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第三章 疑惑!? 騒動! 解決!!

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「キーラちゃあん! ざーんねん! さあ、牢に行きましょうねえ~。たーっぷり、可愛がってあげるからねえ~」
「放せ、ボイド!」
「陛下のご命令ですからあ~」

 間延びした気持ちの悪い声が、耳の上で鳴っている。ついでとばかりに、べろりと耳を舐められた。
 気絶しそうなぐらいに醜悪だ。
 
 バンッ!

 背後の扉を強引に開けさせ、ボイドは私を羽交い絞めにしたまま歩いていく。首が絞まる。息が……

「あ、苦しい? じゃあこうしてあげるねえ~」

 ボイドは腕を首から下にずらし、手を脇の下に差し入れるようにして、ついでに胸を揉まれた。
「うは! 結構大きいじゃん。たーのしみだなー!」

 ――吐きそう!

 自由になった左腕で抵抗するけれども「動いたら殺すよ」って言われてしまって、力が抜ける。
 レナートが、ばさばさと書類を落としたかと思うと、見たこともないぐらいの殺気を発して、帯剣の柄に手を伸ばしながらついてくる。

「おっと、だーから陛下のご命令ですって! 剣を抜いたら、団長も処罰対象ですよー」
 
 ボイドの言葉に、レナートは
「ほう。処罰か。貴様の命に比べたら、ずいぶん軽いんじゃないか?」
 抜剣し、あっという間にボイドの首を斬りつけ……
「待ってくださいよ」
 突如として現れたヤンが、その手首を持って止めた。
 
「ヤン! なぜ止める」
「こいつとの勝負、お預けになっちゃってるんで。自分が」

 ヤンが不敵に笑って、振り返る。

「なあ、人質取らねえと勝てねえの?」
「ああ!?」
「二番隊隊長だかなんだか知らねえけどさ。雑魚ざこいねえ」

 ――普段あんなに人懐っこい子犬みたいなのに、邪悪になってる!

 とはいえボイドもただの馬鹿じゃなかった。二番隊の騎士団員が何人か応援に来ている。
 そいつらに私の身柄を渡すと、ヤンに向き直った。

「生意気なガキが!」
「いーのーしーしー」
「てんめえ!」
「……人、殺したことねえだろ」
「ああ?」
「甘っちょろいねえ」

 煽られて剣を抜くボイドに対して、ヤンは素手のままだ。

「斬り刻んでやらあ!」
「そんな太刀筋じゃ、斬れねえよ」

 言ったかと思うと、膝蹴りが、深くボイドの腹にのめり込んでいた。
 一瞬のことで、何が起きたか全く分からないままに。

「うご……」
 白目を剥いて泡を噴き、ボイドが床にどさりと崩れ落ちた。
 
「で、あんたらはどうする?」

 私を拘束していた二人の騎士団員が、みるみるその体を震えさせる。
 後ろで見ていた役人たちも、国王も、王女も、皆がヤンの殺気で近寄れない。

「なあ。やめとけよ。どうせ賭け事に負けて、借金たんまり背負わされてるだけだろ?」
 ヤンが騎士たちに告げると、びくり! と面白いぐらいに肩が跳ねた。
「ほら」

 ぴん! とヤンが投げたのは、小さな四角い木。
 一人が、咄嗟に空中で受け取る。

「よく見ろ。仕掛けがしてある。お前ら全員、騙されてる」
「な!」
「えっ」
「赤か白か。だろ?」
 
 真四角の木の欠片かけら――さいには、赤色と白色の面があって、どっちが出るか? と振って出た面を当てるという、単純なもの。
 いつでもどこでもできるから、人気の賭け事だ。賽が一つだけだとズルいこともできるから、二つ同時に振って、赤赤、赤白、白白、のどれかを当てる。
 
「え?」
「いや、俺らはちゃんと確かめて!」
「それな、ある薬草の塗料だ」
「え」
「濡らすと赤く見える」
「「!!」」
「指濡らして触ればいいし、拭えば元通り白に戻る」
「な、な、……」
「うそだろ!」

 私を拘束していた手が緩んだので、すぐに逃げてレナートのもとへと走ったら
「キーラ! 大丈夫か!」
 たちまちぎゅっとハグされた。レナートの身体が、燃えるように熱い。ものすごく、怒ってくれてたもんね。
「はい!」
 気持ち悪かったけど、無事です!
 私の顔を覗きこんで安心したレナートが、剣を鞘に納めると、国王を振り返る。
 
「なるほど、その反応を見るに、陛下もご存じだったというわけですね」

 あ、レナートまだ怒ってる!
 ……え? 今……なんて?

「だからフレッド様は私をここへ派遣したわけか。国王自ら賭け事で王国民からの金銭搾取さくしゅを主導し、その金で帝国の武器魔道具を、密かに手に入れようとしていた。ボイドの領は港を持っている。そうですね?」

 国王がぶるぶると震えだした。王女はその半歩後ろでポカンとしている。
 
「アルソスと戦争でもなさる気か」
「ち、ちが、ちがう!」
「あのですねー。普通ならこんな小国に、わざわざ帝国の海軍大将が来るわけないでしょう?」

 国王の反応を見て、ヤンがめんどくさそうにボリボリと頭をかく。

「そこで気づかないところが、またすごいすよ。勝手に武器を買っているみたいだ、戦争の気配だって友好国に言われたから、来るの。わかります?」
「戦争などと! く、く、クレイグ!」
「じっ、事実無根である!」

 ――ちょちょちょ、賭け事で国庫を使っているだけだと思ってた! なのに、せせせ戦争って!?

「キーラ、すまなかった。問題が大きすぎてな。とてもその、言えなくてだな」
「ひええ!」

 ええっ、今、謝る? レナートって時々空気読めないよねっ!
 でもしゅんとしてるの、可愛いとか思っちゃった。私も空気、読めてない!

「と、とにかく、事実無根であるからしてっ」
 せっかく気を取り直した国王が話し始めたのに、
「あっれえ? もう解決しちゃった感じ?」
 廊下の向こうから、どこかのほほんとした声が聞こえてきた。

「あ! ロランッ! 会いたかったあ!」

 こんな状況なのに、誰よりも先に甘い声で呼ぶ、王女の図太さは見習いたい。
 でも、走り寄ろうとした王女を、冷たい目をしたロランが手で制した。なぜなら。
 
 ――その『銀狐』の背後を歩いてきたのは、

「あれ……? もしかして、ヨナさん? ヨナさんだ!」

 リマニの町で、ロランとともに私を助けてくれた、自称・漁師。
 こげ茶の緩いくせ毛を耳にかけて、よく日焼けしているきりっとした顔立ち。その分厚い体躯が今は――

「そ、その恰好……」

 黒い軍服に包まれている。赤いラインが入っていて、たくさんの金ボタン、胸には勲章がいっぱい。二の腕の階級章も大きい。
 黒いふくらはぎ丈のマントは、裏地が赤で、肩に折り返してかけているのがとてもオシャレだ。
 そんな彼をぼうっと眺めていたら、カカッ! とかかとを鳴らして立ち止まり、深々と異国の騎士礼をされた。

「はい。ヨナですよ。お久しぶりです……キーラ殿下」
「おひさし……殿下?」

 でんか?

 思わずレナートを振り向いたら――ものすごく悲しそうな顔をされた。




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お読み頂き、ありがとうございました。
ヤン君の見せ場でした!

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