【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈72〉砂漠の王子5 アザリーside

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 ――マーカムから遠く離れたある場所にて――

 

 もう、うんざりだった。
 気分次第で開かれる夜宴で、気に食わなければ斬られ、気に入られれば男女問わずむさぼられ、奪われ、結局は斬られ。
 浴びるように流し込む熱い酒で、全員感覚が麻痺しているとしか思えない。艶めかしい美姫達のネバネバした視線も気持ちが悪い。どれだけ肌を露出しようと、残念だが全くそそられないな、と若い王子は自嘲しながら果実水をあおる。
 
 高身長で筋肉質、精悍な浅黒い肌のこの王子は、どの宴でも女達からの引く手数多。だが、丁寧に刈り込んでいるが後ろの一筋だけ伸ばした金の髪をたなびかせ、今夜も顎だけで誘いを拒絶する。
「……タウィーザ様」
「なんだァ」
「万事整いましてございます」
「……おー、良かったァ。もう少しで反吐が出そうだったァ」
 砂漠の夜は寒い。
 するりと夜宴を抜けた彼は、外套を着込んで頭はターバンでグルグル巻きにする。誰か判別はつかなくなる代わりにターバンの色で主張するわけだが、今は地味な商人の色をまとっていた。布の隙間から覗く碧眼だけが、強く光っている。
「さ、行くかァ」
「はっ」
 わずかな手練てだれのみで、マーカムに向かう夜のキャラバン。
「気負うなよォ。弟に会いに行くだけだァ」
 不敵に笑う八番目の王子はまだ二十歳だというのに、既に王者の貫禄であった。

 

「ッキャー!」
 それから十日も経った頃か。国王ラブトの寝所から場違いな悲鳴が起こった後、蜂の巣をつついたような騒ぎに波及していく。だが残念なことに、事態を収拾できると思われる二人の王子は、共に国外、それもかなりの遠方にいた。
 王妃ナティージャはただの豪族の娘であり、政治も軍事もさっぱり分からない。
「なんとかしやれ!」
 方々に唾を飛ばすのが精一杯だった。

 

 その騒ぎの同日同時刻、タウィーザは、ガルアダ王国へ二歩入ったところだった。アザリーの交易商人として、胡椒を入れた袋をたんまり持っている。マーカムで一稼ぎですよォとニコニコしていたら、商人用の身分証でするりと国境検問は通過できた。ガルアダは今、金鉱山の大規模落盤事故でてんやわんやだ。第一王女は混乱を悟られないために、マーカムに留まり続けている。
 
 荒涼としたガルアダの砂地は、ところどころ背の低い、葉の硬い草が生えている。早朝のせいか、人はほとんど見かけない。
「ふう、さすがに遠いなァ」
 マーカムの王都まではここからさらに五日かかる。
「ザウバアは既に」
 部下には少し焦りが見える。
「ま、急いでもいいことはないさァ。それよりも九番は何処にいるかなァ?」
 頭上を、鷹が優雅に滑空していた。
「は、恐らくは学院に留まっておられるかと」
「……まあ、行く場所なんてないよなァ」
 自由に踊る弟が、好きだった。
 キラキラ輝く宝石のような思い出が、胸にある。
「若。馬に乗換えますゆえ、こちらに」
 采配は、最古の隠密。
 彼を引退させるのもまた、自分の仕事だと考える。うやうやしく差し出された、その手はカサカサに乾いていて、シミとシワだらけだが、タウィーザはそれを愛おしいと思った。例えその爪の間に何人もの生き血を吸って来ているとしても。

 父王もザウバアも、目に入らないのか。
 人は一人では生きていけないという事実が。
 殺したその一人は、一体何人に愛され、支えられていたのか。
 自分がこうして導かれているように。

「馬ァ苦手だなァ」
 とはいえそろそろ自分の出番か、と、八番目はゆったりと歩を進めた。

 ピィーーーーーーー

 遥か高い空で、鷹が鳴いた。

 

※ ※ ※


 
「ふふ、さすが王国騎士団長ですネ。公爵家ともご縁があるとは。尊敬致しマス」
「こちらこそ。アザリーの王子とこうして再び酒を酌み交わす機会を頂け、誇りに思う」
「噂には聞いておりましたが、まさかこれほどまでの美貌とは!」
 騎士団長ゲルルフが連れて来たこの国の公爵、オーギュスト・ピオジェはでっぷりと太っていて、白髭をたくわえていた。腹黒さから白狸と言われているらしいが、豚の間違いだろうとザウバアは思った。
 
 そのゲルルフは、武骨と言えば響きは良いが、所作は雑で乱暴だし、言葉遣いも粗野で時々唾液が飛ぶ。子爵の癖に、だ。とても料理に手を付けたいとは思えない、同席だけで非常に疲れる相手だった。ただ、褒めればその分絡めとれる、その御しやすさは他に類を見ないほど愚鈍ぐどんだ、とほくそ笑む。この程度の輩の無礼など、全部なかったことにしてやろう。その代わりに搾れるだけ搾り取る、といった具合に。

 ザウバアはあえてローゼン公爵家には近寄っていなかった。
 外交も内政手腕も只者ではない氷の宰相は、ブルザーク皇帝とも懇意と聞き及んでいる。落とすのは骨が折れる、と踏んだ。
 
「そういえば、ようやく立太子の予定が立ったとカ」
 ザウバアは、ピオジェ公爵オーギュストの杯に自らの手で酒を注ぎながら問うた。この国には二人の王子がいる。第一王子アリスターと、第二王子エドガーだ。アリスターは聡明、エドガーは短絡思考、と報告を受けている。
「ええ! よくご存知で! 来年の花の季節になりましょう」
「良い季節ですネ。僭越せんえつながら私も王太子として参列出来れば嬉しいのデスが……」
 眉根を寄せて、するりとオーギュストのまるまるした拳に触れる。
「悲しいものデス」
「おお、おお、この私めに何かお手伝い出来ることはございましょうか」
「ふふ、嬉しいお申し出に感謝致しまス」
 潤んだ碧眼で見上げる、長い金髪の小柄な王子は、王女だと言われても全く違和感がない。壮絶な色香を身にまとっている。
「ンンン、このオーギュスト、是非お力になりましょうぞ」
「オーギュスト殿……」
 娼婦も裸足で逃げ出すほどの、艶である。
「ウォッホン。王子と言えば、我がピオジェ家には美しい娘がおりましてな。フランソワーズと言うんですが、エドガー殿下の婚約者候補なのです」
「それは素敵ですネ。ご婚約の暁には是非お祝いを」
 ザウバアが両手を合わせてはしゃいで見せると、明らかにゲルルフの機嫌が悪くなった。

 

 ふうん?

 

「ところがアリスター殿下が、まだエドガー殿下に婚約は早いと仰っていましてなあ。どうしたものかと。いやはや」
「ふふ、私にも何かお力になれることがあれば良いのデスが」
「っ! 是非に!」
 あからさまだなあ、とザウバアは呆れるがおくびにも出さずニコニコする。それよりもゲルルフの態度によれば、彼自身がフランソワーズに心を寄せているのではないか。
「アリスター殿下は確か、ガルアダの王女様とご婚約されているのでしたネ」
「その通り」
 むすり、とゲルルフが杯をあおる。
「ミレイユ王女だ」
「大変可憐な方とお聞きしておりますヨ」
「……ああ」


 
 ふうん……

 

「今度の公開演習には、皆様いらっしゃるでショウか」
 今度は、ゲルルフに酒を注ぐ。
「そのように聞いている。ザウバア殿のお陰で、我が国王陛下も大変乗り気であり、ブルザークやガルアダにも通達したところだ」
「それは嬉しいですネ!」
 その通達書さえあれば、アザリーの誇る王国部隊を容易に入国させられる。マーカムはもちろん、ガルアダにもだ。前回の会食でゲルルフを上手く乗せられたと、見切り発車で息のかかった部隊は既に本国を出立済である。順調にいけば明後日にはガルアダ国境に到着するだろう。次の手筈を整えなければ、と彼は頭の中で素早く今後の計画を組み立てていく。
 
 父王をたぶらかして、この演習への参加許可を取って正解だった、とザウバアは杯を傾けた。あの業突く張りの退屈屋が、往復ひと月の旅を耐えきれる訳がない。誰かに委任するのは分かりきっていた。

 使えるものは全て使って、ここにいるんだ。
 ――ぶるりと身震いがした。寒気? いや、武者震いだ。

「貴殿の率いる、マーカムの誇る王国騎士団にはとても敵いませんが、我が部隊にもどうぞ晴れ舞台を頂ければ幸いデス」
「無論だ」
「楽しみですなあ」
 オーギュストはそう言って『ちょっと失礼を』と立ち上がった。手洗だろう、侍従が付き添っていった。
「ゲルルフ殿」
 間を見計らって、ザウバアは一気に語りかける。
「なんだ」
「公開演習で貴方の強さを見せつければ、お望みのものが手に入るやもしれませんネ。アザリーの庇護がある、最強の貴方なラ。どうでしょう、私にお任せ頂くのは。いつの世も、女性は強い男性に惹かれるものですヨ」
 ゲルルフは、目を見張った。
「……そ、そうだろうか」
「ええ、そうですヨ。我が王国部隊長も、精鋭を打ち負かすのを美女に見せつけて、結婚できたのデス」
 間を色々端折っているが、事実ではある。
 
 もともと美女の方が部隊長に惚れていたのだが、横恋慕が酷くてついに部隊長がブチギレ、この女は俺のもんだ! と全員ぶちのめした、というのが正しい。
「!」
「……演出は、お任せくださいネ」
 もちろん、こんなものは詭弁きべんだ。
 演習でゲルルフが暴れたところで、フランソワーズはエドガーとの婚約が進められるに違いない。ザウバアには関係のないことだ。情報を得たいがためのデタラメである。
 
「何が望みだ」
「実は、アリスター殿下とお会いしたことがまだないのデス。同じ第一王子として、交流を深めたイ。それに、ミレイユ王女にも贈り物をしたいのデスが、ご予定が分からなくて」
「……分かり次第知らせよう」
「恐れ入りマス」
 オーギュストが戻ってきた。
「さあて、夜も深くなりましタ。私はそろそろ宿に下がらせて頂きますネ。もちろん、今夜のお食事は持たせて頂きますので、存分にお楽しみ下さいネ。ほら、あちらも。ネ」
 シャララン、と音を鳴らしながら、五、六人の美しい踊り子達が入ってきて、オーギュストは相好を崩した。
 
 もう十分だ。
 
 形式ばった挨拶を済ませて宴席を辞すと、側近がすぐに囁いた。
「部隊は順調に移動しております。報告はどうぞお部屋にてご確認を。鳥も用意してございます」
「ウン」
 あともう少しだ。今頃本国ではきっと大騒ぎだろう。後には引けない。この国で決着をつけて帰るのみだ。

 

 ザウバアはマントをひるがえし、用意された馬車に乗り込んだ。
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