草を刈っただけで、精霊王に溺愛されていたらしい

卯崎瑛珠

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草を刈っただけで、精霊王に溺愛されていたらしい

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「ヴィヴィアナ! 貴女との婚約を、破棄する!」

 婚約者であった――過去形で語るべきだろう――この国の王太子、アシルが叫ぶのを私は冷めた目で見つめていた。

 一度でいいから恋をしてみたいという、乙女なら真っ当な夢を密かに持っていた私は、王太子との婚約に異を唱えることなく受け入れていたが。

(無駄な一年だった)

 愛されることも愛することもなく迎えた、アカデミーの卒業パーティ。
 よりにもよって今宣言しなくても、と思うが、『既成事実』としてなんとしても認めさせたいという強い決意だけは認める。
 
 アシルの傍に侍るのは、わざとらしいぐらいに憂いの表情を浮かべたカロリーヌ伯爵令嬢。

 私の家は、彼女と同じ伯爵位だが辺境近いことで普段から見下されていた。
 
 中でも特に、学院の庭を歩いていた時『地味女は草でも刈ってろ』と言われたことを根に持っている。他にもあれやこれや、よくもまあ悪口をそんなに思いつくものだ、というぐらい言われたが、このセリフだけは忘れられない。なぜなら。
 
 根に持ちすぎて、花壇の雑草が気になってきて、本当に刈っていたら――

『ほらな、予言通りだろ? やっちまおうぜ』

 黒いに懐かれたからだ。
 
 黒いモサモサには細い尻尾が生えていて、私の肩の上でふわふわと宙に浮きながら、耳元で囁く。
 鳴き声が『フェー』だから、そのままフェーと呼んでいる。
 技術が発達し豊かな農作物を得られるようになるのは、すべて精霊のおかげと信じられているからか、私は『きっと何かの精霊だろう』とその存在を受け入れていた。

「そうは言ってもね、フェー……」
「何をブツブツ言っている!」

 アシルの演説はまだ続いていた。
 普通の人にフェーは見えないから仕方ないとはいえ、王太子がこんな残念で大丈夫かこの王国? と心配になるのは私だけだろうか。

「……婚約破棄、ですか」

 当然愛情などないが、この婚約はただの約束事ではない。
 王国に利益をもたらす家との契約でもあるわけだ。
 カロリーヌ嬢の家が我が家より裕福ならば致し方がないが、そうでもなかったはず、と私は首を捻る。

「ふん! 納得行かなくても、私の心はカロリーヌにある! 真実の愛を、見つけたのだ!」

 暑苦しい演説に、私の心はどんどん冷えていく一方、カロリーヌ嬢の目には熱情が湧いてきている。
 いや、ただ悦に浸っているだけか、と私は大きく息を吐く。自分が優位になることがなによりも好きな、典型的な貴族令嬢。

「真実の愛、ですか」
「ああ!」

 人に見えないところで他人に暴言を吐くような女と、真実の愛だと? 笑わせる。
 私が欲しい『愛』は、それじゃない。

「フェー。やっちまおう」
『フェー!』
 
 ぶるぶる震えながら甲高い声で鳴いた後、フェーは黒い大鎌に姿を変えた。
 柄は私の身長と同じぐらいの長さ。刃の部分は分厚く、半身以上の長さがあり、黒鋼が禍々しい力を放っている。

「な、な、な!?」

 ざわつく周囲の声を黙らせるため、私は腹から声を出す。
 アシルの背後から近衛騎士たちが走ってくるのを、手を前に出して制す。そんな仕草で止まるとは思っていない。この一瞬だけ、足を止めてくれればそれでいい。
 
「では殿下。証明してくださいませ」

 私は大鎌を構えると、その場で素早く横一線に振るった。
 たちまちブンッ! と黒い線のような波動が、宙を走っていく。

「その……真実の愛とやらを」

 アシルの金髪が宙に浮いたかと思うと、
 側頭部の髪の毛はかろうじて無事だが、頭頂は――豪奢なシャンデリアの下で頭皮を眩しく光らせている。

 ――そう。一瞬にして王太子は、
「きゃあああああ!」

 カロリーヌ嬢が悲鳴を上げるが、自分の体が無事であるアシルは状況が分かっていない。
 
「ふん、そ、そんなものを振るって脅しても! 私は屈しないぞ! なあ、カロリーヌ嬢」
「いやあああああ!」

 ところが先ほどまで熱い関係を築いていたはずの令嬢は、あっさりとドレスの裾を翻し、走って逃げていく。

「カロリーヌ!?!?」
「殿下。せめて最後の乾杯をぜひ」

 私は白ワインの入ったワイングラスを、アシルの目の前に掲げてみせた。
 なるべく大きなグラスを選んだから、よく映っていることだろう。王太子の、御尊顔が。

「な、なにを言って……!?!?!?」
 
 グラスが目に入るなりアシルは動揺し、自分の頭頂を触り、確かめるために白手袋を必死に脱ぎ捨て、もう一度触っている。

「あ、あ、あああああ?????」

 ツルツルの頭頂に卒倒しそうになる王太子へ、私は問う。

「さきほど真実の愛がどうとか言ってましたけど。……で?」

 それからしばらく待ってみたものの、はくはくと唇を動かしているだけで返事がないので、諦めた私はその場を去った。

  ◇

 翌日、王宮、玉座の間。
 王太子への傷害罪で収監されることも覚悟していたが、逆に国王に呼び出され謝られてしまった。
 
 我が家はなぜか精霊たちに好かれる性質で、自然の恩恵を大切にする王国においては大事にされてきた血筋である。
 精霊信仰が薄まってきているのは感じていたが、王太子自身が、とは思っていなかったらしい。

『かえってよかったぞ、国王』
「シルフェ様!」

 国王にシルフェと呼ばれたフェーは、伝説ともいえるすごい精霊だったらしい。
 黒髪黒目の美丈夫の姿になり、傲慢な笑みを浮かべながら、私の横で腕を組んで立っている。

『この娘のおかげで、俺は絡まった根から助けられたのだ。喜んでもらい受けよう』
「ははー!」

 またしても勝手に、今度は精霊との婚約が進められている。

「いや、あの、私の意思は?」
『この俺に不満でもあるのか? 希望は? なんでも叶えてやるぞ』
「なんでも……」

 私の希望はたった一つ。恋をしてみたい。婚約するというのなら、愛の言葉ひとつ、囁いてくれたって良いではないか。
 
「で?」
「ん?」

 フェーが本当の意味で私を愛してくれるのは、いつになることだろう。
 



 ――なんて考えていたら。

「拗ねた顔が本当に可愛いなヴィヴィアナ。ああ愛しい、愛しすぎるぞ。愛している。早く連れて帰りたい」

 予想の倍以上の甘い言葉を耳元で吐かれてしまった。

「もう良いか国王? ヴィヴィは俺のものだからな、誰がなんと言おうと返さぬぞ。あとあやつの髪の毛は生涯生えない呪いをかけておいたからな、それじゃ!」

 あっという間にお姫様抱っこで空を飛んで、フェーの家に連れてこられてしまった。
 私の大好きな草花に囲まれた、優しい色合いの屋敷で、伝説の精霊が笑う。

「で? 他に欲しいものはあるか?」

 私が無言で、思い切り両手を広げると。

 力強いハグの後で、キスの大雨が降ってきた――
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