死にたがりの私を生かす、死神の事情。

卯崎瑛珠

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第三話 明るく死ぬために

16. はなして欲しい

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「うわ。びっくりした」

 悠人が驚いた拍子に、握っていた手を離してくれたので、私は反射的に車から降りた。
 それから、意識して深く呼吸をする。
 動悸が激しく、呼吸が浅くなっていた自覚があったからだ。

「大丈夫か、天沢」

 鳴神さんは、すぐに助手席側の私のところへ来て、背中を撫でてくれる。死神なのに、優しい。

「はい。すみません、鳴神さん」

 運転席から降りた悠人が、車体越しにこちらを振り返った。
 屋根の上に肘を乗せ、睨んでくる。
 
「六花さあ。そいつと、どんな関係? 家にも来てたし、職場の先輩後輩にしちゃ、おかしくない?」
「どんなって。別に」
「んなわけないだろ」

 死神です、なんて言えるわけがない。
 そして悠人は私を気遣わず、自分の意見を押し通そうとする。鳴神さんが来なければ、危うくまた我慢して従うところだった。
 学ばないな、私というやつは――とまた、死にたくなる。
 
「就業中です、工藤さん。戻りましょう」
「はあ? まだ話終わってねえだろ。てか、クソ真面目すぎ」

 自分勝手すぎるし、復縁を迫っているとは思えない。母親まで巻き込むなんて、怒るより呆れしかない。
 やはり私を利用するだけなのだと分かって、逆に良かったと思うことにする。
 そうやって、私は諦めているけれど、鳴神さんは違った。
 
「……その腐った魂、狩ってやろうか」

 怒った鳴神さんの足元からじわりと黒霧が発生したかと思うと、車が怯えるようにハザードランプを勝手にチカチカさせ、車体を震わせ始めた。もちろん、誰も何もしていない。完全に、怪奇現象だ。まだ夕方なのに。

「ひいっ⁉︎ な、何⁉︎」

 悠人は腰を抜かしたのか、ここからでは顔が見えなくなった。
 
「鳴神さん、やりすぎです!」
「なぜだ。俺は力を取り戻すし、天沢を害する存在はいなくなるぞ。ウィンウィンというやつじゃないのか?」
「ウィンウィンて。やっぱり勤勉ですね」
 
 勤勉で正論な死神が、味方でいてくれるのなら。
 私は、勇気を持って自分で言えるのかもしれない。

「自分で言いますから。そこ、動かないで。見ていてください」
「おい……」

 ボンネット側を歩いて運転席側に回ってみると、悠人は青白い顔で地面に尻餅を突き、膝をガクガクさせていた。
 そんな情けない姿を見て、私は今なら言える、と口を開いてみる。
 
「ねえ。もう私、疲れちゃったよ。十分尽くしたよね? 解放して欲しい」
「あ?」
「他の、もっと良い人探したらいいよ。悠人なら、きっとすぐに見つかる」
「いや、待てって。六花いなくなったら、俺の営業成績……」

 言いかけて悠人はハッとし、口を噤んだ。
 やはり、私の体質を無意識にでも当てにしていたと分かって、すっきりしたような、切ないような。

「一度でいいから、努力してみなよ。話は以上」
「六花……」
「名前呼びも、やめて欲しいです。工藤さん」

 立ち去ろうとすると、悠人は必死な形相で立ち上がって、鳴神さんを指差す。

「待てって! 絶対おかしいよこいつ! なんなんだよ!」

 こうやって問題点を逸らして、うやむやにしてしまうのも、悠人の良く使う手だ。
 それはもう把握しているから無視すれば良いのだけれど、よりにもよって、叫ばれてしまった。
 誰かに聞かれたらどうしようと、慌てて周囲を見回すと、どこからかキラキラとした白い光が降ってきた。

「おーっと、これ以上は騒ぎになっちゃうから~!」
「舞生くん!」
「……舞生」

 ニッコリ微笑む舞生くんが、いつの間にか悠人のすぐ後ろに立っている。それから、優しい手つきで悠人の両肩をポンポンと叩くと、あれだけ動揺していた悠人の顔が、穏やかになった。

「工藤さん。落ち着いて?」
「落ち、着く……?」
「はい。深呼吸して~。商談うまく行ったんでしょう? 報告書、作らなくちゃ~。戻りましょ。ね?」
「あ、ああ」

 ぼんやりとした顔で、悠人はオフィスへ向かって歩き出した。その数歩後からついていく舞生くんは、顔だけで振り返る。
 
「リッカさん、自分で言えましたね。すごいです! でも、もっとルイに甘えていいんですよ」
「えっ?」 

 十分甘えてるのに? と首を傾げると、舞生くんは鳴神さんを横目で見つつ天使の光をチラつかせ、意味深に微笑んだ。
 
「ルイは~、これ、貸しね! リッカさんが甘えられるように、天使の僕が、運命ちょっと動かしとくよ!」

 最後にぶっ込むのが舞生くんらしい、と思いつつ、運命動かすって何のこと? と鳴神さんを振り向くと、
「天使に貸しとか、焼きが回った」
 頬を掻いて私から目を逸らしている。耳が、ちょっと赤い……?

「鳴神さん。助けてくれて、ありがとうございました」
 
 軽く頭を下げて、拳をぎゅっと握る。
 勇気を出した反動からか、武者震いのようになっている。それに、死にたがりの自分を少しだけ置いてこれた気がして、気分も高揚する。
 
「いや。また死ぬかと思った。焦った……」
「はい。でも鳴神さんのお陰で、自分で言えました」

 私の側には鳴神さんがいて、味方になってくれる。舞生くんも、助けてくれている。
 なら、自分も大事にしていいのかな、と初めて思えた。  

  +++

 オフィスに戻り、営業課のある島の辺りに目を向けると、悠人はディスプレイを見ながらキーボードを叩いている。
 珍しく真面目に仕事をしている様子に驚くと、私のデスクの向かいに座っている舞生くんと目が合い、パチリとウィンクされた。
 さすが天使、本当に報告書を作らせたのか。てっきり私がやる羽目になるのかと思っていた。

「もー、リッカさん。自分でやろうと思っていたでしょ。そういうのも、良くないんですよ。やらせましょ」

 天使には、全部お見通しのようだ。図星すぎて、少しの間絶句してしまう。

「……そう、だね」

『尽くして幸せにする体質』というのは厄介だなと改めて思った。尽くすのが当たり前になっているからだ。
 
 手元にあるスマホには、今度は母親からの着信履歴が積み上がっている。
 せっかくようやく、少しだけ前進できた自分の足首を、家族が引っ張って離さない。このままでは、また地獄に引き摺り込まれてしまう。
 死神に憑かれるまでもなかったな、と私は溜息を吐いた。とりあえず、しばらくは無視しておこうと決めて、パソコンのスクリーンロックを解除した。

「天沢?」
「あー、えーっと。契約書の電子ファイル、どこでしたっけ」

 声が震えるのを誤魔化せただろうか、と不安に思っていたら、万城目課長が珍しくパーテーションの向こうから私を呼ぶ。

「天沢! ちょっと来い」

 そうだった、この人も代休を取っていなかったんだった。なぜなら、家に居場所がないから。
 さらに憂鬱になりつつ、パーテーションの脇から「何でしょうか」と声を掛けると――

「お前、実家からいきなり退職の連絡が来たらしいぞ。人事で止めてるが」
「な、え?」
「規則じゃ、本人が退職願を書くことになってるが。一応、意思確認だ」
「そんなの! 勝手に言ってるだけです!」
「そうか。んじゃ突っぱねとく」

 しっしっと手の甲で払うような仕草をする課長は、いつものパワハラ課長ではない。
 呆然としていると、
「俺だってな。天沢が真面目に働いてんのぐらい、分かってるからな」
 モゴモゴと言い訳された。
 ほんのりと耳が赤いのは、鳴神さんと同じ。

「ありがとうございます。お茶、飲みますか?」
「おう」
「淹れてきますね」

 不器用な人なのだ、と少しだけ人となりが知れたのは、収穫かもしれない。
 けれども、この命の終わりがジリジリと迫っているような――そんな緊張感は、拭えなかった。
  
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