上 下
2 / 75
第一章 逮捕!? 釈放!! 新天地!!

2

しおりを挟む



 朝、食堂のマスターが渋い顔で調理場に立っていた。
 日が明けてすぐのこの時間は、どんな季節でも肌寒い。

「おはようございます」

 挨拶をして、一回ぶるりと身を震わせてから、髪の毛をきっちり結んで、エプロンを付けて頭に布を巻く。
 調理場には、仕込みが終わった食材やスープが、良い匂いを漂わせている。なのに、マスターは暗い顔だ。

「?」

 私は、それを疑問に思ったけれども、
「おーい、めしー!」
 お客さん第一号に気を取られて、深く聞くことができなかった。


 
 ◇ ◇ ◇



「キーラ」

 朝のお客さんの波が収まったころ、マスターに呼ばれた。
 ずんぐりむっくりで、エプロンを盛り上げる下っ腹の脂肪分は、毎日少しずつ増えていっている気がする。無精ひげには白いものが混じり始めていて、頑固そうな眉毛。決して愛想がいいわけではないけれど、マスターが作る料理は美味しい。
 
「なんですか、マスター」

 テーブルを水拭きしながら応じると
「……なんか俺に、言うことねえか」
 と聞かれた。
「?」

 少し首をひねってみたが、特に思い当たる節はなく。

「いえ、特には……」
「そうか。……これ、食っとけ」

 ドン、とカウンターに出されたのは、魚をよく煮たスープと、パン。
 
「やったー!」
 私の大好物。
 このスープなら、どんなに硬いパンもひたしたらごちそうになる。
 朝は食べず、昼前落ち着いたときにこうして出してくれる『まかない』が、何よりも元気の源。お昼も頑張るぞー! って気持ちになれるんだ。時々、お客さんの波が途絶えなくて食べられない時もあるけどね。

 
 
 ◇ ◇ ◇


 
 その日の夕方。
 店の奥のテーブルに、見慣れない男性が二人、座った。


 ――漁師っぽくないなあ。


 一人は、こげ茶のゆるいウェーブがかった髪の毛を耳にかけた、ガタイが良くて日に焼けた人。
 もう一人は、銀髪のまっすぐで長い髪の毛を背中の半分まで垂らしている、色白の人。
 年齢で言うと、日焼けの方は三十代半ばぐらい? 銀髪の方は若そう。二十代前半かな。

「ご注文は?」
「俺は、エールと……がっつりな感じの適当に」
「私は、エールと、なにかスープとパンで」
「はーい」

 
 ――なんか、所作が……洗練されている気がする。
 
 
「なんだい? お嬢ちゃん」
 日焼けさんに、ニコニコ話しかけられた。
「あ! ごめんなさい。あの、お見掛けしないお顔だなって思いまして。ぶしつけでした、失礼しました」
「いやいや!」
 ぺこり、とお辞儀をして下がり、カウンターへ注文を伝える。
 
 日焼けさんには、大きな魚の切り身をスープで焦がしながら焼いて、上にチーズをかけたもの。
 銀髪さんには、あっさりめの貝のスープと、やわらかいパンを出した。

「おお! うまそう!」
「いただこう」

 感触がよくて、ホッとした。初めてのお客さんに『おまかせ』されると、緊張するけどやりがいもある。
 あ、隣のテーブルが空いたな、片付けよう……と動いていたらば。

「ふあーあ」

 ソフィのご出勤だ。
 今日はいつもよりさらに遅い。
 少しずつ、酒場目当ての客たちが店に入ってきている。
 
「やっときた……じゃ、交替するね」
 と、ソフィに声を掛けると
「まって」
 鋭い声で引き留められる。
「?」
「キーラさあ、マスターに何か、言うことないわけー?」

 ねっとりとした口調。
 今朝、マスターに同じように聞かれたことを思いだした。

「別に、ないけど」

 本当に思い当たることが、何もない。
 一体何を言いたいのだ。
 首をひねっていたら、ソフィが「ふふん」と文字通り声に出して、鼻で笑った。

「泥棒!」
「……は?」
「あんたのことよ! 泥棒」

 
 ――はああああああああ!?
 



-----------------------------


お読み頂き、ありがとうございました。
是非お気に入りにして頂けると嬉しいです♡

宜しくお願い致します。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

拾われたユウ君

BL / 連載中 24h.ポイント:411pt お気に入り:107

王子殿下の慕う人

恋愛 / 完結 24h.ポイント:589pt お気に入り:5,364

令嬢スロート

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,611pt お気に入り:61

きまじめ騎士団長とおてんば山賊の娘

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:77

処理中です...