい)。

「ねえミカル。一緒に買い物行こうよ」
「いいよ。ついでに、美味しいケーキとか食べる?」
「食べる! さすがミカル! 最高っ」

 ふたりで街に出てご飯を食べたり、お茶したり。
 演劇を見たり、おしゃべりしながら散歩したりして、すごく楽しかった。
 あとから知ったヴァルターに「俺も誘ってよぉ~」とぶーぶー言われたのは、めんどかったけど。
 
 その代わり? ヴァルターには別のお願いをした。
 裾を引きちぎった短いドレスで走り回ったのが楽だったから、短いの作ろうよって提案をしてみたのだ。試しに作ってみたいなと言ったら、ヴァルターの家が持っている工房に頼めることになったのが嬉しい。

「サアヤはどんなのがいい? 髪も瞳も黒いから、何色でも似合うよ」
「そう? 黒って地味じゃない?」
「魅力的だよ。それにほら、黒い瞳って覗きこんだら俺の顔が見える。本当に素敵だな」
「近いっ! やっぱチャラい!」
「やはは~。すぐ作るように、職人たちに言っておくからねっ」
「それはダメ。紹介してくれただけで十分だから」
「サアヤはほんと、欲がないよね。いつでも公爵家の権力使えるんだよ?」
「そんなのいらない。ただ、これからもよろしくヴァルター」
「! ぐふふふふ嬉しいもちろんいっぱいよろしくだよっ」
「うわ、キモ」
「なんで!?」
 
 
 自分の意見が形になっていくのが嬉しくて、騎士団の鍛錬場で稽古をしながらフランツにまで自慢したのは許して欲しい。
 
 
「サアヤ……その、そういうのは目の毒になる」
「足出したらダメなの? ロングブーツか、タイツとならいいでしょ」
「ううむ、しかしだな」
「フランツさんて、頭硬いよね」
「ふぐ」
「あ。エロいだけか。それともムッツリ?」
「おい、エロいとかムッツリってなんだ」
「あーーーっと。言えますぇーーーん」
「また悪い意味だろう」
「ひーみーつー」
 
 するとたちまち悪い顔をしながら腰を抱き寄せてきて、耳元で囁く。

「……短いのできたら、一番に見せに来いよな」

 ピピピピピ! これは、危険だ! 稽古は速攻中止。中止ーーーーーー!
 
「ムッツリ団長!」
「ああ!?」

 とりあえず、走って逃げた。



 ◇


 
 ――シュタイン王国に永遠の平和をもたらしたという守護者ガーディアンは、四人の男に愛されて幸せに暮らし……最後に誰と結婚したのかは、残念ながら記されていない。



-----------------------------



お読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m

どれかひとつでも、好きなお話がありますように。
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