【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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第三章 帝国留学と闇の里

〈140〉次の一歩なのです

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 のんびりとした空気の農村。
 畑の間を一台の幌馬車が、時折ガタンと大きく揺れながら、ゆっくりと通っていく。一頭の年老いた馬を操る馭者ぎょしゃもまた老人で、風景に溶け込んでいた。
 濃い紫色の髪が、目深にかぶったフードからちらりとでている二人の旅人が、のんびりと胡座あぐらをかいて、荷台に座っている。
 
「ディス……」
「なーにー、ビア」
「南へ、行くの?」
「そだよー。あの女教師、どう?」
「……死んだよ」
「そっか。じゃあ報酬請求しよ。教会のお偉いさんってすごいね。博愛とか言って笑える」
 ディス、と呼ばれた方の男はそう言って、手に持っていた水筒をあおる。
 ビア、と呼ばれた男は、ちびちびと干し肉をかじっていた。
「あの魔道具は、回収しなくて良かったの?」
「うん。やっぱり誰にでも作れるようなのは、弱いねえ。強力なやつにすると、魔力で誰のか分かっちゃうだろうし、さじ加減が難しいって分かったよ」
「……そんなにあの女の子のこと、嫌い? わざわざブルザークまで追いかけて」
にちょうどいいってだけ」

 ディスは、大きく溜息をつくと、荷台に寝転がった。
 ビアはまだ、干し肉をかじっている。
 
「は~、意外とヒル、しつこいね」
「ずっと、逃げるつもり?」
「んなわけないでしょ。が全部終わったら、ちゃんとカタをつけるよ」
「ふーん」
 ビアは、残り二口ほどになった干し肉を持った手をじっと見つめ、言った。
「ところで、なんでジャムファーガスにしたの? それも実験?」
「枢機卿の息子と、大将の息子のためだよ」
「あー。あれ、あとなんだっけ……」
「チャームポピー」
「サロンで流行らせたのも、ディス?」
「そ」
「……酷いね」
「そう?」

 ジャムファーガス自体は、きちんと抜けば身体には残らない。が、チャームポピーと呼ばれる『楽しくなる薬草』と一緒に摂取すると……

「今気づいて、間に合うかな」
「へえ! 意外だなビア。ああいう輩、嫌いなのに」
 仰向けになったディスが、頭の後ろで手を組んで枕にしながら、大きなあくびをした。
「……嫌いだよ」
「ふふ。南についたら、美味しいもの食べよ」

 カラカラ、ガタガタ。
 幌馬車はゆっくりと、ブルザークを南へ下っていった。



 ※ ※ ※


 
「すまん、また追いつけんかった」
「王子ともあろうもんが、そうそう謝ったらあかんのんちゃう?」
「せやけどなあ」
「え、王子とは!? ナジャ様のご縁の方!? てことは、ナジャ様って王子!?」

 タウンハウスの、一角。
 レオナ達が学生達の収容施設でペトラとやり合ったり、スープを作ったりしている間のこと。
 シモンはナジャと情報整理をしていた。

 王子と呼ばれた男は、目深に被っていたフードを後ろへと脱いだ。
「ヒルバーアや。よろしゅう。縁者というか、同郷や」
 濃い紫色の髪の毛、鋭い一重だが顔の彫りは深く、浅黒い肌でがっしりとした中背。確かに、ひょろりとしたあっさり顔で色白なナジャとは、雰囲気が全く異なる。
「そんなんええから」
「はうっ! 冷たい!」
「そか? ……今回の件も、弟達の仕業で間違いない。わずかにサーディスとサービアの魔力の痕跡があんねん。俺にしか分からんと思うけどな」
「はー。しつっこいのお。ネチョネチョ絡んできよって」
「一体……?」

 ハテナ顔のシモンに、ヒルバーアが首を振る。
 
「シモンと言ったか。多分今回の件は、証拠が揃わないまま、女性二人が犯人ということで処理されると思う」
「ええ殿下。特務に探り入れましたが、そのようですねえ。恐らくは枢機卿に
「ああ。あと、あの女教師が前に勤めていた学校が、廃校になっとるやろ」
 ヒルバーアが、シモンに紙を差し出した。
「それも不祥事で隠したがってるやろうから、渡しとく」
 シモンは、訳知り顔で紙を開き、頷いた。
「……学生達に信仰を強要していた件ですね。不思議な薬で儀式をされて、全員体調不良になったという」

 恐らくはジャムファーガスの、過剰投与。
 
「さすが、掴んでたんか。その女教師が半年前から狂い始めた元凶が、多分俺の弟達やねん」
「……そして殿下はその者達を追ってらっしゃる、と」
「はは、王子なんてもう名ばかりや。ほな、またな」
 
 ヒルバーアが黒い霧を生み出して消えると、シモンは
「はああああ! 黒霧の王子っ」
 と目を輝かせたので、ナジャはうんざりした。
「レーちゃん達には黙っとき。真相はかなり
「同意致します。教会の人的搾取じんてきさくしゅがつまびらかにされるまでは」
「……エリーゼの腹の子は、多分ミハルの弟か妹や」
「枢機卿は、裏では有名ですからね」

 博愛、という名の、欲の権化。

「あの息子、とっくに壊れてしもとるかもしらんな」
「そう……ですね」

 シモンは大きく息を吐いて、ヒルバーアからもらった紙を懐にしまった。
「では、レオナ様達のお迎えの準備を致します」
 とナジャを振り返ったが、もうすでに居なかった。



 ※ ※ ※



「うん、こんなもんすかね」
 ある日のお昼過ぎ。
 タウンハウスの中庭で、分厚いエプロンに作業手姿。頭にはタオル。
 丸太で作った簡易的な作業台の上でハンマーを振り下ろすジンライが、ようやく息をついた。

「すごい!」
「いや、すごいのはレオナさんすよ! 炉要らずって、どんだけっすか」

 手袋を脱いで頭のタオルをほどき、ジンライは満足げに汗をぬぐう。
 作業台の上には、寸胴鍋すんどうなべ
 型は荒削りだが、になっている。

「楽しかったわ」
「そう言ってもらえると、嬉しいっすね」

 道具屋で仕入れた鋼板にレオナが火魔法で熱を加え、ジンライが魔力を込めたハンマーで丁寧に成形していった。

「買った鍋を改造しても良かったんすけど、レオナさんが鍛治見てみたいって言ってたでしょ」
 にかり、と笑ってジンライは、先程まで色々やって見せてくれた。
 傍らの芝生には、オスカーが丸まって寝ているが、時折耳がピクピクと反応している。

 レオナは、活き活きした彼を見てとても嬉しく、また自分にも刺激を受けていた。

「ええ! それに、蓋はがっちり閉まるようにしないと」
「そっすねえ。重さも必要ですし、魔石をはめるところも……」
「お二人とも、そろそろ休憩にしませんか?」

 マリーが、お茶を運んできてくれた。

 帝国学校は、明日から再開する。
 学生達の体調も戻ったそうだ。事件はかなり衝撃的だったが、軍の迅速な動きと犯人の(とりあえずの)発覚、ミハルの献身的な慰問で、落ち着きを取り戻した。――施設に、ジャムファーガスをデトックスする、薬膳チキンスープを届け続けたレオナであるが、あえて公表してはいなかった。

 再開するのならば、食堂のメニューをどうにかしよう! ということでジンライが「魔導鍋」を作りたい、と言い出した。
「魔石の力で、こう、速く料理できるような……」
 
 前世でいう、圧力鍋か調理家電か! とレオナも思いつき、ああでもないこうでもない、と朝から相談しながらの作業は、とても良い気分転換になっている。

「レオナ様、ジンライ様、お手紙が届いておりますよ」
 シモンの手には、封筒があった。
「まあ、ありがとう!」
 お茶を飲みながらゆっくり読もう、と差出人を見ると、テオからだった。
「わー、嬉しいっす!」

 テーブルの上で早速広げて読み始めた二人は、同時に
「「テオ!」」
 と声を上げ、顔を見合わせた。
 

 ――レオナさんへ

 元気ですか? 僕は相変わらず、勉強とゼルさんのお世話で忙しいよ。なんとか部屋は綺麗に保ててるんだけど、すぐ汚すんだよ。子供のお世話してる気分。(こどもとはなんだ! と横にゼルの汚い字)
 
 さて、前から決意はしていたんだけど、ようやく届出が受理されたので、お知らせします。

 ボドワン家から籍を抜いて、平民になりました。

 実は前々から、ボドワン家には黒い噂があって……公爵閣下とフィリ様が手を尽くしてくれて、僕の身売りの件を取引で、なかったことにしてくれたんだ。二番目の兄さんも一緒に籍を抜いて、商人として生きていくことになったよ。
 
 ローゼン家の皆様に、お礼はいくら言っても足りないけど、これから恩を返していきたいと思ってる。
 それでね、僕は正式にローゼン家の侍従に入ることになったんだ! だからレオナさんは……なんと僕の上司だね!
 帰ってきたら、色々なことを話したいな。
 
 僕も、頑張るからね。レオナさんは、あんまり無理しちゃだめだよ。

 
 ――ただのテオフィルより


「テオが……」
「あら、ついにですか?」
「マリー、知っていたの!?」
「ええ。誰かさんが、弟ができるって言って、ソワソワしていましたからね」
「ヒューゴーったら。ふふ」
「ついに、踏み出したんすねえ」

 急に、みんなに会いたくなってしまった。

「みんな、元気かなあ」
「元気っすよ!」
「ふふ、そうね!」
 レオナが、マリーの淹れたお茶を飲んでいると。

「こちらでしたか」
「こんにちは」
「お邪魔します!」
 マクシム、オリヴェル、ヤンの三人が、食料を抱えて中庭に入ってきた。
「まあ、どうしたの?」
 レオナが聞くと
「明日から学校再開ですから」
 マクシムがにやり、と食料を見せる。
「美味しいディナーでもと思いまして」
 ヤンが、なぜかドヤ顔でワインを見せる。
 オリヴェルは、まだ少し元気がない。

「それはワインでは?」
 マリーが言うと
「ジン君が飲めるって聞いて!」
 ヤンが悪い顔をしている。
 ジンライは、一つ上で成人しているのだ――一応レオナもデビュー済だが、フィリベルトにまだお酒はやめておこうね、と言われているし、レオナ自身もシャルリーヌと一緒に、と思っている。
 
「高い肉も、ありますよ!」
 ヤンが元気づけようとしているのを、オリヴェルも分かってはいるが、まだ時間は必要だろう。
 外に出て任務をこなして、美味しいご飯を食べるうちに、自然と傷が癒えればな、とレオナは思っている。


 ――心の傷に、治癒魔法は、効かない。


「じゃあ、せっかくだし、約束通り、美味しいパンでも焼こうかしら」
「やったー!」

 ヤンがガッツポーズをして、持っていた紙袋から野菜や果物が転げ落ちた。

「あーあ」
「こらこら」
 レオナとマクシムが、それを拾いながら、微笑み合って。
 シモンが
「あーこれはまずい。大変良い感じになってしまっているー! すぐに陛下にご報告せねばっ」
 と呟き、マリーに蹴られた。
 ジンライが見かねて
「レオナさんには、他に、心に決めた人がいますから」
 と言うと、さらにシモンはパニックに。
「わたくし陛下に殺され……?」
「それも大丈夫っすよ。ラディさんも知ってるんで」
「へ!?」

 これ絶対もてあそばれてるな、とジンライもさすがに同情の溜息をついた。
 
 
 
 ※ ※ ※



 ローゼン公爵邸、中庭にて。
 
「弟になったからには、容赦しねえ」
「はい、兄さん」
「うぐっ」
「……早速容赦してるじゃーん」
「うるせえ! つか、なんでいる!?」
「えー? ヒューの弟ってことは、僕の弟でしょ?」
「えっ! お、恐れ多いですよ……」
「うわー、可愛い! ちょっと抱っこさせてー」
「やめろ!」
「抱っこ……」
「おいテオ、無理するな。嫌って言え」
「……僕、されたことないです」
「「は?」」

 ジョエルとヒューゴーは顔を見合わせた。

「ぎゅー!」
 ジョエルが、テオを素早く、問答無用で抱きしめた。
「わぶ!」
 その横から、ヒューゴーが頭をわしゃわしゃしてやる。
「おりゃー」
「わわわ!」
「ぎゅぎゅー!」
「うぐぐ」
「あっ! おい、それ以上は死ぬぞ!」
「ゴメンうっかり」
「げほげほ」
 
「やりすぎだ! テオ、大丈夫か?」
 ヒューゴーが覗き込むと、テオがボサボサ頭のとても良い笑顔で、
「これが抱っこかあ」
 と言ったので
「ちげーよ!」
 とヒューゴーが笑いながら、ちゃんと柔らかく抱きしめた。――抱きしめながら、その丸い頭頂を撫でてやる。

「もう、大丈夫だからな」
「そだよー! お兄ちゃんって呼んでー!」
「……はい」

 ヒューゴーの腕の中で、テオは、静かに泣いた。
 


-----------------------------


お読み下さり、ありがとうございます!
テオの新たな人生に、幸あれ!

ファンタジー小説大賞の投票日、本日が最終日となります。
薔薇魔女を応援いただき、本当にありがとうございました!m(_ _)m
心から感謝申し上げます!
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