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#1同棲契約
クリスマスの魔法
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寒さも和らぎ、丁度新芽がで出した頃のこと。
いつも通りリビングにいた相沢さんが唐突に私の前に立った。
「浅田に言っておかなければいけないことがある。ちょっとだけいいか。」
改まってなんだろうと口に運んでいたクッキーをお皿にのせる。
「俺、来月から転勤で大阪に行く事になった。」
驚いて開いた口が塞がらない。何もいえずにいると、相沢さんは話を続けた。
「この部屋から出て、また一人暮らしになる。だから今月で上司としても同居人としても最後だ。」
「唐突ですね。」
状況が飲み込めない。
「俺との窮屈な暮らしも今月までだな。」
素直に頭を振れない。
「私相沢さんと仕事が出来て良かったです。でも、行ってほしくありません。」
相沢さんは少しだけ驚いた顔をした。
「行かないで下さい。」
腕をつかんでいた。
テーブルにポタリと雫が落ちた。私はなんで泣いてるんだろう。
頭を大きな手が撫でる。
「仕方ない。上の命令だから。俺が課長になるには、大阪の分署に行って経験を積む必要があるんだ。俺のことをそんなに慕ってくれてたとは。」
「当たり前です。新人の頃からお世話になってますし。」
年下や子供をあやすような、優しい声だった。
「また、ご飯を一緒にどうですか」
「うん。必ず。連絡先は知っているだろう。悩み事などがあればまた連絡をしてくれ。」
その一ヶ月後、相沢さんは引っ越して行った。
空っぽの部屋に一人。あの部屋にはもう誰もいない。
同期の城崎柚子が引っ越してきて、ルームシェアすることになった。
前は相沢さんが住んでいたとは言えない。心にも穴が空いたみたい。
私はそれから雪の降る季節になるまで連絡を取れなかった。
たまに大嶋さんが電話で話をしているのを聞くけど、元気そうだった。
それから夏と秋が過ぎた。
そして、クリスマスの連休前の金曜日。
春先に大阪へ転勤した相沢さんは会議で本社に来ているので、関係課で飲み会が開催されることになった。他にも転勤したり、定年された方々が集まる。久しぶりに会えることにドキドキしていた。
ただのちょっと高級な居酒屋だったが、大勢集まっていて貸し切りだった。
なんとなく見たことある人もいれば、初めてみる人もいる。
たまたまとても綺麗な女性と隣になった。話が合い、とても楽しかった。
自己紹介し合うと、総務部の上原麻奈さんと言うらしい。
たまに廊下で見かけているからお互いに顔はなんとなく分かる。
盛り上がっていたけど、開始から一時間が過ぎても相沢さんの姿がないのが気になり、ついつい時計を見てしまう。
すると、席を移動して回っている大嶋さんがこちらにやって来た。
「お疲れ様。楽しんでるね。そういや、相沢なんだけど終わるまでに間に合うか分からないって。」
「そうですか。」
上原さんはにこやかに笑った。本当に綺麗な人だな。
度々出てくる大嶋さんだけど、相沢さんの同期で隣の課の係長。
相沢さんとは古い仲でいつも話をしていた。
大嶋さんは上原さんの横に腰かけると、お酒を飲みながら話しかけた。
「下世話なこと言うけど、相沢とよりを戻す気はないの」
上原麻奈さんってあの麻奈さんか。唐突に私だけ気まずく感じる。
「渉さんは私とよりを戻したいって言ってるんですか。」
「んーいや。でもお似合いだったし」
確かにとても綺麗な年上の女性って感じで相沢さんとお似合い。
「でも私、彼氏いるんです。」
「あー、営業部の高野と付き合ってるんだっけ」
高野彰は私の元カレ。こんな話を聞かされて胸が痛い。
高野さんと付き合っていたことは内緒にしていたから彼女も知らないんだろう。
彼女は照れ臭そうに笑った。もうここに居たくない。
「用事があるので帰ります。お疲れ様でした」
柚子がこっちを向いた。
「ええ、もう帰るの。用事が終わって早く帰ったら、洗濯物取り込んでてくれる。お願いね」
私は頷きそそくさと家に帰った。
仕事が押して10時を回った頃にやっと会場についた。
大嶋が俺に手を振っている。
「久しぶり、こんな遅くまでお疲れ様。寒かっただろう。」
「あぁ、今日は寒いな」
同期の顔を見てほっとする。やっぱり転勤先はまだアウェイだから、緊張する。
「何か飲むか」
「うん。ビールをお願い」
俺は大嶋と暫く二人で飲んでいた。目の端に上原がいる。
別れてから二年程経ったが、その間に仕事でも接点がなく話すこともなかった。彼女は相変わらず綺麗だった。浅田の元カレで営業部の高野と付き合ってるんだっけな。浅田の姿が見当たらない。
「浅田は?」
「あぁ、用事で先に帰ったよ。」
「そうか」
浅田も来ていたはずなのに、帰ってしまったのか。
俺は二次会が終わり暗い道をホテルに向かって歩いていた。
ハイヒールの音が近づき俺の横に並んだ。
この香水の香りは嗅いだことがある。
「久しぶりね」
「あぁ、相変わらずだな」
イアリングが顔の横で揺れている。
「どういうこと」
彼女に何度振り回されたことか。いい女を逃したとは思うが、元の関係には戻りたくない。
「この後ちょっと飲まない」
「いいや、遠慮しとく。」
俺が首を振ると彼女は少し表情を曇らせた。
「久しぶりの再会ってのに冷たいわね。」
「俺は元々こんなだろう」
上原と別れると勝手に前の俺の家に戻った。
相沢さんに会いたかったな。一人でチューハイをあおる。
今頃、綺麗な女性と会ってて楽しく食事をしているんだろうな。
課の飲み会なんかに参加しないで。珈琲を飲むしかめっ面を思い出す。
―これうまいな。
私の料理を誉めてくれた。なんだか色々なことを思い出してしまう。
相沢さんが居るときは最低限の女子力はあったが、女子とルームシェアとなるとどうしても気が抜けてしまう。部屋のなかは散らかっている。
―こんなところで寝ると風邪引くぞ。
そう言い布団をかけてくれた。
何してるかな。寒い冬は人肌が恋しくなるってのは本当なんだ。
こたつに入り、ウトウトとしていた。
抑えめのテレビの音を書き消すインターホンの音で眠気は吹っ飛んだ。
「こんな時間に誰よ」
柚子は鍵を持っているはずなんだから、自分で開ければいいのに。
モニターを見ずに扉を開けると、そこにはコートに身を包んだ相沢さんがいた。
「ワインを持ってきた。飲むか」
唖然としている私の横をすり抜け部屋に入った。
「うー寒。相変わらず散らかってんな。俺がいた時より全然汚いな。」
俺がいた時って同棲してたみたいじゃない。実際そうか。
「城崎と住んでるんだってな。城崎もあの様子じゃ自炊しないし、部屋も綺麗にしてるタイプじゃないな。」
確かに当たってる。柚子は女子力高いけど、ちょっと手を抜いてるところがある。
「ショコラは元気か」
「ええ」
隅からショコラが歩いてくる。
ショコラは嬉しそうに尻尾を上げて相沢さんにすり寄った。
「お前のために美味しいおやつ買ってきたぞ。ショコラもクリスマスしたいもんな。」
ニャーと返事をした。相沢さんは頭を撫でる。この風景は見たことがある。
もしかして私も猫扱いされている。
「ショコラ、俺がいなくて寂しかったか」
「ええ、毎日ドアの前に座って帰りを待ってましたから。ご主人様を前に薄情な奴め。」
ニャーと気にもしないような欠伸をする。
「クリスマス兼忘年会、歓送迎会に来ていたのに俺に会う前に帰るとは。
仮にも元上司なのに。」
珈琲を勝手に注いで飲んでいた。あれは引っ越しの際に忘れてたマグカップ。家を聞かなかったので送るか悩んでいた。
「すみません。ちょっと体調が優れなくて」
体調というか気分っていうか。
「大丈夫か」
本当に少し心配した顔で近づく。久しぶりに見ると髪の毛が少し延びている。
「大丈夫です」
「よかった。それより、城崎は帰ってきてないな。二次会で俺は帰ったんだが三次会にも出ているのかもな」
ワインを開けるとグラスに注ぎ、二人で静かにワインを飲んだ。
「あの企画は順調か」
「ええ、私がメインでやってます。」
「上手くいってると大嶋から聞いている。まぁ、取引先は俺のこと気に入ってたからな。俺がいなくても大丈夫なのか心配だった」
「それ自慢ですか」
軽く睨み付けると、彼が笑い二人とも笑みが溢れた。
前までの二人きりは普通だった。同居人って感じで毎日ご飯を一緒に食べて、一緒にゲームをしたことも、テレビを見たこともあったな。
その頃はただの上司だったのに何か懐かしい感じがする。
「相沢さんの方から会いに来てくれるなんて思いませんでした。嬉しかったです。」
お酒が入り相沢さんも喋るようになってきた。
「ショコラに会いに来たんだよ。それに、このマグカップも忘れていたから取りに来た。好きな銘酒の限定デザインだ。」
そう言いワインをあおる。私はその顔を見つめ返した。
相沢さんに会いに来てくれたと、ちょっと期待していた私がいた。
なんかショックだな。
「ってのは口実で。露骨にガッカリするなよ。そんなに俺に会いたかったのか。」
「ええ、騙したんですかー」
思わず赤面した。気がつかれないように外を向く。
「その顔が見たかったんだ」
相沢さんの声に鼓動が早くなる。
「わざわざ家に来るなんて、私に会いたかったんですか」
背中越しに声がする。
「え、あーいや。元気にしてるかと思って」
「なんですかそれ」
テーブルの下からショコラが呼んでいる。
「ケンカしないでにゃって言ってるぞ。ほら、機嫌直してくれ」
ケーキを箱から取り出した。
「これ、あの有名店のじゃないですか。並ばないと買えないやつ。」
「そうなのか。たまたま通りかかって美味しそうだったから。これ、城崎と二人ぶんあるからもう一つはあげてくれ」
「そんなことしたら、相沢さんがここにきたことバレますよ」
相沢さんは頭をかいた。
「確かに。城崎は前は俺と住んでいたこと知ってるのか」
私は首を振る。
「二人で食べるか。はい」
柚子には悪いけど美味しくいただく。ダイニングからこたつに移動する。
「こたつの季節になったか。」
「相沢さん甘いの平気だったんですか。」
相沢さんはケーキを口に運ぶ。
「普通に食べる。たまにコンビニスイーツも買って一人で食べる。仕事で頭が疲れたら甘いものがいい」
「お酒と甘いもの食べると太るし、生活習慣病になりますよ。相沢さんも50くらいになったらブクブク太っているビジョンが見える」
少しムッとして言う。
「俺はお酒は週に数回しか飲まないし、甘いものも控えてる。太るわけない。」
その顔がなんか可笑しい。
「このケーキとても美味しいです。ありがとうございます」
「よかった」
女子二人でも狭いこたつの中。顔を上げると昨年のクリスマスを思い出す。
こうして相沢さんと二人でこたつを囲んでいたな。
あの時は特に何も感じなかった。こたつも特別じゃなかった。
だけど、今は特別に感じる。
足を伸ばしていると狭くてさっきから足が当たる。
「足冷たいな。」
足を絡めてくる。
「ほら手を出して」
手を出すと温かい手が包む。醤油を渡したり、物を運ぶ時にしか触れたことがない。
「冷え性なもので。ところで、相沢さんってタラシですよね」
は?と顔をこちらに向けた。すっとぼけてるのか。
「だから、相沢さんって鈍いですねって言ってるんです。」
「それは?どういう」
「思わせ振りすぎるので、女の子が勘違いしちゃうんです。」
気の抜けたへぇという声が漏れる。
「例えば、太田さんとか完全に相沢さんが自分のこと好きだと思ってますし。遠山さんも両思いだと思ってますし。」
太田さんというのが45歳独身の事務の方。
相沢さんは毎日事務室に寄って話しかけていたり、太田さんからの差し入れを喜んで受け取ってくれる。
おまけに「俺も美味しいとこ見つけたんで今度持ってきます」と年下の上司に言われると誰でも揺らぐ。
遠山さんというのが私の一個上の先輩で、これまたお嬢様で。
社内恋愛に憧れてて夢見がちな女子。
口癖は『はぁー、どっかに王子様いないかなぁ』
箱入り娘で『お母さんがやめといたらって言ってるしなぁ』という。
ずっと女子校で男性の耐性がない。
そんなときに相沢さんが曲がり角でぶつかりかけ、(聞いてるだけで白けそうだけど)「すまない、怪我はなかったか」と言ったあと、二人は何事もなかったように会釈をして別れたが、その後に相沢さんは落とし物を見つけた。
奇跡的に遠山さんに辿り着き、遠山さんは『これはシンデレラ展開』と大興奮。よく聞くと相沢さんは高校の先輩だったらしく燃えている。
「女子の恋愛トークは対象者本人に言わない約束なんじゃないのか」
相沢さんが相当困惑している。
「まぁいい。あの二人とも飲み会のときやけに俺の横に座ってると思ってた。」
時計を見ると11時30分を過ぎていた。スマホには柚子からもうすぐ帰るとの連絡がきていた。
「柚子から帰ると連絡が来てました」
「そうか。こんな時間だからそろそろ帰る。」
優しい笑顔で私を見て、コートを羽織るとマグカップを置いた。
「このマグカップは置いていくから。今度取りに来る。
それと、責任重大だからって頑張り過ぎるなよ。潰れてしまっては元も子もないからな。身体には気を付けるんだぞ。また来年、よいお年を。」
マグカップを置いていくってことはまた来るってこと。でも、この先会えるのはいつになるだろう。連絡先くらい聞かないと。
「あ、あの」
スーツの背中が振り返る。
「今夜、泊まっていきませんか」
彼は私の顔をまじまじと見た。
「城崎が帰ってくるだろう」
私なんてことを言ってしまったのか。
「今聞いたことは忘れて下さい。お疲れ様でした。」
咄嗟に顔をクッションで隠した。恥ずかしすぎて死にそう。
嵐が過ぎ去るのを待とう。目をギュッと閉じる。
「いや、もう一度言ってくれ。」
耳元に熱い息がかかる。クッションが腕から抜けると目の前に相沢さんの顔があった。目が合わせられない、心臓がドキドキして壊れそう。
慌てて顔を背ける。
「誘ってるってことでいいんだな?」
顔が近い。こくりと頷く。
「女性の方から頑張って誘ってくれたのに、無視して帰るのは失礼だろう。ったく驚かせるよな」
相沢さんの顔も耳まで赤くなっている。肩に触れている手が熱い。
ソファにどさりと倒れ込む。
玄関が開く音がした。ピタリと動きを止め、急いで案内をし素早く私の部屋のクローゼットに隠れてもらった。
服を整えリビングに戻ると、柚子はベロベロに酔っていた。
「ただいまー。あたしお風呂入るわ」
荷物をソファに置き、ストッキングをその場で脱ぎながら風呂に向かう。
「喉乾いた」
キッチンでコップに水を注ぎ飲み干した。
「ぷはー。うー、飲みすぎた。」
「飲んだねぇ」
柚子のことだから愚痴で盛り上がったのだろう。
「ねぇ由佳。誰かきてたの?ここにあんたが飲まない珈琲が入ったマグカップあるんだけど」
「あぁ、うん。友達」
飲んだくれにも気がつかれるとは不覚。
「そう」
興味無さそうにマグカップをシンクに置いた。
「それより由佳さ、相沢さんと会わなくって良かったわけ?」
「え?なんで」
お願い。今は何も言わないで。
「相沢さんに会いたそうに話をしてたじゃない。私には見破られてたわね。」
「う、うん。元上司だから。まぁいいのよ」
「ふぅん。それと、今日は。なんだっけ。まぁいいやお風呂に入ってくるわ」
柚子は風呂に入った。相沢さんのいるクローゼットに向かった。
「もうお風呂に入りました。今のうちに」
完全に冷めてしまった。それに、私達は何をしようとしたんだろう。
何事もなかったような普通の様子に戻っていた。
「帰る。お休み」
真意が分からない。からかってるのかもしれないし、一夜だけの身体の関係を求めている可能性もある。相沢さんはそんな人じゃないと思うけど。
勇気を出したのに前に進まなかったな。
相沢さんは目線を合わせると、軽く触れあうくらいのキスをした。
私は再び身体が熱くなるのを感じた。
明日の朝には大阪に戻ってしまうのがとても惜しい。
いつも通りリビングにいた相沢さんが唐突に私の前に立った。
「浅田に言っておかなければいけないことがある。ちょっとだけいいか。」
改まってなんだろうと口に運んでいたクッキーをお皿にのせる。
「俺、来月から転勤で大阪に行く事になった。」
驚いて開いた口が塞がらない。何もいえずにいると、相沢さんは話を続けた。
「この部屋から出て、また一人暮らしになる。だから今月で上司としても同居人としても最後だ。」
「唐突ですね。」
状況が飲み込めない。
「俺との窮屈な暮らしも今月までだな。」
素直に頭を振れない。
「私相沢さんと仕事が出来て良かったです。でも、行ってほしくありません。」
相沢さんは少しだけ驚いた顔をした。
「行かないで下さい。」
腕をつかんでいた。
テーブルにポタリと雫が落ちた。私はなんで泣いてるんだろう。
頭を大きな手が撫でる。
「仕方ない。上の命令だから。俺が課長になるには、大阪の分署に行って経験を積む必要があるんだ。俺のことをそんなに慕ってくれてたとは。」
「当たり前です。新人の頃からお世話になってますし。」
年下や子供をあやすような、優しい声だった。
「また、ご飯を一緒にどうですか」
「うん。必ず。連絡先は知っているだろう。悩み事などがあればまた連絡をしてくれ。」
その一ヶ月後、相沢さんは引っ越して行った。
空っぽの部屋に一人。あの部屋にはもう誰もいない。
同期の城崎柚子が引っ越してきて、ルームシェアすることになった。
前は相沢さんが住んでいたとは言えない。心にも穴が空いたみたい。
私はそれから雪の降る季節になるまで連絡を取れなかった。
たまに大嶋さんが電話で話をしているのを聞くけど、元気そうだった。
それから夏と秋が過ぎた。
そして、クリスマスの連休前の金曜日。
春先に大阪へ転勤した相沢さんは会議で本社に来ているので、関係課で飲み会が開催されることになった。他にも転勤したり、定年された方々が集まる。久しぶりに会えることにドキドキしていた。
ただのちょっと高級な居酒屋だったが、大勢集まっていて貸し切りだった。
なんとなく見たことある人もいれば、初めてみる人もいる。
たまたまとても綺麗な女性と隣になった。話が合い、とても楽しかった。
自己紹介し合うと、総務部の上原麻奈さんと言うらしい。
たまに廊下で見かけているからお互いに顔はなんとなく分かる。
盛り上がっていたけど、開始から一時間が過ぎても相沢さんの姿がないのが気になり、ついつい時計を見てしまう。
すると、席を移動して回っている大嶋さんがこちらにやって来た。
「お疲れ様。楽しんでるね。そういや、相沢なんだけど終わるまでに間に合うか分からないって。」
「そうですか。」
上原さんはにこやかに笑った。本当に綺麗な人だな。
度々出てくる大嶋さんだけど、相沢さんの同期で隣の課の係長。
相沢さんとは古い仲でいつも話をしていた。
大嶋さんは上原さんの横に腰かけると、お酒を飲みながら話しかけた。
「下世話なこと言うけど、相沢とよりを戻す気はないの」
上原麻奈さんってあの麻奈さんか。唐突に私だけ気まずく感じる。
「渉さんは私とよりを戻したいって言ってるんですか。」
「んーいや。でもお似合いだったし」
確かにとても綺麗な年上の女性って感じで相沢さんとお似合い。
「でも私、彼氏いるんです。」
「あー、営業部の高野と付き合ってるんだっけ」
高野彰は私の元カレ。こんな話を聞かされて胸が痛い。
高野さんと付き合っていたことは内緒にしていたから彼女も知らないんだろう。
彼女は照れ臭そうに笑った。もうここに居たくない。
「用事があるので帰ります。お疲れ様でした」
柚子がこっちを向いた。
「ええ、もう帰るの。用事が終わって早く帰ったら、洗濯物取り込んでてくれる。お願いね」
私は頷きそそくさと家に帰った。
仕事が押して10時を回った頃にやっと会場についた。
大嶋が俺に手を振っている。
「久しぶり、こんな遅くまでお疲れ様。寒かっただろう。」
「あぁ、今日は寒いな」
同期の顔を見てほっとする。やっぱり転勤先はまだアウェイだから、緊張する。
「何か飲むか」
「うん。ビールをお願い」
俺は大嶋と暫く二人で飲んでいた。目の端に上原がいる。
別れてから二年程経ったが、その間に仕事でも接点がなく話すこともなかった。彼女は相変わらず綺麗だった。浅田の元カレで営業部の高野と付き合ってるんだっけな。浅田の姿が見当たらない。
「浅田は?」
「あぁ、用事で先に帰ったよ。」
「そうか」
浅田も来ていたはずなのに、帰ってしまったのか。
俺は二次会が終わり暗い道をホテルに向かって歩いていた。
ハイヒールの音が近づき俺の横に並んだ。
この香水の香りは嗅いだことがある。
「久しぶりね」
「あぁ、相変わらずだな」
イアリングが顔の横で揺れている。
「どういうこと」
彼女に何度振り回されたことか。いい女を逃したとは思うが、元の関係には戻りたくない。
「この後ちょっと飲まない」
「いいや、遠慮しとく。」
俺が首を振ると彼女は少し表情を曇らせた。
「久しぶりの再会ってのに冷たいわね。」
「俺は元々こんなだろう」
上原と別れると勝手に前の俺の家に戻った。
相沢さんに会いたかったな。一人でチューハイをあおる。
今頃、綺麗な女性と会ってて楽しく食事をしているんだろうな。
課の飲み会なんかに参加しないで。珈琲を飲むしかめっ面を思い出す。
―これうまいな。
私の料理を誉めてくれた。なんだか色々なことを思い出してしまう。
相沢さんが居るときは最低限の女子力はあったが、女子とルームシェアとなるとどうしても気が抜けてしまう。部屋のなかは散らかっている。
―こんなところで寝ると風邪引くぞ。
そう言い布団をかけてくれた。
何してるかな。寒い冬は人肌が恋しくなるってのは本当なんだ。
こたつに入り、ウトウトとしていた。
抑えめのテレビの音を書き消すインターホンの音で眠気は吹っ飛んだ。
「こんな時間に誰よ」
柚子は鍵を持っているはずなんだから、自分で開ければいいのに。
モニターを見ずに扉を開けると、そこにはコートに身を包んだ相沢さんがいた。
「ワインを持ってきた。飲むか」
唖然としている私の横をすり抜け部屋に入った。
「うー寒。相変わらず散らかってんな。俺がいた時より全然汚いな。」
俺がいた時って同棲してたみたいじゃない。実際そうか。
「城崎と住んでるんだってな。城崎もあの様子じゃ自炊しないし、部屋も綺麗にしてるタイプじゃないな。」
確かに当たってる。柚子は女子力高いけど、ちょっと手を抜いてるところがある。
「ショコラは元気か」
「ええ」
隅からショコラが歩いてくる。
ショコラは嬉しそうに尻尾を上げて相沢さんにすり寄った。
「お前のために美味しいおやつ買ってきたぞ。ショコラもクリスマスしたいもんな。」
ニャーと返事をした。相沢さんは頭を撫でる。この風景は見たことがある。
もしかして私も猫扱いされている。
「ショコラ、俺がいなくて寂しかったか」
「ええ、毎日ドアの前に座って帰りを待ってましたから。ご主人様を前に薄情な奴め。」
ニャーと気にもしないような欠伸をする。
「クリスマス兼忘年会、歓送迎会に来ていたのに俺に会う前に帰るとは。
仮にも元上司なのに。」
珈琲を勝手に注いで飲んでいた。あれは引っ越しの際に忘れてたマグカップ。家を聞かなかったので送るか悩んでいた。
「すみません。ちょっと体調が優れなくて」
体調というか気分っていうか。
「大丈夫か」
本当に少し心配した顔で近づく。久しぶりに見ると髪の毛が少し延びている。
「大丈夫です」
「よかった。それより、城崎は帰ってきてないな。二次会で俺は帰ったんだが三次会にも出ているのかもな」
ワインを開けるとグラスに注ぎ、二人で静かにワインを飲んだ。
「あの企画は順調か」
「ええ、私がメインでやってます。」
「上手くいってると大嶋から聞いている。まぁ、取引先は俺のこと気に入ってたからな。俺がいなくても大丈夫なのか心配だった」
「それ自慢ですか」
軽く睨み付けると、彼が笑い二人とも笑みが溢れた。
前までの二人きりは普通だった。同居人って感じで毎日ご飯を一緒に食べて、一緒にゲームをしたことも、テレビを見たこともあったな。
その頃はただの上司だったのに何か懐かしい感じがする。
「相沢さんの方から会いに来てくれるなんて思いませんでした。嬉しかったです。」
お酒が入り相沢さんも喋るようになってきた。
「ショコラに会いに来たんだよ。それに、このマグカップも忘れていたから取りに来た。好きな銘酒の限定デザインだ。」
そう言いワインをあおる。私はその顔を見つめ返した。
相沢さんに会いに来てくれたと、ちょっと期待していた私がいた。
なんかショックだな。
「ってのは口実で。露骨にガッカリするなよ。そんなに俺に会いたかったのか。」
「ええ、騙したんですかー」
思わず赤面した。気がつかれないように外を向く。
「その顔が見たかったんだ」
相沢さんの声に鼓動が早くなる。
「わざわざ家に来るなんて、私に会いたかったんですか」
背中越しに声がする。
「え、あーいや。元気にしてるかと思って」
「なんですかそれ」
テーブルの下からショコラが呼んでいる。
「ケンカしないでにゃって言ってるぞ。ほら、機嫌直してくれ」
ケーキを箱から取り出した。
「これ、あの有名店のじゃないですか。並ばないと買えないやつ。」
「そうなのか。たまたま通りかかって美味しそうだったから。これ、城崎と二人ぶんあるからもう一つはあげてくれ」
「そんなことしたら、相沢さんがここにきたことバレますよ」
相沢さんは頭をかいた。
「確かに。城崎は前は俺と住んでいたこと知ってるのか」
私は首を振る。
「二人で食べるか。はい」
柚子には悪いけど美味しくいただく。ダイニングからこたつに移動する。
「こたつの季節になったか。」
「相沢さん甘いの平気だったんですか。」
相沢さんはケーキを口に運ぶ。
「普通に食べる。たまにコンビニスイーツも買って一人で食べる。仕事で頭が疲れたら甘いものがいい」
「お酒と甘いもの食べると太るし、生活習慣病になりますよ。相沢さんも50くらいになったらブクブク太っているビジョンが見える」
少しムッとして言う。
「俺はお酒は週に数回しか飲まないし、甘いものも控えてる。太るわけない。」
その顔がなんか可笑しい。
「このケーキとても美味しいです。ありがとうございます」
「よかった」
女子二人でも狭いこたつの中。顔を上げると昨年のクリスマスを思い出す。
こうして相沢さんと二人でこたつを囲んでいたな。
あの時は特に何も感じなかった。こたつも特別じゃなかった。
だけど、今は特別に感じる。
足を伸ばしていると狭くてさっきから足が当たる。
「足冷たいな。」
足を絡めてくる。
「ほら手を出して」
手を出すと温かい手が包む。醤油を渡したり、物を運ぶ時にしか触れたことがない。
「冷え性なもので。ところで、相沢さんってタラシですよね」
は?と顔をこちらに向けた。すっとぼけてるのか。
「だから、相沢さんって鈍いですねって言ってるんです。」
「それは?どういう」
「思わせ振りすぎるので、女の子が勘違いしちゃうんです。」
気の抜けたへぇという声が漏れる。
「例えば、太田さんとか完全に相沢さんが自分のこと好きだと思ってますし。遠山さんも両思いだと思ってますし。」
太田さんというのが45歳独身の事務の方。
相沢さんは毎日事務室に寄って話しかけていたり、太田さんからの差し入れを喜んで受け取ってくれる。
おまけに「俺も美味しいとこ見つけたんで今度持ってきます」と年下の上司に言われると誰でも揺らぐ。
遠山さんというのが私の一個上の先輩で、これまたお嬢様で。
社内恋愛に憧れてて夢見がちな女子。
口癖は『はぁー、どっかに王子様いないかなぁ』
箱入り娘で『お母さんがやめといたらって言ってるしなぁ』という。
ずっと女子校で男性の耐性がない。
そんなときに相沢さんが曲がり角でぶつかりかけ、(聞いてるだけで白けそうだけど)「すまない、怪我はなかったか」と言ったあと、二人は何事もなかったように会釈をして別れたが、その後に相沢さんは落とし物を見つけた。
奇跡的に遠山さんに辿り着き、遠山さんは『これはシンデレラ展開』と大興奮。よく聞くと相沢さんは高校の先輩だったらしく燃えている。
「女子の恋愛トークは対象者本人に言わない約束なんじゃないのか」
相沢さんが相当困惑している。
「まぁいい。あの二人とも飲み会のときやけに俺の横に座ってると思ってた。」
時計を見ると11時30分を過ぎていた。スマホには柚子からもうすぐ帰るとの連絡がきていた。
「柚子から帰ると連絡が来てました」
「そうか。こんな時間だからそろそろ帰る。」
優しい笑顔で私を見て、コートを羽織るとマグカップを置いた。
「このマグカップは置いていくから。今度取りに来る。
それと、責任重大だからって頑張り過ぎるなよ。潰れてしまっては元も子もないからな。身体には気を付けるんだぞ。また来年、よいお年を。」
マグカップを置いていくってことはまた来るってこと。でも、この先会えるのはいつになるだろう。連絡先くらい聞かないと。
「あ、あの」
スーツの背中が振り返る。
「今夜、泊まっていきませんか」
彼は私の顔をまじまじと見た。
「城崎が帰ってくるだろう」
私なんてことを言ってしまったのか。
「今聞いたことは忘れて下さい。お疲れ様でした。」
咄嗟に顔をクッションで隠した。恥ずかしすぎて死にそう。
嵐が過ぎ去るのを待とう。目をギュッと閉じる。
「いや、もう一度言ってくれ。」
耳元に熱い息がかかる。クッションが腕から抜けると目の前に相沢さんの顔があった。目が合わせられない、心臓がドキドキして壊れそう。
慌てて顔を背ける。
「誘ってるってことでいいんだな?」
顔が近い。こくりと頷く。
「女性の方から頑張って誘ってくれたのに、無視して帰るのは失礼だろう。ったく驚かせるよな」
相沢さんの顔も耳まで赤くなっている。肩に触れている手が熱い。
ソファにどさりと倒れ込む。
玄関が開く音がした。ピタリと動きを止め、急いで案内をし素早く私の部屋のクローゼットに隠れてもらった。
服を整えリビングに戻ると、柚子はベロベロに酔っていた。
「ただいまー。あたしお風呂入るわ」
荷物をソファに置き、ストッキングをその場で脱ぎながら風呂に向かう。
「喉乾いた」
キッチンでコップに水を注ぎ飲み干した。
「ぷはー。うー、飲みすぎた。」
「飲んだねぇ」
柚子のことだから愚痴で盛り上がったのだろう。
「ねぇ由佳。誰かきてたの?ここにあんたが飲まない珈琲が入ったマグカップあるんだけど」
「あぁ、うん。友達」
飲んだくれにも気がつかれるとは不覚。
「そう」
興味無さそうにマグカップをシンクに置いた。
「それより由佳さ、相沢さんと会わなくって良かったわけ?」
「え?なんで」
お願い。今は何も言わないで。
「相沢さんに会いたそうに話をしてたじゃない。私には見破られてたわね。」
「う、うん。元上司だから。まぁいいのよ」
「ふぅん。それと、今日は。なんだっけ。まぁいいやお風呂に入ってくるわ」
柚子は風呂に入った。相沢さんのいるクローゼットに向かった。
「もうお風呂に入りました。今のうちに」
完全に冷めてしまった。それに、私達は何をしようとしたんだろう。
何事もなかったような普通の様子に戻っていた。
「帰る。お休み」
真意が分からない。からかってるのかもしれないし、一夜だけの身体の関係を求めている可能性もある。相沢さんはそんな人じゃないと思うけど。
勇気を出したのに前に進まなかったな。
相沢さんは目線を合わせると、軽く触れあうくらいのキスをした。
私は再び身体が熱くなるのを感じた。
明日の朝には大阪に戻ってしまうのがとても惜しい。
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