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第一章 逮捕!? 釈放!! 新天地!!
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しおりを挟むひんやりとした石壁に背中を預けて、座る。
お尻が冷えるので、エプロンを畳んで敷いた。
夜は長い。はるか上にある格子窓の先に、夜空が見えたので、星を数えてみる。寒い。雪の季節じゃなくてよかった。けれど、寒い。
――給仕の格好のまんまだもんな。
軽装だ。動きやすいシャツ、くるぶしの見える、短めのパンツ。
頭巾をはらり、と取ってみる。これを首に巻くだけでも違うか、と試すと、自身の頭の熱で暖かかった。
ほどいた髪の毛先を、手でもてあそんでみる。鮮やかな赤い髪は、この辺りでは割と珍しい色で、すぐに顔を覚えてもらえた。
――私は一体、誰だったんだろうなあ……あ!
そうだ、大切なことを忘れていた。
あの腕輪には。
「おじさん! おじさん!」
叫ぶと、先ほどのおじさんが来てくれた。
「どうした?」
「あの腕輪! 私の名前が、分かりづらいように彫ってあるの!」
「!?」
老夫婦が私の名前をどうしようか、と悩んだときに見つけた「キーラ」は、腕輪に彫ってあった文字だ。
残念ながら文字が読めない二人の代わりに、私が読んだ。
この王国で文字が読み書きできるのは、貴族や豪商などの特権階級だけ。
ソフィに読めるはずがないし、この辺で買ったものに、彫ってもらえるわけがないのだ。
「お願い、すぐに確かめて!」
「いやしかしだな……」
「しかしって、何!?」
眉尻を下げて困ったように頭をかくおじさんに、ものすごくイライラする。
「まさか、あの腕輪」
「……御心配には、及びません」
「!?」
急に、滑らかな声がした。
「私が持っています」
「あ」
銀髪さんだ。
食堂で、見慣れないお客さんだなと思って見ていた、あの銀髪さんが、なぜかここにいる。
「お嬢さんをこんなところに入れてしまって、申し訳ない」
「いえ。それより、貴方が持っているって」
「はい。こちらに」
手のひらの上に乗っているのは――私の腕輪だ!
「名前! 確認してください!」
「ええ。裏側に……分かりづらいですが、確かにキーラと彫ってありますね」
にこにこする銀髪さんが、不気味だ。
この暗がりでも分かる。目は笑っていない。そして、おじさんが細かく震えている。
「なら、返して! ここから出して!」
「どうしようかな」
「どうしようかって、なんで!」
「あの食堂のマスターと女性が、君がお金を取ったと主張しているのは、変わらない」
「私は、そんなことしてないっ」
「それを、どう証明する?」
――なによその、試すような言い方! はらたつうううううう!
「私の部屋でもなんでも、調べれば良いでしょう!」
「お金を別の場所に、隠しているかもしれない」
「あのねえ! 大体、仕入れの時にお金のやり取りをしているのはマスターだけよ。お金の保管場所なんか知らない!」
「お会計の時は?」
「私が受け取るけど、全部決まった場所に入れているし……」
――あんまり言いたくないけど、仕方ないな……
「いるし?」
「カウンターの下に、ワックスタブレットを置いてる。それにここ一週間の売り上げが書いてあるわ」
「ほう!」
ワックスタブレット、というのは、木の板に蜜蝋を流し込んで作ったもので、木の棒でひっかくと文字を書くことができるものだ。消したいときは、ヘラでならせば良い、簡易なもの。
市場で見つけて、字を忘れないように自分でいくつか買ったうちの一つを、売上記録のために使っていた。
「お金を取るような人間が、そんなことしないわよ」
「なるほどね。君は、なぜ読み書きができる?」
「……知らない。記憶がないの」
銀髪さんは、目を細めた。
「ふーん。聞いたか? ……すぐに押収して持ってくるように」
「は!」
おじさんが、走っていった。
暗い牢、鉄格子を挟んで、二人きりになる。
「やれやれ。まあ私も、君が犯人だとは思っていないよ。あの娼婦だろうねえ」
ニコニコと銀髪さんは、笑う。今度は目も笑っている。
「娼婦? て?」
「君を断罪した女性だよ」
「ソフィ? え? 娼婦なの?」
「おや、知らなかったのかい。酒場でめぼしいお客に声を掛けては――」
「いい、いい! 聞きたくない!」
「はははは」
また、笑った。腕輪をもてあそびながら。
「それ、返してくれないんですか?」
「うーん」
「釈放してよ!」
「うーん。うん。条件がある」
「はあ!? 条件もなにも、無実だし私のだし……っていうか、聞くのすっごい怖いんですけど」
「ふふふふ」
銀髪さんは、鉄格子に近づいてきて、言った。
「なんにせよ、君はもうこの町にはいられないだろう?」
「うぐ」
それは、その通り。
こんな小さな町で「泥棒で捕まった」という噂は……たとえ無実で釈放されたとしても、身を潜めて暮らすようなものになるだろう。しかも、住み込みしていた食堂には、戻れないし、戻りたくない。つまり、家もない。
「君を、雇おう。来てくれるよね?」
「……は!?」
有無を言わさない銀髪さんの迫力に、思わず頷きかけた。
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